決闘 力と技と
いつから雨が降っていないのだろう、乾いた大地を撫でる風が砂を巻き上げる。
思わず目を細めた僕達の前には荒れた大地が広がっていた。
「相変わらず殺風景な所ですねぇ……」
遠くを見ながらエミカが言った。
かつてはここが国境であり、その先は「夜の国」と呼ばれた場所だったという。
折れた剣と朽ちた鎧があちこちに散乱していた。戦の跡だろうか。
肉体のなくなった躯から目を逸らし、僕は前を睨む。
「君がこうならないためにも私が全力で守ろう」
言いながら王子は自分の鎧を叩いた。
「縁起悪い事言わないでください」
エミカが言いながら、不安げに僕の腕をつかんできた。
「大丈夫だよ、エミカ」
僕は言いながらエミカの頭を撫でる。根拠はないけれど、口に出しておくことで自分の気持ちもやわらいだ気がした。
「王子こそ、ここに来てよかったのかい?」
本当に守りたい人は……。
僕が何か言う前に、王子は黙ったままゆっくりと首を横に振った。
「誠様、今は魔王を倒すことこそ我々の使命です。それがひいては星の国……いや、他の国も含めての未来に繋がるのでしたら」
王子はフレドさんの言葉に強く頷いた。
頼りない王子だと思ってたんだけどな……。
僕の中からまた一つ、不安が消えた気がした。
「だけど……そう簡単に抜けられるかしらね、この先を」
一足早く歩き出し、こちらを向きながらベルシャは言った。
不敵な笑みを浮かべたまま、後ろ向きに進んでいくのを、僕たちは慌てて追いかける。
そのまま進んでいく僕らの前方に高くそびえる黒い建物が見えた。
「見えてきたわね」
マリーナさんが呟いた。直後、朝倉さんが不安げな表情で息を飲むのが見えた。
要塞の前には無数の槍の先が揺らめいていた。
「おうおう、大歓迎じゃねーか」
シェズはいつもの様に余裕溢れる態度でそう言うと、遠くに見える軍勢を睨んだ。
逆に僕の呼吸は微かに乱れる。
ゆっくりと近づいてくる軍勢の先頭に、黒く大きな影があった。
漆黒の鎧に身を包んだ姿には見覚えがある。
「……魔軍筆頭騎士ダン……!」
僕の動揺も気にせずに、シェズは速度を上げて歩みを進めた。
呼応するようにダンも歩みを早め、一人、僕達と向かい合う。
立ち止まると足元の砂利が鳴った。
その音さえ良く聞こえるのは空気が張り詰めているからだ。
「隊長が一人でノコノコ出てきていいのか?」
シェズは相変わらず変わらない口調で言った。
「気にするな。最初から手を出すなと命じてある」
ダンも冷静な口ぶりで返してきた。
言葉通りか、遅れてついてきた軍勢は遥か後方で止まっている。
「いい心がけだ。部下の命を粗末にすることはないからな」
「ああ。そして俺には万全な状態のお前と戦う事に意味がある」
ダンはゆっくりと背負った鞘から大剣を引き抜いた。
切っ先を地面に突き立ててこちらを睨む。
「今度こそ、勝たせてもらう」
「上等だぜ」
シェズは振り返り、エミカを近くに呼んだ。
「シェズ様も、一番大きいのだしますか?」
「いや……二番目のだ」
「りょーかいしましたです」
リュックから取り出した剣を抜くと、一振りして切っ先を下に向ける。
そしてエミカの方に背中を向けながら低い声で言った。
「久しぶりに頼む」
そしてシェズは一度目を閉じると、小さな声で呟いた。
「誠……悪いな」
久しぶりに脳天に一撃をもらった気がする。
誠は……気絶したな?
心臓が高鳴ってくるのが抑えきれず、俺は目の前の騎士を視界にとらえると、すぐさま切っ先を向けた。
ダンは頷く様に剣を構え、その先端をこちらに向ける。
「今日はレフェリーがいないからな。とっとと始めさせてもらうぜ!」
俺はつま先で大地を蹴り、ダンの元へ飛び込んだ。
横なぎに剣を払い刀身を叩き付けるが、ダンはそれを一歩も動くことなく受け止めた。
すぐさま剣を引きつつ後ろに飛び距離を確保する。
それを狙っていたのだろう、すかさずダンは剣を突き出してきた。
予想はしていたが、意外と動きも速い。
横に体制をずらして何とかかわすが、脇腹すれすれを剣が通り過ぎていく。
「相変わらずの身のこなしだ……だが」
その時、ダンの剣の動きが止まった。刀身に刻まれた彫刻がはっきりと見える。
一瞬、血の気が引くのが解る。
止まった剣はそのまま軌道を変えて俺の体を追いかけてくる。
「!」
俺は咄嗟に剣を構えて刃を受け止めた。
だが、その勢いを止めることは出来ず、体ごと遠くに弾き飛ばされる。
「シェズ!?」
マリーナの声がやけに良く聞こえた。
俺は地面に叩き付けられ、みっともなく背中を地面に着ける。
なんて奴だ……。
あのバカでかい剣をあの速さで突き出して、それを空中で止めて軌道を変えるだと?
剣の重量、それが移動する力、そのどちらをも捻じ伏せるほどの力をこの男は持っている。
「くく……くくくっ……」
面白ぇ……。
立ち上がった俺は剣を構える、再び前進し距離を詰める。
奴の左側、少し遠くから剣を突き、ダンの剣を引き寄せる。
カンと軽い音がして弾かれた剣先をそのままに、俺はダンの背後を通り、右側に回り込んだ。
「でやぁぁぁっ!」
左に寄った剣が戻る前に、再び突きを繰り出す。
「くっ……!」
剣の先がダンの右腕に当たった。ちっ、流石に鎧の真ん中は抜けない。
一振り同じ場所に剣を叩き込んでから、俺はまた距離を離す。
「ふふふ……流石だ勇者。もはや俺に当てられるのはお前しかいない」
「そりゃどうも……」
ちっ、笑ってやがるぜ。
その余裕が腹立たしいんだよっ!
開いた距離を詰め、剣を下段からすくいあげる様に振りかぶる。
ダンはそれを迎え撃つため、刀身を振り下ろしてきた。
来た……!
俺は咄嗟に地面を蹴り、斜め前方に飛ぶ。
落下する剣にはさらに重さがかかる。
同時に上半身に隙が出来る。
俺は剣を引き寄せて構えた……その時、またダンの剣が空中で止まっているのを確かに見た。
「うおおおおおおっ!」
剣が横を向き、そのまま滑る様に迫ってくる。
受け止めようと剣の向きを変えようとするも、この速さ、間に合うはずがない。
その時、地面に吸い寄せられる感覚がして、俺の体は仰向けに倒れていた。
顔の上を大剣が通り過ぎていく。
「ぐぁ……背中痛い……」
誠か……!?
俺はそのまま全力で横に転がって距離を離した。
慌てて起き上がり剣を取り直す。
「誠! てめぇ何起きてんだよ……!」
「ごめん……流石に今のは怖かった……」
「今のって……」
「ボサッとしてる場合じゃないぞ、シェズ!」
誠の言葉で我に返る。
ダンが再び剣を構え、次の勝負を待ち構えていた。
「誠、お前まさか最初から……」
「僕も寝てたかったけどね……エミカのやつ、手加減したのかな……」
「あいつ……あとでお仕置きだな」
とはいえ、おかげで今立っていられるわけだが。
「シェズ……少しだけ、僕にやらせてくれないかな……」
少し震える声で誠は言った。
「お前に勝てるってのか?」
その問いかけに誠は首を横に振る。
「勝てるわけないだろ、僕一人で」
そりゃあ、そうだろうな。
正直、俺だって勝てるか怪しい所だ。
それだけ奴は強い。以前よりもだ。
あの剣の動き、どれだけ鍛錬を積んだのか想像すらしたくないぜ。
「だけど……君と二人なら……」
視線が真っ直ぐ、黒衣の騎士に定まる。
剣の先が鈍く輝き俺を狙っている。
それを真っ直ぐ見据える「俺」の視線。全くブレないじゃねぇか……。
「へへ……」
「何笑ってんだよ……」
「お前があんまり気持ち悪い事言ってるからだろ」
んだよ、君と二人って……。そういうのは桜にでも言ってやれってんだ。
ったく、緊張感が削がれちまったぜ。
俺は改めて剣を構え、ダンを睨んだ。
以前より強くなってるのはお前だけじゃあねぇ。
「勝つぞ、誠……!」
体が力強く頷き、剣先が前を向く。
再び緊張の糸が張り詰めた。
「勝負だ、ダン!」




