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魔軍筆頭騎士の挑戦

 海峡の北側にある港町は定期便の中継地点になっていて、月の国への入国手続きや物資の補給のための拠点となっていた。

 丸一日以上停泊することになるこの場所は、旅人達を歓迎するための設備や施設が揃っている一大観光地になっている。

 その中でも特に人気なのが、街のど真ん中にある遊技場……いわゆるカジノというやつだ。

 欲望が渦巻く街……。

 そんな場所、僕らには関係がない。

 そう、思っていたはずなのに……。

 何故か僕はカジノの一番の目玉……剣闘士試合のリングに立っていた……。



「いい、絶対にカジノに近づいちゃダメよ」


 念を押す様に何度も何度も僕の顔を睨みながらマリーナさんが言った。

 隣ではやはり何度も何度も何度も頷くエミカ。


「少しだけだからいいじゃん!」


 シェズが反論する度に険しい顔が迫り


「絶対に近づいちゃダメよ!」


 いい加減にげんなりしつつ、生返事を二回返した。


「アハハ、大変ねぇ」


 そんな僕の後ろを笑いながらベルシャが通り過ぎていく。

 

「あなたもあなたで、いつまでわたくし達のそばにいるつもりですかっ」


 肩を怒らせながらエミカが睨む矛先を変える。

 気が付けばベルシャも船の中でも一緒にいて、今も揃って船を下りた。


「何なら、アタシが一緒に行ってあげようか?」


 言いながらベルシャが僕の手を取る。


「おお、お前は話がわかるな!」


「アンタはいくら言っても解らないわね!」


 ついにマリーナさんの鉄拳が僕の顔面に飛んできた。

 痛い……。


「わわ、大丈夫!? 真島くん!?」


 パッと入れ替わって朝倉さんが僕の顔を覗き込んでくる。

 うう、ずっとそのままでいてください。

 心配そうに僕を見る朝倉さんの顔が急に視界から消えたかと思うと、赤い瞳に切り替わる。


「うーわ、これ腫れるかも。だいじょぶ?」


 言いながら僕の頬を撫でるベルシャ。

 うわ、顔近いっ近いっ!

 僕は慌ててそれを引き離し、一歩、二歩と後ずさり、気が付けばそのまま逃げだしていた。




「お前、本当に女苦手なのな」


 呆れながらシェズが言った。

 うるさいなぁ……。

 ペースの上がった鼓動を戻しながら、喋るのも面倒くさいので反論は心の中でそっとすます。

 うう、痛ぇ……。

 僕は殴られたほっぺを摩りながら、賑やかな街の様子を眺めていた。

 華やかというか、派手というか………。

 金色に塗られた建物がそこかしこに建っている。歩いている人もみんな綺麗な服や宝石を身にまとっていて。

 ……居心地が悪い。

 なんだか、最近はずっとこんなセレブリティ溢れる空間にいる気がする。

 それはまぁ、この船旅をコーディネイトしてくれているのが一国の王子というセレブの中のセレブだからなんだけど。


「そういえば、王子は無事かな……」


 しばらく船の中ですら気にしていなかった。

 例の海の主との一戦の間は、船室で転がりまわっていたって聞いた。

 それはどうでもよいとして。

 この危険極まりない遊び場に上陸するにあたって、パーティーの盾であり財布である王子は、シェズを助長する原因になりかねないとの不当な理由でエミカに監禁されてしまっていた。

 ……エミカの鬱憤晴らしなだけな気もしたけど、あえて気が付かなかったふりをしておこう……。


 というわけで、遊び場に大した資金も持たずに来てしまった僕らは特に出来ることもなかった。


「うーん、これなら船に戻って本でも読んでた方がいいかなぁ……」


「やめてくれ、俺の精神が死んでしまう」


 寝るだけだろ、大げさな。

 よく考えたら寝かしつけてから遊びに出ればよかったのか。

 そうしたら殴られることも……イテテ……。

 思い出すとまた頬が痛む。

 と、そこに何かが触れて、さらに痛みが走った。


「うわああっ」


「あ、ゴメンゴメン」


 振り返ると、ケタケタ笑った赤髪の少女が立っていた。


「なんで寄りにもよって君が追いかけてくるのさっ」


 また一歩後ろに下がろうとすると、それを見越していたように2ステップ早くベルシャが体を寄せてきた。

 そして……。

 頬っぺたに冷たい感触が広がった。


「フフフ、ジュース」


 手に持ったガラスのコップを僕の手に握らせると、そう言って自分もそれを口に付けた。

 毒とか眠り薬とか入ってたりしないよな……。

 僕はつい受け取ってしまった飲み物を見て思わず唾をのむ。


「ほら、あそこで売ってるやつよ」


 ベルシャが指さした先にジュースを売っている屋台があった。

 備え付けてあるベンチに駆け寄ったベルシャは、おいでおいでとこちらを手招く。


「ほら、座りなさい。奢ってあげたんだから」


「押し付けられたんだけど?」


 言いながら僕は腰を下ろす。

 一口ジュースを飲むと、柑橘系の酸っぱい味がした。

 そういえば前にもこんなことあったな……。

 公園のベンチに座って、朝倉さんと二人過ごした放課後……。

 なんだか随分と昔の事みたいだ。

 ……で、なんで僕はその朝倉さん以外の娘と座ってお茶してるんだ!?

 慌てて立ち上がろうとした所を、ベルシャが腕を掴んだ。


「聖女の事、考えてたでしょ?」


 図星を突かれて固まる僕を、からかう様な目で見つめる。


「解りやすよねー、アンタ」


 ニヤニヤと口の端を上げたその顔は、なんだか餌を見つけたネコみたいだった。

 ペロリと舌なめずりしてからベルシャは言葉を続ける。


「でも、どうせ心配するならもっと早く気が付くべきだったわよ。アンタは敵であるアタシと聖女が一緒にいるのを気にせずにその場を離れたんだから」


「……っ!? お前、朝倉さんに何かしたのか!?」


 僕が詰め寄ると、ベルシャはわざとそっぽを向いてヘラヘラと笑いを零した。


「聖女が目的なら、わざわざアンタに飲み物奢ったりになんか来ないって」


 そう言って、また飲み物を口に運ぶ。


「……それじゃあ、もしかして狙いは俺たちか?」


 シェズが言った。

 そして、それに頷くよりも先に、僕たちの目の前に大きな影が立ちふさがった。

 見上げると、そこには黒い鎧を身に纏った大男が立っていた。


「初めましてか久しぶりか……どちらがいいかな?」


 顔もバイザーに覆われた兜を身に着けていた。

 隙間から零れる低く、落ち着いた声。

 その奥で目が光った気がする。

 なんだ、こいつ……。

 背筋が震える。なんだこれ……。


「久しぶりでいいぜ……」


 シェズは僕の緊張を振りほどく様に口の端をつり上げた。


「魔軍筆頭騎士ダン……!」


 僕の両目が広がると共に、男は背負った鞘から剣を引き抜いて上段に構えた。


「ちょっとやめてよ、こんな所で。ご主人様に止められてるんだから」


 ベルシャが制すると、ダンと呼ばれた男は剣を収める。


「すまない……久しぶりに会えたものでな。つい気が昂ってしまった」


「おいおい、俺は男に好かれる趣味はねーぞ」


「アタシもドン引きだわー」


 ベルシャも大男を睨んで、どこか軽い口調で言った。

 そして、次にベルシャは僕の方を向いた。


「ま、そういう訳でね。今日はこっちがアンタの相手」


 同時に何か紙きれを取り出した。

 それを見て、僕は思わず息を飲む。


「剣闘士ショー 伝説の勇者シェズVS魔軍筆頭騎士ダン! 東西最強騎士の激闘が再び!!」


 なんだこれっ!?

 紙には勢いある筆致で描かれた絵が載っていて、鎧姿の男と、僕らしき姿が……。

 

「おお、結構似てるんじゃねーの?」


「僕、こんなに目つき悪くないよ!」


 いやいや、気にするところはそこじゃなくて……。


「何だよ、これ!」


 僕が顔を上げると同時に、空に穴が開き、同じ紙がまるで吹雪の様に街を舞った。

 何事かと見上げる人々が、それを手に取り顔を見合わせる。


「まさか逃げるなんて、ありえないわよね勇・者・様♪」


 ベルシャは笑いながら、紙をヒラヒラさせた。

 くそっ……ハメられた……!


「試合は今夜、待っているぞ勇者……」


 ダンはそれだけ言って背中を向けた。

 ベルシャもそれについて歩いていく。


「こいつは……楽しみだな……」


 シェズはそういうと喉の奥から笑いを出した。


「シェズ……あいつの事、知ってる……んだよね?」


「ああ、あいつは……本気で強いぜ……!」


 僕はまた背筋が震えるのを感じた。

 立っているだけでも飲み込まれそうな威圧感。

 正直、嫌な予感しかいない……。

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