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そんなあの娘は荷物持ち


「くしゅん! 覚えてなさいよーーーっ!!」


 また今日もベルシャが捨て台詞を残して去っていく。

 

「おととい来やがれー」


「一昨日も来てたけどね……」


 いい加減諦めてくれないもんかねぇ。

 最初のうちは退屈な道中よりはいい思ってたが、毎日やられると飽きても来る。手ごたえがないというか生ぬるいというか……。

 桜が魔法を使えるようになったおかげで戦闘が楽になったというのもある。

 マリーナは敵を蹴散らすのに有効な魔法が得意だが、桜の場合は敵の攻撃を邪魔したり、こっちの隙をフォローするようなトリッキーなものが多い。

 さっきも危なく後ろをとられそうになったが、とっさに呼び出した鉄の精霊が受け止めてくれた。

 花の精霊を呼び出したと思えば、花粉をばら撒いてくしゃみ攻めにしたり、魔法の使い方がなかなか面白い。


「さ、怪我なおそうねシェズくん」


「あ、まだいいって!」


 俺が止めるのも聞かず、鎌フェレットの三匹目を連れて俺の元に来ると、薬を頭に塗りだした。

 薬といってはいるが実際は光の球のようなもの。髪の毛だろうが服の上からだろうが治療をすることができるらしい。

 便利なんだけど、これもなぁ……。

 体が楽になると同時に、自由を奪われていく感覚。

 あぁ、もう少し暴れたかったぜ……。





「……あぁ、終わったの?」


 頭の上があったかい。

 朝倉さんの治療のおかげで、気持ちよく目が覚める。


「お疲れさま、誠くん」


 そう言って微笑む朝倉さん。

 

「こっちこそ、ありがとう……」


 僕はそう言って目を逸らした。

 朝倉さんは次に王子の怪我の治療を始める。

 治療魔法が使えるようになったことで、王子にも役目が出来た。


「大丈夫、アル王子?」

「いえいえ、なんのなんの。君たちを守るためなら、私は幾らでも盾になりましょう!」


 敵の攻撃を喰らってボコボコになった鎧の上を朝倉さんの白い手が滑っていくと、王子は気持ち良さそうに目を細める。


「幾らでもって言いますけど、そのおーじ様を守っている鎧を運んでるのはわたくしなんですからねー」


 エミカはそう言って、まだ治療を受けていない頬っぺたの傷を人差し指でツンとつついた。

 呻く王子を見て、ペロリと舌を出したエミカはすかさず僕の後ろに隠れる。


「エミカちゃん、あんまり意地悪しちゃだめだよ」


 呆れた様子で言いながら、朝倉さんは王子の顔に触れた。

 その癒しの光が王子の整った顔をさらに綺麗にしていく。美肌効果もあるのかね。


「さぁさぁ、もうすぐ港ですよ、みなさん♪ 急いで出発しましょーっ」


 軽快にステップを踏みながらエミカが馬車に戻っていく。

 

「今からなら、日が沈む前に着けるでしょう」


 馬車の手綱を握るフレドさんが言った。

 王宮の使用人にして、王子のお目付け役。さらに馬車の操縦が得意という事で、旅立ちからずっとお世話になりっぱなしだった。基本的に無口で決して自分からは前に出ない奥ゆかしさ。執事の鏡だと思う。


「それじゃ、お願いします」


 フレドさんに挨拶をして僕たちもワゴンに戻る。

 遠くから吹く風が、微かな潮風を運んできていた。

 



 王宮のある星都も賑やかだったが、「星の尻尾」と名が付いた港町もそれに負けない活気があった。

 もうそろそろ日が暮れようかという頃だったが、道の真ん中には人々が行きかい、色とりどりの灯りを付けた屋台がひしめいている。


「すごーい」


 朝倉さんがその光景を見て、しきりに感心していた。


「海を越えて物や人が集まってくるからね。珍しいものも一杯あるわよ」


「でも、やっぱりここに来たら、美味しいシーフードですよっ」


 満面の笑みで僕の腕を引っ張るエミカ。

 反対側の手は上品でいかにもお値段が高そうなレストランを指していた。


「うーん、ああいうのはちょっとな……」


 生まれ持った平民感覚が、どうにも拒否反応してしまう。

 豪華な食事の席で失礼のないマナーなんて披露できそうにないし。


「それに……ね」


 埃にまみれた服を見て朝倉さんが言った。ああいう店にはドレスコードっていうものがあるもの。こんな汚れた格好では追い出されるかもしれない。

 そういえば、ずっと制服だしな……。

 下着は現地調達したものを着けているけれど、それ以外は一番慣れているというか着やすいという事でずっとそのままだった。

 流石に、そろそろ何とかするべきか……。

 と、ちょうどいいタイミングで服を売っている露店が目に入る。

 僕が近づくと、先に店員の方から話しかけてきた 

 

「お! お兄さん、流石だねぇ」


 急に褒められて戸惑う。ああ、こういうの苦手なんだよな……。そしてこの手のはこっちの意思にかかわらずおしゃべりを続けるわけで。


「今、流行りの勇者ファッションをもう着こなしているじゃないか」


 そう言って、僕の制服を指さした。

 ん?

 慌てて品物に目を移すと、そこには僕の着ているのと殆ど変わらないブレザーがハンギングされている。

 朝倉さんの着ている女子用もある。


「星都から旅立った勇者のニューファッション! こいつの商品化は俺の店が一番だと思ったんだけどなぁっ」


 え、えーと……。

 つまり、これ僕たちのコスプレ衣装って事?

 よく見たら隣には、見覚えのある宝石と竜の紋章が付いた剣も置いてある。

 セット価格でお得だって!


「……とりあえず、予備に何着か買っていくか……」


 あ、剣はいらないです。




 とんとん拍子に衣服を調達した僕たちは、夕飯をとることにした。

 エミカは最後までゴネたけど、やっぱりもう少し庶民的な所で落ち着くことにする。

 落ち着くといっても、そこは繁華街、笑い声と喧噪が店の中も外からも聞こえてきていた。


「この店のカニとロブスターは凄くお勧めよ」


 マリーナさんが言うよりも早く、エミカはウェイトレスをがっしり捕まえて、メニューのあれやこれやを指さしていた。 


「はははは、何でも頼んでくれたまえよ!」


「さっすが財布、まるで王子様みたーい♪ あ、イセシュリンプも一匹追加でー」


 エミカってさりげなく酷いことを言うよな……。


「イセシュリンプって……なんだろ……」


 朝倉さんが呟いた。

 この世界に伊勢湾は無いよなぁ……。きっと別の言葉なのだろう……。


「うふふふ、さっすが港町っ。海産物がこんなに食べられるなんて、天国ですかここはーっ」


 運ばれてきた料理を凄い勢いで消費していくエミカを見て、僕は思わず苦笑いを零す。


「あ、本当においしいです、マリーナさん」

「でしょ?」

「うふふ、次、変わりますね」


 気が付けば朝倉さんも結構なペースだ。マリーナさんと交互に入れ替わっているからだろうか。


「おい、お前ももっと食えよ」


 もの凄く不機嫌そうに、シェズが言った。


「食べてるよ、ちゃんと」


「そんなちょっとで足りるのかよ? いざって時に空腹で倒れられても困るの俺なんだぞ」


「うっさいなぁ……」


 まぁ、機嫌が悪いのはなんとなく解る。

 基本的に感覚が共有できるのは視覚と聴覚だけで、その他の感覚は体の主導権を持っていないと伝わらないのだ。

 今のシェズには美味しそうな料理が見えているだけ。そりゃあイライラもするよね……。


「お、そうだエミカ。あれとって、こいつに飲ませてやれ」


「? これですか?」


 テーブルの上にあるコップをとって僕に差し出してきた。

 なんだこれ。


「美味いぞ、一気に行けっ」


 シェズに言われるままに口をつけてみる。

 ん……なんだこれっ、苦っ……ってこれ、お酒じゃないかっ!

 思いっきり飲んじゃった……うぇぇ……。


「おお、イケる口ですか、誠様ー?」


 イケない! イケないよ! ダメだよ!

 お酒はハタチになってから!


「さぁさぁ、もっともっとーっ」


 エミカが無理矢理コップを傾けてきた。

 やめてーっ!


「あははは、いいぞ、誠くんっ。いーい飲みっぷりだっ!」


 すでに真っ赤な顔の王子が自分のグラスをエミカに渡しながら言った。

 酒頼んでたの、こいつかーっ!

 うっ……なんだか頭がぼーっとして、自分が自分でなくなるような……。


「うおっしゃーー!」


突然、体の自由が利かなくなった。

 嘘だろ、体取られたっ!?


「ふははは、おい店員、カニ追加だっ! あと酒もじゃんじゃん持って来い!!」


「こら、シェズ……やめろって……」


 僕が止めるのも聞かずに、シェズは料理をむさぼり、酒をグビグビ。

 うぅ、やめて……。

 いつもと違って半分起きているせいだろうか、味も動いてる感覚も、なんとなーく伝わってきてるような……。

 って、それ、余計にまずい……気持ち悪い……。


「おうアルフォンス、そっちの酒も貰うぞ」

「ふははは、なんの、私はまだまだ注文できるぞー!」

「もー、あんた達いい加減にしなさいよね……」


 みんなの喧騒が聞こえてくるのが少しだけ遠く感じる。


「シェズ様、わたくしのカニ取らないでくださいーっ!」

「そうだよ、お行儀悪いよシェズくん」


 ……まぁいいや。少し寝てしまおう……。






 気が付くと目の前は真っ暗で……。

 そこが灯りの消えた部屋の中だと気が付く。

 宿に入ったのか。隣……というか部屋の隅では王子が寝息を立てている。

 頭が痛い。けれどいつもの殴られた痛みとは違うな……。


「ったく、お前、どれだけ飲んだんだよ……」


 ……返事がない。

 酔いつぶれるほど飲んだのか……ったく、人の体で……。

 僕の……体か……。

 ベッドの上で体を広げて、その重さを預けてみると。

 ゆっくりと沈む感覚が全身で感じられて。

 ああ、自分の身体なんだなと確認をする。

 でも今は自分のものだけではないんだよな……。


 うう、考え事してたらトイレ行きたくなってきた……。

 部屋を出る。

 気が付いたら知らない場所にいるってのも、どうにも慣れない。

 窓の外を見ると、さっきまでの喧騒が嘘の様に静まり返る町が見えた。

 そんな時間でも宿の一階には夜の番をしているおじいさんが起きていて、トイレが外の小屋にあると教えてくれた。


 用を足して外に出る。

 すると、月明かりに照らされた人影が歩いてくるのが見えた。

 小さな体と、それと同じくらいありそうな大きなリュック……。


「エミカ……?」


「ひゃっ!」


 急に声をかけたせいで驚かせてしまったようだ。

 背筋をピンと伸ばしてゆっくりとこっちを向く。


「何だ、誠様でしたか……」


「ごめんごめん……エミカもトイレ?」


「レディにそういう事聞きます?」


「ご、ごめん……」


「ふふふ。冗談ですよ。わたくしは、ちょっと夜の町をお散歩してただけです」


 そう言って、エミカは近くにあった花壇の縁にちょこんと腰を下ろした。


「一人じゃ危ないよ……」


 僕も何となく隣に座ると、エミカの姿を見た。

 小さい身体……。ちゃんと聞いたことないけど、多分、僕と同じかそれより下の年齢だと思う。

 言動も子供っぽいし。でもどこかしっかりしてて。

 何というか、ちゃんとしてるっていうか。

 

「心配してくれるのは嬉しいですよ、誠さん」


 僕の視線に気が付いたエミカは、口の両端を上げてフフッと零した。


「でも、心配をさせてるのはそっちも一緒ですからね」

 

 そう言って優しい目をしてこちらを見た。

 はは、確かに。今もきっと頼りない顔をしている事でしょう。まだ頭痛いし……。

 

「シェズ様、いつもはお酒なんか飲まないんですよ」


「えっ? そうなの?」


 あいつ宴会とか凄く好きそうなんだけど……。


「飲まないというか、飲めないというか。とにかく、本当はすっごく苦手です。あの人、ああ見えて舌がお子様なので」


 何やら嬉々として話してるけど……。ああ、酔いつぶれて寝てるって察して言ってるのか。


「よく理解してるんだね、シェズの事」


「ずっとお世話になってますからね。だから、なんとなく解りますよ、あの人の考えてる事は。だから、きっとああやってはしゃいで誠様を元気づけようとしてたんだと思います」


 そう言って空を見上げてから、もう一度僕の顔を見た。


「誠様、ここの所、ちょっと落ち込んでましたよね?」


「…………」


 僕は思わず黙ってしまった。

 そのままでいる事も出来たけど、真っ直ぐに見つめる瞳を見ていたら、つい肩の力が抜けてしまった。


「凄いな、エミカは……」


 僕は頭をかきながら真ん丸の瞳から目を逸らしてしまった。


「朝倉さんもマリーナさんも魔法が使えて、エミカは荷物持ちとしてしっかりサポートしてるし、王子だって……」


「あれは財布と盾ですので気になさらず」


「本当に酷いこと言うな、君……」


 またペロリと舌を出して、エミカは黙った。

 それを見て一つため息を落とす。


「でも、僕は何にも出来ないから……力だって弱いし、頭だってよくないし。本当はこの身体だってシェズが使えば良いんだ。なのにそれすらも出来なくて……」


 言ってて情けなくなってくる。感情を抑えようとして言葉が詰まる。

 これ以上喋ったら、本当に挫けてしまいそうで。


「……全く、厄介なお荷物ですね」


 ぐぐ……本当に酷い……。

 僕は思わず肩を落とす。でも、そういう事だ。

 僕がこの仲間たちの中にいる理由。それがあまりに無さ過ぎて。

 なんとなく壁を感じてしまっている。


「誠様はそんなに弱い人間じゃ無いですよ」


 ブラブラと足を振りながら、エミカが言った。


「前に桜様とマリーナさんに聞いたんです。初めて入れ替わった瞬間っていうのは、桜さんの助けてとマリーナさんの助けなきゃが入れ替わったんだって言ってました」


 そういえば、そんな事を言っていたっけ……。


「でも誠様とシェズ様の場合は、違うんですよ。どっちも同じなんです」


「同じ……?」


「誠様、いつも助けてなんて思ってないじゃないですか?」


「え、そんな事ないよ……?」


 いつだって戦ってるときは怖いし……。


「でも、誠様は自分よりも先に誰かを助けたいって……桜さんでも、ほかの人でも……違います?」


 そう……なんだろうか……。

 確かに、朝倉さんが襲われていたら助けなきゃって思うけど……。


「だから、強いんですよ誠様は。なにしろ、あの自己中わがまま自分勝手なシェズ様を抑え込んで身体掌握できる位ですからねー」


 本当によく理解してるな……。

 まだ起きるなよ、シェズ……?


「だから、そんなに悩まなくて大丈夫ですよ。わたくし達はちゃんと誠様も仲間だと思って頼りにしてますから」


「そっか……ありがとう……」


 なんだか、少し気分が軽くなった気がする。


「礼には及びません。お仕事ですからっ」


 そう言ってピョンと立ち上がると、背負ったリュックをこちらに見せた。


「悩みは心を重くする厄介なお荷物、ですからね。わたくしがしっかり預かりますのでっ」


 ピシッと敬礼ポーズを取ってエミカは微笑んだ。

 思わず僕の頬も緩くなった。


「フフフ、悩みは吐き出した方がスッキリしますからね。困ったときは、たくさんお酒飲んでシェズ様寝かせて、わたくしにご相談くださいませ」


 ははは、確かにシェズに邪魔されないようにするには良いかもしれな……うっ!

 安心したら、また気持ち悪くなってきた……。


「ごめん、ちょっとトイレ……」


 吐き出してスッキリ……きっとこういう意味じゃないよな……。

 せっかくのいいアイデアだけど、僕ももうお酒は飲みたくないなと心底思った……。


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