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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

うちのお嬢様が悪役令嬢って、どういうことですか?

作者: Ash

『うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?』と『それでも、俺は彼女を愛さずにはいられない』の間の話です。


ノミナが元に戻るかもしれないエピソードが抜けていたので追加しました。

その描写が甘かったので、追加しました。

ついでに元に戻ったシーンを追加しました。

 肩に担いでいる怒り狂って叫ぶ娘の声を完全に無視して、ウィレムは貴族たちの通うウィニフィール学園の馬車止まりに置いてあるエスター伯爵家の馬車を目指して歩く。


 途中、学園で働く使用人たちの目はあったが、ウィレムとエスター伯爵令嬢の姿を認めると何事もなかったかのように目を逸らした。

 エスター伯爵令息ポールの二番目の従者であるウィレムが若君の妹ノミナの暴挙を止めるべく走り回っていたことを知っているからである。


 エスター伯爵家の御者が慌てて御者台から降りて来ようとするのをウィレムは手で制して、馬車の扉を開け、ノミナを席に無頓着に下ろす。


「痛っ!」


 痛みに顔を歪めた後、ノミナは自分を放り出した相手に食って掛かる。


「愛人の息子風情が私をこんなふうに扱っていいと思っているの?!」


 ウィレムは琥珀色の目に冷たい光を宿して、茶色の髪の娘を見る。


「旦那様の娘として無様な姿を晒す前に運んでやっただけでも感謝して欲しいくらいですよ、()嬢様・・

「なっ!」


 軽蔑を露わにした低い声で兄の従者が告げる内容があまりにも無礼でノミナは息を飲んだ。

 金切り声をノミナが上げる前にウィレムが覆いかぶさるように身を乗り出して告げる。


「まだご自分の立場がおわかりでないようですね。あなたをエスター伯爵家の名で守ることができなくなったから、旦那様は家そのものを潰したというのに。そして、あなたは私にとってノミナ()嬢様・・でしかない」


 あからさまに殺意をぶつけられ、ノミナはウィレムから少しでも逃れようと馬車の壁に身を押し付けて震え始める。悪さをしでかそうとする前にウィレムに捕まえられ、暴言を吐かれ、身動きが取れなくなるまで毎回躾を受けた経験から身体が勝手に反応する。

 本当なら、ウィレムはノミナを殺したかった。

 だが、ウィレムはノミナを殺したりはしない。正確には殺せない。


 ウィレムはエスター伯爵のかつての恋人・・の息子だった。伯爵の血は引いていないが、母親を迎えに来た伯爵に連れられてエスター伯爵邸で暮らすようになった。そんな彼にとって、エスター伯爵の子どもであるポールやノミナを実の弟妹のような存在だった(・・)のだ。


 伯爵の子どもたちと同じ扱いを受け、共に育ったウィレムは、学園内で伯爵の代わりに伯爵の子どもたちの監督を任せられた。それがポール付きの二人目の従者である。


 実家を離れたポールが浮き足立っているのを一人目の従者であるゲイブと共に温かく見守り、導き、新学期に胸躍らせるポールやノミナの学園での下準備もしていた。


 しかし、新学期のノミナは別人のようだった。


 ほんの数日前にポールが帰省していた時にはノミナはいつものノミナであった。それがたった数日で、ポールとは睨み合って口汚く罵り合い、兄と慕っていたウィレムを明らかに目下の使用人扱いしたのだ。


 それだけではない。


 ポールや他の学友すらノミナを忌み嫌って無視や辛辣な言葉をかけるのだ。


 ウィレムには信じられないことばかりだった。


 ウィレムは戸惑い、ゲイブと顔を見合わせた。

 本職の従者であるゲイブが頷き、この異変を伯爵に報せるよう促してもらわねば、事態は後手後手に回るところだった。


 最早、ウィレムの眼の前にいる娘はウィレムの知るノミナではなく、ノミナの身体にとり憑いているモノに過ぎない。

 本物のノミナはノミナ()嬢様・・の内側に閉じ込められている。

 だから、ウィレムはノミナをノミナ()嬢様・・と呼ぶ。


 ノミナの様子がおかしくなってから、ウィレムはノミナの居所を把握しておくようにしていた。


 そして、恐ろしい事態に遭遇した。

 ある日、ウィレムは男子生徒たちと悪事の密談するノミナを何とか私室に連れ戻す羽目に陥った。

 ノミナを連行する際に、男子生徒たちは使用人であるウィレムの出しゃばりに腹を立てたが、相手は伯爵令嬢であるノミナが地位で言うことをきかすことのできる子爵以下の令息たち。使用人とは言え、伯爵の命を受けてポールとノミナを監督するウィレムのほうが立場は上だ。

 ウィレムはノミナを叱ったが、それから一時間も経つとノミナはまた先程、密談していた場所で密談していた相手と会っていた。

 ウィレムはノミナを連れ戻して叱ることを二度繰り返し、三度目にこの異常さに気付き、ノミナの気力を削りきって寝込むように仕向けた。


 怖いのはこの悪事の密談の内容ではなく、密談自体だ。

 まるでからくり時計のように、彼らは密談を同じ場所で同じ顔触れでする。場所は男子生徒たちの溜まり場だとしても、施錠されている時間になっても密談はされる。

 彼らはどうやって鍵のかかっているはずの場所に入り込めたのか?

 ウィレムが学園の使用人に鍵を借りたように、彼らは学園の使用人を脅したのか?

 ノミナが寝込んでいる間にウィレムが密談の場所に行くと、男子生徒たちは虚ろな表情で壊れた音盤レコードをかけているかのように密談をし続けていた。

 異常すぎるその情景にウィレムは鍵の入手方法など、どうでもよくなった。


 それから毎日、密談をしようとしていたノミナを捕獲し、気力を削る日々。

 始めの頃はウィレムもいくら性格が変わってしまったとは言え、ノミナを傷付けることは躊躇った。しかし、ノミナの気力を削りきって眠りに逃げ込ませなければ、本来のノミナが望まない悪事の密談をさせてしまうことになる。

 密談がウィレムによって邪魔されない限り、密談をしようとするノミナと男子生徒たちの異常な行動は終わらないのかもしれない。


 ウィレムは徹底的にノミナを躾の名のもとに虐げた。身体に傷跡は残さないように配慮はしたが、それでも数十日に及ぶ連日の躾はトラウマを植え付けるほどひどいものだった。

 ある日、眠りに逃げたノミナは『あり・・・がとう』と口にした。

 ウィレムはそれを寝言か自分が夢でも見ているのかと思った。

 伯爵の家を出てから初めてノミナが感謝の言葉を口にしたのだから。

 それも我れながら精神的に追い詰め、眠りに救いを求めさすと言うろくでもないことをしている自覚のある自分しかいないところで。

 眠ったと思ったノミナが目を開け、『ありがとう。止めてくれて』と言った時、ようやくそれが現実だと実感した。


『ノミナ?』

『ウィレムが止めてくれてよかったわ。止めてくれていなかったら、私、もう、生きていけない』


 両手で顔を覆って泣き出すノミナはウィレムの知るノミナだった。


『・・・ごめん・・・なさい。・・・ひくっ。・・・ひどいこと・・・いっぱい言って』


 ウィレムにはそれで全部わかった。

 ノミナは自分の言ったこと、していることをすべて知っていることを。

 知っていても、自分を止められず、苦しんでいたことを。

 ウィレムは神や運命と言うものがあったら恨みたい気持ちだった。

 可愛い弟妹の意識を封じ、思い通りに動かして、苦しめる存在は許せるはずがない。


『気にしないでくれ。僕のほうこそ止めるためとは言え、怖い思いをさせた』


 まずは怖い思いをさせたことを謝罪をしようとするウィレムに、ノミナは首を横に振る。


『謝らないで。今は平気よ。でも、最初は怖かったわ。ウィレムが知らない人みたいで怖かった。・・・でも、目を見てわかったの。ウィレムはあんな目でポールや私を見ない。ウィレムはペニーと同じように私たちを可愛がってくれていたから、あんな憎しみの目で私を見たりしない。だから、ウィレムが見ているのが私ではない存在だとわかったの』

『ノミナ・・・』


 元のノミナが戻ってくるのはそれから時々あった。どうやら、ノミナを操っている存在が精神的に疲労しきって封印が弱まった時に、戻ってくるらしい。

 元に戻っている時間は長くても数十分。たった数分のこともあった。

 だが、それは伯爵とウィレムにとって朗報だった。呪いのような状況を変えることができると言う希望の一筋なのだ。


 ノミナの意識が封じ込めらていることを知る前から、ウィレムは自分の知らないノミナを別人だと思うようにしていた。

 実の妹と同じように可愛がっていたあのノミナが封じ込められていると知った今では、ノミナ()嬢様・・に殺意しか持てない。

 ノミナ()嬢様・・を殺せば、ノミナも死ぬとわかっているからこそ実行に移してはいない。

 それだけだ。


 ウィニフィール学園からポールとノミナを引き離せば元に戻るのではないかと伯爵は呼び戻そうとしたが、二人は帰省を拒否し、学園の寮に留まり続けた。

 だが、それも今日までのこと。

 伯爵は力づくでノミナだけを連れ帰ることにした。何かに操られているとはしても、親の指示を無視し、家族ノミナを守ろうともしないポールを見捨てることにして。

 国を出る決意をしている伯爵は、ポールならお仲間の王子や産みの母親である別れた妻の助力で国に返上したエスター伯爵位を手に入れるだろうと考えたからだった。


 伯爵はポールたちが取り巻きをしているイレイナ・ヨセドーフにとって、ポールがただの平民では意味がないと確信していた。その確信がどこから来るのかウィレムにはわからない。

 伯爵によるとエスター伯爵家の長男で次期エスター伯爵、それがポールの存在意義だ。

 同じ長男でも、伯爵の庶子である兄・パーシー・レンドルフはエスター伯爵になれないから価値はない。


 それを聞いたウィレムのイレイナ・ヨセドーフの印象は『肩書狙い』だった。

 ポールは肩書だけしか見てもらえず、ノミナはイレイナ・ヨセドーフにとって悪役。

 それを証明するかのようなノミナの豹変。

 ポールもノミナも大事な弟妹だと思っていたウィレムには、ノミナとポールの意識を封じ込めて乗っ取っている人格も、それを行っているイレイナ・ヨセドーフも許せない。


 ポールは放置していてもエスター伯爵になるから良いと伯爵は考えていた。

 だが、問題はノミナだ。ウィレムが何とかしなければ、本来のノミナが後悔するようなことばかりしでかすところだった。

 伯爵もノミナを連れて行かなければ、王妃になる娘に害をなした存在として、処刑をはじめとした悲惨な結末が待っているかもしれないと憂慮していた。

 だから伯爵はノミナだけを連れて行くことにした。

 初夜で花嫁に拒絶された伯爵だが、ポールとノミナのことは我が子として愛していた。


『ノミナはウィニフィール学園から離れれば元に戻るかもしれない。それに、あの女が王妃になれば、この国にノミナがいることは危険だ。この国自体がノミナの敵になるほど、おかしくなるだろう』


 いくら人が変わってしまったとは言え、妹のように思っていた少女に降りかかるだろう厄災にウィレムは血の気が引いた。

 確かにウィレムが悪さを止めなければそんなことをされても仕方がない。

 だが、ウィレムはノミナがそれができないようにしてきた。

 そう思う一方で、母親に暴力をふるっていた実父よりも父親らしいことをしてくれた伯爵がポールのことを口にしないことがウィレムは気にかかる。


『では、ポールは。ポールは、どうするのですか?』

『ポールがエスター伯爵位を手に入れられなくても、ポールの実父がエスター伯爵になり、ポールの母親はポールを伯爵にしようと躍起になるだろう』


 ノミナを連れて行くと告げた伯爵はウィレムの疑問にそう答えた。


 ウィレムは伯爵の想像通りウィニフィール学園から距離を置けばノミナが元に戻ることを祈り、横目で怯えるノミナ()嬢様・・を監視しながら、爵位の返上とポールとの絶縁をウィニフィール学園の卒業式で公表した伯爵が馬車に乗り込むのを待った。




□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□




 アクセルが食堂に姿を現すと、ノミナとウィレムの姿が既にあった。他の家族の姿は年長の子どもたち。

 ウィレムの母モリーはペニーと共に幼い子どもたちを起こして、連れて来ようとしている最中なのだろう。

 これが母国から二つ国を挟んだ仮住まいの家での毎朝の風景だ。


 いつもなら、アクセルが来たことに気付くまで、ノミナは対処に慣れていることから一日中面倒を見てくれているウィレムを罵っている声が食堂の外にも聞こえる。


 何かに憑り付かれているノミナは父親であるアクセルの前では借りてきた猫のように大人しい。

 それは悪役令嬢だからといって、父親に対しても傲慢になるのは許されていないからだとアクセルは考える。悪役令嬢の父親は娘を溺愛しているか、無関心かのどちらかで悪役令嬢たる傲慢な言動を野放しにしている。

 また、父親の愛情かそれがなければその権力を自分のものだと誤認し、自滅の道を選ぶのが悪役令嬢である。

 従って、ノミナはアクセルに対して表面上は従順だ。アクセルとは血の繋がりがないと知らないノミナは、父親を家長として敬うしかないからである。


 しかし、アクセル以外に対する態度は最悪だった。国を離れる前に離婚を成立させ、ウィレムの母親モリーと再婚したと言うのに相変わらずモリーを愛人呼ばわりし、ウィレムやペニー、その弟妹を愛人の子どもたちと呼ぶ。

 アクセルの姿がない食卓にはノミナの罵り声と他の子どもたちの感情を押さえつけられない声が飛び交うのだが、今日はそれがなかった。

 その為、アクセルは珍しくウィレムがノミナの癇癪にてこずらされて、二人がまだ降りて来ていなかったのかと思ったくらいだ。


 だが、そんなアクセルの戸惑いとは裏腹に子どもたちは明るい表情で話に熱中していて、食卓の上にアクセルの切り分けるパンとハムの塊もなければ、誰も席にも着いていない。


「おはよう」


 アクセルが声をかけると、ようやく子どもたちは気付いたようだ。振り返って、口々に挨拶が返ってくる。


「おはようございます、お父様」

「おはようございます、父さん」

「おはようございます、アクセル」


 呼び方は違っても、血の繋がりがあろうがなかろうが、アクセルにとっては大切な子どもたちだ。


「あのさ。父さん、――」

「ランス」


 嬉しさが耐えきれない少年がアクセルに何か伝えようとするのをウィレムが睨みつけて黙らせる。


「お父様。私・・・」


 何か言いたかったのか、ノミナは言葉を探した。

 躊躇うように目を伏せる仕草にアクセルは懐かしさをおぼえた。


「ノミナ?」


 力付けるようにウィレムがノミナの肩に手を置く。

 ノミナはウィレムの顔を見た後、意を決して父親に顔を向けた。


「私。元に戻れたみたい」

「ノミナ?! それは本当か?!」

「ええ。朝起きたら元に戻れていて・・・。もう、一時間以上経つのに、まだこうして話せるの」

「ウィレム?」


 確認するようにアクセルが目を向けると、ウィレムは嬉しさで崩れそうなのを堪えた顔で頷く。

 今までのパターンからノミナが元に戻ったかもしれない事実にアクセルの胸は高鳴り、感極まった声は震える。


「おかえり、ノミナ・・・」


 ノミナは広げられた父親の腕の中に飛び込んで言った。


「ただいま戻りましたわ、お父様」



 アクセルたちが母国を出て二カ月。観光とショッピングをしている以外は不機嫌なノミナに耐えていた家族たちの努力は報われたのだった。

続きは『それでも、俺は彼女を愛さずにはいられない』として投稿済みなので、これ以上は続きません。


ウィレム・・・ポールとノミナの兄代わりで優しいと思われているが、鬼畜なことも喜々と行う一面を持つ従者。母親が伯爵の元恋人で、兄パーシーとは違い、伯爵との血縁は一切ない。

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