勇者たちの酒場
「私はこの国の王子、アルフォンス・フォルス!」
大げさに振り向きながらそう言った男は、無駄に白い歯を輝かせていた。
金色の髪と切れ長の瞳に高い鼻。
絵にかいたような美形、といえば、そうなのだが、それにしてはやたらと重そうな鎧を身にまとっている。
あ、馬車の中で気絶していたのがもしかして……。
「昨日はありがとう。私に手を貸してくれて」
言いながら右手を差し出してきた。
手を貸したって……。
この人、寝てただけじゃないか。
……いや、それを言ったら僕もなんだけど……。
手を返していいのか悩んでいると、横にいるエミカがジトーっと冷たいまなざしを向ける。
「昨日のは、寝ていたグランドラゴンにちょっかい出した、おーじ様が悪いと思うんですけどー?」
えー……?
僕も思わず眉を顰める。
隣でもう一つため息が聞こえた。これはマリーナさんだろう。
「いや、街道にモンスターがいれば、いつ暴れるかわからないだろう? 危険を排除するのは一国の主の役目であってだね……」
「だからって、寝こみ襲うの失敗して暴れさせるのはいいとは思いませんー」
とにかく残念な人のは解った。
僕はため息を落としつつ、歩みを進める。
「いやいやいや、待ちたまえ待ちたまえ!」
さざっと僕らの前に回り込み、両手を大きく広げて自分の存在をアピールする。
「この私も一緒に行こうと言っているのだ。戦力は多いほうがいいだろう」
そういって、腰にぶら下げた剣を見せる。
鞘には宝石、柄には竜の紋章。
これって……。
細部の色は違うけど、さっき貰った勇者の剣と同じだ。
「君と僕……勇者と王者が揃ったなら、無敵だと思わないかい?」
うーん……。
確かに頭数はいた方がいいんだろうけど。
「どうする?」
僕は仲間の意見を聞いてみる。
「いらねぇ」
「いらないわね」
「いらないです」
満場一致だった。
いや、正確には僕と朝倉さんは答えてないわけだけど、それこそ頭数的には間違ってないし。
過半数は超えてるし。
「じゃあ、そういう事で……」
再び歩みを進める僕ら。
なぜか合わせたように三人とも早歩きになってしまった。
「こら、まて! まちたまえーーーー!」
だんだんと声が遠くなっていくのは、きっと鎧が重くて走れないからだろう。
追いつかれる前にとっとと引き離そう。
城を出た僕たち、まずは旅の支度を整える事にした。
基本的な装備や何やらはすでにエミカの不思議リュックの中に入っているとの事だけど。
「やはり食材は新鮮なものが欲しいですよね!」
というわけで市場にやってきた。
エミカと朝倉さんが楽しそうに野菜を見ている。
朝ごはんの時も思ったけど、僕らの住んでいた世界と食べ物の様子はあまり変わら無いようだ。
野菜や果物はだいたい見覚えがあったし、露店では乾燥したスパイスやハーブなんかも売っている。
朝倉さんは目ざとくそれを見つけると、あれやこれやと買いこんでいく。
うーん、頼もしい。僕は赤い粉を見ても辛そうとしか思わないのに。
「なぁ、誠。ちょっと付き合ってくれないか?」
買い物に退屈したのか、シェズが言った。
「付き合うって、どこにだよ?」
「馴染みの店だよ」
うーん……。
まぁ、マリーナさんがいるし、二人は大丈夫だろう。
実は待ってるだけで退屈していたのは僕もだし。
僕は朝倉さんに声をかけてから、シェズの指示通りに市場の裏通りに向かう。
表の雰囲気とはうって変わって、静かというかなんというか……。
時々、悩ましげな瞳でこちらを見てくるお姉さんとかいるんですけど……。
ついでに、いかにもガラの悪そうな男、だらしなく座ってお酒を飲んでいる老人……。
来なきゃよかったかも……。
「おう、ここだ」
立ち止まった場所は……酒場、だ。
丁寧にジョッキのシルエットが描かれた看板と、無造作に積まれた酒樽。
いかにもって感じだな……。
恐る恐る中を覗いてみると、昼間だというのに酒に明け暮れている男たちが騒いでいる。
その中にひと際目立つ青いドレスを着た女性と目があった。
そのまま真っ直ぐ僕に向かって歩いてくる。
すごい美人でスタイルがいい。
大きく空いた胸元に視線が行ってしまうのを慌てて逸らす。
「ここはお子様の来るところじゃないよ」
静かな様子でその人は言う。
そーですよね、場違いですよね。
思わず言われるままに踵を返そうとした所で……。
「星の都は鴉の家」
シェズが突然、そう言った。
瞬間、女の顔色が変わる。
「あんた、あいつの仲間かい?」
「ふふ、どうせもう知ってんだろ?」
そう言っていつものようにニヤつくと、女は全てを納得したように頷いた。
「みんな、シェズが帰ってきた!」
ええー!?
なにそれ。そんなので通じるの!?
「ここは裏家業やってるやつらの組合所みたいなもんでね。いろんな情報がすぐに集まってくるのさ。俺がお前に間借りしてるのだって、もう知られてんだよ」
淡々とした口ぶりでシェズが言う。
そしていつの間にか、周りにはたくさんの男たちが集まり、次々に話しかけてくる。
「久しぶりだなシェズ」
「へへへ、またオイシイ話、持ってきてますぜ旦那ぁ」
酒やらつまみやらがテーブルに並べられ、さも宴会でも始まりそうな勢いだ。
気が付けば僕は椅子に座らされ、それを囲むように十人ほどの男が集まっている。
「順番に頼む。まず俺が消えた後の魔軍の動きが知りたい」
シェズが言うと、対面の席に痩せた男が腰を掛けた。
「まず、旦那が負けた……おっと、消えたって日からの話ですが……」
地図を出し、話を始める。
「それまで無闇に女を攫っていた魔軍たちは急に動きを止めて、旦那が突破していった拠点に集結を始めたんでさぁ」
「防衛線を敷きなおしてるって感じの動きだな」
今度はスキンヘッドの男が、地図の中に記された四つの点を指さしながら言った。
「えっと、ちょっと待ってください……女を攫っていたっていうのは……?」
僕が尋ねると、今度はさっき青いドレスの女性が声を出す。
「魔王アクノボスってやつが現れてから、手下を使ってこの国の女を大量に攫っていったのさ」
そういえば魔王の話って初めて聞いたような。
……ってなんだ、人さらいって。
世界を我がものにーとか、闇に包むーとか、そういうのかと思ってたら……。
ちょっとセコイ……。
「で、そいつが何故か一緒に名指しで探していたのが……」
そう言って僕が指さされる。いや、僕の中にいる彼をだ。
「勇者シェズ。こいつだ」
なるほど、選ばれた勇者って事か……。
って選んだの魔王なの?
そういうもんなの?
「なんで俺が選ばれたのかは解らないんだけどな」
「君……何か恨みを買うような事したんじゃないの?」
この素行の悪さだし、ありえなくはないんじゃないか。
現に周りの人間はニヤリクスリと笑っている。
選ばれたんじゃなくて、狙われたの間違いなんじゃ……。
「まぁ、勇者が名乗りでればってんで、旦那は国の支援と共に討伐に繰り出したってわけでさぁ」
……なんだかもっと重たい設定があるのかと思ってた。
結局、よく解んないままじゃん。
「まてよ、その人さらいやめたってのは、つまり……見つかったって事か?」
「さすが旦那。いい読みです」
そう言って、次は手帳を取り出す。
「なんでも魔王が、この街に聖女が現れると、予言をしたらしいんですわ」
「予言?」
「詳しいことはまだ調査中なんですがね……でも魔王ってくらいですからね、それくらいしてもおかしくないんでしょう?」
そう言って痩せ男は嫌らしく笑う。
「……なにしろ旦那を退けたくらいなんすから……」
思わずシェズが舌打ちをした。
それより気になったのは聖女という言葉と、予言という言葉。
魔王の目的がその聖女だとして、そのために女達をさらっていた。
そして、今度はその聖女がここにいると予言をする。
予言が出来るなら、最初から探す必要などなかったんじゃないか?
でも予言が出来るからこそ、自らの脅威となるシェズの存在を知り、あらかじめ狙ったとも考えられる。
しかしそんな事はどうでもよくて。
今は魔王の事を知れたのはいい機会だ。
「……となると、まずはその聖女を探すことから始めた方が良さそうだな」
珍しくシェズと意見があった。
「その聖女の情報はあるか?」
シェズが尋ねると、待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべ。
「高く買ってくださいねぇ」
とテーブルの上に紙を広げた。
「これ……!?」
僕は慌てて立ち上がり、そのまま酒場を飛び出していく。
痩せ男が何か叫んでいた気がするけど、そんな事気にしている場合じゃない!
神に絵描かれていたのは黒髪の聖女の絵……それがあの人によく似ていたからだ……。
「朝倉さん………!」