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「ごめんなさい」と「ありがとう」

「あ、勇者様……」

「うわぁぁっ」

 

 前方に立っていたメイドが驚いた顔で立ち止まった。

 無理もない。僕の体は城の廊下を凄い速さで駆けていく。


「ほらほら、どけどけー」


 朝倉さんを抱えたまま、シェズは器用にメイドさん達の間をすり抜けた。


「おいおい、シェズどこまで行く気だよ」


 シェズは城門を駆け抜け城下町に戻ってきたところで、身体を僕に返してきた。

 急にずっしりとした重さが手にかかり、僕は慌てて力を込める。


「真島くん、下ろして……」


 急に頼りなくなったのが伝わったのだろう、口とは逆にしがみつく力が強くなった。

 僕はゆっくり朝倉さんの体を地面に下ろす。


「ごめんね、重かったでしょ……?」


「そ、そんな事ないよ……!」


 僕は腕を振りながら答えた。

 そしてお互いに顔を見つめた後、また黙ってしまう。 

 うーん、どうしたものか……。


「買い物して来いったって、何が欲しいのか言わなかったよな、エミカのやつ……」


「とりあえず、何か食べ物でも買っていく……?」


 僕は頷いて歩き出した。

 そういえば、二人で歩くことなんてあったっけ……。

 お互い道の両側を見ながら歩いていく。

 日が高くなってきたおかげが、さっき通った時よりも人波は大きくなっていた。

 それでも聖都や港町に比べれば静かなものだ。

 市場らしき場所に出て、適当に保存がききそうな食材を買っていく。

 鞄の類を持っていなかったので、あっという間に両手が塞がってしまった。

  

「ねぇ、誠くん……」


 急にマリーナさんが声を出した。


「あなたゲートキーパーなんだから、荷物しまえるんじゃないの?」


「あ……」


 すっかり忘れてた。

 僕らは適当なベンチを見つけて腰を下ろした。

 そして手を翳して念じる。今回は穴をあけるというよりも、あいつを呼ぶイメージで……。


「なんだよ、急に呼びやがって」


 小さく空いた穴の中から、リスが顔を出した。


「あれ、シーマが出てきた。エゾは?」


「あいつが人間の前にホイホイ出てくると思うか?」


「ははは、そうだね……」


「で、呼んだ理由はなんだよ?」 


「荷物預けたいんだけど。できたらエミカの倉庫の方に入れときたいなって」


「あー、それでエゾか。待ってろ、連れてくる」


 そういうとシーマは穴の中に引っ込む。

 それを見ていた朝倉さんが瞬きしながらこちらを向いた。


「真島くん……今の何?」


「えーと、空間の番人みたいな?」


 そういうなり、穴の内側から声が聞こえてくる。


「なんだよー、あの契約者はシーマの担当だろー? なんで僕が外に出なくちゃ……」

「ああ、もううっせーな、覚悟決めろっ」


 そんなやり取りが聞こえてきた後、穴から何かが飛び出してきて僕の膝の上に落ちた。

 エゾだった。


「投げるなよ、シーマの奴……」


 顔を上げたエゾを覗き込むと、怯えた目で体を硬直させていた。

 そして、それを凝視する瞳がもう一つ。 


「可愛い……!」


 両目をキラキラさせながら朝倉さんがエゾに手を伸ばす。

 エゾはそのまま朝倉さんの手の平に包まれると、そのままゆっくりと上に運ばれていく。


「こんにちは」


「こんにちは……」


 ぼーっとした表情のままエゾが答えた。


「惚れたな、あれ……」


 いつの間にか僕の方に乗ったシーマが呆れた顔で呟いた。


「エゾって人間嫌いのくせに美人に弱いんだよ」


「へ、へぇ……」


 まぁ、朝倉さんなら美人だし、気持ちは解る……けど。

 朝倉さんの手のひらの上でデレーっとしているエゾを見てシーマはまた呟いた。


「なんかイラッとくるよな、あれ」


 僕はそっちの気持ちの方が良く解った。


「それじゃ、荷物お願いね」


 朝倉さんが言うと、エゾはピシッと敬礼ポーズを取って。


「了解しました!」


 と、エミカみたいな事を言っていた。

 買った食材を穴の中に運んでいくエゾとシーマ。

 あっという間に片付いてしまった。


「ありがと、二人とも」


 微笑む朝倉さんに、エゾの顔がまた赤く染まる。


「女神だ……」


「そうかぁ? 女神様はもっと怖い顔してんだろ」


 その言葉の直後、シーマが穴の中に消えた。

 何か大きな声がしたようなしないような……いや、詮索はやめよう。

 次に出てきた時に傷だらけになっていたけど。


「大丈夫?」


 朝倉さんはそういうと、さっと精霊を呼び出した。

 壺を抱えたフェレットがシーマの前に立つ。


「薬ぬってあげるね」


 朝倉さんがフェレットの差し出したツボに手を入れて、光の薬を取り出すと、シーマの体を撫でる。

 その間、シーマの顔はボーッとしたまま、白いフェレットの方を見ていた。

 おい、シーマ……?

 さっきのエゾと同じような顔してる……。

 

「なんだこれ……胸が痛いぜ……」


「シーマもかい? 僕もだよ……」


 僕はなんだか面倒になって穴を閉じた。

 穴が消える直前まで二匹とも食らいついていたけれど、あえて気が付かないふりをした。


「可愛かったね、あの子達」


 おかげで朝倉さんがいつもの調子に戻った事には感謝するけどね。

 さて……。これからどうしようか……。

 僕はふと空を見あげて青い空を眺めた。

 良い天気だ。


「なんだか、あの日を思い出すね」


 朝倉さんも空を見上げながら言った。  

 あの日……か。

 元いた世界で、僕が押し付けられた野外清掃を朝倉さんが手伝ってくれて……。


「あの日も天気よかったよね」


「そうだね。まさか勇者と魔法使いが降ってくるとは思わない位に」 


 僕は苦笑いを浮かべて空を見ていた。

 

「ごめんね、朝倉さん……」


「なんで謝るの?」


「だってあの日、僕を手伝わなければ、こんな事には巻き込まれていなかったんだ……。昨日だって、凄く危ない目にあった……」


「でも、ちゃんと助けてくれたよ」


 朝倉さんはそう言って視線を僕に向けてきた。


「こっちこそごめんね。いつも迷惑かけて」


「そ、そんな……迷惑なんて思ってないよ!」


 僕はブンブンと顔を振る。

 真っ直ぐ見つめてくる視線に耐えられなくて、僕は思わずベンチの端まで距離を取る。 


「あ……ごめんね……」


 朝倉さんも僕から少しだけ距離を取った。

 僕と朝倉さんの距離の間に風が吹き抜ける。

 その時、朝倉さんがため息をついた。

 同じタイミングで、僕の体もため息を一つ。


「あー! じれったいんだよ、お前ら!」


 シェズがいきなり言った。そして体の自由を僕から奪った。

 何だよ急に!


「バカ、やめろ勝手に……!」


 また何かよからぬことをしそうで、僕は必死に体を取り戻そうと念じる。

 くそっ、戻らない……。

 焦る僕の心と裏腹に体は朝倉さんの傍まで歩くとに勢いよく隣に腰を下ろす。

 同時に朝倉さんの体がビクンと固まった。


「ま、マリーナさん……?」


 朝倉さんが驚いた表情で呟いた。


「よくやった、マリーナ。そのまま動くなよ」


 シェズとマリーナさんがニヤリ、フフフと揃って笑った。

 そして僕の右手が朝倉さんの肩を抱き寄せ、朝倉さんの体が胸に寄り添ってくる。

 

「おいシェズ!?」

「マリーナさん?」


 僕と朝倉さんが同時に声を上げると、それを合図にするように柔らかい温もりが伝わってきた。


「……あ、あ……ええと……」

 

 密着した胸の鼓動が伝わってくる様で、僕の心臓も動くペースを上げた。

 朝倉さんが何も言わないままギュッと服を握った。

 マリーナさん……じゃないよな……。

 赤く染まる頬は、これは朝倉さんのものだと直感する。

 僕も右手を離すことが出来ず、そのままの体制で固まっていた。


「桜が言いたいのは、ごめんなさいじゃ、ないでしょ?」


 小さな声でマリーナさんが囁いた。


「……わざわざごめんね、マリーナさん……」


 朝倉さんも呟くとそのまま額を僕の胸にくっつけた。


「昨日、言ってなかった言葉があったの……」


 大きな吐息が僕の胸にかかる。

 

「助けてくれて……ありがとう……ございました……」 

 

 声と同時に服の皺が大きくなる。

 

「そそそ、そんな……朝倉さんを助けるのは当然っていうか、なんていうか……お礼を言われる様な事じゃなくて……」


 うわ、心臓が高鳴りすぎて声が上手く出ない……。

 だけど……僕も伝えたい言葉が胸の奥に溢れてきていて。

 それを伝えようと決意をすれば、自然と肩を握る腕にも力が入る。


「僕だって、いつも朝倉さんが助けてくれるから頑張れるんだ……一人だったら、きっと何もできなかった……」


 少しだけ腕の震えが小さくなった気がした。


「だからお礼を言うのは僕の方だよ……ありがとう、朝倉さん……」


 伝わった……だろうか。

 僕は大きく息を吐いた。

 その後の言葉が出ないまま、一瞬がとても長く続いた。  

 

「……なあ、マリーナ。こいつらいつまでくっついてるのかね」

 

「そーねぇ」


 急に二人が喋りだし、弾けたように時が動き出す


「ごごごご、ごめん! 朝倉さん!」

「ごめんね、真島くん!」


 同時に顔を上げた僕達は、真っ赤に染まった顔をお互いに見つめあった。


「やっぱり謝るのね、あなたたち」


 マリーナさんが笑いを零した。

 シェズはシェズで呆れた表情を浮かべた。

 そして僕と朝倉さんは、目を逸らしながら一緒に笑った。


「戻ろうか」


「うん」


 僕らは立ち上がり、みんなが待つ城へと歩き出す。

 右手に伝わってくる温もりは、誰の仕業だろう。

 シェズがふざけてるのか、マリーナさんがお節介してるのか……それとも……。

 僕は考えるのをやめて、ただその手を握り返した。

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