9.与えられたもの
第二部開始です
移動中、私の籠には光を遮るための布のようなものがかけられた。カナリーバードは昼行性モンスターなので、暗くなると大人しくなるらしい。テオバルトに召使いが説明していた。まぁ私は睡眠耐性が着いている所為か夜に眠くなったことはないのだけど。
貴族の馬車は、初めて乗せられたハンター達の馬車と違って殆ど揺れなかった。馬車の構造に工夫があるのかこれも魔法によるものなのかは判断しにくいところだ。何せ、領主と私の飼い主になるらしいテオバルトの魔力が近くにあるもので一番強くて、意識してなくても感じてしまう。馬車に魔力が使われているかどうか、集中して確認できない。特にテオバルトの魔力。どうも彼の魔力に私の本能が反発するようだ。出来るだけ近づきたくない。モンスター屋の言うとおり、普通の鳥のフリをして飽きられる作戦をとろう。
(私は普通の鳥、鳥のモンスター、普通の………出来るかな)
ちょっと自信がない。迂闊すぎてモンスター屋に思いっきり警戒されてた嫌な実績があるし。
馬車が止まると、私は布を掛けられたまま運ばれる。外の景色が見えないので、自分がどういうところに連れて来られたのか分からない。
「ここがお前の部屋だ」
貴族の家で私が初めてみたのは、部屋の中に無理やり自然を作ったような場所だった。
室内だというのにそこには木や、花や、土があった。ミニマム版の川や池もある。でも床の大部分はタイル張りだし、とりあえずこれがあればいいだろう、と無造作に緑を置いた感が否めない。温室、と言うのが近いかもしれないが、ここは鑑賞目的で作られていないのだろう。美しさは微塵もない。
「どんな魔物を飼うことになるか分からなかったから色々と作ったのだが……無駄だったな。カナリーバードなら木が一つあれば十分だっただろうに」
「テオバルト様、カナリーバードの寿命は短いのですから、次の魔物のことも考えれば何も無駄になりません」
「それもそうか」
……おおう。私、なんかとても粗雑な扱いをされているよ。
このテオバルトという少年に好感が持てそうにない。こんな人間が飼い主なんて嫌だ。全力で可愛くない鳥になって早々に手放して頂こう。
そう新たに決意した私の籠の扉が、テオバルトによって開け放たれた。
「ゲオルク、籠を出てもいいぞ」
………はい?それって私のことですか?
「どうした?この部屋が気に入らないのか?」
いや、部屋ではなく名前が。と言う訳にもいかず文句を飲み込んで黙り込みつつ、開けられた扉を見る。
ゲオルク、どう考えても男の名前だと思う。私はこれでも女の子なので、そのような名前をつけられることはたいへん不服だ。まだ「おい鳥」とか「おいモンスター」とか呼ばれた方がマシである。
動かない私を怪訝そうに見ているテオバルトに、召使いが朗らかな笑みを浮かべつつ言った。
「初めての場所で怯えているのかもしれません。雛の頃に連れてこられてから、あの店を出たこともないでしょうし」
「なんだ、ゲオルク。お前は臆病者か?恰好よくないな」
だから私、女の子なんだってば。もうやだ。この飼い主。私はその名前、断固拒否する。絶対反応してやらない。
そんな私の態度に業を煮やしたのか、テオバルトはあろうことか手を籠に突っ込み、私を鷲掴みにして籠から出した。
「ギッ!!」
鳥の構造を理解していないのだろう。モンスター屋に掴まれたときとは違い、圧迫されて少し苦しいし、驚いて鳥そのままの叫び声がでた。
そのままバタバタと暴れてテオバルトの手を抜け出す。全力で羽ばたけば自然と体が浮かび上がった。
モンスター屋と飛ぶ練習はしていたけど、実際に飛べたのは初めてだ。身の危険に本能が働いたのかもしれない。とにかくテオバルトの手の届かない場所を探す。
―――木の上がいい。背は低いけれど、それでも人間よりは高い。そこならそう簡単には捕まらないはずだ。
木の天辺に止まり、見下ろす。テオバルトも召使いもあっけにとられた顔をしていた。
「ゲオルク!戻れ!」
無視だ、無視。それから少しの間、テオバルトは私を呼び戻そうとしていたが全て無視していたら、あきらめて憤慨した様子で部屋を出て行った。
召使いが嫌なことがあったらそこから逃げてしまうのが知能の低い魔物というものですから……などと説明していたが、人間でも嫌なものには近づかないだろう。全く。
(あーやだやだ……モンスター屋のところに居たほうがマシだ……)
ここには窓もないし、モンスターが逃げ出さないように設計されているのが分かって、端から逃走という選択肢はない。
早いところテオバルトが私に飽きて、手放してくれと祈るしかない。出来れば野性に返す方向だととても嬉しい。……望み薄だな。
鳥なのにため息がでた。疲れと不満しか見当たらないような、貴族の飼鳥生活の幕開けだ。
新生活スタート!というよりは……新生活スタート……って感じです




