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輝け、勇者の剣

 裏通りを抜けて市場を駆け抜ける。

 朝倉さんが狙われている……?

 そう考えたら、いてもたってもいられなかった。

 行きかう人々が僕の姿を見ては避けるように歩いていく。

 朝倉さん……朝倉さん!


「少し落ち着け、誠」


 勝手に喋るな……息が乱れる……。

 たまらずスピードを落として、一度立ち止まる。


「桜が一人だっていうなら危険かもしれねーけどよ。あいつの半分はマリーナなんだ。いざって時にも何とかしてくれるはずだぜ」


「それは……そうなんだろうけど……」


 信頼していないわけではない。それ以上に心配なだけだ。

 とにかく姿を見て、無事を確認したい。

 僕は市場を見渡して黒髪の少女を探す。

 と、視線の先に大きなリュックが動いているのが見えた。

 路地裏から出てきたエミカが、僕と同じようにキョロキョロと見回して、僕の存在に気が付いた。 


「早かったですね、シェズ様」


 トテトテと駆け寄ってくるエミカのそばに、朝倉さんの姿は見えない。


「エミカ、朝倉さんはどうしたの?」


 僕が思わず肩をつかんでしまうと、ビクッとした表情でエミカは固まった。


「すいません、ちょっと知り合いに声をかけられてお話しをするのに一度別れてまして……」


 また不安が蘇ってくる。

 その時……。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 遠くから甲高い悲鳴が聞こえてきて、僕の心臓が大きくはねた。

 次の瞬間、頭上にうっすらと影がかかる。

 な、何だ?

 見上げると、そこには一度見たことのある、黒い穴が天に浮かんでいた。


「少し遅かったみたいだな」


 シェズが低い声で呟いた。


「来るぞ!」


 何かが黒い穴から落ちてきた。

 それは人の形をしていた。ただし、それは太い丸太の組み合わせでできている。

 落ちてきた人形は僕らに向かって襲い掛かってくる。

 腕を見ると手首より先は木槌になっていて、それを大きく振りかぶってきた。


「うわっ!」


 慌てて後ろにジャンプして距離を取る。

 それを見た通行人がまた悲鳴を上げた。

 ぐるりと声の方を向いたデク人形が、ハンマーを振り上げる。 


「やめろぉっ!」


 シェズが叫んだ。

 同時に、僕も飛び出していた。

 ハンマーを振り上げ進む人形に体ごとぶつかる。

 ぐぎぎ、重い……。

 それでも、何とか胴体に食らいつき、動きを止める。


「は、早く逃げて……!」 

「ぼさっとすんな、急げ!」


 シェズが声を張り上げる。

 その声に反応したように、街の人々が我先にと逃げていく。

 それを見て少し気が抜けた拍子に、デク人形は体をブンブンと振り回し、僕を弾き飛ばした。

 ドサッと地面に投げ出され、そのままごろりと転がると、何かにぶつかって止まった。


「いてて……」


 起き上がろうとする僕の目に、真っ赤なブーツが映る。

 そのまま視線を移動させていくと、少し焼けたような肌色の太ももと、やはり真っ赤な光沢のある素材のタイトスカートが飛び込んできた。

 さらにその上に見えるのは女の子の顔……?

 少し吊り上がった大きな瞳も肩まで伸びた髪の色もやはり赤みがかっていて。

 唯一落ち着いているのは、スカートの中の白……。


「…………」


 女の子は眉を潜めたかと思うと、足を持ち上げ、僕の顔の真横にヒールを突き立てた。

 思わず背筋が縮み上がる。


「何見てんのよ、嫌らしい!」


「うわ、見てない見てない!」


 僕はゴロゴロ転がりながら距離を取って、慌てて起き上がる。

 そんな僕を冷めた目で見る女の子……。見た感じは僕と背格好もあまり変わらないし、顔も幼さが残っていて、綺麗というより可愛いという感じだ。


「まぁいいわ。用があるのは聖女だけだし」


 そういうと女の子は辺りを見渡すと、遠くにいる女性に向けて指を刺した。


「ウッドマン、あれ捕まえて」


 そういうや否や、デク人形が指さした方向を見据えて前進を始めた。

 もしかして、いや多分、絶対そうなんだろう。


「もしかして君……魔王の手下……?」


「うん、そうよ」


 女の子はあっさりと答えた。

 女性をさんざん攫っていった魔王は手下まで女の子なのか……。

 なんだかますます気が抜けてしまうな……。

 その時、デク人形が向かった先から声がする。

 っと、呑気な事考えてる余裕はなかった。


「や、め、ろぉぉぉっ!」


 僕はデク人形に後ろからしがみつく。

 そのまま少しだけ引きずられるけど、速度は下がった。


「ささ、今のうちにおねーさんあっちに!」


 ナイスタイミングでエミカが女性を逃がしてくれた。


「……ったく、面倒くさいわね」

 

 後ろで女の子がパチンと指を鳴らすと、デク人形はまた体を回転させて僕を振り落とす。


「邪魔するんなら、先にあんたからぶっ潰してあげるわ」


 女の子がそう言うとデク人形は両手を振り上げて近づいてきた。 


「うわっ!」


 慌てて身をかがめてハンマーを避ける。

 動きが単純だからなんとか避けられたけど、これはこのままじゃヤバい。


戦うしか……ない!


「え、エミカ! 剣出して!」


 僕は叫んだ。

 一瞬驚いた顔をしたエミカだが、すぐに頷いてリュックの口を開く。


「どの剣出しますか? 鉄でも銀でもロングでもショートでも選り取り見取りですけど」


「さっき貰ったじゃん勇者の剣! あれ出して!」


「えー、あれ出すんですか?」


 何故か渋るエミカ。

 言ってる間に、僕の傍らをまたハンマーをギリギリ通り過ぎる。


「エミカ早くー!」


「はいはい、りょーかいしましたー」


 そう言ってエミカはリュックから剣を出して、僕の方に放り投げた。

 それを両手で受け止め、剣の柄を握る。

 ごくりと唾を飲み込み、僕は勇者の剣を振りぬいた!


「そ、その剣は……!?」


 女の子は驚いた顔で剣を見た。

 流石、勇者の剣。悪の使いをも怯えさせるようだ。

 僕は鞘を投げ捨て、両手で剣を構える。


「お前……いけるのか?」


 シェズが低い声で呟いた。


「やるしか、ないだろ……!」


 剣を握ると柄に埋め込まれた宝石が眩しく輝いた気がした。

 今まで少し震えていた手に、今はしっかりと力が入る。

 目前に迫ったデク人形がハンマーを振り上げた。


「だあああああっ!」


 僕はそれにあわせて、剣を振り下ろす。

 ガチンと激しい音がして、折れた!

 勇者の剣が!


「嘘ぉ!?」


 刀身の真ん中からポッキリ、綺麗に折れてる。

 続けざまに繰り出されるハンマーを、僕はまた必死で避ける。


「勇者の剣なんかで勝てるわけないじゃないですかー!」


 エミカが遠くから言った。


「なんでだよ、普通、勇者の剣なんて言ったら、選ばれた人間だけが使える聖剣とか、そういうもんだろ!?」


「違いますよ、勇者旅立ちの地にあやかって作られてるお土産用の剣です」


「お土産ェ!? 偽物かよ!」


「いえいえ、ちゃーんと王家の許可証ついてるオフィシャル商品なので本物ですっ」


 どっちにしても使えないものだって事が分かった。

 っていうかそんなもの仰々しく寄越すなよ、王様ーーーーーっ!


「アハハハ、バカだわ、アハハハ」


 気が付けば女の子はお腹を抱えて笑っている。

 と、一瞬その笑いが止まったと思うと、眉を正して後ろに大きく飛びのいた。

 同時に女の子のいた場所に火の玉が着弾して爆発した。


「ったく、何遊んでるのよ」

「大丈夫、真島くん?」


 振り返ると、そこには精霊を連れた朝倉さんが立っていた。

 いや、今のメインはマリーナさんか。

 助かった……。

 と安心している場合じゃない。

 僕は咄嗟に女の子の方を見た。また、表情は笑っていた。


「フフフフ………アハハハハハハ!」


 ひとしきり高笑いをした後、瞳を大きく見開き、口をにいっと開ける。


「あんたが、アクノボス様の探している聖女ね?」


 人さし指が真っ直ぐ朝倉さんの方を向いた。

 一瞬の沈黙……。


「えっと……?」


 きょとんとした様子で朝倉さんは目を瞬かせた。

 そりゃそうだ。

 朝倉さんは魔王が探してる聖女の事はまだ知らないんだった。


「ふふふ、まぁいいわ。とにかく、この子も連れてけば良いんでしょ」


 気を取り直して女の子は再び指を鳴らす。

 合図と同時にデク人形が動き出したが、それより早く精霊の放った火の玉が炸裂していた。

 あっという間にデク人形は燃え上がる。


「悪いけど、そう簡単にやられるほど素直じゃないの」


「へぇ……魔法使いなのね……面白いじゃない。ならばこれはどう?」


 女の子が大きく手を広げると、また空に穴が開いた。

 それも一つじゃない。

 2つ……3つ……たくさん!


「そんな人形、何体来ても一緒よ!」


 マリーナさんも左手をかざし、新たな精霊を呼ぶ構えをとる。

 降り立ったデク人形たちが一斉にハンマーを振り上げた。

 距離を測り、互いの出方を伺う。

 一触即発の時……。

 その緊張が解かれる瞬間、それは不意に訪れた。


「待ちたまえ待ちたまえ待ちたまえ!」


 路地裏から、ガチャガチャと金属音を響かせながら何かが飛び出してきた。

 銀色の鎧を身にまとったその男……。


「あ、おーじ様だ」

「めんどくせぇのが来たな……」


 エミカとシェズが呟いた。

 王子は道の真ん中に立つ。


「そこまでだ、魔王の使者! この国の平和を乱すものは、この私、アルフォンス・フォルスが許しはしない!」


 ピシッと人差し指を天に向け、雄々しく叫ぶ。

 そして剣を抜き構えた。

 

「そ、その剣は……!」


 柄に埋め込まれた宝石が眩しく輝く。

 すると女の子がまたケラケラ笑いだす。


「また勇者の剣じゃない!」 


「いいや、違うな……」


 王子の握りこぶしに力が籠る。

 真っ直ぐな瞳には自信が溢れ、口元には余裕の笑みを浮かべていた。


「僕はこの国の王となる男……いわば王者!」


 グッと握った剣の切っ先が天を仰ぎ、迫りくる脅威を切りつける! 

 ガチンと激しい音がして、折れた!


「うわぁっ、私の限定カラーの王者の剣がーっ!」


 違うのって色かよ! なんだよ限定って!

 

「ああ、もう邪魔!」


 剣を失って呆然とする王子の背中を思いっきり勢いよくマリーナさんが蹴り飛ばす。

 ああ、朝倉さんがあんな大きく足を上げて……!

 思わず目を逸らしたその間に、戦闘は再び始まった。


「サラマンドラ、弾幕連打!」


 無数の火の球が雨のように降り注ぎ、デク人形を燃やしていく。

 だが、その後ろから続々と援軍が現れる。


「アハハハ、ウッドマンはまだまだ呼べるわよ!」


「この数ヤバいんじゃないか?」


 思わず息をのむ。


「いいや、大丈夫だよ」


 シェズが呟く。その様子は妙に落ち着いていて。

 隣にエミカが寄ってきて、同意するように頷いた。


「おらおら、どいてろぉ!」


 怒号と共に、スキンヘッドの大男が僕らの横を駆け抜けていった。

 一人じゃない。何人もの男が剣や槍、武器を手にデク人形の軍団に向かっていく。


「へへ、待たせましたぜ旦那」


 痩せ男が一言告げてから、敵陣へ飛び込んでいく。

 あの時、酒場にいた人たちだ。

 あの人たち、なかなか強い!


「あいつらは退役軍人や修羅場くぐってきてるからな。ちょっとやそっとじゃやられねーよ」


 凄い勢いで戦況が覆った。


「くっ……調子に乗るな!」


 思いがけない増援に女の子の顔色が変わる。だがそれも一瞬。

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、手を高く掲げて指示を飛ばす。


「ウッドマンたち、こいつらは良い! 街を破壊しろ!」


 女の子が腕を振りおろすと、デク人形たちは目標を変え、近くの建物を破壊し始めた。


「この野郎、やめろ!」


 男たちが慌てて止めに入るが、それを狙って別のウッドマンが襲い掛かる。

 一瞬で戦況が乱れた。

 仲間が傷を負えば動揺が広がり、攻撃のリズムが崩れる。

 今度もまたあっという間に攻守が入れ替わった。

 くそっ……。

 どうすれば……どうすればいい……。  

 何か、この状況を覆す方法は……。

 戦場を見渡す視界の中、デク人形にしがみ付く鎧の姿が映った。

 次の瞬間には殴られて弾き飛ばされたそれを見てエミカが声を上げる。


「うわ、あれ助けないと!」


 まだいたのか、あれ……。

 混乱の真ん中で四つん這いになったまま震えている王子に僕らは駆け寄る。


「逃げましょう、王子様」


 僕が呼びかけると、王子はふるふると首を横に振った。

 握る拳が震えている。


「私はこの国を守らなきゃいけない……」


 そう言って立ち上がると、デク人形に向かって歩き出す。

 ガンガンと鎧のなる音がして、僕は思わず身を竦ませる。


「バカ王子だな、こいつは……」


 シェズが呟いた。


「酷いこと言うなよ、お前……」


 僕も拳が震えた。


「……お前も今、同じこと思ってんだろ?」


 そう言って、微笑む。

 ああ、そうさ……。そうだよ……。


 震えてるのは怖いからじゃない。悔しいからだ。

 助けたいのに、力になりたいのに何もできなくて。

 だけど気持ちだけはじっとしていられなくて……。

 僕も……戦いたい……!

 

「エミカ……フライパン、出してくれるかな」


 ほんとに……バカだな、僕も。

 エミカが満面の笑みでフライパンを掲げた。





 溜まらずに頭を振る。

 あぁ、こっちまで馬鹿になっちまいそうだ。

 肩を一回しして動きを確かめてから、俺はエミカに手を伸ばす。


「どれ出しますか?」


「どっかのジジイに最初に貰ったやつがあっただろ? あれでいい」


「ええっ、い、いいんですか?」


「早くしろ」


 手渡された剣の鞘を投げ捨てる。

 柄にあしらわれた宝石が輝く。


「さぁ、俺も混ぜてもらうぜ!」


 剣を抱える俺の姿が目に入ったのか、女が嘲た笑いを零す。


「なによあんた達、その剣流行ってるの?」  


 女を庇うようにウッドマンが立ちふさがった。

 木槌を振り上げる動さが大きすぎてボディがガラ空きだ。


 真っ二つになったウッドマンの後ろに、女の驚く顔が見える。


「勇者の剣ってのはな……勇者が持ってりゃ、ホンモノなんだよ」


 女の子の背後から、またまたデク人形が現れる。

 どんだけ持ってんだっての!

 とはいえ、人形相手なら遠慮はいらねぇ。

 スピードの乗った剣先で丸太をつなぐ関節部を切り裂く、あとはもう作業だ。


「な、なんて奴……もしや、お前……」


 完全に女の目から余裕が消えた。

 最後のウッドマンを切り捨てて、俺は言ってやる。


「魔王に伝えとけ。迎えに来なくても、こっちから行ってやるってな!」


 ついでに土産だ。俺は手に持った刃こぼれでボロボロになった勇者の剣を、女めがけて投げつけてやる。


「くっ……」


 女は剣を片手で受け止めると、そのまま逃げるように姿を消していった。

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