リュックの中の迷宮 (3/16追記)
ここは……どこだ……。
手のひらに感じる冷たい感触。気が付くと僕は何故か石造りの床の上に倒れていた。
リュックに吸い込まれたって事は、ここはその中……なのか?
「シェズ……起きてよシェズ!」
「……なんだよ、気持ちよく寝てたのに……」
良かった、目が覚めた。
「どこだここ?」
「えーと……リュックの中、みたいなんだけど……」
……自分で言ってて理解できない。
案の定、シェズも黙ってしまった。
「普段から強く殴られてたせいか……」
そっちの心配っ!?
「武器庫じゃないのか? ここ」
シェズに言われて僕は辺りを見渡す。
薄暗い部屋の中には、確かに何本もの剣や沢山の鎧が置いてあった。
よく見れば、見覚えのあるものばかりだ。
鎧も半分くらいは傷だらけ。
「これ、勇者の剣か」
手に取って鞘から抜けば、真ん中から折れている。
……間違いない、僕らの持ち物だ。
「……って事は、ここはエミカのリュックの中か……」
ようやく僕とシェズは納得して、改めて上を向く。
天井は石に阻まれていて、出口と呼べるものは見当たらなかった。
どうしたら……。
僕は天井を見つめて唇をかんだ。
そもそもどこから入ってきたんだ、僕らは……。
「おい、エミカ! エミカぁぁぁぁぁっ!」
シェズが叫ぶが、頭上に広がる石の天井に響くだけだった。
その声に紛れて、急にパタンと音がした。
視線を向けると、部屋の扉が開いていた。
「なんだなんだうるせーぞ!」
威勢のいい声が飛び込んできた。そこには何もいなかった。
僕がキョロキョロと辺りを見回すと
「どこ見てんだ、お前!」
声が、下からする。
視線を足元に落とすと、そこにいたのは……。
「リス?」
クルンと丸まった大きい尻尾。小さい顔にはチョコンと前歯が覗いている。
「お前、どっから入ってきた!」
キッと鋭い瞳で睨んできた。
「どっからって……リュックから?」
「リュック……?」
リスは僕の顔をじーーーーっと見つめた。
「なんだ、荷物か」
何やらものすごく納得したように腕を組んで何度も頷いた。
なんか腹立つなぁ……。
「シーマ! またボクの部屋に勝手に入って……!」
また声が聞こえたかと思うと、もう一匹リスが入ってきた。
「エゾ! てめぇんとこの荷物が騒いでたから様子見に来てやったんだろうがっ」
エゾと呼ばれたリスは僕の姿を見上げると、慌てて扉の外まで駆けていった。
そしてひょこっと顔を出すと。
「ななな何ですかあなたは!?」
もの凄く上ずった声で言った。
「何って荷物だろ。お前が担当してる奴は本当、変な物を入れてくるよなぁ。はっはっは」
「笑い事じゃないよっ! ボク、女神さまに報告してくるっ!」
エゾは言いながら四足で駆けていった。
「ったく、ちゃんと面倒見とけっての。おい、お前。もう騒ぐなよ」
そういうと、リスは扉を閉めて出て行ってしまった。
「なんなんだ、あれ……」
僕だって知りたい。
とはいえ、ここにいても仕方がない。
今も外ではエミカとマリーナさんが仮面の男と対峙しているはずだ。
「早くここから出ないと……」
僕は扉に近づく。
「ここから出してくれー!」
叫びながら扉を叩く。
すると、扉はあっさりと開いて、僕は危なく倒れそうになる。
「なんだよ、開くじゃねーか」
シェズが呆れた様子で呟いた。
廊下に出ると、通路が長く伸びていて、同じような扉がいくつもあった。
左右の通路には扉、扉、扉……。
それが遥か彼方まで続いていて、先は暗闇に続いている。
「あ、お前、何勝手に出てるんだよ! 戻れっ」
さっきのリス……確かシーマって呼ばれてたよな……がこっちに戻ってきた。
ピーッ!と甲高い音がしたかと思うと、通路のあちこちからリスが飛び出してくる。
「なんだなんだ」
「どうしたどうした」
「荷物が逃げ出したぞ、倉庫に戻せっ!」
そういうとどこから取り出したのか、シーマは小さな槍を投げつけてきた。
うわ、危なっ!
他のリスも槍やら弓矢らを取り出して、僕の体をめがけて飛ばしてくる。
小さいから当たっても……と思いつつ、沢山あると痛いっ。
「逃げよう!」
僕はとりあえず、走った。
先の見えない通路を延々と。
左右に扉、扉、扉……。
「どんだけ部屋あるんだ!?」
僕は一枚、扉を開いてみた。
扉の中には眩しいばかりの金貨が詰まっていた。
「おお、すげーっ!」
思わず声を上げるシェズ。
だけど隠れるスペースすらないじゃないか。
扉を閉めて、隣の扉を開く。
そこは薄暗い書庫のようで、敷き詰められた本棚がどこまでも続いていた。
「うわ、見ただけで眠くなってきたぜ……」
ああ、もういちいちうるさいなぁ……。
僕はさらに隣の扉をあける。
すると、そこから何か巨大な物が飛び出してきて僕の体に触れた。
真っ白くてブヨブヨで、ヌルヌルした何かが扉から伸びていた。
イカの脚か、これ?
ちょっと磯臭いっ。
無理矢理扉を閉めて、僕はまた駆け出す。
「いたぞーっ!」
リスたちが追いついてきた。
「面倒くせぇから、戦っちまうか?」
「えぇー?」
流石に、あれくらいなら僕でもなんとかなりそうだけど……。
僕は振り返り、即前言撤回。
「ははははは、こいつならどうだぁ!」
巨大な車輪が付いた大砲?に乗って、シーマは追いかけてきた。
車の中にはそれぞれ中にリスが入っていて、必死に回している。
「おい、追いつかれるぞ!」
「解ってるよ!」
後ろを見ると、シーマは手に持った丸い何かを見てニヤリと笑った。
あれ、爆弾……だよねぇ!?
僕は全速力で逃げる!
ところが、それは柔らかい何かに遮られた。
プニンと大きな弾力に弾かれ、僕はその場に尻もちをつく。
「何やってるんだい、あんた達!」
凛とした声が響いた。
「げぇっ! 女神さまっ! 止まれっ!止まれーーーーっ!」
シーマが叫ぶよりも早く、僕の背中に車はぶつかり、ドカンと派手な音がした……。
「うげぇぇぇ……」
僕は呻いた。お腹の上でも似たような声がした。
「シーマ、倉庫の中で騒ぐんじゃないって、いつも言ってるよねぇ……?」
倒れた僕の目に、白い服を着た女の人が怖い顔をして睨んでいるのが見えた。
その手に摘ままれて、シーマの身体が宙に浮く。
「うわぁ、俺はこいつが逃げ出したから倉庫に戻そうと……整理っすよ、荷物整理!」
ジタバタ動きながら弁明をする。
「整理どころか散らかってるじゃないかっ」
顔をひきつらせてシーマを睨む女性は、その瞳を次は僕に向けてきた。
「…………お、お邪魔してます」
乾いた笑いで僕は返す。
「……何だ、勇者じゃないか」
「え……?」
なんで、僕の事を……?
「もしかしてシェズの知り合い?」
「いや、知らねぇ……」
……なんなんだ、この人……。
初めて見る人物に戸惑いを隠せないでいると、何かを察したように女神と呼ばれたその女性は頷いて見せた。
「なるほど、そういう事か……」
そう言って、顔を近づけて僕の方を見る。
「よく見ると綺麗な顔をしているじゃないか」
うう……また言われた。
そんなに女顔かな、僕……。
「いやいや、失礼した。初対面の相手にする態度ではなかったね」
そう言って微笑む。
綺麗な人だ。女神と呼ばれるのも納得できるというか。
「わたしはネマ。この聖なる空間を管理している者だ」
「聖なる空間?」
「綺麗な名前がついているけど、世界と世界の間にある余剰スペースの事でね」
いきなり話が壮大過になり過ぎて理解できなくなってきた。
そしてそれを察したのか、大まかな説明をバッサリとカットして、ネマさんは言った。
「まぁ、余ってる場所に預かり物を置いとくサービスをしてるのさ」
つまり貸倉庫屋さん……って事か。
「で、君はなんでこんなところに? 使えないから仲間にお荷物扱いでもされてるのかい?」
「いえ、流石にそこまでは……」
ないと思いたい。
「そうだ、こんな事してる場合じゃない!」
荷物なんかじゃないって言ってくれた仲間がいるんだ……。
「女神さま、ここから出してください!」
僕は言った。
女神さまは腕を組んだまま、フフッと小さく笑いを零した。
「ここから簡単に出られると思うかい?」
「そんなっ。じゃあどうすれば……」
「ここにあるものを取り出せるのは、きちんと契約を交わしたアイテムキーパーの資格を持ったものだけだよ」
エミカがそのアイテムキーパーだっていう事か。
なら、エミカに出してもらうしか……。
「倉庫に戻ろうぜ」
シェズの言葉に僕は頷いた。
僕が振り返ると、ネマさんは静かに言った。
「君とは近いうちにまた出会う事になる。その時まで達者でな」
倉庫に戻ると、そこにあったあらゆる物が宙に浮いていた。
天井に穴が開いて、そこに近づいているんだ。
そこから小さな手が伸びているのが見える。
「誠様!シェズ様ーーーーっ!」
エミカ……!
僕は天井から伸びた手の平を掴んだ。
一瞬、目の前が眩しくなったかと思うと、次は見覚えのある暗い森の中にいた。
そして、隣では涙目のエミカの姿があって。
「良かった、出てきた……」
出てこれた……のか。
僕はエミカの頬に触れて、起き上がった。
「全く、心配させないでよね」
隣にマリーナさんが来た。
その面前に巨大な鳥が迫るのを、巨大な火の玉が弾き飛ばす。
「エミカ、剣だ!」
「りょーかいしましたっ!」
僕は剣を受け取って握りしめた。
「うわああああああっ!」
剣を振りかぶり、鳥に向かって走る!
バサバサと翼を広げて、鳥は飛びあがり、剣先は空を切った。
「シェズ、どう戦えばいい?」
「まずは下に引きずり落ろしてからだ。マリーナ!」
「解ってるわ! シルフィー!」
マリーナさんの呼び出した風の精霊が竜巻を呼び出すと、鳥を巻き込んで天空に飛ばした。
バランスを崩した鳥が落ちてくる。
「タイミングを合わせろ!」
「う、うん!」
柄を握り、落ちてくる鳥を見据える。
高く打ち上げられたボールを打ち返す、そんな事を考えながら僕はシェズの合図を待つ。
「いけっ!」
「やああああっ!」
僕の全力フルスイングが鳥の体に命中した。
吹っ飛ぶ鳥のいる先に、仮面の男が立っている。
男の前に大きな穴が開き、鳥はその中に飛び込んでいった。
「………………」
仮面の男は黙ったまま、こちらを見ていた。
そして、それを見たシェズが呟いた。
「……お前、まさか魔王アクノボス……」
えっ?
僕が改めて仮面の男を見ると、また空間に穴をあけその中に入っていく。
「待ちやがれ!」
シェズの叫びは森の中に木霊するだけだった。