8.お喋り鳥とモンスター屋
会話が多めかな?と思います
「領主様は普通の貴族だ。一般市民の都合など考えないし、こちらの常識も通じないし全力で気を使わなければならないがそんなのは下級貴族でも同じだし、俺たちからすれば変わりはない。ただ、領主の第一子息は違う、コイツは大問題だ」
「……えーと、もしかしてさっきの?」
「そうだ。さっきのあれが第一子息のテオバルト様だが……次期領主と決まっている所為だろうな。権力を振りかざすクソ餓鬼だ。貴族の中では取り繕ってるかもしれないが、理不尽な理由で何人も仕事を辞めさせられてるし、我侭で人の言うことなんか聞きやしない。俺たち一般市民からすればあれが次の領主だと思うと……」
それからもつらつらと、テオバルトの悪評を連ねていくモンスター屋。思うとおりに行かないと直ぐ力を行使するとか、勉強もろくに出来ないししないのに領主一族だけあって魔力はあるから手に負えないとか、思慮が足りないとか馬鹿とか阿呆とか馬鹿とか……。言葉の端々から彼が貴族を嫌っていることと、その中でも次期領主になる領主の息子が大嫌いだということがよくわかる。前に何かされたのだろうか、と思えるレベルだ。
「まぁ、とにかくその馬鹿息子だが……あいつは自尊心が高い。お前が喋らず、大人しくしていればきっと直ぐに飽きられる。病弱なフリをして、餌を散らかして頭の悪いフリもしろ。お前は見た目が変わっているだけ、それ以外の価値はない。そういう鳥でいろ」
「……えっと……つまり、気に入られるなってこと?」
「そうだ。そうすれば直ぐに返却されるか、野生に返されるか……別の場所に売られる可能性もあるが、とにかく馬鹿息子からは逃れられる。お前、出来るならここに帰って来い。俺がちゃんとした飼い主を見つけて売ってやる」
そう言うモンスター屋の目は真っ直ぐ私を見て、大真面目に心のそこからそう言っていることがよく分かった。だからこそ、不思議な気分だった。
私は商品で、彼は商人。私はモンスターで、彼はモンスターを売り物として見ている人間。それなのになぜか、私と彼の間には妙な親しみがある。
「普通売り物にされるために帰ってこないと思うけど?私、自由に生きたいし」
「雛の頃にさらわれたお前に野生で生きる能力があるわけがない。毒食って死ぬのがオチだ」
「ヒドイ!せめて店の看板鳥にしたいとか言えばいいのに!」
「お前みたいな口うるさい店員はいらない」
「私は喋るのが仕事みたいなモンスターでしょ!」
別に怒ってはいないが、怒ったように足でケージをぺしぺしと叩いて見せる。こういう、くだらない人間の掛け合いのような会話ができるのは、私にとってモンスター屋だけだった。今から買われる予定の、領主の息子の前では何も喋らない、何も出来ない鳥で居なくてはいけないのだ。
「クソ、俺がお前を苦労して教育したのはあの馬鹿息子に売るためじゃないぞ……」
「私とってもいい子だったと思うんだけど。苦労とか言われてもピンとこないんですけど」
「お前みたいな特殊なモンスター、精神的に来るに決まってるだろうが」
「ひどい!」
いつもどおりの憮然とした顔で私をけなした後、彼は少しだけその顔を歪ませた。
「……俺はお前を最高の値段で、最高の飼い主に売りたかったんだ」
小さな声だった。けれどはっきりとしたモンスター屋の意思が感じられる声だった。
私とモンスター屋の関係は、きっと他の売り物のモンスターたちと少し違うと思う。彼が私を商品としてみているのも、商人として扱っているのも事実なのだけど。そこに微妙な思いやりというか、情を感じる。私自身もこの人間にちょっとした親しみを感じているから、この愛想のない顔を見なくなるのが少しだけ寂しく思える。
「……この籠に入れ。この籠の中にいれば、店から出られる」
そう言えばこの店は電撃ゲートが設置されてるんだった。モンスター屋が持ってきた真っ黒な鳥籠の中に入る。この籠も魔術具なのだろう。ちょっとだけ魔力を感じ取れる。
「モンスター屋、あれだよ、看板鳥にするなら私戻ってきてもいいよ」
「馬鹿鳥、売るって言ってるだろうが。戻ってきたら今度こそちゃんと売ってやる」
モンスター屋と言葉を交わすのはそれを最後にして、後は籠の中でじっとしていた。
領主とモンスター屋の取引を眺めた後、お金が詰まったらしい袋と私は交換された。私の籠は召使いらしい壮年の男性に運ばれて、思いがけない形でモンスター専門店を後にした。
大事に抱えられている私には、召使の体で背後のモンスター屋を目にすることはできない。それでもやはり、そちらを見てしまう。
馬車に積み込まれる直前に、他の店員共々深く頭を下げるモンスター屋の旋毛が見えた。
(あ、旋毛二つある……そういえば、私あの人の頭見るの初めてだなー)
常に上から見下ろされていたから、彼の頭の天辺をみたのは初めてだ。
別れは思ったよりも寂しくなかった。ただ、あの癖のある赤い髪といつも私をしっかり見つめていた灰色の目を見ることがなくなるという実感がわかなかった。
次から貴族の世界に飛び込んでいきます……たぶん。




