空間を引き寄せろ
聖なる空間の通路にずらりと並ぶ扉を見て、王子とフレドさんが思わず息を飲む。
「これが世界中の契約者の元に繋がってるのか……」
王子は歩みを進めながらどこまでも続く回廊の先を見つめた。
石畳みの回廊は静けさが支配しどこまでも続いていく。
「で、どの扉を使えば魔王の後を追えるんだ?」
シェズが呟くと、通路にやけに響いた。
「……おい、誠?」
入ったはいいものの出口は無数。それこそ世界中の契約者の元に繋がっている。
その中からたった一つを探さなければならない訳だ。
「………………」
まっっっっったく考えてなかった!
「おい、誠ぉぉぉっ!」
シェズが天井を睨む。ええ、その瞳は本当なら僕に向けたいんでしょう、ええ。
「女神さま……」
困ったときの何とやら。僕は女神さまに助けを求めようと視線を向けた。
女神さまは微笑んで首を横に振った。
「ですよね」
女神さま、いろいろと教えてはくれるけど、直接何かを手伝ってくれることは無いんだよな。
「ははは、悪く思わないでくれ。わたしは君たち人間に直接の干渉は出来ないんだよ。困ったら、こいつに頼るがいい」
言いながら女神さまは肩の上に乗ったシーマを僕の頭に移動させた。
「ま、今更神様に頼るなんてことは俺もしたくねーかな」
シェズはそう言って苦笑いを零した。
「とりあえず、エミカの倉庫。あそこに行ってみよう」
女神さまと別れて、僕らは先を急ぐ。
ところがずっと同じ景色が続くばかりで、どんどん記憶が曖昧になっていく。
さっきからどれくらい歩いたのかすら解らない……。
「シーマ……こないだの倉庫に行きたいんだけど……」
「最初から聞けよ」
シーマが呆れた顔で言った。
「とはいっても、あの倉庫は俺の担当じゃないんだけどな。おーい、エゾーっ!!」
通路に声が響くと、ほどなくして向こう側からリスが一匹駆けてくる。
「なんだよ、シーマ……ってうわああああ、また人間だぁぁっ!」
ビクッと尻尾を立ててエゾは壁にぴったりと張り付いた。
臆病なんだろうか……。
「別にこいつらなんてビビる事ないだろっ」
言いながらシーマは僕の頭を尻尾ではたいた。
こいつは……。
「ごめん、エゾ……エミカの倉庫に行きたいんだけど」
「ええっ?」
エゾは更に後ろに下がりながら、困った顔をした。
「ええと……倉庫の中の物は基本的に契約したその人以外は干渉できないわけでして……」
言われてみればそうだ。
貸倉庫の中身が勝手に他の人に使われたら困るもんな……。
「とはいえ、あれは私たちの物も入っているのでは?」
フレドさんの言葉に僕は一つ思い出す。
「シーマ、昨日の剣はどこから出したの? あれ、君が持ってきてくれたんだよね?」
「そういえば、そうだな……。こう、依頼が来ると、目の前の扉がそこに繋がって……」
シーマが目の前の扉を開いた。
「うえっ!? そこボクの倉庫っ!?」
扉を開けると見たことがある荷物が並んでいる。
「何でシーマがボクの倉庫開けるんだよ!」
「知らねーよ! こいつらの荷物を取ろうとしたらここだったんだよ」
何やら言い争っている二人を横に僕らは倉庫に入る。
「おお、私の鎧じゃないか」
王子は倉庫に並んだ鎧に目を奪われていた。
「ああ、これは聖都でボコボコにされた奴だな。こっちは街道でやられた時か……」
本当、何個壊したんだろう、この人……。
それだけ戦いを繰り返してきたって事なんだけど。
「この中から契約者が欲しいものを取り出して渡すわけか」
僕は中に入っていたトロフィーを見て苦笑した。
「いいのかな、これいいのかな」
エゾが困り果ててその場にしゃがみ込む。
「……面倒くせぇな……」
シェズが低い声で言った。
「いいか、ここにあるのは俺が俺の荷物持ちに持たせてたものだ。つまりここにあるのは俺のもんだ」
なにそのガキ大将みたいな理論……。
僕は呆れながら、少しだけ納得もしていて。
「大事な仲間なんだから、許してくれるさ」
そう、信じたい……。
僕は天井を見つめた。
ここから外に出られれば一番だけど……。
僕は手をかざして空間に穴をあけてみる。
「開け……開けぇぇぇぇっ!」
指が釣るくらいめいっぱい開きながら、天井を見つめる。
黒い穴が現れ開く……だけど、それはどうしても小さく、さらには両側から押しつぶされるように小さくなっていく。
「………っダメか……」
「こいつは向こう側から開かなきゃ無理だな」
エミカが開くまで待つか……。
それとも、他の扉を探すか……。
「あ……そうだ……」
僕は扉を抜けて回廊に出た。
「シーマ、ここは生きてるものを預けて……飼っているのも、いるよね?」
例えば魔物とか。
前にこの回廊をシーマ達に追われている時に、イカの脚に掴まれた事を思い出した。
もう一人、いるじゃないか。
空間に穴をあけられる人物が。
そして、さっきのシーマの言葉を思い出してみる。
目の前の扉がそこに繋がる。
この空間は僕たちの思っているような繋がり方をしていないのかもしれない。
行きたい場所を、こっちに呼ぶんだ。
僕は目を閉じ、向こう側をイメージしながら、扉を開いた。
「こいつは……」
開くと同時にシェズが呟いた。
そこは今までの石造りの倉庫ではなく、大きな渓谷の様な景色が広がっていた。
上手くいった、かな。
「なんでこんな簡単に扉を移動できるのさ」
エゾが呆然としながら呟いた。
その真上を巨大な鳥が飛んでいく。
「ひぃぃぃぃ……」
エゾは頭を抱え、尻尾をピンと立てながら蹲った。
「ここ檻の区域じゃねーかっ」
シーマまで顔をひきつらせて、僕の肩にしがみついた。
ドスドスと大きな音が聞こえたかと思うと、遠くから巨大な影が迫ってくる。
大きな頭、太い尻尾……二本足の先には鋭い爪。
恐竜だ!
「そういや、あんなのもいたなぁっ!」
僕はエゾを拾い上げて、恐竜から距離を取るため、全力で走る。
「お前、また何にも考えてなかっだろう!」
シーマがポカポカと僕の頭を叩いてくる。
ははは、流石にこんなのが出てくるのは想定外だった……!
走る真横に恐竜の頭が突き出されて、歯ぎしりの音が聞こえてくる。
「うわあああああああっ!」
「おーい! オーリ! オーリどこだぁぁっ!」
シーマが大声で叫ぶ。
すると、どこからかピーーーと甲高い音が聞こえた。
それが笛の音だと解ったのは、視線を向けた先にいる一匹のリスが吹いてたからだ。
音に合わせるように恐竜はその場に立ち止まる。
大人しくなった恐竜は、その場で旋回すると渓谷の奥へと消えていった。
「お見事ですな」
フレドさんが感心した目で、高い岩の上に佇むリスを見つめた。
「あいつはオーリ。このエリアの担当で、動物の扱いが得意なんだ」
なるほど、檻担当でオーリか……。いや、偶然かな……。
オーリと呼ばれたリスはゆっくり岩場から降りてくると、ペコリと頭を下げた。
シーマやエゾよりも二回りほど大きい。
「ええと、この魔物たちの餌って君があげてるのかな?」
僕が尋ねると、オーリはゆっくりと首を横に振った。
つまり契約者が餌をあげている、という訳だ。
「オーリ、餌の時間はいつもどのくらいか解る?」
一泊の間をおいて、オーリは首を傾げた。
そして、その後お腹に手をやる。
「お腹がすく時間だってよ」
シーマが代わりに応えてくれた。
はは、オーリは無口なんだな……。
その時、何かを思い出したようにオーリが顔を上げると、小さくお腹がグーとなった。
僕らが視線を合わせると、天井……いや外だから空か……穴が開いた。
「レックスちゃーん、ご飯よー」
穴の中から声とともに、干し肉が落ちてきた。
「出口が開いたぞ!」
シェズが叫んだ。
僕は穴に向けて手を伸ばす。
空間を引っ張るイメージで、強く強く。
そこに、行くんだ……!
願いに応えるように、穴が広がり近づいてくる。
「王子、フレドさん!」
僕は左手を伸ばすと、王子の右手が掴む。さらにフレドさんの重さも加わる。
それを引っ張る様に力を込め、僕は穴の中に飛び込んでいく。
一瞬輝いた視界が晴れると、目の前には呆然と口を開いた少女が見えた。
「なんで、あんた達が……えっ? ええっ!?」
真っ赤な瞳が真ん丸になって、瞬きを繰り返しながらこちらを見ている。
その驚いた顔、まったく可愛いもんだ。
「やぁ……久しぶり?」
僕は右手を上げ、ニヤリと笑って見せた。
「これはこれは……なるほど、ベルシャ様の所に出ましたか」
服を直しながらフレドさんは言うと、まだ固まっているベルシャの前で一礼した。
「突然の訪問、失礼するよレディ」
こちらもマイペースで爽やかに言った。
「ところでベルシャ、ここどこ?」
辺りを見回すと、そこは小さな部屋の様で。
鏡台には沢山の化粧品が並び、壁にはすっかり見慣れた赤いボンテージ調の服がかかっていた。
ベルシャが呆然と座っているのはベッドの上……。
なるほど、ここはベルシャの部屋……みたいだな。
いかにも女の子の部屋って感じ……いや、初めて入ったけどさ……。
そして改めてベルシャの方を見ると、あからさまに油断した格好、をしていた。
短いパンツにタンクトップに似た薄い服が一枚。
そこから伸びたスリムな手足に思わず目が行き、そして慌てて逸らす。
「ごごごご、ごめん!」
ベルシャの姿が全身赤くなったような気がした。
そして……。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絶叫が部屋の中に響き渡った。




