倒せ! 黒き魔神
朝倉さんの背中から黒いオーラが立ち上り、まるで鴉の様な黒い翼を描く。
「あ、朝倉さん……!」
体を這わせて、近づこうと前に進んだ。
そんな僕を、まるで虫を見るような顔で朝倉さんが……いや、魔神が見つめる。
魔神は右手を上げると、開いたまま僕に向けた。
「消えよ……」
手の平から放たれた突風の様な衝撃が僕の体を吹き飛ばした。
「ぐわああっ!」
僕は再び壁に背をつける。
「誠! おい、しっかりしろ!」
「だい……じょうぶ……」
まだ……体は動く……。
僕はゆっくりと立ち上がり、朝倉さんの元へ向かう。
「しぶといな……ならば、これはどうだ……」
翼が大きく開いた。
そこから無数の羽が飛び散った。
「やべぇぞ……あれは……!」
シェズが叫んだ。
「剣を構えろ! あれはかなり強力だ。可能な限り払い落とせ!」
飛び散った羽は一斉に僕のいる方へと迫ってきていた。
「払い落とせって……!」
僕はがむしゃらに剣を振る。弾いた羽は地面に落ちると霧のように消えた。
だけど数が多い。
剣をすり抜けた羽が体に突き刺さり、肉をえぐっていく。
溜まらずに僕は剣を目の前に構えて耐える姿勢を取った。
黒い羽根が何度もぶつかると、刀身は次第に形を歪ませ、やがてひびが入り
目の前で割れた。
「とどめだ……」
魔神は再び翼を羽ばたかせた。
宙を舞った羽が一度止まり、鋭い先端をこちらに向けて迫ってくる。
避けなければと思っても、体が動かない。
僕は思わず目を閉じた。
暗闇の中で甲高い音が響く。
目を開くと、僕の前に鎧姿の男が立っていた。
「王子……!」
「間に合ったね……」
振り返ると同時に、ベルシャに被せられていたメットが砕けた。
露わになった王子の顔を見て、ヘルクが声を上げる。
「その顔……お前は星の国の……」
「そうとも……私は星の国の王子……アルフォンス・フォルス!」
凛とした声で王子は言った。
さっきの羽で傷ついた顔から、うっすらと血が流れる。
「バカ野郎、格好つけてんじゃねーよ!」
シェズが叫んで、王子を突き飛ばした。
その場所に黒い羽根が突き刺さる。
「す、すまない誠……くん?」
王子が起き上がると、鎧には無数のひびが入っていた。
魔神の翼が広がる。次の攻撃を喰らったら……!
その時、僕達のそばにもう一人駆けつけた。
「おーじ様、これを!」
リュックから大きな盾を取り出して王子に渡したのは……
「エミカ!」
エミカはこちらを見て、微笑んだ
「よし、防御は任せろ!」
王子が降り注ぐ羽を盾で防いでくれる。
「いつまで……持つかな……?」
魔神は翼を羽ばたかせて執拗に攻撃を繰り出してくる。
「新しい盾はまだまだありますよ!」
エミカは言いながら盾をどんどん出して王子に渡す。
「エミカ……ありがとう」
僕の言葉に、エミカは黙って首を横に振った。
「わたくしの事より、今は桜様の事を」
「解ってる……だけどどうしたら……」
「桜様達の意識が戻れば……」
「やっぱり、それしかないか……!」
僕は砕けた剣を地面に放り投げる。
同時に、口元が笑みを浮かべる。
「エミカ」
僕の手が伸びると、エミカも不敵に口を開けた。
「りょーかい、しました!」
僕はエミカから受け取った剣を手に飛び出した。
迫ってくる羽を叩き落しながら、魔神の足元にまで走る。
「朝倉さん! 目を覚まして、朝倉さん!」
魔神の背中にまた羽が広がる。
同時に右手を翳して、僕に向けた。
「気を付けろ、誠!」
魔神の右手が赤く輝き、火の玉が飛んでくる。
僕は横に飛びのいて身をかわす。
それを狙ったように羽が僕の体を掠めていく。
「がああああ……」
体中に傷が走り、膝が地面につく
「誠様!」
「誠くん!」
エミカと王子の声が響いた。
僕の目の前に魔神が降りてくる。
そして右手を僕の頭の前に掲げた。
額にジンジンと震えが走る。
これが殺気ってやつなんだろうか。
だけど視界に映るその姿は僕がずっと焦がれてきた人で……。
握った剣が手から離れるのが解った。
目の前に光が広がる。
赤いそれは熱を増していく。
額が、頬が焼ける様だ。
だけど、その光はどこか暖かくも感じて……。
無意識の内に、僕は右手を伸ばしていた。
「な、なんだ……と……」
僕は朝倉さんの手のひらに触れた。
柔らかな感触。それを離さないように、僕は少しだけ力を込める。
「朝倉……さん……」
手のひらから伝わる熱さが急激に和らいだ。
返ってくる力の感触に僕の心臓が大きく脈打つ。
「なんだ……からだの……自由が……」
低い声が掠れていく。そして代わりに聞きなれた声が耳に届いた。
「真島……くん……!」
「朝倉さん!」
僕が叫ぶと、黒い翼がまた広がった。
同時に、その周りに無数の光が灯る。
火の精霊サラマンドラ、風の精霊シルフィー、雷の精霊クラウドジェリー、氷の精霊もいる……。
朝倉さんの周りを囲んだ精霊達が一斉に魔法を放つと、黒い翼が霧散した。
「あたし達の身体で、好き勝手するんじゃないわよ……!」
「マリーナ!」
シェズが名を呼ぶと、マリーナさんは力強く微笑んだ。
「マリーナさん、魔神を追い出すよ!」
「ふふ、解ってるわ!」
目を閉じた朝倉さんの胸元からまばゆい光が迸った。
次の瞬間、朝倉さんの周りから黒い霧が飛び出していく。
「からだが……! 我を否定するのか……!」
「あいにく、満席なのよ!」
マリーナさんが叫ぶと、精霊達の一斉攻撃が魔神を包み込む。
「おのれ……おのれぇぇぇぇっ!」
魔神はまた手の姿になり、爪を伸ばした。
伸びた爪が朝倉さんに襲い掛かる。
「朝倉さん!」
「マリーナ!」
反射的に僕は朝倉さんの前に立った。
剣が爪を捉えて、真ん中から二つに切り裂いた。
「い、今……?」
僕は自分の手を見つめた。
なんだ、今の……?
「誠、まだ来るぞ!」
再び迫る爪を、もう一度弾き返す。
これ……僕じゃない……。
「シェズ!?」
これ、シェズがやってるんだよな……?
呆然とする間にも、僕の腕は剣を振い続けている。
知らないうちに気を失ったのか?
そんな事を考えているのだから、頭はしっかりと覚醒している。
「どうなってんだ、これ……」
「わかんねーけど……チャンスだろ?」
僕は頷いた。
シェズが僕の体を動かしている事は解った。
そして、それが負ける事が無いことも!
五本の爪が切り裂かれ消えていく。
「誠様、今こそ魔神の封印を! 魔法陣を開いてください!」
エミカが叫んだ。
そうか……ここが魔神を封印していたというなら、この魔法陣は扉……それなら!
僕は魔法陣の真ん中に立ち、手をかざした。
そして強く念じる。
開け……開け……開けぇぇぇぇっ!
僕の胸の前に小さな穴が開いた。僕はそこに両手を入れて、左右にこじ開ける。
「や、やめろ……やめろぉぉぉぉぉっ」
魔神の声が響いた。
同時に僕の両手の間に強烈な衝撃と重さが飛び込んできた。
黒い霧の塊が、僕の手の中にある空間に吸い込まれていく。
「くっ…………くあああああああっ!」
手足がバラバラになりそうな激しい衝撃が体を襲う。
僕はつま先に力を込めて、必死で支える。
その背中を、支える力がある。
「誠様……!」
「誠君!」
「遅れましたが」
エミカ……王子……フレドさんも!
「行くぜ、誠っ!」
一気に衝撃が軽くなった気がした。
大きな力に支えられるのを感じながら、目の前の霧が無くなるのを僕は見ていた。
静寂が続いたのは、本当は一瞬だった。
だけど、それは凄く長く感じて。
僕はその場に膝をつくと、大きく息を吐いた。
「誠……まだ終わってねぇぞ」
シェズの言葉に、僕はようやくもう一つの脅威を思い出した。
僕にゆっくりと近づいてくる仮面の男……。
「魔王……!」
シェズが奥歯を噛んだ。
僕は震える身体を必死で押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。
その前に誰かが割り込んできた。
「エミカ……」
魔王が呟いた。
「申し訳ございません、まおー様……」
魔王は歩みを止めると、黙ったままエミカを見ていた。
エミカは真剣な目をしたまま、静かに口を開いた。
「わたくしは……やっぱりシェズ様の味方なので……」
エミカが言いそっと微笑むと、魔王は右手を翳した。
「エミカ下がれ!」
僕は叫ぶ。けれどエミカは真っ直ぐに立っていた。
魔王は右手の中心から穴を広げると、黙ってその中に消えていった。
「なんで……?」
疑問よりも先に、助かったという安堵感に僕はまた膝をついた。
体中の傷が一気に疼きだし、僕は溜まらずに崩れ落ちる。
「真島くん……!」
前のめりに倒れる僕の体を、柔らかい感触が包み込んだ。
頬に触れた黒い髪から、良い匂いがした。
ドクンっと心臓の音が大きく聞こえた。
「あ、朝倉さん……!」
「助けに来てくれるって信じてたよ……」
後頭部に、暖かい手が触れているのが解る。
そして顔に柔らかいものが当たっているのも……。
「あ、朝倉さん、大丈夫……大丈夫だから!」
何が大丈夫なのか解らないけれど、とにかく理性は大丈夫じゃなかった。
「いや、俺はもう少しこのままでも良いぜ」
言いながら、僕の頬はだらしなく緩んだ。
ちょっと待って、いや、やめてほしくはないんだけどさ!
僕は朝倉さんの体を丁寧に引き離すと、また大きく息を吐いた。
「ふひひ、いいじゃないですか。たまには甘えてみるのも」
隣にエミカがしゃがみ込むと、ニヤリと笑って僕の顔を覗き込んだ。
そのおでこを、ピンっと人差し指で弾く。
「ふぇぇ、痛いですっ!」
「てめぇ、散々心配かけやがって……」
言いながらシェズは赤くなったおでこを撫でた。
するとエミカの顔がみるみる歪み、両目に涙が溜まっていく。
「ご、ごめんなさいシェズ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そしてエミカは僕の胸に飛び込んで来た。
泣きじゃくる声が響いて傷が痛む痛む。
けれどそれ以上に嬉しさが湧き上がってきて。
僕はエミカの頭をくしゃくしゃと撫でた。
その手の上にもう一つ手のひらが乗る。
朝倉さんが……いや、マリーナさんがそっと微笑む。
「エミカ……おかえり」
今度はエミカがマリーナさんに抱き付いた。
僕はまた腰を落としてため息をつく。
「ヘルクはどうしたんだろう」
王子が辺りを見回しながら言った。
そこにヘルクもミザさんもいない。
「先ほど出口に向かっていく姿を見ましたが……」
フレドさんが言った。
そして気が付けばその後ろに、沢山の女子が立っていた。
「王様、またどっか消えたの?」
「自分だけ逃げだしてー!」
フレドさんが連れてきたのだろう、ハーレムの女の子達が喚いていた。
「とりあえず、あつららも連れてここを出ようぜ」
シェズが言うと立ち上がった。
おかげで体に感じる痛みは無くなっていた。
「シェズ……」
シェズは微笑む。
くっそ……無理してるな……。
フラフラと歩き出すと、そのまま朝倉さんとエミカのそばに近づいた。
そして……。
ガバッと二人を抱きしめ……!?
「桜……回復頼むぜ」
「ちょっと、真島くん……」
朝倉さんの顔が真っ赤に染まっていた。
「違うよ、これ僕じゃな……」
「あっ……やだ、ちょっと……」
朝倉さんが見たこともないような狼狽えた表情になった。
見れば僕の右手は朝倉さんの胸に触れていて……。
「シェズ!?」
「何してくれてんのよ!」
僕が体を取り返すと同時に朝倉さんもマリーナさんに変わり……。
強烈な平手打ちが頬を打ち付けた。




