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秘密の花園

 近づくとその建物は黒ずんだ石材で作られていた。

 重厚感のある佇まい。近づく者を拒絶するような雰囲気がある。

 入口に立った柱は一つ一つが巨大で、それが何本も連なって天井を支えていた。

 建物の奥は暗くて良く見えない。

 僕は思わず息を飲む。


「封印殿って事は……何かが封印されてるんだよね……?」


 僕は前を歩くベルシャに尋ねた。


「魔神の一部が封印されてるって聞いたけど」


「オルトロックに封印されていたのと同じ奴か?」


 シェズが言った。魔神と聞いて僕が思い出したのもそれだった。


「詳しいことは知らないわ。ただ……今、魔王様が呼び出そうとしているのはその魔神だと思う」


 言いながらベルシャは薄暗い建物の中に躊躇なく入っていく。

 ひんやりとした空気が、足元を抜けていく。

 うーん、着替えたいなぁ……。

 入口にも通路にも衛兵はいなかった。

 しかも堂々と真正面から入ってるし、いよいよ女装させられている理由がない……。


「ねぇ、ベルシャ……着替えていいかなぁ……」


「ダメ」


 ベルシャはあっさりと言った。

 僕は肩とため息を落とす。

 暗い通路の先に、明るい部屋が見えてきた。

 僕らは息を殺して部屋に近づく。

 中から、声が聞こえる。


「アクノボス様、準備は着々と進んでおります。聖女が手に入った以上、魔神の力を得るのは時間の問題ですな」


 知らない声だ。

 僕は様子を伺うために部屋を覗く。中には三人。僕たちのいる出入り口に背中を向けて何かを話していた。

 部屋の中は広いすり鉢状の空間になっているようだ。

 眼下に広い空間が見える。

 そして、底には幾何学的な文様が描かれていた。

 魔法陣……か?

 いよいよ何かが封印されている雰囲気だ。


「本当に良いのかな」 


 仮面をつけた男が言った。

 魔王アクノボス……!

 僕は心臓が飛び出しそうになるのを堪えた。

 仮面越しに聞こえる声は籠っていてよく聞き取れなかった。

 

「魔神を操る力を手に入れれば、星の国はおろか、さらなる広い世界を手に入れられますぞ。そうすれば月の国、いやこの世界は安泰でございます」


 頭が眩しい。

 髪の毛がない上に金色の王冠を被ったその男は口元をいやらしく釣り上げながら雄弁に語っていた。


「あいつは……」


 王子が身を乗り出した。それをフレドさんが冷静に押しとどめる。


「知ってるの?」


 僕が尋ねるとフレドさんが静かに言った。


「月の国の王です。元国王、と言った方が良いでしょうか」


「ヘルク・ベアゼ……魔王軍侵攻の際に失踪したと聞いていたが……」


 王子が着る鎧がカタカタと鳴った。

 僕は再び部屋の中に視線を映す。


「しかし、魔神の封印を解いて、この国が無事で済む保証なんてあるんですかねぇ」


 魔王の隣から聞こえてきたこの声は聞き覚えがある。

 エミカだ……。

 僕は思わず飛び出しそうになるのを堪えた。

 改めて部屋の様子を伺う。

 朝倉さんの姿は無いようだ。

 という事は、他の場所か……。


「朝倉さんを探そう」


 あいつらが聖女の力を使って何かをしようとしているのは間違いなさそうだ。

 僕の言葉にフレドさんが頷いた。

 

「王子、行こう」


 僕はまだ部屋の前に立っている王子の肩を叩いた。


「あ、ああ……」


 僕らは元来た道を戻りつつ、他の通路を探す。


「ベルシャ、朝倉さんがいる場所に心当たりはないの?」


「地下」


「なるほど………地下室か……ってあれ?」


 僕は改めてベルシャの方を見た。

 なんでそんな簡単に喋ってるんだ、この子。 

 そんな僕の心情を察したのか知らずか、ベルシャは何も言わずに僕らの先を歩く。

 神殿の中にあった階段を下りると、今度はやたら明るい通路に出た。

 船旅の途中で行った遊技場程ではないものの、豪華な装飾の施された調度品が置いてある。

 通路の曲がり角から人の話声がして、僕は背筋をピンと張った。

 それを見たベルシャが耳元で囁く。


「自然にしてなさい。変装してるんだから」


 意識させられると余計に緊張するんですけど……。

 近づいてくるのは若い女性の声。何人かで談笑している様だ。


「あら、ベルシャ様」

 

 角を曲がって表れたのは数名の女性。

 歳の見た目はバラバラで、幼い子もいれば、お姉さんっぽい人もいる。

 顔は似ていないので、姉妹という訳でもなさそうだ。

 ただ、それぞれの顔立ちはとても整っていた。美人揃いだ……。


「そちらの方は新入りですか?」


 少し幼い顔をした女の子が僕の顔を見て言った。

 思わず顔を背けると、ベルシャが僕の背中を押して前に突き出した。


「そう。面倒よろしくー」


「ちょっとベルシャ!?」


 驚く僕の周りを女の子達が取り囲む。


「綺麗な顔ね……」

「あー、これはヘルクが好きなタイプだわー」


 少女たちに手を引かれ、僕は大きな部屋へと引き込まれていく。

 もしかしてこれ、ハメられた!?

 閉まる扉に目をやると、ベルシャがにこやかな顔で手を振っていた。

 

 部屋の中には沢山の女性がいた。

 その恰好を見て、僕はまた目を背ける。

 なんか、みんな、凄く薄いとか、小さいとか……とにかく目のやり場に困る格好をしていた。

 

「新入りなんて久しぶりね」


 さらに増える女子女子女子。

 うああああ……。


「ようこそ、秘密の花園へ……」


 少し背の高い女性が一歩前に出てきた。

 他よりも年齢が高いのだろうか、少し落ち着いた雰囲気で、あまり肌を出してはいなかった。

 黒基調のメイド服を着ているけれど……。


「わたしはここの番を任されておりますミザです」


「あ、え、ええと……ぼ……私は……ええと……」


 しどろもどろになっていると逆に背の低い女の子が質問をしてきた。


「どこから来たの?」


「え、ええと……聖都から?」


 僕は下を向いたまま、精一杯か細い声を出して言った。

 今、男だとバレたら……。

 心臓が高まってきた。


「そんな遠いところから連れてこられたんだ……」

「可哀想……大変だったでしょ」


 頭を撫でられながら、違う違うと心の中で否定する。

 しかし、という事はこの子たちもどこからか連れてこられたという事か……。 


 その時、扉を叩く音がした。


「うわ、来たわよ!」


 女の子達の様子が変わった。

 ピンと背筋を貼り、扉の入口を囲むようにして整列した。


「ほら、あなたも」


 ミザさんに腕を掴まれ、僕も列に加えられる。


「やぁ、待たせたね」


 扉の向こうから、眩しい光が差し込んできた。

 思わず目がくらむ僕らの横で、女の子達はそろって頭を下げた。


「おかえりなさいませ王様」


 ミザさんが僕の頭も無理矢理下げさせた。

 僕は顔を上げて入ってきた男……月の国王を見た。

  

「見ない顔だな、新入りか」


 国王ヘルクは僕の顔をまじまじと見つめた。

 まずいバレるっ。

 僕は慌てて下を向く。


「いい反応だ」


 言いながら太い指が僕の頭を撫でる。

 両腕に鳥肌が立った。


「ヘルク様、まずはお飲み物の用意をいたしますので、座ってお待ちを……」


 ミザさんが言うと、僕の手を引いて歩き出した。


「王様、今日はあたしと遊んでー」

「ダメよ、私とよ」


 背中越しに聞こえる甘い声に思わず目をやってしまう。

 複数の女の子が競うように抱き付き、真ん中の王様は頬を緩ませていた。

 ここ、もしかしてハーレム……ってやつ?

 

「いきなり驚いたでしょう」


 視線を手元のグラスに向けたまま、ミザさんは言った。


「え、ええ……」 


 僕は苦笑いで返す。

 トレイを渡され、その上に載せられた酒瓶を支える。

 

「しかし安心してください。ここにいる以上は私たちの生活は保障されます。あなたもいずれ慣れるでしょう」


 落ち着いた雰囲気で言うミザさんの顔に、どこか憂いが見えた。

 しかし……。

 もし、ここに朝倉さんが連れてこられているとしたら大変な事だ。

 早く見つけ出さないと……。


「あ、あの……ミザさん。僕……いえ、私の前に誰か連れてこられませんでしたか? その、髪の長い……」

 

「魔王様が連れてきたという黒髪の聖女ですか……? それならば一番奥の部屋に連れていかれましたが……」


 やっぱり、朝倉さんはここにいるんだ……。

 僕は扉の外に目をやる。

 隙を見て、ここから出ないと……。

 

「おい、酒はまだか?」


 ヘルクが言った。

 ミザさんは一礼すると、僕を急かした。

 

「お前、名前は?」


 トレイの上からグラスを取るなり、ヘルクは言った。

 

「え、えーと……ま、マコって言います、うふふ」


 何言ってんだ僕……。


「マコか……珍しい名前だ」


 別の女の子が注いだお酒を一気に飲むと、僕に顔を近づけてジロジロと見つめる。

 

「あ、あの王様……そんなに見つめられると……」


 思わず目を逸らす。

 

「そういう恥じらい、新鮮でいいぞ」


 違うよ、頭が眩しいからだよっ。

 それにお酒臭い。男臭い。


「逃げるな逃げるな」


 ヘルクの手が伸びて、僕の肩を引き寄せた。

 一気に鳥肌が全身に広がる。


「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! いいかげんにしろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 一瞬で場が凍り付いた。

 僕の心臓の音が一気に跳ね上がる。

 

「気持ち悪りぃんだよ、このハゲ!」

 

 シェズが叫んだ。

 そして、それを止める事も僕には出来なかった。

 そりゃそうだ。僕だって同じことを叫びたかったんだ。

 引きつった笑いが止まらない。


「お前、もしかして男……」


 ヘルクは手を伸ばし、僕の胸を掴んでいた。

 撫でまわりながら動く指の感触に身の毛がよだつ。

 

「いやあああああああああっ!」


 僕は平手で思い切りヘルクの頬を叩いていた。

 バチーンと音がすると同時に、部屋の扉がまた開いた。

 頬を押さえたまま目を白黒させているヘルクの頭の上に、真っ赤なハイ

ヒールが落ちてくる。


「ぐげぇー」


 カエルの様な呻き声をあげて、ヘルツはそのまま倒れた。


「オホホ。やりすぎたかしら」


 わざとらしく笑いながらベルシャが言った。


「はぁ……はぁ……気持ち悪かった……」


「お前、珍しく全力だったな……」


 流石のシェズが、ちょっとだけひいていた。

 もちろん女の子達も呆気に取られていた。


「アハハ、いい気味」


 一人ベルシャは伸びている王様の背中に腰をかけ、頭をペチペチと叩いていた。

 また小さなうめき声がした。


「お前、これが狙いだったんだろ」


 シェズが言うと、ベルシャはペロリと舌を出した。


「だって人が連れてきた女の子達にこっそりイヤらしい事してるなんて、腹立つじゃない」

  

「連れてきたって……魔王が攫ってきたんだろ……」


「攫った言うな。保護したと言いなさい」


「物は言いようだな、おい」

 

 シェズが呆れた様子で言った。

 するとベルシャも負けじと呆れた顔で溜息をついた。


「本人たちに聞いてみたら?」


 そう言って部屋の中にいた女の子たちに目をやる。


「あ、あの……私たちはその、ベルシャ様達に連れてこられたんですけど……」

 

 遠慮がちに女の子の一人が言った。


「だけど、その後はここで匿って貰っていて……」


 その言葉に僕達は言葉を失った。

 隣ではベルシャがドヤ顔をしていた。


「どういう事……なんだ?」


「最初は聖女がどんなのか知らないから、手当たり次第に攫ってたのよ」


「やっぱり攫ってたんじゃねーか!」


 シェズが言うとベルシャは一瞬黙った後、そっと目を逸らした。


「で、聖女と間違えた女の子達も、今度は別の奴らに狙われないようにここで保護してたってわけ。便乗していやらしい事してた奴がいたわけだけど」


 言いながらベルシャはヘルクの背中につま先を乗せた。


「でもヘルクもなんだかんだで食べ物や着るもの用意してくれたし」


「結構快適なんだよねぇ」


 みんな嬉々とした表情だ。

 逆に僕はポカンとした顔で立ち尽くしていた。

 女の子は逞しいな……。


「それよりマコちゃんは、そういう趣味の人なの?」


「ち、違うよ!」


 僕は空間から服を呼び出すと、部屋の隅で着替えた。

 

「うわ、肌まで白い」

「女の子……だよねぇ」


 ってなんでみんな見てるのさ!

 僕は急いでブレザーを羽織った。


「誠様!」


 今度は部屋の中にフレドさんと鎧……王子が飛び込んできた。


「桜くんの居場所を見つけたぞ」


 その言葉に僕の心臓が高鳴った。

 

「急ごう!」 


 言うよりも早く僕は部屋を飛び出していた。

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