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輝く女神の競演

 朝には船が出る。その予定だったのが……。

 海の主がぶつかったダメージの復旧が思った以上にかかっているとかで、僕たちはもう一日留まることになった。

 このセレブ客船がもう一泊するとあって、街の方も歓迎の為の催しが急きょ準備されるなど、慌ただしい空気が朝から溢れていた。

 他の乗客も急ぐでもなく、それを受け入れ、また賑やかな遊技場へと繰り出していく。

 流石、金持ちは余裕なのか。



「今度こそカジノ行こうぜ! カジノっ!」


 こっちももう少し余裕を持っていただきたい……!


「ちくしょー、こんなに行きたいという思いを強めているのに、なんで体奪えないんだよーっ!」


「知るかっ!」


 全く……夕べはあんなにキマっていたというのに。

 別に自画自賛というわけではなく、単純にシェズの事だ。

 彼の戦いを、僕は昨日初めてこの目で見た。

 本当は見たというより、感じた、と言った方がいいのかもしれない。

 どのタイミングから意識がはっきりしいたのかはよく覚えていない。

 けれど気が付けば僕はシェズの戦う姿を同じ視点で見ていたんだ。

 勝手に体が動いて、目の前には敵の振るう剣が近くにあって。

 その剣から、彼は僕の体を守るような、そんな動きをしていた。

 それが解ると、シェズが本気の力を出し切れてないんじゃないかともどかしくもあった。

 だからあの時、あんなことを口走ってしまったんだけど。


「もう少し、体鍛えようかな……」


 そうすればシェズがもっと本気で戦えるようになるかもしれない。

 僕はそう思い、とりあえず腕立てを始めてみた。


「ふふっ……」


 それを見ていた朝倉さんとマリーナさんが微笑んだ。


「ファイトです、誠様っ!」



「おい、今、何回やった……?」


 聞かないで……。

 僕はぐったりと体を大の字にして船室の床にへばりつく。


「ははっ……」


 マリーナさんと朝倉さんが乾いた笑いを零した。


「筋トレなら、おーじ様に相談したら良いんじゃないですか?」


 言われてみれば、あの人無駄に鎧着こんで、意外と体力あるのかも。


「無駄にトレーニング機器持ってますからね、あの人」


 ……なんだかんだ言って、王子も国民の為だと言って戦う人だった。きっと訓練もそれなりに積んでいるのだろう。


「なるほど……話してみようかな」


 そこで初めて、姿が見えないことに気が付いた。


「王子どこ行った?」


「え」

「えーと……」


 誰も気にしていなかったらしい。

 彼の存在感とはこれほどのものか。

 心の中で申し訳ないと思いつつ、なんだか納得もしてしまう。

 と、ちょうどいいタイミングで船室の扉が開いた。

 僕らが顔を上げると、黒い服を着た大男が5人。

 そのうちの一人が指を鳴らすと、他の四人が手分けして僕とエミカと朝倉さんの体を素早く抱え上げた。

 疑問が浮かぶよりも早く、僕ら全員船の外に荷物と共に放り出された。


「あ、あのー……?」


 声を出すより先に、黒服の一人が背負った大きな荷物を僕らの前に乱暴に置いた。

 それを見た僕たちは言葉を失った。


「お、王子!?」


 ボロボロの布で体をくるまれたそれは、まるでダルマの様で。


「す、すまない……油断した……っ」


 まさか、こいつら敵か……!?

 素早く立ち上がり黒服たちを睨む。


「申し訳ありません、頂いていた船代まで、こちらの方が無くしてしまいましたので」


 もの凄く丁寧な物腰で黒服が言った。


「くっ……最後に赤の7番がくれば……!」


 おい、王子?


「あんた、まさか……」


「ズルいぞアルフォンス! お前ひとりだけ!」


 マリーナとシェズの言葉は、王子には聞こえていなかった。

 一足早く、エミカが思いっきり顔面を踏みつけていたからだ。


「正直に所持金を答えてください」


 顔に影を落としながら低い声で言う。

 王子は深刻な顔でゆっくりと首を横に振る。


「そう……ですか……」


 王子の顔が再び地面に押し付けられる。


「お前、自分の立場ってもの理解してんですかねぇ……?」


 エミカ怖い! なんかキャラ変わってる!

 羽交い絞めして体を持ち上げる。

 ジタバタ暴れるエミカを横目に黒服が礼をして去っていく。

 呆然と立ち尽くす僕たちの横を、風が吹き抜けていった。


「これ、旅はどうなるのかな……」


 朝倉さんが呟いた。

 船に乗れないという事は、ここから進めないという事だ。

 船に乗るには、先立つものが必要なわけで。

 今までの旅に不自由なく来れたのは、この王子が全て担ってくれていたからで……。


「すまない、こんな事になってしまうとは……」


 なんでいちいちシリアスな雰囲気で言うかな、この人……。

 それが苛立ちを増幅させている事に気が付かないのだろうか……。


「空の財布が喋ってんじゃねぇよ……今まで許してたのはてめーが金持ってたからだからな……」


 エミカ、もう止めてーーー。

 どす黒い暗黒オーラが見えてしまいそうで、もう直視できない。


「こうなっちまったら仕方ねぇ……」


 シェズが何か言おうとした所で、先にマリーナさんが冷たい声で言った。


「カジノで取り返すのは却下ね」


 ですよね。

 僕と朝倉さんがこくこく頷く。


「じゃあどうすんだよーっ!」


 どうしようも無い。

 そもそも残った資金がどれくらいにしても、王子がこの短時間に散財した分を取り返せるとは思えない。

 地道に稼ぐしかないのか?

 時間はどれくらいかかる?

 僕は頭を抱えるしかできなかった。


「こうなったら……アレしかないわね……」


 腕を組んだまま、マリーナさんは言った。

 そして、顎で何かを指さした先を僕らは見つめた。


 ゴールデン・ビーナス・コンテスト


 そう書かれた張り紙だった。

 この街で一番魅力的な美人をあなたが選ぶ!

 なんて事が書いてある。

 開催日は今日。

 船の停泊時間の余興にと、急きょ開催が決まったらしい。

 賞金額を見て僕は思わず息をのむ。


「これなら何とか……」


 とはいえ。これは優勝したら、の話だ。

 コンテストに参加して優勝できる美人……。

 僕が視線を移すと、もの凄く自信にあふれた笑みを浮かべる少女二人の姿があった。

 朝倉さんの美貌なら、これは……!

 僕は思わず拳を握る。


「決まりですねっ!」


 もの凄く可愛らしい笑顔でエミカが言った。

 ……この子、さっきまで悪魔みたいな顔してよね……?

 いや、美少女と呼べるのは確かなんだけどさ……。

 でも二人が参加して、どちらかが優勝すればいいんだから、確率はさらに上がるはずだ。


「いいわよね、桜?」

「恥ずかしいから、全部マリーナさんがやってね……」


 しぶしぶ、という訳でもないだろうが、朝倉さんが頷く。

 大丈夫、見た目が朝倉さんなら戦えるっ!


「それじゃ、三人で頑張ってね!」


「おうっ!」


 全力で朝倉さんに投票する!

 僕はそのつもりで返事をした。つもりだった。




「なんで、こんな、事に……?」


 体から力が抜ける。

 足元が凄くスースーする。


「ほら、顔引きつらせないでっ。ファンデーションが乗らないでしょ!」


 なんで僕、ドレス着せられて化粧なんてさせられてるの……?

 場所は昨日もいたコロシアムの控室。

 会場はよりにもよって、昨日命がけの戦いをした場所だった。

 ただし着せられているのは鎧じゃない……。

 ピンクを基調にして、ところどころ目立つ位置に白レースのヒラヒラが付いたワンピースタイプのドレス。

 ゴスロリ衣装……ってやつ?

 

「これなら男の人でも体形誤魔化せますから簡単にはバレないですよ」


 ついでとばかりにエミカはリュックから大きな花飾りがついたカチューシャを取り出した。


「おかしいよね、これ!? なんで僕まで出場することになってんの!? 二人いたらどっちか勝てるよね!? っていうか二人とも楽しんでるよねっ!?」


 反論する僕をニヤニヤと笑いながらマリーナさんとエミカが押さえつける。


「これはですね、作戦の一つなんですよ誠様」


「そっ。並んでる中に変なのがいたら、他がより際立つでしょ? 引き立て役よ、引き立て役」


 そんなの二人に必要ないじゃん!

 首を振るのもむなしく、頭にカチューシャが乗せられた。


「わぁ、似合うよ真島くん」

「お化粧も最低限の方が映えそうね」


 うう、逃げだしたい……。

 だけど、顔のすぐ近くに朝倉さんの手があって、その手に持った桜色のリップクリームが僕の唇に……。

 ……これ、誰かが使ってたやつだよな……朝倉さんの……かな……。


「はい、完成……」


 満足そうな顔で作業を進めていたマリーナさんが、急に真顔になった。

 隣でエミカが呆けた目で動きを止めた。


「面白そうだから、ちょっと鏡みせろよ」


 シェズが笑いながら言った。

 朝倉さんが鏡を用意して、僕の目の前に差し出すと。


「……………お、おう……」


 急にシェズが黙ってしまった。

 そりゃそうだ……無理があるって、これ……。

 鏡には微妙な顔してる僕。せめてウイッグとかさ……いやいや……そういう問題じゃないって。


「エミカ、こっちも準備しましょう」

「ええ……負けられません……!」


 そういうとリュックの中からあれやこれやと出していく。


「なぁ、もう一度鏡見てみろよ」


 なんでだよ。とりあえず嫌がらせに鏡を前に置いてみる。

 やっぱり黙るシェズ。


「嫌なら見るなよっ!」


 はぁ……。

 なんか疲れた……。

 とりあえず、僕は気を紛らわすために部屋を出た。

 

 コロシアムの通路に出ると、他の参加者や付き添いが沢山いた。

 うわぁ、みんな綺麗だなぁ……。

 思わず目を止めて見てしまう。

 すれ違う人がみんな動きを止めてこちらを見ている。

 ほら、もうバレてるんだって!

 僕は一刻も早くその場を離れようと走る。


「うーん……アタシも出ようかしら……なんか可愛いとか、いわれちゃったし……? いや、別にあいつに言われたから出るとか、そういう訳じゃないけど……」


 何かブツブツ言う声が、聞こえた時にはもう遅く。

 駆け出した僕は前方に人がいる事に気が付いていなかった。


「きゃっ……!」

 

 ぶつかった相手も僕もその場で尻もちをついた。


「ちょっと、気を付けなさいよ……」


 赤い髪の少女がこちらを睨む。


「ああ、ごめんなさい……ってベルシャ!」


 ヤバい奴に見られた……。

 ベルシャは固まったままこちらをジッと見つめている。


「……アンタ、なんて格好してるのよ」


 やっぱりバレてるしっ。

 絶対に笑いだす………そう身構えていると、ベルシャは僕の胸に付けられた物……エントリーナンバーが書かれたバッジに視線を釘づけにしていた。

 


「アンタ、もしかしてこのコンテスト出るの!?」


「出たいわけじゃないよっ」


 ベルシャはやっぱりクスクスと笑い、肩を震わせた。


「くっ……くくく……いいわよ」


 そして、ニヤリと口を開けて顔を上げると


「その挑戦、うけてあげるわ!」


 凄い勢いで立ち上がると、ベルシャはそのまま受付の卓まで駆け出して行った。

 何なんだ……。


「僕、挑戦なんてしたかな……」


 呆然として座ったままの僕の前に、誰かが立つ。


「いけませんよ、レディがそんな所で座っていては」


 優しい声で言いながら手を差し出すのは初老の紳士だった。


「フレドさん……」


 いつの間に……。まぁ常に自分はランクの低い部屋で寝泊まりしているから、あまり一緒に行動することは無いんだけど。


「誠様、どうぞお手を」


 言われるままに手を差し出すと、すっと僕の体が起き上がった。

 入れ替わる様に膝をつき、頭を下げるフレドさん。

 その立ち振る舞いがあまりに自然で、周りにいた人たちも思わず息を飲む。


「誠様、どうぞこちらに」


 そのまま手を引かれて、僕は人気のないところに連れていかれた。


「はぁぁ……」


 緊張が解けて、壁にもたれかかる。

 なにこれ、凄く疲れた……。

 そんな僕を見て、フレドさんがハハハと笑いを零す。


「いけませんぞ、その様な表情をされては。せっかくの美しい顔が台無しです」


 言いながら、フレドさんは僕の服の襟元についたリボンを正してくれた。


「今のその姿に相応しい立ち振る舞い、僭越ながら私にレクチャーをさせて頂けませんでしょうか、誠様」


「えっ……?」


「なに、どうせ参加されるのでしたら、誠様自身も楽しみませんと」


 言いながらフレドさんは含みのある笑みを浮かべた。




 コンテストの開始を待つ会場に辿りつくと、そこは昨日とは違った意味で熱気が渦巻いていた。

 これから、一次予選が始まる。

 コンテストに参加する人は全員、コロシアムの入場口に集められていた。

 

「誠くん、どこ行ったのかしら」

「まさか逃げたのでは……」


 人ごみの中から仲間の姿を見つけた僕は、そっと静かに近づいていく。

 歩幅は狭く、広げずに。

 声は押さえて、控えめに。

 

「ごめんなさい、遅くなりました」


 笑みは優しく、穏やかに。

 瞼をそっと落とすと、目の前の二人の動きが止まった。


「真島くん……完璧……」


 呆然と呟く朝倉さん。

 フレドさんの教えが凄く活きてるみたい……。

 これなら、もしかして……。

 ……なんて思うこと自体が間違いだぞ、僕!


「皆さま、大変長らくお待たせいたしました! ゴールデンビーナスコンテスト、美の競演がまもなく開幕です!」


 コロシアム……いや、今はステージか……。

 もう、こうなりゃ自棄だっ。男だとバレなければ、それでいい……!

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