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聖なる少女は光を放つ

 気が付くと、僕の体は揺れていた。

 目を開くと、そこには朝倉さんの顔があって……。


「起きた?」

 

 慌てて飛び起きると、そこは幌に囲まれた狭い空間で。

 カポカポとリズム良く聞こえてくる音が馬の蹄のものだと気が付くと、ようやく馬車の中にいるのだと理解した。

 星都を後にして早一週間。

 僕たちは街道を辿り、港を目指していた。

 魔王の居城は海を越えた先にあるという。

 途中、何か所かある宿場町で買い物や休息をとったが特にこれといった事件もなく。

 時々襲ってくる魔王の手下と街道でやりあうくらいだった。

 そして、ちょっと前も……。



「待っていたわよ勇者! 今日こそ聖女をもらい受けるわよ!」


 と意気揚々に例の赤い女の子がやってきた。


「うわー、また来ましたよ」


「懲りないわねぇ」


 エミカとマリーナさんは露骨に面倒そうな顔をして言った。

 そして、こうなると手早く終わらせたいので。


「それじゃ、行きますよ誠さーん!」


 問答無用にフライパンが飛んでくる……。



 で、気が付けばいつの間にか出発している……こんな事を何度も繰り返してきた。


「どうせならもっと強い奴つれてきてくんないかなぁ」


 無責任にシェズが言った。


「勘弁してくれ……」


 僕は痛む頭を摩りながら心底思った。

 どうしてこんな目に……。


「すまない、誠くん。私の怪我が治っていれば君一人に戦わせないで済むのだが……」


 荷台の隅で鎧の塊が何か言っていた。

 残念王子は星都を出る時にどうしてもと一緒についてきた。

 正確には。馬車を借りたら一緒についてきた……。

 王家の使う豪華なものではなかったが、それでもそれなりの大きさの荷台は軍の遠征用に使っていたもので、馬も良く訓練されていたし、スピードもなかなかだ。

 この優良物件の所有者である事を振りかざし、ほぼ無理矢理ついてきたのだ。

 とはいえ、その権力は宿泊や買い物の時にも有効で、快適な旅が出来ているのは、この人の力でもある。

 いつの世だって、金は強いんだ……。

 

「いえ、王子は気にしないでください」


 結局、パーティーのなかで戦えるのはシェズとマリーナさんだけ。

 だからといって、マリーナさんだけを戦わせるわけにもいかず、結果として僕は体を差し出す事になっているというわけだ。

 

 とはいえ、自由に体の主導権が入れ替えられないのは、いい加減どうにかできないものか。

 このままでは僕の脳細胞が全滅してしまう……。

 ふと朝倉さんの方を見てみる。

 朝倉さんはマリーナさんと意識的に主導権を譲り合っているようで、基本的には戦闘時以外は彼女のようだ。

 たまにシェズと王子に激しいツッコミを入れる時はマリーナさんになってるみたいだけど……。

 二人みたいに、自在に入れ替えられる方法はないものだろうか。

 何か参考にならないか様子を伺う。

 ……可愛い……ってそうじゃなくて。

 視線に気が付いたのか朝倉さんは読んでいた本から顔を上げ、僕の方を見て首を傾けた。


「どうかした?」


「あ、いや、何でも……ってあれ?」


 僕はようやくそこで気が付いた。


「本、読めるの?」


 表紙に書いてある文字が気になって目を凝らしてみる

 アルファベットにも漢字にも似てる気がするけれど、実際はそのどちらとも違っている。

 見たことのない文字の筈……なんだけど……あれ?


「精霊図鑑って書いてある……?」


 そう、なぜか読めてしまった。

 しかも「せいれいずかん」って日本語じゃん。なんで?

 目を白黒させている僕を見て、朝倉さんはクスっと笑った。


「この世界には常に目に見えない精霊が存在していて、その中の一つに言霊っていうのがいるのよ」


「で、この言霊さんが私や真島くんみたいな人にも言葉を翻訳してくれてるんだって」


 マリーナさんと、なぜか朝倉さんまでが得意げに言った。

 そして、ちょっと照れた笑いを浮かべながら


「丁度、この本に書いてあったんだけどね」


 なるほど……。道理で言葉に不自由しないわけだ。

 これが元の世界で使えたら外国語の授業が無くなるな……。


「それにしても、精霊って沢山いるんだな……」


 本を後ろから覗き込んで、挿絵の量にびっくりする。

 マリーナさんがよく呼び出してる羽の生えたトカゲも載っていた。

 サラマンドラは火の精霊で、シルフィーが風の精霊。

 何だこりゃ、鍋の精霊って。こんなのまでいるのか。


「読み終わったら、貸してあげるね」


 そういいながらまた本に視線を移す。

 読書に没頭している姿を見て、僕は何となく教室で見つめていた時のことを思い出していた……。

 ……ちゃんと、帰れるんだろうか、元の世界に……。



 日がだいぶ傾き、西の方の空が赤くなってきた。

 次の宿場町まであと少し。

 地図を見るまでもなく、それまでの経験からなんとなく解った。

 だいたい馬車で一日進める距離を測って配置しているのだろう。それだけ交通が整備されているという事だ。

 ただし、向かう先が解っている以上、待ち伏せる方にも都合がいいわけで。


「待っていたわよ、勇者たち!」


 と、数時間前にも似たような事を言っていた女の子の声が聞こえてきた。

 はぁ……。

 ため息をつきながら後ろを見ると、すでにエミカが目を輝かせながらフライパンを握りしめている。

 なんだこの子、もしかしてそういうのに目覚めちゃってないよね……?

 残念だけど、こっちはそういうのには、まだまだ慣れそうにないわけで……。

 ゴチーンと派手な音と共に、僕は意識を失う……。




 交代する度に痛いってのは俺も流石にどうかと思うが……。

 ずっとじっとしてなきゃならない事に比べたら、全然と言って良いほど些細な事だ。


「おい、赤女。今度はもう少しマシなの連れてきたんだろうな?」


 もうウッドマンは飽き飽きだ。


「誰が赤女よ! アタシはベルシャ! 覚えときなさい!」


 叫びながら女は手を振り上げて、穴を開いた。

 ほぉ……いつもより大物だな。

 空に浮かんだ穴の中から、巨大な脚がまず降りてきた。

 ズンと地面を響かせて現れたのは、太い尻尾とデカい顎を持った肉食獣。


「行きなさい、タイラント・レックスーっ!」


 ベルシャの号令と共に巨大なトカゲは二本の脚を器用に使って突撃してきた。

 こっちもデカい剣がいるな。


「エミカ、大剣!」


「りょーかい、しましたーっ!」


 俺はエミカの元に駆け寄り剣を受け取ると、そのまま突撃してくるタイラント・レックスの眉間めがけて剣先を向ける。

 

「がああああっ!」


 ぶつかる直前、大きく口を開けたかと思うと奴は自分の軌道を左に変えた。

 そのまま尻尾を振り回して、構えた剣先にぶつけてきた。


「うぉっと!」


 剣先が弾かれて、俺は体勢を崩す。

 なんとか支えようとしたところに、素早く方向を変えた奴の頭が飛び込んてきた。

 強烈な頭突きを喰らった俺は、後ろに突き飛ばされた。

 流石にデカいだけあってパワーも上々。

 だが、それ以上にスピードが脅威だ。

 体勢を立て直す前に次の一撃が迫ってくる。

 尻尾の薙ぎ払いを大剣で受け止める。

 ちっ、今のはタイミングが合えばぶった切れたはずだぜ。


「ああっシェズ様!」


「流石に一人じゃ無理そうね」


 マリーナが飛び出してきて、精霊を呼び出す。


「精霊召喚!」


 サラマンドラが尻尾の剣を大きく振りかぶった。

 特大の火の玉がタイラント・レックスの顔面で破裂する。

 チャンス!


 俺は剣を握り直し、剣を大きく振りかぶった。

 その時だ。


 ジリリリリリリリリリリリリリリリッ!


 な、何だ!?

 突然、けたたましい音が鳴り響いた。

 金属同士が激しく叩き付けられる音。


「な、なにこの音!?」

「これ……目覚まし時計……?」


 桜が呟くと同時に、俺は体が硬くなるのを感じた。


「う、うーん………」


 まずい、誠が……目覚める……! 





 聞こえてくる、ベルの音……。

 ああ、起きなきゃ……。

 無意識に手を伸ばした先には何もない。そこでようやく目を開けることをすると巨大な顎と鋭い歯がすぐ近くまで迫っていた。


「うわあああああああっ!?」


 恐竜っ!? ティラノサウルス!?

 僕は慌てて踵を返し、全力で逃げる。


「てめぇ、何起きてんだよ!」

「し、知らないよ!」


「アハハハ、さっすが魔王様直伝の覚醒魔法ね」


 ケタケタと笑いながら、女の子が言った。

 その手にはアナログ式の目覚まし時計が握られていて、激しく振動しながら場違いな音を鳴らし続けている。

 な、なんだあれ!?


「ちくしょう、魔法のアイテムかよ……!」


 いや、どう見ても目覚まし時計にしか見えないけど……ってそんなこと気にしている余裕はない!

 僕の真後ろで歯がかみ合う音がした。

 ヤバいぞ、これ!


「誠くん!」


 マリーナさんの魔法がもう一度、恐竜の動きを止めた。


「やっぱり聖女が邪魔ね……まぁ少しくらい怪我させても、いっか。先にその女の方やっちゃえ、タイラント・レックス」


 恐竜の視線がマリーナの……朝倉さんの方を向いた。

 ま、まずい!

 僕は慌てて朝倉さんの前に立つ。

 恐竜の顔面を受け止めた僕の体が、大きくすっ飛ぶ。


 派手に地面を転がって、僕は全身を走る痛みに悶える。

 痛い……動けな……。


「真島くん!」


 朝倉さんが叫んだ。

 逃げて……。

 そう伝えたいけど、言葉が出ない。

 僕の意思とは裏腹に、朝倉さんは駆け寄ってきて、傍らにしゃがみ込んだ。


「マリーナさん……代わって」


 真剣な面持ちで、朝倉さんが言った。

 何を……言って……?


「出来るの……?」

「解らないけど、できると思う」


 そして朝倉さんは首を横に振り。


「やるよ」


 まるで自問自答のように言葉をつないだ。

 そりゃそうだ、喋っている体は一つなんだから。


「お願い、出てきて……」


 朝倉さんが瞳を閉じ、祈るように手を合わせると。

 足元から三つの光が飛び出して、そして消えた。


「これ……」


 朝倉さんの周りに、真っ白い体を持つ、小さな動物が浮いている。

 胴が長くて目の周りに隈取のような模様。見たことがあるぞ、これ……フェレット……?


「なに、そのちっちゃいの!? そんなのでタイラント・レックスに適うわけないでしょうが!」


 女の笑いと共に、恐竜が朝倉さんの背中に迫ってくる。

 ダメだ、やられる……!

 そう思った時、突然大きな音が鳴り、空気が震えた。


 ジイィィィィィィィィィィンッ!!


 フェレットのうちの一匹の手に金属製のお皿が二枚……シンバルだ。

 もう一度、シンバルが鳴ると、ビリビリと空気が震え、恐竜は驚いたように動きを止めた。

 そのタイミングを合わせたように、今度は突風が駆け抜けた。

 フェレットは自分の体の何倍もある巨大な鎌を構え、それを恐竜めがけて振り下ろす。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 次の瞬間、恐竜は断末魔を上げて倒れていた。


「きゃああああっ、レックスぅぅぅぅ!」


 女の子は悲鳴を上げ、呆然と立ち尽くす。

 その姿を、朝倉さんはきっと睨みつけた。


「ひいっ!?」


 怯えた目をして、女の子が駆け出していく。

 その姿が小さくなったのを見て、朝倉さんは小さくため息を零し、そのまま膝を落とした。


「朝倉……さ……? あぅっ……」


 ようやく声が出たけれど、身体が痛くて途中で止まる。


「大丈夫だよ……お願い、フェレットさん」


 三匹目のフェレットは大きな壺のようなものを持っていて、それを朝倉さんに差し出した。

 壺の中に手を入れた朝倉さんは、手に着いた何かを僕の体に塗り始める。

 あったかい……。

 すると、体から痛みが消えて、みるみる楽になっていく。


「初めてなのに、ここまで出来るなんて、流石ね」


 マリーナさんが言った。

 朝倉さんは首を横に振る。


「マリーナさんが教えてくれたからだよ」


「あたしは教えただけ。毎晩、遅くまで勉強したのはあなた自身なんだから」


 そう言ってフフッと微笑む。

 ……いつの間に二人でそんなことを……。

 僕は体を起こしながら、フェレット達を順番に撫でていく朝倉さんの姿を見つめていた。

 それはとても優しくて、暖かくて、そして綺麗で……もしかしたら本当に聖女なんじゃないかと思えるほどだった。

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