黄金の扉をぬけて
傷ついた体を引きずりながら教会に戻ると、その前にはフレドさんと王子、そしてネマトーア協会の令嬢が立っていた。
「誠様、いかがなされた!」
フレドさんが駆け寄ってきて僕の体を支える。
「誠君! 桜君とエミカ君はどうした!」
僕は首を横に振る。
それだけしかできなかった。
フレドさんにはそれだけで伝わったらしい。僕の体を持ち上げると、そのまま教会の中へ運び込んでくれた。
聖堂の椅子の上に寝かされた僕は服を脱がされ、治療を受ける。
フレドさんが傷薬と包帯をあてがってくれた。
「大分やられたね。大きな一撃は無かったようだけど」
「女神……さま……」
僕は痛む体を無視して起き上がった。
「朝倉さんと……エミカが……魔王に……」
頭の上に手のひらが乗せられる。
「解ってる……」
悔しさと怒りで肩が震える。
握った拳を膝の上に落とす。
「僕は……どうしたら……」
「どうしたら……じゃねぇだろっ」
威勢のいい声が聞こえて僕の頭の上に何かが乗った。
リス……シーマだ。
「男だろ、メソメソすんなっ。奪い取られたものは取り返す! そしてしっかり蓄える!」
「蓄えるって……」
なんだか気が抜けてしまった。
堪えていた呼吸を吐いてしまったような。
少しだけ気が楽になる。
今度は肩に冷たい感触が乗せられる。
「レディが捕らえられた今こそ、僕たち男の出る幕じゃないか」
王子……。
隣でフレドさんも頷く。
「……そうだね」
僕は目を閉じて頷いた。
魔王の所に向かおう。
やるべきことは、それだけのはずだ。
立ち上がった僕の頭に、またシーマが飛び乗って、尻尾ではたいた。
「バーカ。まずやるべきことは、体力を回復することだろ」
「そうだね。まずは何でもいいからお腹に入れよう」
王子も言いながら僕の肩を支えた。
「もう、お夕飯の準備はさせております」
フレドさんは言いながら、入口で立ったままの令嬢に視線を送った。
……本当に懐柔したのか、この人……。
「よっしゃあ、ごちそうだ!」
シーマが嬉しそうに飛び跳ねた。人の頭の上で。
「はい、ここまで。お前はまだ仕事があるだろう」
女神さまはシーマの尻尾を掴むと、逆さづりにして睨みつけた。
「えー、俺もごちそうーっ」
ジタバタ暴れるシーマをブラブラ振りながら、女神さまはこちらを振り返った。
「君の力は使い方次第で色々な事が出来る。慌てずに自分の出来ることを理解するんだ。それが君の運命を変えるはずだ」
女神さまは手を振りながら目の前に空間を開き、中へと消えていった。
僕たちはネマトーア協会の取締役、アオル・クーゴの屋敷に招かれ……いや、半ば無理やり押しかけていた。
「星の国の王子に、この様な下々の食事がお口に合いますかどうか……」
アオル・クーゴ氏は腰の低い態度で言った。
「いえいえ、行くあての無い私たちにとってはこれ以上ないほどありがたいですよ」
王子はいつものペースでそう答えると、出された食事を口に運ぶ。
食事はとても豪勢だったけれど、僕は口に入れるのがやっとで、味も良くわからなかった。
朝倉さんは大丈夫だろうか。
それだけが頭の中をぐるぐる駆け回っている。
「ところでアオル殿……私達は明日の朝にでも旅立たなければならないのですが……支度をお願いはできないでしょうか」
「はい、もう我々で出来る事でしたら食料でもなんでも。何なら荷物持ちごと、うちから派遣いたしますよ」
「それは間に合ってるからいらねーよ」
強い口調でシェズが言った。
今まで黙っていたと思ったら、いざ喋れば無礼極まりない言い方だ。
アオル氏の眉間がぴくぴく揺れている。
だけど、僕も心情は似たようなもので。
シェズがはっきり言ってくれたのは、正直スッとした。
食事を終えた僕らは寝室に通される。
当初は一人ずつ部屋を用意してくれると言っていたけれど、今後の相談もしたいと僕と王子とフレドさん、三人で泊まれるように計らって貰った。
「さて……いかがなものでしょう。これからの道中、エミカ様とマリーナ様の援護なしに、進んでいけますでしょうか」
フレドさんが深刻な面持ちで言った。
「正直、戦力は心もとないな」
シェズの言葉に、みんなが沈黙で同意する。
いざとなったら僕を気絶させてくれればいいけど……。
「桜の治療魔法が使えないのもきついぜ」
迂闊に怪我も出来ないって事だ。
「いざとなれば私も武器を取りますが、あまりご期待はなされぬよう」
「フレドさん……」
考えれば考えるほど先行きが怪しくなってくる。
それに、これから魔王の城に向かうとして、どれくらいかかるのだろう。
ここから月の国の街道に出るまでだって数日はかかる。
その間に朝倉さん達が何をされるか……。
いや、まてよ……。
そもそも魔王たちはどうやって移動してるんだ。
森の中で会った時と、さっき襲われた時、魔王は鳥に乗って空を飛んできた。
だけど消える時は、空間に開けた穴の中に消えていった。
あの空間の穴……あれを開けられるのって、魔王もゲートキーパーの契約をしてるって事だよな。
「もしかしたら……」
僕は自分の右手をかざしてみた。
手の先に意識を集中するように、そして心の中で呼びかける。
扉よ……開け……扉よ……開け!
手のひらの先に、黒い点の様なものが浮かび上がる。
それが横に縦に広がっていくように、少しずつ大きくなっていく。
「なるほど、魔王と同じやり方で移動しようって事か」
シェズの言葉に僕は頷いて答えた。
指先の間隔を広げるように意識して、穴は30センチくらいの大きさになった……。
「はぁっ……」
僕は大きく息を吐くと、その途端に穴は萎んでしまった。
「ダメじゃねぇか……」
結構、疲れるこれ……。
「入れるくらいになるには、もう少し練習しないとダメか……」
手を振りながら、僕は肩を落とした。
「流石に、ガチャッと扉を開く様にはいかないようだね」
王子が呟くと、フレドさんが顔を上げた。
「扉……思い当たるものがありますぞ」
翌朝……。
朝食も早々に切り上げ旅の支度をすると、僕たちはアオル氏の所へ向かった。
教会の裏手にある建物がネマトーア協会の事務所になっていてアオル氏は朝からそちらに赴いているとの事だ。
娘が無礼を働いた相手が一国の王子。なるべくなら同じ場所にはいたくないだろう。
まぁ、これから押しかけて無理難題を押し付けるわけだけど……。
僕らの訪問に、脂汗を浮かべながら応対するアオル氏を見て、心の中で頭を下げる。
「さて、本題なのですがアオル様……」
フレドさんが腰を低くして言った。
「金庫を、少しだけお借りしたいのですが」
アオル氏の顔が青くなった。
「お金を貸していただきたいのではありません。ただ、こちらで使っている金庫の扉……そこから聖なる空間へ入らせていただきたいのです」
そう。僕らの目的は金庫の扉。
きっと、この人なら普通の金庫には入りきらない程のお金を貯めこんでいるはずだ。
「しかし、幾らなんでもそれは……」
渋るアオル氏。
気持ちは解るけど……僕は部屋の中を見て、それっぽい扉を見つけた。
金属製の重そうな扉と、ダイヤル式の鍵。
「いかにもって感じだな……」
僕は近づいて扉に触れた。
鍵はダミーかな。そもそも契約者じゃなきゃ開けられないなら意味は無い。
扉を引くと、それはあっさり開いた。
中に詰め込まれた金貨や銀貨がジャラジャラとあふれ出し、事務所にいた職員達が目の色を変えて視線を向けてきた。
「な、なんで……!」
アオル氏は驚いた顔で呟き、床に落ちた金貨を拾い集める。
「開いたはいいけど、これじゃ通れないね……」
「一度出すしかありませんな」
フレドさんがパチンと指を鳴らした。
部屋に黒服が入ってきて、バケツリレーの如く……本当にバケツに金貨を詰めて、次々と金庫から掻き出していく。
よく見たら昨日フレドさんにのされた人たちじゃないか。
「お前たち、何をしている! この裏切者!!」
アオル氏が狼狽している横で金庫の中身はかなり空いてきた。
代わりに事務所の中が金貨だらけになっていたけど。
「それにしても、貯めこんでいたものですなぁ」
「うむ。聖都の金庫にもここまであったかどうか……」
フレドさんと王子が感心したように金貨の山を見ていた。
この二人がそう思うって事は、相当な量なんだろう。
「それにしても、これだけあれば……」
僕は金貨を一枚拾い上げた。
「三年前に壊れた街外れの方も、復旧できるんじゃないですかね?」
僕はアオル氏の前にコインを突き付けた。シェズも面白いと口元をニヤリ。
「なるほど、それはいい考えだ誠君!」
王子はそういうと目を輝かせながら、四つん這いになって金貨を拾うアオル氏の手を取った。
「工員や資材の手配は私達が支援しよう。このお金は是非とも民の為に使ってくれたまえ!」
アオル氏は呆然とし、ただただ乾いた笑いを零すしかなかった。
王子の方は悪気がないどころか、本当に善意で言ってるんだろうなぁ……。
今はともかく、将来的に街が復旧してくれることを祈ろう。
「では、そろそろ行きましょうか誠様」
金庫の中はすっかり通路が出来ていて、部屋の反対側にも扉が見えた。
僕たちはその扉を開けると、そこには……。
「よぉ、ちゃんと寝てきたか?」
シーマと女神さまが、僕たちを待っていた……。




