勇者・覚醒
朝倉さんの中にも別の人格……でいいのかな……が入り込んでいた。
マリーナ・エルナード。
朝倉さんの姿のままそう名乗った彼女は、すでに僕の事にも気が付いているようだった。
そして彼女の事はシェズもよく知っているらしい。
「まさかお前も誰かに乗り移っちまってたのか」
「そうみたいね……多分アクノボスの魔法の影響だと思うんだけど……」
腕を組み、少し足を広げて堂々と立つ姿は、確かにいつもの朝倉さんとは違っていた。
表情もなんだか凛々しくて、普段の大人しい雰囲気を知っていると違和感がある。
「まずは街に戻りましょう」
そう言って朝倉さんは歩き出す。
「あ、はい……!」
僕は慌てて後を追う。
「にしても、いるならとっとと言ってくれよマリーナ……」
はぁ、とため息をつきながらシェズが言った。
「まだ混乱してたからね。あたしが誰かの体に入ってる事に気が付くのにも
時間かかったから、とりあえず様子をうかがっていたのよ」
冷静だな……と僕は思った。
僕自身も状況はすんなり受け入れたつもりだったけど、まだ混乱はしているわけで。
「あなたも喋って良いのよ、えーと……アサクラサン?」
自分の胸元を見ながら朝倉……あー、マリーナさんは言う。
自分だけでもややこしいのに、第三者視点で見るとまた混乱するな、これ……。
「え……ええと……はじめまして?」
あ、これは朝倉さんだ。なんとなく解る。
にしても、起きていたのか。
でも歩き方を見るに、体の主導権はマリーナさんが握っているようだ。
「えっと……ありがとうございましたマリーナさん。おかげで助かりました」
「こっちこそ。身体貸してくれてありがとね。アサクラサン」
「朝倉桜です。朝倉は名字……えっとファミリーネームで、名前は桜。桜って呼んでください」
「ふふ、わかったわ桜。いきなりこんな事になっちゃったけど、よろしくね」
傍で見ていて思う。
……独り言だこれ。
「にしても、桜ってやつも随分と冷静だな」
「そうだね……」
つい答えてしまったけど、自分も独り言で会話してるように見られるって事なんだよな……。
「それよりマリーナ。お前、どうやってそいつの体を奪ったんだ?」
「奪ったって……人聞き悪いわね。借りたのよ」
「そうなの?朝倉さん?」
「貸したとか自覚があったわけじゃないんだけど……あの時、怪物が出てきた時怖くて……誰か助けてって思ったら、えっと……入れ替わってて」
言葉を選びながら朝倉さんが言う。そしてそれを補足するようにマリーナが
「あたしも助けなきゃって思ったら、体が動いてたのよ」
「で、さっきの危機を覆したってわけか……」
助かりたいという思いと助けたいって思いが入れ替わったってこと……なんだろうか。
だけど、それで変わるなら、さっき僕とシェズが入れ替わることもできたはずだ。
「おい誠。助けてやるから代われ」
ひどくあっさりとシェズが言った。
そして僕は、こいつには助けられくたないなと思った。
「あの、ところでマリーナさん。真島くんの中にいる人はどういう人なんですか?」
朝倉さんが尋ねた。
そういえば名前くらいしか聞いてないや。
とりあえず性格に問題がある事だけは解ったけど。
「ふふん、聞いて驚けよ? この俺シェズ・ノーチラスは何を隠そう、魔王を倒すために選ばれたこの国の勇者なんだ」
そう言うと、朝倉さんの顔が微妙に引きつった。
そりゃそうだ、僕も同じ気持ちだ。
「あんた、人の顔借りてドヤ顔するのやめた方がいいわよ」
そして次はあどけない笑顔になって。
「凄く自信満々に決めてるのに、顔半分引きつってて……なんか……変……」
そしてクスクスと笑いだす。
何だろう、僕は悪くないはずなのに、なんか恥ずかしい……。
「でだ、俺たちは魔王の城まで乗り込んだまではいいんだが……」
「あと一歩のところで、変な空間に引きずり込まれて……あなたたちと一緒になっちゃったわけ」
なるほど……解らない。
話を聞いても僕たちが巻き込まれる理由はないじゃないか。
なんて不運……。なんて理不尽……。
「つまり、君たちは魔王に負けたって事?」
「ちげーよ! 負けてねーよ! ちょっと相手がズルしただけだっつーの!」
シェズが全力で否定する。
……よっぽど悔しかったんだな……。
まぁ気持ちがわからないわけでもない……。
ラスボスにとどめ指す直前に新展開って、ゲームなんかにはよくある事だし。
そこまでが結構長いと、まだ続くのかってやる気がなくなるんだよね……って何の話だ。
「おお、ようやく街道に出たぞ」
平原の先に広い石造りの地面が見えた。
ブロックが丁寧に敷き詰められているようだ。
道を見ればその国の規模や文化レベルが垣間見えるという。
ここまで整っているなら街の規模もそれなりの大きさを予感させる。
「この時間ならまだ馬車が通るかも。運よく乗せてもらえれば早く着くわね」
空を見ながら、マリーナさんが言った。
大した距離を歩いたわけではないが、確かに足は疲れている。
楽が出来るならありがたいのだけれど。
「あ、マリーナさん、あれ……」
朝倉さんが何か呟いた。
視線の先に、何か動いているものが見える。
猛スピードで近づいてくるそれは、二頭の馬に引かれた車。
「ラッキーですね、馬車来ましたよ」
そう言う僕の言葉を気にも留めず。
マリーナさんは表情を硬くした。
「運が悪いわね……」
馬車の後ろに、もう一つ何かが見えた。
……獣だ! それもかなり大きい。
3メートル……いや4メートルか?
カバのような太い胴体と、顔は亀かトカゲか恐竜か。
とにかく見たこともない四足の獣が馬車の後ろに迫っている。
獣が口から何かを吐き出した。
火の球だ。
ボンと鈍い音がして、馬車の車輪を弾き飛ばした。
体勢を崩した馬車は街道を超え、草原に乗り上げた。
まずいぞ、やられる!
身を乗り出した僕を制するように、マリーナさんが立ち上がる。
「桜、ごめん。身体使わせてもらうわね」
「はい!」
言いながら、一人で馬車に向かって走り出した。
「あ、待って……!」
僕も慌てて追いかける。
「精霊召喚! シルフィー!」
マリーナさんの右手から光が溢れると、何かが飛び出した。
蝶のような羽をもつ人の姿は妖精か。
妖精が羽を広げた瞬間、突風が巻き起こり獣の動きを押し返す。
次にマリーナさんの左手から、さっき見た羽つきトカゲが表れて、尻尾の剣を振り回した。
無数の火の球が獣に向かって撃ち出される。
「凄い……」
「見てる場合じゃねーぞ! 馬車だ!」
そうだ、早く助けないと……!
手綱を握っていた御者が投げ出され倒れていた。
「大丈夫ですか?」
「私は大丈夫……は、早く……客車の方を……」
初老の男はゆっくりとだが自力で起き上がり、倒れた客車を指さした。
僕は急いで客車に向かう。
思ったより豪華な作りで、扉が付いていた。だけどこういう時には邪魔なものだ。
「ふんっ……」
歪んでしまったのだろう、開けるのに余計な力を必要としたが、なんとか解放する。
客車の中には人影が二人。
男と……少女が。
「大丈夫ですか!」
僕が叫ぶと、少女が振り向いた。
「わたくしは大丈夫なんですが、こちらの方がですね……」
隣で気絶する男をゆさゆさ揺らしながら、焦った様子で助けを求める。
「あっ!」
その少女の顔を見て、シェズが声を上げた。
知り合いか?
いや、それより男の方を助けなきゃ……。
男の体をつかんで持ち上げる。
……無理だ、これ。
男の体は重そうな鎧に包まれていたからだ。
くそっ、どうすれば……。
「こいつはいい、後だ」
「はっ? なんだよ、それ。見捨てるってのか?」
僕は思わず声を上げた。
このままじゃ危険だ。
そういっている間に馬車が大きく揺れる。
「危険なの解ってんだろ、助けなきゃなんないだろ?」
「黙ってろ……!」
低い声でシェズは僕の言葉を遮った。
そして少女を見つめて、ゆっくりとつぶやく。
「……フライパンを出せ」
はぁ? こいつ何言って……
「早くしろ!」
声が響いた。
その声を聞いた少女は、驚きながら近くにあったカバンを漁った。
中から取り出したのはフライパン。
それを見たシェズが口の端をつりあげる。
「遠慮はいらねぇ! それで思いっきり俺の頭をぶん殴れ!」
はぁっ!?
何言いだすんだ、突然!?
当然のように少女もきょとんとした顔をしている。
そりゃそうだ。いきなりこんな状況の中で、自分を殴れだなんておかしいだろ。
いや普通の時だって、とんだ変態発言だ。
「早くしろ、エミカぁっ!」
少女はパっと目を見開いた。
「りょーかい、しましたぁーー!!」
そして大きくフライパンを掲げると、僕の頭めがけて思い切り振り下ろした。
視界が 黒く 染まる。
「ふふふふふ………はははははは………!」
頭は痛いが些細な事だ。
腕も、足も、思い通りに動く。
「エミカ、剣。デカい奴だ」
いつも通りの動作も、いつも通りだ。
「りょーかいしましたっ!」
エミカが再びリュックを漁る。
そして、剣の柄を引き出せば、俺がそいつを引き抜く!
客車を飛び出し魔物に向かう。
グランドラゴン、名前に反してドラゴンの中でも一番の小物だが、こいつの皮膚はかなりの硬さだ。
「おらぁぁぁぁっ!」
両手で構えた大剣を、俺は全力で振りぬいた。
勢いを乗せた鉄の塊をグランドラゴンの前脚に叩き込む。
「シェズ!」
「真島くん?」
「待たせたな!」
食い込んだ剣を引き抜いて、もう一撃。
「ぐぉぉぉん!」
血しぶきを上げてグランドラゴンの前足が吹き飛んだ。
動きの鈍った所で、俺は奴の背中に飛び乗り……。
首筋に剣を突き立てる!
「ぎゃゃゃゃゃゃ!」
断末魔をあげたあと、その首は地面に落ちた。
いつもより手間取っちまったが……まぁ仕方ない。
戦闘終了だ。
「はぁ……なんとかなったわね」
マリーナが服を整えながら歩いてくる。
そして。
「シェズ様ぁぁぁぁぁっ!」
客車から飛び出してきた甲高い声。
ガバッと抱き付いてきたそいつの頭を、俺はぐしゃぐしゃ撫でてやる。
それを見たマリーナが表情を明るくして、さらに抱き付いた。
「エミカ、無事だったのね!」
一瞬、顔を見て驚いたエミカだったが、すぐに察したのだろう、今度はマリーナに抱き付いた。
「あ、あの……誰ですか?」
そうか、桜は知らないのか。
「俺の仲間だ。エミカ、自己紹介してやれ」
俺が目くばせすると、ピシッと形のいい敬礼をして、エミカはまた甲高い
声を上げた。
「わたくしはエミカ・コージュ! シェズ様の荷物持ちです!」