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勇者は再び旅に出る

  ゆっくりと目を開けると、辺りは明るくて。

 適度な眩しさと外から聞こえる小鳥のさえずりが、瞬間的に朝を連想させる。

 頭がズキズキする……。

 思い切り殴られた頭をさすりながら、僕はもう一度目を閉じる。

 なんかもう全てが夢みたいだ……。

 いや、全部夢だったんじゃないか?

 実はここは部屋のベッドで……なんかフカフカの布団の上に寝てるし……。

 ……ここはどこだ?

 妙に肌触りのいいシーツの上で、ゆっくりと起き上がってから。

 僕は隣に人影がいることにようやく気が付いた。


「あ、起きましたか? シェズ様」


 まん丸の大きな青い瞳が、目の前にあった。


「うわぁっ!」


 おおお、女の子!?

 ってか、誰!?

 どういうことだ、どういうことだ……。

 すかさず辺りを見渡す。

 知らない部屋。

 やたら豪華そうな家具と、上品な白塗りの壁が目に入る。

 寝ているベッドもやたら大きくて、2人や3人は眠れそうだ。

 そして、壁には僕の着ていたブレザーがかかっていて……って、僕、いま裸じゃん!


「うわわわわわ、君は誰!? なんで僕はここにににに!?」


 シーツを握りながら僕は叫んだ。

 なんで知らない女の子と一緒に寝てるの!?

 朝ちゅん!?

 狼狽える僕を見て、女の子はポンと手をたたく。


「あー、シェズ様じゃないんですね、今は」


 シェズ!?

 まさか僕が意識を失っている間に、この女の子と……?


「まぁ、夕べは遅くまでお楽しみでしたからねぇ……。桜様はちゃんと起きれたでしょうか」


 そういいながら、女の子は最後にクヒヒと笑った。

 ちょっとまって、なんでそこで朝倉さんの名前が出てくるの!?

 お楽しみって何!?

 本当に何したんだよ、シェズー!?

 今すぐ問い質したいけど、まったく反応がない。


「起きたなら食堂に行きましょう、シェ……違った、えーと誠様?」


「解った、とりあえず着るから外に出てて!」


 部屋の外に女の子を追い出してから、僕は大きくため息をついた。



 部屋を出ると、廊下にも綺麗な絨毯が敷かれていて、それがかなり先まで伸びていた。

 お屋敷、なんだろうか。

 ホテルの類かもしれないと思いつつ、時折すれ違う甲冑姿の男を目で追う。


「あのさぁ……ここは……どこ?」


 先を歩く女の子に尋ねてみる。


「ここは星都の王宮ですよ。そっか誠様は気を失っていたから覚えてないんですね」


 ああ、そうね……。

 おかげでまだ頭が痛い。

 ちょっとずつ思い出してみれば、フライパンで僕を殴ったのがこの娘じゃないか。

 とりあえず、この子が僕の名前を知っているのはシェズ達が説明したんだろう、そういうことにして。

 シェズの事を様付けで呼んだりしてるみたいだけど、知り合いか何かなのか。

 それにしたって、姿は僕のままのはずなのに、どうしてシェズだってわかったんだろう。

 そんな事を考えているうちに、女の子は立ち止まる。

 ここが食堂か……。

 他の個所に比べると簡素な作りの扉。

 隙間からかすかに煙と美味しそうなにおいがしてくる。

 そういえば最後に食事したのいつだっけ……。

 ぐぅとお腹が鳴り、溜まらずに扉を開ける。


「あ、おはよう。エミカちゃんに真島くん」 


 扉を開けると、そこには朝倉さんがいた。

 何故か、真っ白いフリフリのエプロンを着て……。

 

「うわぁ、似合いますねエプロンっ」


「ふふ、メイドさんのエプロン借りちゃった」


 微笑む朝倉さんの姿に、やっぱりまだ夢なんじゃないかと錯覚する。

 可愛すぎる……。


「桜様、パンの準備が整いました」


 部屋の奥から背の高い白髪の男が顔をのぞかせた。

 この人も見覚えがあるな……。


「おお、昨日は我々を救っていただき、ありがとうございました」


 そう言って男は深々と頭を下げた。

 ああ、馬車の手綱を握っていた……。


「ありがとうございます、フレドさん」


「それにしても、よろしいのですかな? わざわざご自分で作らずとも城の料理人に幾らでも腕を振るわせますものを」


「いやぁ、習慣というか……朝ごはん作らないと落ち着かなくて……」


 言いながら部屋の奥……厨房に入っていく。


 エプロン……朝ごはん……エプロン……朝ごはん……。


「どうしたんですか、誠様?」


「夢なら覚めないで……」



 テーブルの上に並ぶのは、焼かれたパンとハムエッグ。皿には炒めた野菜も添えられていた。


「美味しいか保証はできないけど……どうぞ」


 朝倉さんの……朝ごはん……。

 僕は思わず息をのむ。


「いただきます!」


 隣でエミカ……確かそう呼ばれてよな……が僕より先にフォークを立てた。

 卵の下からハムを抜き、口の中に持っていく。


「美味しいです、桜様!」


 くっ……先を越された。

 とはいえ焦ってもいいことはないんだぞ。

 まず僕は野菜炒めにフォークを刺す。

 とりあえずキャベツとほうれん草っぽい見た目。

 材料はこの世界の食材だから、本当の名前は解らないけど、とにかくそういう見た目だ。

 そして味も、それとあまり変わらない。


「……美味しい」


 火の通りが絶妙で、シャキシャキした食感を残しながらも水っぽくない。

 そして適度な塩加減は野菜の甘さを引き立てていて。

 これは食が進む。

 こうなると、当然のようにハムエッグにも期待してしまうわけで。

 ツンと黄身の真ん中を押せばとろけてくる黄色いソース。

 これだよ、これ!

 こいつを絡めてハムを食べるのが美味いんだ。

 そしてパンにつけてもいい。


「ふぅ……」


 僕とエミカの様子を見てひとまず安心したのか、朝倉さんもようやく食事を始める。


「マリーナ様はまだお休みですか?」


 あっという間に皿をきれいにしながらエミカが言った。

 そういえば、今の体の主導権は朝倉さんが持っているみたいだ。


「あはは、夕べ遅くまで付き合って貰っちゃったからね……まだ寝てるみたい」


 そこで思い出す。

 ……夕べ、何か、あったらしいという事を………。

 今の様子を見るに、何かやましいことがあったわけでは無いようだ。

 そうでなければ、わざわざ朝ごはんまで作ってくれるわけが…………いや逆か?

 朝ごはん作ってくれるような関係にまでなっちゃったって事か!?

 確かめたい……確かめたいけど、それも怖いような……。

 落ち着け……落ち着け、こういう時はまず水を飲め……。


「確かに昨日のは激しかったですからねー。お疲れでもしょうがないですよねー。シェズ様もいつにもなくハッスルしてましたしー」


「ぶふっ!」


 思わず水を吹き出す。

 何だよ、激しかったって何がだよ!

 しかもマリーナさんも!? いや、それは朝倉さんと一緒だからともかくとして……。

 

「何やってたんだよ、君たち!?」


 思わず叫んでしまった。

 すると、朝倉さんは顔を赤くして、思い切り目を逸らした。

 なんで恥じらい!?


「真島くんが寝てて良かったよ……あんな姿見られたら……」


「またまたー。めっちゃくちゃ興奮してたじゃないですかー♪」


「だから、そういうのが恥ずかしいのっ」


 聞いてるこっちも恥ずかしくなってきた……。


「だーっ、もう朝からうっせーなぁ!」


 急に僕の口が開いて、二人は動きを止めた。

 そして改めて、こちらを見ると。


「シェズ様おはようございます」

「シェズくん、おはよう」


 同時に微笑んだ。

 なんか、シェズまで「くん」付けになってんの!?


「おはようじゃねーよ、もう少し寝かせろっての……」


 いや、むしろ常に寝てて欲しいんだけど………でも今はその前に!


「シェズ! お前、僕が寝てる間に何してたんだよ!?」


まさか僕の体で、その……あんなこと……しちゃったの?

 うわ、聞くのも怖くなってきた!


「え? なにって……なぁ?」


 いや、そこで二人に振るなよ!

 なんかまた朝倉さん、俯いてるし!


「いやー、昨日のは激しかったですよねぇ、枕投げ♪」


 エミカが満面の笑みで放った言葉に、僕は机に思い切り突っ伏した。





「ふぁ……よく寝たわ」


 マリーナさんがようやく喋ったのは食堂を出てからの事だった。

 僕らはフレドさん……この城の召使らしい……に先導されて城内を案内されていた。

 

「誠くん、なんか疲れた顔してない?」


 ええ、いろいろありましてね……。

 色々と考え込んでしまった自分が憎らしい……。


「今夜は誠様も一緒にやりましょうねー」


 エミカが無邪気に言った。

 そんな事をしていると、僕らは巨大な扉の前にたどり着く。


「こちらが王の間です、誠様」


 フレドさんが扉を開ける。

 その向こうには、広々とした部屋があり、その奥に一人の男が座っていた。


「お久しぶりです王様!」


 エミカが真ん中に立って言った。

 それを頷きで返した後、王と呼ばれた男は僕と朝倉さんの姿をじっと見つめていた。

 

「話は聞いたが……これが勇者の新しい姿……なのか?」


 鋭い眼光が突き刺さり、思わず背筋が張り詰める。


「ええと、新しい姿というか、シェズは僕の中に入ってしまったというか……」


 王様は立ち上がり、近づいてきた。

 そして僕の全身を見て、フッと息を落とした。


「あの男より、よほど誠実そうではないか。少し体は小さいが、民衆受けはこちらの方が良さそうだな」


「ちょっとまて、どういう意味だそれ!」


 言ったまんまの意味じゃないかな……。

 そして突然叫んだ僕の姿にも動じず、王は玉座に戻っていく。

 落ち着いた人だな。

 流石、一国の主といったところか……。


「そういうわけで、真島誠くん。君にもこの国を救う勇者として働いてもらいたいのだが構わないな?」


「聞くも何も、俺はまだ魔王を倒してないんだ、頼まれなくたって行ってやるぜ!」


 お前が答えるなよ……。

 とはいえ……。

 身体を元に戻すため、そして元の世界に帰るための方法が解らない以上、しばらくはこの世界にいるしかない。

 その方法を探すとしても、今の手がかりは魔王の術のせいって事だけだ。


「とにかく、僕もシェズと一緒に魔王の所に行きたいと思います」


 僕の言葉を聞いて、王は深く頷いた。

 そして、何か合図を出すと、フレドさんが何かを抱えて歩いてくる。


「誠殿、受け取ってほしい。勇者の剣を」


 王の言葉に合わせるように、フレドさんは剣を差し出す。

 鞘には美しい宝石が付き、柄にも竜をあしらった紋章が付いていた。


「えー、またこれかよー」


 受け取ると同時にシェズが言った。

 王様の眉が、少し動いた。


「あ、ありがたく頂戴いたします!」

 

 僕は深く頭をさげて、逃げるように王の間を後にした。




 勇者の剣……か。

 思わず顔がにやける。

 なんだかんだでこういうのも悪くない。

 異世界に召喚されて勇者。

 なんだか主人公っぽいじゃないか。


「はい、邪魔ですから預かりますよー」


 そう言いながら、エミカは僕の手から剣をとると、そのまま口を開けたリュックの中にスルスルとしまっていった。

 いや、どう見てもそのリュックより長かったんだけど?

 僕が目を白黒させていると、それに気が付いたのかリュックを見せてきた。


「お気づきの通り、不思議なリュックなんです。いくらでも入っちゃいます」


 魔法の一つなんだろうか。

 凄く便利そう。僕も欲しいな。


「欲しそうな顔してもダメですよ、これはわたくしの様に資格と才能がないと扱えないのです」


 資格……ねぇ……。

 荷物持ち検定とかあるんだろうか。


「というわけで、またお供させていただきますからねー」


 言いながらエミカは僕の手に絡みついた。

 人懐っこいなぁ……。

 

「そんじゃ、早速、魔王の城に向かうとすっかね」



 気の抜けた様子でシェズが言った。


「やる気ないなぁ……」


「そうは言うけど、スタート地点に戻されてもう一回なんだぜ、俺たち」


 いや、それはそうなんだろうけど……もうちょっとこう……さ。


「でも、ちょっとワクワクするね」


 朝倉さんがいつもののんびりした様子で言った。

 うーん、緊迫感がない……。

 こう、ビシッと決めたいんだけどな、出発の掛け声的なものはさ。


「待たせてすまない、君たち!」


 突然、僕らの後ろから声がした。

 そして、その男は颯爽と歩き、僕らの真ん中に立つと。


「さぁ、魔王討伐に出かけようじゃないか!」


 ピシッと人差し指を空に向け、やたら爽やかな口ぶりで言ったその男は……。

 誰……?


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