輝けオトメよ、射貫けよオトコ心
光が踊る。
魔法の類だろうその色とりどりの光の束は、暗い石畳の試合場を華やかに色づかせ、血と汗の舞い散るはずだった場所を魅惑の幻想空間へと作り変えていた。心なしかいい匂いがする……。
昨日立った時とはえらい違いだ。
周りには黒い騎士ではなく、美女美女美女。
流石に自らビーナスを名乗り出るだけあって見た目の水準はみんな高かった。中には流石に……と思う者もいたけど、ほんの少しだ。
ただし、その誰もが自信に溢れた目をしている。
誰かと目が合った。
うう、バレる……?
僕は慌てて目を背ける。
「もう、少しは自信もって挑みなさいよね」
耳元でマリーナさんが囁いた。
「そんな事言ったって……」
緊張して足が震えてきた。
これから予選。一人ずつステージの真ん中まで歩いて行って、くるりと回りながらアピールして帰ってくる。
いわゆるウォーキングってのをこなせば良いんだけど……。
観客席を見ると人で埋め尽くされていて。
この人達全員に見られるのかと思うと、いてもたってもいられなくなってくる。
手の平に書くのは何だっけ、人だっけ羊だっけ……。
「あたしの見本通りにやれば大丈夫だから、よく見てて」
マリーナさんがステージに向かっていく。
背筋をピンと張り、胸を張って堂々と歩いていく。背中だけ見てても格好いい……。
ステージの真ん中に立つと、素早く回り、スカートの裾をはためかせる。
青を基調にしたドレス。隠れてたスリットがはためいたことで開き、さりげなく白い足を観客席に見せつけた。
透けるほど薄いストールをかけて、細い肩を隠しながらも、逆にその胸元はしっかりと開いていて……。
姿勢を正す事で、それが自然と強調される。
いつもよりメイクも少し派手目に入れてあるのか、赤い唇が目を引き、そこに指を近づけて、悩ましく視線を配る。
普段の清楚なイメージからは離れてしまったが、凛とした表情と相まって、これはこれで大人の魅力に溢れていた。
観客席から大きな声が上がる。
「あんなのやるの……?」
「そうですよ。さぁ、ここまで来たら男らしく覚悟を決めてください、誠様」
男らしく女装って何だよ……。
そういうエミカは、逆にフワフワの毛皮が裾にあしらわれた短いフレアスカートとやはりフワフワなファー生地のミニコート、胸元にさりげなくリボンを着けて、それはそれは可愛らしい格好をしていた。
マリーナさんとは真逆の子供っぽいスタイルだけど、これはしっかりとエミカらしい魅力が出せていると思う。
軽やかなステップでステージに立つと、満面の笑顔で手を振りながら、ヒマワリの様な明るさをアピールしていた。
ああ、さっき誰かを踏みつけていたとは思えない……。
「なかなかあざといわね、あの子」
後ろから声がして、思わず振り向いた。
ベルシャ……。
こちらは、いつもの調子で真っ赤なボンテージ風の格好。ただし、いつも以上に露出した部分が多い。
胸の所からおへその辺りまでV字にカットされ、それを細いベルト数本が繋いでいる。
これで胸がもう少しあれば……とも思ったが、逆に平らな事でいやらしさが薄れているとも思える。
ベルシャは軽く手を振ってステージに向かって歩いて……うぉっ!
後ろも、際どい……。背中が殆ど見えているどころか、もう下手すればさらに下まで……。
ターンして立ち止まると、歓声がまた上がる。
「やばい……みんな、本気だ……」
この三人が盛り上げてしまったせいで、余計にハードルが上がってしまったじゃないか……。
まぁ、いいや。とりあえず、とっとと行って帰ってきて、何事もなかったように終わろう。
息を吐いて、吸おうとした時。
「誠……」
急にシェゾが喋りだしてむせ返りそうになった。
なんだよっ!
「諦めるつもりなら、それでもいい。だけどな……その前に、執事の爺さんの教えを思い出せ」
フレドさんの言葉……?
そう、さっき短い時間に歩き方とお辞儀を教わった。
その時にあの人……。
「良いですか誠様。女性の美しさは見た目が全てではありません。内面の真っ直ぐさこそが美しさを支える芯となるのです」
もの凄く真剣な瞳で、そう言っていたっけ……。
「諦めるなんてのは、真っ直ぐじゃねぇよな?」
「シェズ…………」
ごめん。そうだね。
せっかく僕の為に真摯にしてくれたフレドさんの為にも、適当はダメだ。
せめて、教えられた位はきちんとこなして見せよう。
僕は息を吐き、ゆっくりと光の中へ歩いていく。
歩幅は狭く、広げずに
お辞儀は深く、丁寧に
微笑む時は、前を見て……。
観客の全てに微笑むように……。
ゆっくりと回りながら、そっと微笑む。
そして、一周したらまたお辞儀をして、ゆっくりと帰ってくる。
ステージから袖に入ると同時に、大きな声が聞こえてきた。
「はぁ……」
僕はその場でしゃがみ込んで膝を抱えてしまった。
緊張したぁ……。
「…………」
「…………」
そんな僕を、呆然とマリーナさんとエミカが見つめていた。
あとは任せたよ、二人とも……。
僕はそんなつもりで微笑みを向けた。
「なんで僕、決勝に残ってるの!?」
控室にやってきた係員が告げた言葉に、僕は思わず声を上げた。
言ってた……僕の番号言ってた……。
「おめでとう、真島くん」
朝倉さんが満面の笑みで祝福してくれた。
隣ではエミカが固まった笑顔を。そしてマリーナさんに変わった途端にそれと同じ表情に変わった。
いや、もちろん二人も決勝に残ったんだけど……。
「まさか、こんな事になるなんて……」
「これ、ちょっと……不味いかも……」
だよね……不味いよね、これ……。
決勝戦、水着審査なんだけど………!?
「誠様が残るのは期待どおりでしたが、これは流石に想定外でした……」
残るのは想定内なのっ!?
「水着はとりあえず、ここにぴったりのがあるんですが」
なんで、あるのさっ!
ツッコミどころが多すぎだ……。
「サイズよりも、問題は……」
一応、年頃の男の子なのでしてね……。
脚とか腕とか、生えてるわけでしてね……。
「絶対にバレるって!」
「仕方ないわね……桜……」
ため息を落としながらマリーナさんが合図をした。
「あの、本当にやるんですか……?」
「ここまで来たら、とことんやるまでよ」
いや、もう、二人残ったんだからさ……いらないって、もう……。
「ごめんね、真島くん」
言いながら朝倉さんは精霊を呼び出した。
鎌フェレットが、その大きな鎌を輝かせた。
「ごめんね、わ、私はあっち向いてるから!」
「いや、それはそれで危なくて困るんだけどっ!?」
「じゃあ見られたいんですか?」
「それも嫌っ! っていうか、やめてーーーーっ!」
僕の声は鎌フェレット一匹目のシンバルにかき消された。
「切れても回復魔法で元通りですから大丈夫大丈夫」
しくしくしく……。
綺麗に、なりました……。
スベスベだよ…………。
「誠……爺さんの教えを思い出せ」
シェズ……。
そう、あの時フレドさんは……
「涙、それは女性の最後の武器です。どんなに辛くとも、戦うべき時まで流してはいけません。あなた様はレディなのです」
そんな事を、真剣な瞳で言っていたっけ……。
水色の小さなビキニを着せられた今となっては、すべては遠い記憶の様で……。
「でも、これさ、どうせパレオ巻くんだからさ……」
あそこまで剃ること、無かったよね……?
「決勝戦は水着審査です! 勝ち残った4名の中から、ゴールデンビーナスが決定します!」
司会のアナウンスが聞こえない位の大歓声が袖にいても聞こえてくる。
「なお、決勝戦には特別審査員が参加します。よろしくお願いします、アルフレッド王子、魔軍筆頭騎士ダン様」
何やってんの、あいつら!?
「まずはエントリーナンバー7番! 可憐な少女の瞳の奥に、なぜか漂う大人の色気! マリーナ・エルナード!」
歓声が最高潮に達する。
ゆっくりと歩いていくその姿。
髪を上でまとめ上げ、バスローブを纏っている。そして、なぜか眼鏡まで……。
「これは素晴らしい、大人っぽい視線を隠している様で、逆に最大限増幅していると言えるね!」
いつにもまして爽やかに王子が言った。
隣ではダンが頷いている。
バスローブを少し開くと、その下には何も……!?
一瞬、会場がざわめいた。
少し焦らした後、肩からローブを脱いだその下には、細い紐状の生地が二本、下と首元を交差して結んでいる、いわゆるスリングショットってやつで……。
挑発するような表情で観客に視線を送る。
絶叫にも似た歓声がステージに突き刺さった。
「朝倉さん、よく着たなあんなの……」
きっと内側では必死に耐えているに違いない……。
「続いて、エントリーナンバー8番! 小さい体に特大元気印! 思わず餌付けしたくなる! エミカ・コージュ!」
弾けんばかりの拍手の中、颯爽と躍り出るエミカは、羽織っていたタオルを一気に客席に向けて投げ捨てると、大きくジャンプして両手を広げた。
フリルとリボンが目立つ黄色い水着。肌の露出はそこまで多くないが、それはまるで人形の様で。
「みんなー、よろしくですーっ」
パチンと指を鳴らすと、どこからか軽快な楽器の音が聞こえてくる。
「あなたの背中ー♪ 見つめているからー♪」
歌ぁっ!?
リズムよくステップを取りながら、振り付け付きで歌っている……。
楽器を演奏しているのは、精霊達だ。
こんな歌、初めて聞いた。
「思い♪」
『重い!』
「想いはー抱えきれないよー♪」
けれど、初めて聞いたはずの観客席もめちゃくちゃノリノリで合いの手を入れていた。
ってなんで王子はこの曲、知ってるの?
練習してたの?
「あっなったの荷物ー♪ お預かりしますっ♪」
手のひらを客席に向け、最後にウインクを決めた。
「アンコール、よろしくですーっ!」
黄色い……いや、野太い声援が木霊した。
まさか、こんな技を使ってくるとは……。
「これもまた素晴らしい。まるで音楽の天使だね」
あんた、さっきその天使に何されてたっけかな……。
そして隣ではダンが頷いていた。
「続きまして、エントリーナンバー35番! 赤い赤い、赤いあの子は小悪魔ちゃん! ベルシャ・カーズ!」
司会者の声が響く。
ベルシャが出てこない。
いや、ここはきっと何か演出しているに違いない……。
高笑いと共に高いところから現れるとか……。意識して様子を伺う。
一瞬、会場が静まった、その時。
「わーん、遅刻遅刻ーっ!」
声だけが聞こえたかと思うと、バタバタ音が聞こえて。
ステージにベルシャが駆け出してきた。
真ん中まで来たところで、思い切り前に倒れて、ドンと音が鳴る。
「ひゃん……転んじゃったっ」
起き上がるものの、ペタンと女の子座りで上目図解に舌をペロリ。
あざといっ!
こいつあざとい!
そして、着ているのは紺色のワンピース……どう見てもスク水っ!
なんなの、この世界にはあるの!? スクール水着がっ!?
「競泳用の水着だと……っ!?」
ガタっと立ち上がり、王子が真剣な顔で言った。
あー、そうか、競泳用……競泳用ね……。
「くっ……さっきのエロチシズム全開の格好はいわば布石……ここでのギャップを最大限に活かすためだったのか!!」
会場から激しい拍手が巻き起こる。
「ドジなアタシだけど、応援してくれるよね、お兄ちゃん☆」
鼻息が会場全体から鼻息が聞こえてくるようだ……っ!
そして、早くも審査席から高得点の札が出ている。
リアルお兄ちゃんじゃん!
シスコンかっ!
自分の番が来る前に、疲労で倒れそうだ……。
こいつら、マジすぎるだろ……。
「さぁ、最後はエントリーナンバー6番! 予選投票でもぶっちぎりで一番! その姿は正に黒髪の聖女! マシマ・マコト!」
うわ、僕の番来ちゃったよ!
また足がガクガク震える。
マリーナさんみたいな色気は無いし、エミカみたいに歌えない。
ベルシャみたいに……それはやらなくていいけど……。
ど、どうしよう……。
「誠……もう、解ってんだろ?」
フレドさん、あと何言ってたっけ……。
「誠様、最後のアドバイスです。女性の魅力とは、言ってしまえば男を喜ばせること。そのツボは人様々ですが、これだけは言えます」
そう、真剣な顔で言っていたっけ……。
「男が喜ぶポイントは、男にしか解りません」
そうか……!
何をされたら、何を言われたら嬉しいか……。
それが解るのが、今の僕の一番の武器……!
進む。
ステージの真ん中へ。
拍手の渦が僕を包む。
みんなが見てる……。
「あ、あのっ……!」
精一杯、高い声で僕は言った。
心臓が早くなって、声が上ずる。
グッと胸の前で両手を握り、熱くなる顔をゆっくりと前に向ける。
僕の声を聴こうと、少しの静寂。
明かりが僕だけを照らしていて、眩しい。
それが余計に恥ずかしくて。ライトで乾いた目が潤ってきた。
ふぅと一つ息を吐いて、今度は大きく吸う。
「好きです……………」
再び静寂が訪れた。
それが破られるまで、僕には凄く時間がかかった様に思えた。
小さな拍手が聞こえて、それが段々と大きくなり……。
気が付くと、会場は全員が立ち上がっていた。
「感動した……感動したよ! こんな精一杯の告白で、心揺さぶられない男はいない!」
王子が泣きながら大きく手を鳴らす。
隣ではダンが黙ったまま最高得点の札を掲げていた。
「おい、バカ兄貴っ!?」
何か聞こえた気がしたけれど、それを打ち消すほど大きな拍手が、声援が鳴りやまない。
そして、涙を流したまま、司会者がトロフィーを持ってきた。
「あ、ありがとう……!」
僕はもう、ただそれだけしか言えなかった……。
「……………」
エミカとベルシャがポカーンと口をあけながら、こちらを見ている。
ただ一人、朝倉さんだけが、僕の元に駆け寄ってきた。
「おめでとう、真島く……誠さんっ!」
ありがと……返そうした途端、僕の心臓が激しく乱れた。
「朝倉さん、服!」
細い布の間で揺れる白くて大きな、柔らかいものが……。
「えっ……きゃあっ!」
ようやく自分の姿に気がついた朝倉さんは顔を真っ赤にしてしゃがみ込んだ。
それを見た客席からまた歓声が上がる。
「あ、あはは……」
乾いた笑いと共に、僕はバスローブをかけてあげる。
その時、急に会場が静かになった。
「…………………」
口を変な形にしたまま、エミカが僕の方を見ていた。下の方を。
視線を辿ると。
パレオが、なんだか不自然に盛り上がっていた。
……柔らかいものを見たせいで、固くなって、しまっ……。
「………………………」
会場が怒号で揺れた。
「じゅーいーち、じゅーにー、じゅーさーん」
腕立て。腕立てをする。僕は決めたんだ、体を鍛えるって!
「やめた方がいいんじゃないですかー? 筋肉ついちゃいますよー?」
エミカが本に視線を向けたまま、平淡な口調で言った。
ぐぬぬ、船が出てからというもの、なんだかエミカの態度が冷たい。
「そのままの方がいいんじゃないかしら?」
マリーナさんも冷たい……。
すかさず朝倉さんが乾いた笑いを零す。
十五回目の腕立てと共に僕は大の字になって床に寝転ぶ。
「はははは、美しければ、それでいいじゃないかっ」
僕が貰ったトロフィーを眺めながら、王子が呑気に笑いを零した。
「ねえ、エミカ……いい加減にあれもリュックにしまってよ」
「えー、誠様が貰ったものじゃないですかー」
そう言われれば何も返せない。
結局、僕は失格になって賞金は貰えなかった。
なのにトロフィーは手元に残った。何でだ!?
「試合に負けて勝負に勝ったってところかな」
またしても爽やかに王子が言った。
エミカが意味もなくどついた。
「あの、ところでフレドさん……」
朝倉さんが、珍しく同じ部屋でテーブルについているフレドさんに尋ねた。
「どうやって、お金を取り戻したんですか?」
そう、それが気になっていたのだ。コンテストが終わって呆然としている僕らの元に、大量のお金を抱えたフレドさんがやってきた。
そのおかげで僕らは無事に船に戻り、こうして旅を再開できたわけだけど……。
「いえいえ、たまたま運よくポーカーで勝てただけですよ」
何度聞いてもこの答えだった。
「まあ、誠様が会場を盛り上げてくださっていたので、やりやすかったのですがね」
そう言って含みのある笑みを浮かべた。
僕はこの人とは勝負しないと心に決めた。