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船旅は宿敵と共に

 図書館を後にした僕たちは、そのまま港へと向かう。

 荷卸しを終えた漁師達が市場に戻ってきていて、まだ日が高いのに活気があった。

 早速屋台で焼き立てのシーフードを買うエミカ。

 美味しそうだな……。


「朝倉さんも食べる?」


「うーん、どうしよう。今食べちゃうと、船に乗って酔ったら困るかも……」


 言われてみれば、船酔いの心配をしていなかったな。


「朝倉さんは乗り物苦手?」


「うん……あんまり得意じゃないかな。バスとかは平気なんだけど」


「ダメそうだったらあたしに変わってれば良いわ」


「ありがとう。その時はそうするね」


 そんな会話をしているうちに波の音が近くまで聞こえてくる。


「やぁ、諸君。遅かったね」


 王子が不必要なまでに爽やかな笑顔で言った。

 一番遅くまで寝ていたのが何を言うか。

 隣ではフレドさんが黙ったまま礼をする。


「おーじ様、そんな格好で船乗ったら沈んじゃうんじゃないですか?」


 相変わらず重そうな鎧を見てエミカが言った。


「安心したまえ、この鎧が100個あっても運べる大きな船を手配しているよ」

 

 ピシッと指さした先には、本当に巨大な白塗りの船が停泊していた。

 

「うわぁ……豪華……」


 朝倉さんが上を向いて感嘆した。甲板の上にはホテルの様な構造物が乗っかっていて、各所に装飾が施されている。

 それには不似合いな黒い三本の煙突が伸びていたが、そのシルエットは頼もしさを感じさせた。


「蒸気船なのか……」


 船体の横に巨大な外輪が付いているタイプ。昔の映画なんかで見たとこがあるな。

 船に乗り込むと、甲板には沢山の人がいて、どれも高そうな服を着ていた。

 思わず身構えてしまう僕たちの横を、鎧姿の一団が通り過ぎていく。


「我が国の騎士団です。海の上で何か起こることもありますゆえ、ああいった者も乗船しております。我々の様な者が乗っていても問題はありませぬ」


 フレドさんが耳元で囁く。なるほど、一応は気を使って船を選んでくれたのだろうか。


「さて、私たちは特別な船室を用意してもらっている。存分にくつろいでくれたまえ」


 ……やっぱり王子の趣味な気がしてきた。

 戦闘を歩きながら、船内を歩く貴婦人に微笑みを投げかける王子。それを見たエミカが思いっきり苦笑いを飛ばしていた。




 やたら豪華な船室は居心地が悪かったので、僕たちは看板に出ていた。

 パワフルに進む巨大な船体は波の影響もあまり受けず、心配していた船酔いも、今は無いようだ。


「さて、これからわたくし達は海を越えるわけですが……」


 いよいよ、魔王のいる隣国……月の国と呼ばれる場所へ近づくわけだ。

 エミカが取り出した海図を見ると、これから向かう場所は深く切り込んだ湾の奥にある。

 北側と南側からそれぞれ伸びた半島が三日月のような形をつくっていて、なるほどそれで月の国というわけだ。


「問題はここです」


 エミカは三日月の尖った部分とその間を指さす。


「この海峡を通る必要があるのですが……」


「うわー、いかにも何か起こりそうな地形だな……」


 ゲームだったらまず船一隻しか通れない不自然に狭い地形で、突入したら絶対にイベント発生。ボスが出てくるか船が難破して新展開って所か……。

 

「前に通った時は大変だったわねぇ……」

「出来る事なら立ち寄りたくないところなんですが……一度、ここで停泊するんですよね……」


 マリーナさんとエミカが揃って深刻そうな顔をして言う。

 やっぱり何か出るのか……。

 僕と朝倉さんは顔を見合わせて息を飲んだ。

 定番所だと海の主なんて巨大なモンスターがいて通りかかる船を襲うとか……。


「シェズが、これまた簡単に引き寄せられてね……」

「本当に男ってのは単純なんですよ……」


 ん? これはアレか。セイレーンだったっけ、美しい歌声で旅人を誘う女性型の悪魔かな?


「あの、そんなに怖いところなんですか?」


 不安にかられた様子で朝倉さんが尋ねる。

 エミカは黙って首を縦に振る。


「えー、楽しかったじゃん」


 シェズが言うと、マリーナさんとエミカがとてつもなく怖い顔で睨んだ。


「こいつ、やっぱり反省してないっ!」


 ひぃっ! 朝倉さんの顔だけど、もの凄く怖いっ!


「あの、一体何が……」 


 そして、その表情が一気に怯えた顔に変わる。

 つ、疲れる……。

 マリーナさんとエミカもふぁーと大きなため息を零して、また恐ろしい表情でこっち睨んだ。


「この街にあるカジノで思いっっっっっきり散財したのよ!」

「あれのおかげでわたくしも秘蔵のお宝コレクションを手放すことになりました……ぐぅぅ……」


 あぁ……そうですか……。


「でもよ、今回はアルフォンスいるから……」


「エミカ、フライパン」

「やめてっ!?」


 解りました……全力でこいつを止めます……。



 潮風を体に受けながら、僕はどこまでも続く青を眺めていた。


「海なんか見て、面白いかー?」


「シェズは苦手かい?」


「退屈なだけだよ」


 本当にこいつは……。ま、実際に暇なのは解るけど。

 見ると朝倉さんは日陰になったデッキチェアに腰を掛け、黙々と本を読んでいた。

 隣ではエミカがリュックを覗き込んでいる。


「エミカは荷物の整理?」


「はい。荷物が増えましたからね。王子の鎧とか鎧とか鎧とか」


 そういえば、いつもボロボロにされてるけど、気が付けば新しいの着てるんだよな……。

 脱いでるところも見た事ないけど。


「武器はどんなのがあるの?」


 隣に座って開いたリュックの口を覗いてみようとすると


「あ、ダメですよ誠様!」


 慌てた様子でエミカがリュックの口を閉じた。

 僕が驚いた顔をしていると、エミカはふぅとため息を落とす。


「このリュックはわたくし達の様にきちんと契約した者でないと、開けちゃいけない事になってるんです」


 そう言って体全体でリュックを抱えて背中を向ける。

 機嫌を損ねてしまった……。

 僕は諦めて立ち上がり、再びデッキに戻り、海を眺める。



「なぁなぁ、誠」


「なに?」


「暇ならよ、ナンパでもしようぜ」


「何言ってんの……」


「ほら右見ろって」


 シェズに言われるまま、つい視線を動かすと……。

 上品そうな女性が二人、僕たちと同じように海を眺めながら談笑している。

 日差しの強さがそうさせるのか、肩周りを大きく露出していて、その胸元もかなり際どいところまで開いていた……。


「美人だろ? 声かけようぜ?」


「バカ、何言って……」


 その会話が聞こえのか、女性二人はこちらを見て眉を潜めた後、そのまま去っていった。


「ちっ……」


 すっかり慣れてしまったけど、知らない人が見たら怪しい独り言を喋ってるんだよな僕ら……。


「アハハ、フラれたみたいね」


 急に後ろから話しかけられて、僕は振り返る。

 するとそこには白い帽子を被った赤い髪の女の子。白いワンピースの裾がヒラヒラと靡いていた。

 僕の隣に立つと、少し大きな唇の両端を上げ、少し釣り目がちな瞳が覗いてくる。


「なんなら、アタシが話し相手になってあげるわよ?」


 不敵に笑うその顔……どこかで見た事あるような……。


「なんだ、こんなところで戦うつもりか?」


 シェズが言うと、女の子は肩をすくめた。


「アタシとしてはそれでもいいんだけどね、ここでは戦うなって言われてるのよ」


 あっ、そうだ、この子……!


「何、今気が付いたの?」


 顔を顰めて女の子……ベルシャは言った。

 いつもの真っ赤なボンテージみたいな恰好とのギャップがありすぎて、全然気が付かなかったよ……。


「まぁ、いつも君がいる時は僕寝てるんで……」


 気のせいかな、頭痛くなってきたよ……。


「ところでアンタ……」


 ベルシャは僕の顔につつっと目を寄せてきた。

 瞬きする瞼がとてもよく見える。

 よく見ると、可愛……


「よく見ると可愛い顔してるわね」


 思ってたセリフを先に言われた。

 ……って何!?


「まぁ、確かに女っぽい顔してるかもなぁ」


 呑気な声色でシェズが言った。


「自分で言う普通?」

    

 クスクス笑いながらベルシャが言う。


「うるさいなっ、もう」


 僕は思わず顔を背けた。

 うう、顔が熱い……。

 そんな僕らの様子に気が付いたのか、朝倉さんとエミカもこちらに近づいてきた。


「どうしたの、真島くん?」


「おや、誰ですその人は?」


 そして少女も振り返り、目を細め笑顔で手を振る。


「あ、ベルシャさん」


 何故か朝倉さんも笑顔で返した。

 なんで、そんなに落ち着いてるのっ?


「って、何してるのよこんなところで!」


「そーですそーです!」


 一転してマリーナさんとエミカは眉をきゅっと吊り上げて睨みつけた。

 そう、これ。こういうのが正しいんだよ、本当は!


「おっと、戦いに来たんじゃないわよ。こんな所でやりあって船が沈んだらアタシも困るし」


 笑顔を絶やさぬままそう言ったベルシャは、デッキの遠くにいる何人もの人を見た。


「関係ない人を巻き込むなって、言われてるしね」


 誰にだよ……。随分と優しい悪の軍団だ。

 しかし思い当たる節があるのは、彼女は最初に星都を襲って以来、常に町の外で攻撃を仕掛けてきていた。

 それが魔王の意向だというのだろうか。

 まぁ、目的が聖女の捕獲だというのであれば、他の人を巻き込む事に何の意味もないと思う。


「で、戦いに来たんじゃないなら、何しに来たわけよ?」


 苛立ちを露骨に出しながらマリーナさんが言った。

 すると、ベルシャは僕の頬に手を当てて


「可愛い顔してるなって話してたとこ」


 うわ、またそんなことを言い出す!

 僕は慌ててベルシャを引き離し、一歩後に引いた。

 また顔が熱くなるのが解る。見えてないけど、真っ赤なんだろうな……。

 そんな僕を見た後、朝倉さんとエミカは顔を見合わせて、クスリと笑いを零した。


「言われてみたらそうかも……」

「確かに、肌とか綺麗ですもんね」


 クスクス笑いながらマリーナさんとエミカは目を逸らす。

 何この……何?

 なんで敵の娘と意気投合してるのさ、人の顔見て……。

  

「というわけで、今は休戦って事でよろしくー」


 そう言って手をヒラヒラ振りながらベルシャは去っていった。

 その背中を見ながら、僕たちは顔を見合わせる。


「どう思う?」


「あたしは警戒しておいた方がいいと思うけど」

「わたくしも同感です」


 今の所、何かしでかさないか、注意しておくしかないだろう。

 そもそもこの船旅に何もないと思っていたわけではないのだから。


「…………」


 ふと見ると、朝倉さんが僕の顔をじっと見つめていた。

 そして、フフッと笑うと、エミカと共に元の場所へ戻っていった。

 何、今の……。



 日が落ちてから、僕らは船内にある食堂で夕食をとる。

 そこは流石、豪華客船だけあって内装も料理も上品で。

 みんな王子の作法を見よう見まねで口に運ぶ。

 なんだか自然と無言になるし、色んな物が少しずつ出されていくスタイルもなんだかちょっとずつ物足りない。

 ああ、僕にはこういうの合わないんだなぁ……。

 美味しいのは美味しいんだけどね。

 僕は早々に食事を片付けると、逃げるように船室へ移動した。



 それから船室で僕は本を読んでいた。

 図書館で借りた何冊かのうち、神話の本を適当に開いていた。

 これがなかなか効果的だったのは……。

 シェズが早々に寝てしまう事だ。

 なんだ、こんな簡単なことで安息を得られるのではないか。

 とはいえ、逆に僕は目がさえてしまった訳だが。

 少し夜風に当たってくるか……。僕は船室を出て甲板に向かう。


「アンタ、ここ好きねぇ」


 縁に寄りかかって暗くなった海を眺めていると、またベルシャが近づいてきた。


「そっちこそ」


 見ると、何かを手にして、それを口に運んでいる。


「夕飯食べてなかったの?」


「あー、なんかああいうの苦手でねぇ。アタシはこういう方がいいわ」


 言いながら片手に持った何かを差し出してきた。

 干し肉?

 燻してあるのか香ばしい良い匂いがする。

 それに噛り付くと、幸せそうな顔をしていた。


「食べる?」


「いや、いいよ……」


「別に毒なんて入ってないわよ」


 ……確かに疑っていなかったわけではない。

 だけど見透かされている様で何となく面白くない。


「……あのさぁ。君は一応、僕らの敵なんだよね?」


「まぁね。でも言ったでしょ? 今は休戦って」


「それはそうだけど……」

 

 なんかペースが乱されるなぁ……。

 僕は改めて隣に立つ女の子を見つめる。美味しそうに干し肉を食べてる。

 うん見た目は普通の女の子……なんだ。

 角があるわけでも、尻尾があるようにも見えない。


「何? やっぱり欲しいの?」


「いや、そうじゃなくて……」


「じゃあ、あれ? よく見ると可愛い顔してるなって?」


 確かに、さっきは少し思ったけど……。

 

「だから、なんていうか……その、君は魔王の手下なのに人間と変わらないなってさ」


「そりゃあ、人間だしね」


 ああ、やっぱりそうなのか。

 自分でも驚くほど冷静にその事を受け止めていた。

 悪魔や亜人の類でないのは薄々感じていた。ならばもう一つ確かめられそうだ。


「君の親玉……魔王アクノボスってのも人間?」


 僕の質問に、ベルシャは呆れ顔で返してきた。


「ご主人様の情報をそんな簡単に喋ると思うわけ?」


 ……そりゃあごもっとも。

 なかなかな忠誠心をお持ちの様で……。


「……そういや、ほかの仲間は? いつも一人で来てるけど」


 けしかけてくるのは魔法の人形とか魔物とか……。


「他の仲間は、本国で待機してるわよ。アタシはあくまで先遣隊みたいなもんだから」


「一人なのに隊って……まぁいいけど」


「……そもそも、こっちの戦力が無いのはアンタの中にいる勇者のせいなんですけどね」


 ……あー、そういえばそうか。

 シェズ達は一度拠点を潰しながら魔王の所まで行ってるんだもんな……。

 もしかして、ベルシャみたいな少女が前線に出てるのも、そういうのが影響してるのかもしれない。


「……君、なんで戦ってるのさ?」


 こうして話をしていると思う。別に無理して戦う必要なんて無いんじゃないか、そう思える。

 

「ねぇ……今更なんだけどさ、アンタ達黙ってアタシについてくる気ない?」


 それは実は少しだけ考えていたことだった。

 どうせ僕らも魔王に会いに行くんだし、一緒に連れてってもらうというのも一つの手段だと思う。

 今の所、僕らの旅の脅威……というか障害は彼女の妨害くらいだし……。

 まぁ、普段は僕が何か言う前に気絶されられてるんですけども。


「何してるんですか、こんな時間に……」


 急に聞きなれた声が聞こえて、僕は思わず振り返った。


「うわ、エミカっ!?」


 そこにはジトーーーーッと睨みを利かせる女の子の顔。

 それが敵じゃなくて僕に向いている。


「何もしてないよ!」


「じゃあ何かされてたんですか?」

「それもないっ。ただ寝れなくて外に出ただけだよっ」


 全力で否定する僕を、疑いの目で見つめるエミカ。

 その姿を見たベルシャは、クスリと笑った。 


「……ま、アタシはやることがあったからここに来たんだけどね」


 干し肉を口の中に押し込み、そのまま指を舐めてから、ベルシャは暗闇に染まる海を見据えた。

 その瞬間。

 ズガンと大きな音がして、船が大きく揺れた。


「な、何だっ!?」


 直後、船の真横が波打つと、巨大な何かが水面に飛び出してくるのが見えた。

 りゅ、竜……!?


「来たわね、海の主っ!」


 不敵に笑うベルシャ。

 ったく、やっぱりこういう展開か……。

 僕は、現れた竜と少女の顔を交互に睨みつける。

 揺れる視界の中、遥か上で、月が怪しく輝いていた……。

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