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戻れない場所

 声が、聞こえた気がする。

 瞼を開こうとするけれど満足に動かない。

 まだ暗いな……。

 微睡の中で全身の筋肉から力が抜けているのが解る。

 あぁ、疲れてんだなやっぱり……。

 でも、それはとても心地よくて。

 もう少し寝ていたい……。息が抜けると同時に意識が重くなっていく……。


「……絶対に喋らないでくださいね……」


 やっぱり声が、聞こえた気がする…………。



 翌日。

 キャンプを畳んで出発した僕らは、更に北を目指してひたすら歩いていた。

 森を抜け、小高い丘を越えると、そこは広い草原になっていた。

 のどかな風景だ。

 羊に餌やりをしている人を見つけて、僕らは馬車に乗せてもらう。


「すみません、無理を言ってしまって」

 

「いやいや、気になさんな。この辺はめったに客人など来ないところだしね」


 穏やかそうな御爺さんは、驢馬の手綱を操りながら僕たちの姿を見た。


「それにしても、今時オルトロックに用があるなんて珍しい。儀式なら街でもやってるだろうに」


「えーと……調べたいことがあって……」


 神話に残る聖女と異界に繋がるという扉。

 それを調べれば、僕たちが元の世界に戻るための手がかりが見つかるかもしれない。

 そう考えて、ここまでやってきたわけだけど……。

 正直な話、不安はあった。

 何も手がかりがなかったら……。

 僕は荷台に座って遠くを見つめている朝倉さんの方を見た。

 そして……。

 荷台の反対の隅で同じように遠くを見つめているエミカ。

 あの時、森の中で何をしていたんだろう。

 それを聞き出すことができないまま、みんな言葉が少なくなっていた。


「それにしても、驢馬の力も大したものだね。この鎧を着けていても、文句なく歩いてくれる」


 ただ一人、王子はいつも通りだった。

 僕はため息を零す。

 正直、今はそれが少しだけありがたい。

 

 僕は朝倉さんの隣に近づいた。

 朝倉さんはあの時は寝ていたけれど、マリーナさんが状況を話していた。

 最初は驚いた顔をしていたものの。


「エミカちゃんが無事で良かったよ」


 それだけ言って、いつもの通りの笑顔を見せた。

 その顔が少しだけ曇っていたのは、彼女ではなく彼女の中のもう一人。

 マリーナさんの方だろう。

 彼女はエミカが敵と繋がっていたんじゃないかと疑っていた。

 なぜエミカは一人で魔王の城から星都まで戻ってこれたのか。

 マリーナさんが疑問に思っていたのはそこだった。

 この時に魔王が懐柔していたとしたら……。

 だけど……。

 もしエミカが魔王に手を貸しているとしたら、僕をリュックから呼び戻す必要は無かったはずなんだ。

 僕とシェズがいなくなった方が、聖女を手に入れるには都合がいいんだから。

 それに……。

 僕はエミカを疑いたくない。

 結局、ただそれだけだ。


 朝倉さんの隣に座る。

 すると、朝倉さんはずずっと体を引いた。

 う……気軽に近づきすぎたっ?

 そりゃあ一緒に旅してるからって親密な関係になれたとというと、そういう訳でもないというか……。


「あ、ごめんっ。そういうのじゃないよ!」


 身を引きながら慌てた様子で言った。

 うう、明らかに拒絶されてる……。

 思わず肩を落とすと、朝倉さんは困った顔をしながら頬を赤く染めた。


「ほら、その……私、しばらくお風呂入ってないから……」


 ……そういえば、船を下りてから一度も……。

 僕も自分の腕の臭いを確認してみたり……。

 うん、ごめんなさい。

 僕も慌てて一歩離れた。

 でも、朝倉さんの方はそんなに変な匂いはしない……むしろ良い匂いが……。

 と、そこでその匂いがスパイスの物だと気が付く。

 流石、朝倉さん……そういう使い方もするのか。

 僕もやってみるか……。

 

「エミカ。何かスパイス出してよ」


 僕が話しかけるも、エミカはただ遠くを見ていた。

 ……うーん。会話のきっかけになるかと思ったんだけど。

 エミカの見つめる先に視線を合わせると山が見えた。

 そのふもとに、大きな岩があり、それはまるで双首の犬の様だった。



 日が沈む少し前に、馬車はようやく目的地にたどり着いた。

 牧場へ帰る羊たちに手を振り、僕たちはいよいよ街の入口に立つ。

 双首岩、そう呼ばれる巨石を囲むようにその街はあった。

 これまでの道中にあったほかの街に比べると随分と静かだ。


「あんまり変わらないな、ここは……」


 シェズが呟いた。


「なんだ、来たことあったんだ?」


「……昔な」


 早速、聖女と伝説の事を調べたい……そう思ったけれど、時間も遅い。

 それに、みんなも疲れているだろうし、先に宿を探した方が……。

 そう提案するよりも先に、エミカがうつむいたまま言った。


「あの、わたくしは……ここで待っていますので、皆様だけで……」


「えっ……エミカちゃん……?」


 突然の言葉に、朝倉さんが驚いた顔をした。もちろん僕もだ。

 急に何を言い出すんだ。


「そろそろ日が暮れるってのに、置いていけるわけ無いだろ?」


「そうだぞ。せっかく街にたどり着いたんだ、今日は久しぶりに豪勢なディナーを楽しもうじゃないかっ」


 王子の言葉に僕も頷く。 


「わたくしは近くで野営できますので、皆様だけで……」 

 

 視線を合わせないまま、エミカは声を小さくしていく。

 なぜか心臓が高鳴る。

 様子がおかしいのは誰が見ても明らかで。

 困った顔をしていた朝倉さんの顔が、急に険しくなるのも予想の通りだった。


「エミカ……あなた自分が何言ってるのか解ってるの?」


 強い口調でマリーナさんが言った。

 そして一歩前に踏み出すと、エミカは押されるように後ずさる。


「今の自分の立場、解ってるんでしょう? あなたが夕べ何をしていたのか詳しく詮索するつもりは無いけど、あなたが疑われてるってのは事実なのよ。それで今、あなたを一人にできると思っているの!?」


「マリーナさん……!」


 僕は肩に手を伸ばすが、それを振りほどいてマリーナさんはエミカに詰め寄った。

 そこで表情は急に切り替わり、泣きそうな顔で叫ぶ。


「マリーナさん、やめてっ」


 朝倉さんは顔を振り、目を閉じた。

 

「いいんですよ、桜さん……わたくしが疑われてるのは仕方がありません……」


 俯いたまま、エミカの肩が震える。

 唇をきつく結んだまま拳を握り、足元に滴が落ちる。


「あら、あなた……」


 エミカに近づこうとした時、急に後ろから声がして、僕たちは視線を向けた。

 そこには綺麗な格好をした少女が立っていた。

 知らない顔だ。初めて来た街なんだから当然なんだけど……。

 少女は僕たちの横をすり抜けると、俯いたままのエミカに近づいて、その顔を覗き込んだ。


「やっぱり、エミカじゃない!」


 エミカを知ってる……?

 僕が呆然としていると、さらに衝撃的な出来事が起こる。


「アハハハハハ、相変わらず汚い顔してるわねぇ。服も泥だらけじゃない」


 少女はエミカの頬を掴むようにして持ち上げると、嘲るような笑みを浮かべた。


「よく戻ってこれたものね……裏切者の娘がっ」


 鋭い視線がエミカを突き刺した。


「おい、やめろ……」


 僕は思わず少女の肩を掴んでいた。


「何ですか、あなたは!」


 少女が振り向いた瞬間、エミカは身体を引き離すと、そのまま街の中へ駆け出して行った。


「エミカ!」


 僕は慌てて追いかけようとする、それを今度は逆に肩を掴まれ制される。


「あなた、あの子の仲間なの?」


 少女が睨んできた。

 なんなんだ、一体……!

 僕が構わずに振りほどこうとすると、目の前に大きな影が現れた。

 黒い礼服を着た、大男だった。


「私に無礼を働こうとした輩よ、捕まえて」


 少女が言うと、男は僕の体を取り押さえた。あっという間に組み伏せられ、頬が地面にくっつけられる。


「きゃあっ」


 いつの間にか僕らは囲まれていて、朝倉さんも捕まり、王子も地面に横たわっていた。


「やめろ、朝倉さんを離せ!」


「この街で私に命令なんてできると思って?」


 腕を組み、僕を見下ろしてくる……なんなんだよ、この女っ。

 僕が顔を上げて睨もうとすると、頭上で音がして体が軽くなった。


「おっと、失礼。ついやりすぎてしまいましたかな」


 そう穏やかな口調で言うと、フレドさんは横たわった黒服の上から足をどけた。

 次の瞬間には朝倉さんを押さえていた黒服を膝蹴りで黙らせ、そのまま王子を取り押さえる男の後頭部に回し蹴りを浴びせる。

 思わず呆ける僕と朝倉さんの視線を気にするまでもなく、服の乱れを直すとフレドさんは少女の前に歩いて行く。


「執事殿から拝借したこれを見ますに、あなた様はネマトーア協会のご令嬢とお見受けしました……」


 フレドさんの指の間に黒服からもぎ取ったボタンが挟まっていた。

 その後ろで、よろよろと鎧が起き上がる。


「大変なご身分の御方に挨拶もなく、この様な失礼をお許しください」


 深々と頭を下げるフレドさんを手で制し、王子が前に立つ


「私は星の国の第一王子アルフォンス・フォルス。レディ、うちの執事が大変失礼をした」


 王子は膝をつき、そして少女の手を取った。


「お、王子……? 星の国? 偉い人……?」


 少女の顔が引きつったまま石のように固まっていた。


「この非礼、是非ともお父上様にもお詫びをさせて頂きたいのですが……よろしいですな?」


 腰を折ったままフレドさんは鋭い目で少女を見た。

 横で見ている僕も思わず声を失った。

 フレドさんは本当に敵にしたくないな……。


 それにしても……。

 どうして、このご令嬢はなんでエミカにあんな事を……。

 裏切者の娘……確かにそう言っていた。


「もしかして、ここはエミカの故郷なのか……?」


 僕は尋ねた。

 

「ああ……」


 僕が答えた。

 ……知っていたのか、シェズは。


「昔、何があったんだよ?」


 答えは無かった。


「あれは夢じゃなくて、お前がエミカと話していたのか……」


 どうやら、エミカがシェズに口止めをしていたらしい。

 僕はこれ以上の詮索はやめた。

 

「エミカを探そう」


 僕が言うと、朝倉さんが頷いた。


「やめた方がいいですわ……あの子は……」


 少女が何か言いかけたのを、僕は背中で聞いていた。だけど最後まで聞くつもりは無かった。


「僕達の仲間にこれ以上、酷いことを言ってみろ!」


 そこまで強くいったものの、続きは浮かんでいなくて……。

 僕は黙ってフレドさんに視線を送った。

 フレドさんは頷き、朝倉さんが微笑んだ。

 そして、口元がやけにニヤリとしていた。

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