ソウル一族
ここは魔の森の先端部。
曇り空の下、生い茂る木々の陰で地面が見えない程の暗さだ。
しかし、灰色の少女――フェイは、そんな暗さなど障害にならないとでも言うように、森を駆け抜ける。
途中で何度も魔物に遭遇するが、まったく気づかれていない。
彼女の隠密スキルの高さが伺える。
それだけではない。
彼女の速さはすでに人間の限界を超えている。
明らかに速すぎる。
それが、彼女もまた人ならざる者の一人である証拠だった。
(全く、人地獄が終わったら今度は魔物地獄じゃないの!)
心の中で、ある者を罵倒する。
それでも言ってることは正しいし、そもそも自分たちも、ある者に保護されている身だ。
自分たち一族の安全のためなら、自分が貧乏くじを引いたっていい。
ただし、それでも苦手だ。
人も、魔物も。
でもそれももう少しの辛抱だ。
魔王にさえ会えば、自分の任務はそれで遂行される。
後はあの人がやってくれる。
自分はそれまで走り続ければいいのだ。
それにしても、魔王は一体どんな人物だろうか。
あの『破壊の魔王』を倒すくらいなのだから、相当な強さを持っているに違いない。
『破壊の魔王』自体は会ったことは無いが、その強さは一族でも有名だ。
そして死にたがりでもあったと。
強すぎる事は自分すら傷つけるのだろうか。
だが、そんな事は自分に関係ない。
現魔王が理性的な人物であることを祈るばかりだが、もしも眼についた者は全部壊す!みたいな人物だったらどうしよう。
もしくは相当な女好きで、自分の身体を狙わないとも限らない。
いや!こんな美少女なのだから絶対狙われる!
「……美しすぎるのも罪なのね……」
客観的に見ればひどい自惚れだが、それを突っ込む者は一人もいない。
その間にも足は地を駆け、景色は移り変わる。
そこは家があった。
明るい色で塗られた三階建ての建物。
そして目には見えないが、何重もの結界が張られている。
だが、触れた相手を害する結界は無いようだ。
そこだけは安心だ。
「どなたですか?」
「きゃっ!」
後ろから声がした。
優しそうな声だ。
が、シェルの感知能力に全く引っかからなかったという事が重要だ。
自分の感知には自信がある。
それが効かないという事は、こいつが魔王なのか?という疑問が湧いた。
距離をとる。
もしも魔王だったら、自分の任務は終わったことになる。
しかし、この子が魔王とはあまり思えない。
魔王を倒すほど強いと思えない。
白い少女は不思議そうな顔をした後、手を叩いた。
その瞬間、パカンと足元の地面に穴が開く。
「……へ?」
シェルは重力に引っ張られ、穴に落ちる。
まるで一昔前のお笑いのような、使い古された展開だ。
視界が一瞬で黒く染まる。
「はぁぁぁぁああああ!?」
シェルの耳には、彼女の叫び声だけが響いた。
「ふっふっふ!
一体ジョーカーは何処かなぁーっと!」
「我が主!
我の9であれば右側ニ!」
「……それずるくね?」
「僕はババ抜きでも本気なんだ!」
「流石我が主!」
「……はぁ、着いて行けない」
何やってるかって?
そんなのババ抜きに決まってるじゃないか!
トランプ作成なんてスミスの手にかかれば楽勝なんじゃい!
これこそ才能の無駄使い!
というワケで僕とナイト、スミスは三階の丸机でババ抜きをしている。
シロネはレベルアップのために、魔の森へ行っている。
もうすぐ帰ってきそうだけどなぁ。
ビーッ、ビーッ、ビーッ!
僕達は警報音を聞いて、地下室へ急ぐ。
あれはトラップが作動して鳴る音だ。
いつの間に侵入者が来たんだろうか。
もしやシロネが危ないかもしれない。
……とか思ってた時期が僕にもありました。
シロネと合流して落とし穴部屋を見てみれば、そこには頭を打ってのびている、灰色の髪を持つ少女がいた。
肩まで届く灰色の髪に、百六十センチ程度の身長。
地味な茶色の服を着ている。
スカートでは無く、動きやすそうなズボンだ。
そして頭にはたんこぶ。
多分、落ちた時に頭を打ったんだろう。
少女が牢獄に……、これは薄い本が厚くなりますな!
冗談はほどほどにして、鑑定をしよう。
『種族:半霊人
LV150
名前:フェイ・ソウル
体力:4000
魔力:4000
筋力:1000
防御:750
俊敏:2000
耐性:600
運:100
霊力:15
種族スキル
「魂の器LV9」「魂鑑定LV5」
通常スキル
「隠密LV3」「仮眠Lv2」「魔力感知LV6」
「再生LV6」「我慢LV7」「変装LV7」
強化スキル
「俊足LV6」「耐久LV6」
魔法スキル
「霊魔法LV7」「生命魔法LV3」
耐性スキル
「飢餓耐性LV2」』
『魂の器:憑依された時、全ステータス倍増』
『魂鑑定:対象の魂を鑑定できる』
『霊魔法:対象または使用者の魂を操る魔法に適性を得る』
『生命魔法:対象または使用者の生命を操る魔法に適性を得る』
『霊力:霊界の住人が扱える力。
魂に直接干渉できる』
半霊人?魂の器?霊力?なにこれ?
とにかく起こしてみよう。
「おーい、起きなさぁーい!
でないとすごい事やっちゃうぞ!
エロ同人みたいに!」
「ハッ!」
「くそっ、起きたかっ!」
「何かされる直前だった気がするわ!」
もちろんエロい事するのは冗談だよ?
……冗談だよ?
それにしてもこの少女、魔力が素で四千とか人間止めてない?
いや、人間じゃないか。
半霊人ねぇ、幽霊と人のハーフって事かな。
初めて見るってことは、森の外から来たって事かな?
「ねー、何でここ来たの?」
「そ、それは~、ちょっと待ってて!」
そう言って目を瞑り、ぶつぶつと独り言を言い始めた。
なんかこの子危なさそうだな~。
独り言は中二病の始まりだよ?
いや、この世界自体中二病なんだけどさ。
中世ヨーロッパな世界とか、魔法とか、魔王とか。
その病気真っ最中の人が来たら、きっと喜ぶんじゃないかな?
と言っても、魔物とかがいるから結構シビアな世界なんだよなー。
僕なんてスキル奪えなかったら、百回は死んでたよ?
百回どころか、一生森から出ることなく死んでたかもしれない。
今はもう敵じゃないけどね。
とか思ってたら、雰囲気が変わった。
さっきまでの普通の女の子から、まるで魔王のような威圧感を放つ雰囲気へ。
そして目を開けた。
「……ふむ、フェイが上手くやって……くれたのかのう、コレは」
そう言ってたんこぶのある頭を抑え、鉄格子越しに僕を見る。
その紫の目は、冷静に僕を観察している。
まるで研究者が研究対象を見るような、見定めるような視線。
シロネとナイト、スミスは、僕がそんな目で見られることに抵抗があるようで、目が鋭くなり魔力が高まる。
少女を攻撃しないのは、僕が少女と会話中だからだろう。
僕は別に気分を害したりはしない。
それよりも情報が欲しい。
「君はさっきのフェイってことは違うよね?
何しにここに来たの?」
「それよりも確認じゃ。
貴様が『破壊の魔王』を殺した、現魔王じゃな?
そしてそこにいる三体は、貴様の配下で間違いないな?」
「まぁ、白い子は友達だけど、それ以外は間違いないよ」
「だったら問題ない。
『鑑定』すればわかるだろうが、私の名前はソウル。
『霊魂の魔王』じゃ」
鑑定してみる。
『種族:半霊人
『霊魂の魔王ソウル』憑依中
LV150
名前:フェイ・ソウル
体力:8000
魔力:500000
筋力:600
防御:900
俊敏:4000
耐性:800
運:200
霊力:100000
魔王格スキル
「霊魂の魔王LV9」
種族スキル
「魂の器LV9」「魂鑑定LV5」「霊体LV9」
固有スキル
「惰性LV9」「魂闘術LV9」
通常スキル
「隠密LV3」「仮眠Lv2」「魔力感知LV6」
強化スキル
「俊足LV6」「魔力増加LV9」
魔法スキル
「霊魔法LV7」「生命魔法LV3」「空間魔法LV9」
「召喚魔法LV9」「闇魔法LV9」
耐性スキル
「飢餓耐性LV2」』
ヘイヘイヘイ、急上昇しすぎじゃない?
『霊魂の魔王』?
いきなりヤバそうなヤツが来たよ。
「で?何しに来たの?」
「ああ、そうじゃったな。
でもその前に……」
そう言ってフェイ、いやソウルは右手を差し出した。
握手でもしようというんだろうか。
僕は何の疑いも無く、その右手を握ってしまう。
「握ったか。
それなら行くぞ。
『精神世界』」
は?なんか意識がなくなって……眠く……。
次に目を覚ました時、僕は真っ暗な部屋にいた。
なのに何故か周りが見える。
広さは大体六畳半、一般的だね。
その中には、写真と人形の山があった。
その写真と人形の山には見覚えがあった。
写真は僕がこれまで見てきた風景だ。
孤児院といじめっ子のみんな、ニージイ、シロネ、クロネ、ナイトとスミス、冒険者たちとギルドマスター、ロードタイガー、他にも何十もの写真が貼ってある。
人形も数十体あり、手のひらサイズから胴体程の大きさのある人形。
そのどれもが、僕が奪った魔物だった。
ソニックウルフ、エレメンタルバット、ロードタイガー、クロネ、ギルドマスター等々。
特にロードタイガーとクロネとギルドマスターの人形は、他の人形の何倍もあった。
「それが何だかもうわかったかの?」
僕の背後から声がした。
振り返って中央を見ると、二つの木製椅子が対になるように配置されていて、その一つにソウルが座っていた。
足を組んで、何処から取り出したのか紅茶を飲んでいる。
その表情は相変わらずこちらを観察しているようだ。
「で?ここって何処?
場合に寄っては殺すよ?」
「場合に寄らずとも殺していいんじゃよ?
ここは君の精神世界だから、現実の我や我の器には、全く危害などないじゃがの」
僕の精神世界?
だから僕が見た景色の写真しかないのか。
つまりこの部屋自体が僕の心?
なんだか寂しいね。
これは僕への当てつけかな?
だとしたら許さん。
「僕をこの世界に連れ出してどうするの?」
僕も椅子に座る。
真似して紅茶を取り出そうとすると、いつの間にか持っていた。
この世界は僕とソウルが自由に書き換えできるらしい。
ただし、元々あった物だけは消すことが出来ない。
そういうモノなのだろう。
「我は君を見定めたいのじゃ」
「見定める?」
「見極めるとも言えるの」
何言ってんだコイツ?
見極める?僕を?なんで?
今時中二病キャラなんて流行らないよ?
「何だかそこはかとなく馬鹿にされた気がするのじゃが」
「気のせいだね!」
こいつ超能力者か?
それともそういう空気なのか!
そんな事を思っていると、ソウルはあきれたような表情を見せた。
「はぁ、……こんなのが本当に『破壊の魔王』を殺したのかのぉ」
「もしかして馬鹿にされた?」
「もしかしなくても馬鹿にしたのじゃよ」
よし僕コイツ嫌いだ。
雰囲気から嫌いだったけど、性格まで嫌いになった。
早く帰りたい。
「まぁまぁ、そんなに怒るでない。
本題がまだだからのぅ。
ちなみに嘘は効かんぞ。
この空間では嘘は付けん」
試しに『僕は人間です』と言おうとすると、声が出なかった。
喉は震えてるんだけど、聞こえない。
というか、僕に分かる事なんて無いと思うけどね。
むしろそっちの方が、僕よりこの世界で生きてる年数が長いんだから、情報はたくさんあるはずだ。
「さて、本題じゃ。
君はこれから何がしたいのじゃ?」
何がしたい?
そんなの決まってる、世界征服だ。
そうでないと僕の方が襲われる。
人間と魔物が共存するワケが無いからね。
「それじゃあ、君は人類を滅亡させたいと?」
それもまた違う。
人間だってニージイみたいな人はいるだろうし、人を殺すのが好きってワケじゃない。
「君はただ、人間に襲われない様に、人間を支配しようと?」
まぁ、それが一番正しいね。
だから人間を無暗に殺そうとは思ってないよ。
……特に子供は殺さない。
約束だからね。
そんな事を語ったら、ソウルはその表情に笑みを浮かべた。
嫌味ったらしい意地の悪い笑みじゃない。
安心したような笑顔だ。
不覚にも可愛いと思えた位には、魅力的な笑顔だった。
「その答えに安心したよ。
人間全てを殺すと言えば、我は貴様の敵になった所だ」
そう言って、手に持っていた紅茶を消した。
姿勢を正し、真面目な顔になった。
思わず僕まで緊張してしまう。
「単刀直入に言おう。
我らと一緒に、この国を乗っ取るのじゃ」
この国を……乗っ取る?
滅ぼすんじゃなくて?
「そうじゃ。
正確に言えば、この国の王と貴族を殺し、我がこの国を統治する。
で、貴様は我に協力して欲しいのじゃ。
礼は君の世界征服を手伝う、でどうかの?」
詳細はこうだ。
どうやら半霊族はこの国、というか王と貴族に攻撃されてるらしく、人口も百人を切ったそうだ。
そもそも半霊族とは、肉体が存在しないゴースト『霊魂の魔王ソウル』が肉の身体を使う時、自分の魂に合った身体を常に使えるようにしたいと考え、人間に自分の力を分け与えた事で生まれた種族だ。
魔王の力を分け与えられただけあって、その生命力は凄まじく、僅かながら霊力と呼ばれる魂を操る能力を使える。
が、それでも数には勝てない。
だんだんと数が減っていく。
これに危機感を覚えたソウルは、この国を乗っ取ると決意したのだ。
ただし、余計な殺しはしたくない。
そんなことしたら、この国の市民の反感を買うし、ソウル自体もゴーストになる前は人間だったから、人間を殺す事はあまりしたくないそうだ。
だからこそ、この国を乗っ取るのだ。
そして僕には、その手伝いをして欲しいのだ。
作戦の成功率が少しでも上がるように。
いきなり物騒な話になったね。
ちょっと整理してみよう。
この誘いを受けるメリットは何だろう。
一つは魔王を味方に出来ることだ。
世界征服も捗るだろう。
しかし裏切る可能性もある。
が、それでもこの話は魅力的だ。
僕だっていつかはこの国を滅ぼすつもりだった。
それが早まるんだったらそれも良い。
「いいよ。
国を乗っ取った後の政治は、君に任せる」
どうせ僕が国を動かしたって、高校生程度の知能しかない僕が政治出来るわけない。
むしろ更に無茶苦茶になりそうだ。
だから、そういう事に特化した魔物を作る予定だったけど、まぁ別にいい。
それに魔王を一人味方につけたんだ。
これなら他の魔王が襲ってきても大丈夫かな?
「交渉成立じゃの」
そう言ってまた右手を差し出した。
僕はその手を握る。
ソウルはにっこりと笑った。
……とか思ったら意識が遠のいてきた。
全身が上空に引っ張られるような感覚が、一瞬だけした後、周りが暗くなる。
そして気が付いたら、魔王と握手した状態で落とし穴部屋にいた。
「我が主!
どうかしましたカ!」
僕の背後でナイトの声がした。
僕達のさっきの話は、現実の時間では一瞬しかたってないみたいだ。
が、もう話は終わった。
ソウルの手を握ったまま言う。
「それじゃあよろしくね。
魔王様」
「こちらこそよろしくのじゃ。
魔王君」
どっちも魔王って紛らわしいよね。




