窮鼠の代わりに影が虎を噛む(後編)
――ありえない。
ロードタイガーは驚愕していた。
何も見えない。
すべてが黒く染まっている。
魔力感知と熱感知を発動させるが、どうも調子が悪い。
いや、調子が悪いというのは少し違う。
魔力や熱は感知出来た。
正確には、周囲百メートルすべてに魔力と微弱ながら熱を感じるのだ。
さっきまで踏み潰そうとしていたシャドウの魔力と熱が。
それはつまり、これ自身がシャドウという事だ。
そんな事ありえない。
身体の形状を変えるスキルなら、何度か見た事がある。
シャドウ特有のスキルも影に潜るスキルだった。
だから影に潜ってもロードタイガーは特に何も感じなかっただろう。
ただ、面倒とは思ったかもしれないが。
だがここまで身体を変えるスキルなど見た事がない。
それだけではない。
この空間にいると、体力が少しづつ減っていくのだ。
そこまで気にする事では無いかもしれない。
自分の体力には自信がある。
それに、このくらい自然に回復する。
しかし、いやな予感がする。
シャドウがありえない形になり、更に体力が削れていく。
不思議なことが二つ同時に起こったのだ。
さっきまでのシャドウが原因としか思えない。
最初は二匹の魔物を見かけただけだった。
その光景に、ロードタイガーは目を疑った。
何故なら、別々の種族が仲良く歩いているのだから。
普通ならそんなことはありえない。
リトルラットとシャドウが仲良くするなど、猫と鼠が仲良くしているのと一緒だ。
いや、どちらも食うか食われるかの関係なので、猫と鼠よりもありえない。
――面白い。
ほんのちょっとした好奇心だった。
いわば、子供がアリの行列を乱し巣を埋める行為と一緒だ。
ただの遊びである。
咆哮。
それだけで大抵の魔物は一瞬で絶命した。
絶命しなくても身体が傷つき動かなくなる。
そこで頭を潰すだけ。
今回もそうなると思った。
予想通り、二匹は宙に舞い地面に落ちた。
シャドウがリトルラットを庇ったこと以外はいつもと同じだった。
そうなればもう狩りではない。
命を奪うという作業だ。
あとは頭を潰す。
それで終わる。
――終わるはずだった。
そして冒頭につながるのだ。
逃げればいいのかもしれない。
自分の速さがあれば、一瞬で逃げられるだろう。
そうすればこんな嫌な予感は無くなる。
だが、その逃走という行為をロードタイガーのプライドが邪魔した。
たかがシャドウに逃げるるのか?
少しいやな予感がするからと言って逃れるのか?
この虎の王が退散するのか?
否だ!
この虎が敗北するなどない!
この俺が敗れるわけがない!
この王が負けるはずがない!
王には勝利しかないのだ!
このような愚か者など一捻りだ!
それは明らかな傲慢であった。
それも仕方ないのかもしれない。
ロードタイガーはこの世に生まれて三十年、自分以上に強い者など、父とあるものだけなのだから。
そして父が三日前に老いで死んだ今、虎の王は自分になった。
虎の王とは、虎の魔物の中で一番強い個体にのみ取得できるスキルだ。
三日前は父が虎の王だった。
だが父が死んだ今、虎の王は自分になったのだ。
自分が虎の王になった時は、全能感が身体を支配した。
それは今もだ。
いずれは自分以上に強かったもの――
――魔王すら超えることが出来るかもしれない。
この森を作った主に、勝てるかもしれない。
そうすれば自分が魔王になる。
世界に五体しかいない魔王の一人となる。
想像しただけで心が震える。
自分が愚かな魔物や人間どもを蹂躙するのだ!
そのためには、シャドウなど恐れるに足りない。
恐れる必要など微塵もない。
ロードタイガーはもう一度咆哮する準備をした。
咆哮でこのわけのわからない黒を吹き飛ばすのだ。
口を開く。
「させねぇよ」
その瞬間、身の毛がよだった。
何だこの声は!?
どこにいるんだ!?
何をするつもりだ!?
その声は恐怖そのものだった。
それはまるで――
――魔王のような。
「ガァァァァアアアアアア!!!」
それはもはや咆哮ではない。
悲鳴であった。
魔王の恐怖。
それはすべての生命が持つ、死の恐怖と同じなのだ。
それでも黒は消えない。
ロードタイガーは無意識に一歩下がる。
怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!
足が震える。
涙が溢れ出る。
視点が定まらない。
実際には一分もたっていない。
しかし、ロードタイガーには無限の時間に感じた。
しかし、それは唐突に終わった。
黒が収束していく。
それは人の形になった。
さっきのシャドウのように全身真っ黒だが、身長は百七十センチある。
そして三頭身だった身体は、七頭身になっている。
そして黒いズボンと黒いローブコートを着ており、フードで顔を隠している。
一見人間のようだが、フードで隠せていない部分まで黒であり、唯一目の部分だけが赤く光っている。
「……なるほどね、こういう風にも使えるのか。便利だね~」
ロードタイガーはまたまた驚愕した。
今度は人間の姿になったのだ。
驚かない方がおかしい。
なんだそれは。
魔物が人間の姿になるだと?
そんなのもはや魔王みたいどころではない。
まさしく魔王ではないか!?
もうプライドなど関係ない。
逃げなければ。
そうでないと殺される!
「逃がすとか思った?」
ロードタイガーは自分の身体の異変に気が付いた。
動けないのだ。
意思が動こうとしても、身体が動かない。
ロードタイガーはこの事に驚愕した。
理解出来ない事に驚愕したのではない。
この現象を理解できたから驚愕したのだ。
ロードタイガーはこの現象の原因を知っている。
何度も見た事がある。
今回は立場が違うだけだ。
――威圧だと!?
そう、これは自分が持っていたスキル、威圧なのだ。
代わりに自分が威圧を使おうとしても、まったく反応しない。
「あ、やっとわかった?いや~何とかレベル一のスキルだけは奪取出来たよ」
なんなんだ?
何なのだこれは。
なぜ王である俺がここまで追い詰められなければいけないのだ?
「じゃ、今度はレベル二のスキルでも奪取してみようかな」
シャドウの右腕が煙のようになる。
ロードタイガーは直感で分かった。
これがさっきの黒の正体だと。
黒い煙がロードタイガーに迫る。
逃げようとしても、身体が動かない。
完全に立場が逆転している。
もう自分は奪う側ではない。
奴に奪われる側になったのだ。
ロードタイガーに黒い煙が纏わりつく。
それと同時に力が抜けていくのが分かる。
だが、ただで奪われるわけにもいかない。
ロードタイガーは全力で体を動かす。
威圧にも身体が慣れた。
逃げなければ!
「はい、レベル二のスキルも奪取っと」
なんだ?
身体がまた動かない。
しかしこれは威圧によるものではない。
もっと根源的な何かが削れていく感覚だ。
息が出来ない。
「レベル三のスキルも取得」
死が近づいてくる。
シャドウの事ではない。
本当の死が近づいてくる。
「レベル四のスキルも取得」
いやだ、生きたい。
まだ死にたくない。
「レベル五のスキルも取得」
憎い。
すべてを奪うやつが憎い。
出来るなら今すぐやつを噛み千切りたい。
「レベル六のスキルも取得」
ああ、だがそれでも。
「レベル七のスキルも取得」
後悔することがあるとしたら。
「レベル八のスキルも取得」
こんなやつに、戦いなどするべきではなかった……。
「レベル九のスキルも取得っと、あれ?虎の王と王の威圧がゲットできないぞ?流石にそういうのは無理なのかな?」
この瞬間、一匹の虎が死んだ。
お待たせしました。
ここからどんどん主人公が強くなってきます。
ただし、まだまだ苦難は続きます。




