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お喋りバードは自由に生きたい  作者: Mikura
伝説の不死鳥

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97.新たな旅立ち



 澄み渡る青空の下、スティーブレンの勇者アロイスの葬儀が行われた。国に所属する勇者であった彼の葬儀は王都スティレンで大々的に行われ、貴族平民を問わず多くの人間が参列している。あたり一面が白の喪服に覆い尽くされて、日の光を受けたその場は目に痛いほど眩しい。享年は三十歳と非常に若く、あまりにも早い別れに人々は深く悲しみ、嘆いていた。

 スティレンの森での魔物の異常発生と、それに伴い現れた複数の脅威個体。アロイスは国軍を率いてそれらに立ち向かい、見事勝利し、満身創痍ながらも無事に帰還した。いや、するはずだった。

 森を出る寸前で、牙をむく機会を窺っていた一匹の魔物が兵士に襲い掛かり、それにいち早く気づいたアロイスは兵士を庇って致命傷を負った。魔物はアロイスの仲間であった冒険者が倒したが、アロイスは治療の甲斐なくそのまま帰らぬ人となってしまった。



「それにしても王、勇者の願いは変わっておりますね」


「……うむ」



 ミシェルがオクタヴィアンに声を掛けると、彼は沈んだ声で小さく頷きを返した。

 国民から絶大な支持を受けた勇者アロイス。その葬儀には勿論火葬が選ばれ、彼の躯は今から炎に包まれる。彼の所持品すべてと共に。

 アロイスは生前、自分が死んだ際は己の所持品全てを躯と共に焼いてほしいとオクタヴィアンに願っていた。とはいっても、アロイスが持っているものは少なかったために燃やすものは殆どない。彼の本は全て学園へ寄贈されており、部屋の家具類も片づけられ、彼が持っていたのは旅に必要であった物や装備だけだ。一つだけ妙な袋を持っていたようだが、中を検めるような無礼者はいなかった。

 武器や防具は残るだろうが、他の物はすべて焼けてしまうだろう。アロイスがこの世に残すものは、人々の記憶と伝説、武器と防具だけとなる。


 何万という数の民衆の見守る中、アロイスの棺に点火が行われる。ゆっくりと火は燃え広がり、人々が炎に飲まれる棺に潤んだ瞳を向けている最中にそれは起きた。



「な、何事だ!?」



 棺の炎が大きく膨れ上がり、赤から青へとその色を変える。燃え上がる炎が一瞬羽ばたく鳥の姿を模り、人々の口から驚きの声が上がった。

 しかしそれは一瞬の事。瞬きをすればそこにあるのは青い炎だけだ。今のは目の錯覚だったのか、しかし全員に見えていたぞ。そのような言葉が飛び交い、騒ぎが収まるよりも先にアロイスの棺が青い炎によって燃やし尽くされる。その場に残った少ない灰は集められ、オクタヴィアンが預かった。焼け残った武器と防具はミシェルが受け取る。

 この後はアロイスの望み通り、彼の従魔でありこの国の宝であった“セイリア”の時と全く同じように彼の灰を川に流すことになっている。



「……王よ、先ほどの炎はいったい……」


「アロイスは不死鳥にも気に入られていたと聞く。何か関係があったかもしれぬな」



 喪服の人々は先程の不思議な炎について話しながらそれぞれの帰る場所へと歩いていく。その顔は驚きに上書きされ、悲しみの色は薄くなっているように見えた。

 人々の悲しみすら、勇者はけし飛ばしてしまったのかもしれない。その様なことを考えながらオクタヴィアンは袋につめられたアロイスの灰に視線を落とす。

 マグナットレリアに渡り、アロイスの灰を川へと返したのはオクタヴィアン他王族と、ミシェル。それからアロイスの従者であったヒースクリフだ。それぞれに見守られる中、彼の灰は川の流れに乗って見えなくなった。



「……アロイスよ、そなたは英雄だ。そなたの成したことは未来永劫語り継がれるであろう」



 オクタヴィアンは静かに語る。既に話しかけている相手はそこに居ないと分かっているが、言葉は自然と溢れてくるようだった。だが、言葉に出来たのは称賛と感謝だけだ。そのほかの言葉は胸の内に留まらせた。

 望まぬ事を押し付け、苦しめた事実に気づくのが随分と遅かったことに対する謝罪と、後悔だ。オクタヴィアンは自分を前にしたアロイスが笑わぬことも、硬い表情をしていることも、全ては慎ましい彼の性格から来るものだと思い違いをしていた。

 本音を言える場を整えて、アロイスから聞けるのは喜びの言葉だと思っていた。しかし己の提案を否定され、オクタヴィアンがしてきたことはアロイスの望みではないと本人から聞かされたのだ。その表情から、眼差しから、自分が余計なことをしてきたと悟らされ、それからはアロイスの本音を聞けるように手配するようになった。しかし、アロイスがオクタヴィアンの手を借りようとすることは殆どなく、死後の扱いについて少しばかり頼まれた以外に望みを聞くことはないままにアロイスは逝ってしまった。



「……せめて……天上では心やすらかに」



 勇者の魂が神々の元で休めるよう祈り、オクタヴィアンは川辺を去る。武器と防具を墓に収め、葬儀は無事に終了した。

 その日、勇者アロイスという人間は完全に死んだ。しかし、彼の行いは語り継がれ、物語になり、何百年と後の世まで残されるだろう。勇者は人々の心の中で生き続けるのだ。




―――――――――――――――――




 勇者の生まれ育った土地、マグナットレリア。死して数年経った今もなお、勇者の名があちらこちらから聞こえてくる。吟遊詩人が歌う物語の定番は勇者の冒険譚。それを聞き沸き立つ民衆で賑わう場所。そんな人々の住む街から少し離れたとある森の、とある湖に人知れず変化が訪れた。

 波一つ立ない穏やかな水面に幾つかの泡が浮き上がったかと思うと、次の瞬間二つの塊が飛び出す。一つは空中で不格好にバタついた後水辺に着地、もう一つは岸に身を乗り出しながら咳き込んでいる。



「ごほっ……この、復活方法は、どうなんだ……?」


「げふっ……そのようなこと、いわれましても……」



 月明りに照らされた二つの姿。一つは青く輝くカナリーバード、もう一つは青み掛かった黒髪に金の瞳を持つ青年。彼らは傍の大木に近寄り、その根元に掛けられている幻覚魔法を解き、隠されていた箱を取り出した。

 箱に仕舞われている服を取り出すと、青年は素早くそれを身に着ける。冒険者の丈夫な服に、顔を隠せるフード付きのマント。彼は指に銀に光る指輪を通した後、同じ色の装飾品を小鳥の足へ嵌めた。



「……しかし、本当に不死になったのか?実感は湧かないが……」


「あ、それは大丈夫だよ。ちゃんと【不死】がついてる。種族は……守護者(ガーディアン)ってなってるね」



 守護者とは、伝説と呼ばれるような上位の魔物の傍で時折確認される特殊な魔物である。その繁殖方法、発生条件は不明であるが、傍にある上位の魔物の影響を強く受けるらしく、その特性を引き継いでいるという。

 伝説の魔物を護る者、故に守護者。見た目も、能力も、統一性は全くない。謎多き種族だ。



「サクヤに聞いたとおりだな……いつか礼に行くとしよう」



 マントを翻し歩き出した青年の肩の上、カナリーバードが独特の美しい声で楽しげに囀る。青年の口元は弧を描き、金の瞳は真っ直ぐと前を向いて明るい色に煌いていた。



「まずはどこ行こうか?」


「魔王領を目指そう。こちらだと私は目立つからな」


「見た目ほとんど変わってないもんね」



 青年の整った顔立ちは、いまだに街で出回る勇者の姿絵と同じもの。数年前に死んだ勇者と同じ顔の人間が居れば大騒ぎになることは目に見えている。一人と一羽は少し道を外れながら、隠れるように森の中を進んでいった。



「わくわくするね!やっと自由に冒険が出来るよ!」



 歌うように弾んだ声で言う小鳥に、青年はふと気づいたような顔で立ち止まる。急に足を止めた相棒を、不思議そうに首を傾げた小鳥が見つめた。



「そうだ。君に言おうと思っていたことがある」


「何?」



 青年は自分を見つめる黒い瞳を同じように見つめ返して、柔らかく笑いながら口を開いた。



「私は君を親友だと思うと同時に、特別な相手として慕っている」



 ピキリ、と音がしそうなほど分かりやすく小鳥が固まる。小さな姿に見合うだけの小さな頭しか持ってない小鳥にとって、青年の言葉はあまりにも衝撃が大きすぎた。完全にキャパシティオーバーである。

 今にも頭から湯気が立ちそうな小鳥の姿を、優しく目を細めて見た青年は再び歩き出しながら言葉を紡ぐ。



「私がそう思っていると知っていて欲しかっただけで、別に関係を変えようとは思っていない。だから、あまり悩む必要はない」


「えーと……つまりどういうこと……?」


「君がどう思い、どのように行動してもいい。今すぐ飛び去って私と距離を置こうと、このまま友人として旅を続けようと、君の自由だ。セイリア」



 セイリアと呼ばれた小鳥はぐるぐると頭を回転させ、暫く唸るように小さな声を漏らしていたが、一つ大きく頷いた後「よし」となにやら気合を入れて己の相棒に話しかけた。



「私の望みはアロイスと自由な冒険をすること。そういう難しい事は後で考える!」


「……難しくて今の間では処理し切れなかったんだな。君の事だからそうなるとは思っていたが」


「ヒドイ!」



 楽しげに言い合いをしている一人と一羽。その表情は明るく、彼らを縛るものは何一つない。元勇者と不死鳥のコンビの冒険が今、始まろうとしていた。

 しかし、旅立ちに障害というのもまたつきものである。彼らの目の前に突如として白髪に銀の瞳の麗人が現れ、行く先を塞ぐ。忘れたくても忘れられぬような存在を無視して進む事などできず、冒険に向かうはずだった足は止まってしまった。



「魔王を六年も待たせておきながらとても楽しそうだな、お前ら」



 すっかり忘れていたという顔のセイリアと、面倒なのが来たと苦々しい顔をするアロイス。そんな彼らに牙を見せながらニヤリと笑った魔王は、有り難くない言葉を発した。



「この数年でセイリア不足だ。俺も暫くお前らの旅に同行するぞ」


「……最悪だ」



 堪らず呟いたアロイスの言葉に魔王は更に口元を歪め、セイリアは苦笑代わりの声を一つ漏らす。

 元勇者と不死鳥のパーティーに魔王が加わり、奇妙なトリオの旅は始まった。彼らは後に、あちらこちらで数々の逸話を残すことになるがそれはまた、別のお話である。




お喋りバードは自由に生きたい。これで完結とさせていただきます。

切り良く100話目ですね。ここまでお付き合いくださりありがとうございました!


後はちょこちょこ番外など書いていけたらな、と思っております。


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