鍵を持った乙女の話
朝だ。
思い切り体を伸ばす。完全にスッキリというわけにもいかなかったけれど、何とか起きることができた。
「あー、なんかまだフラフラしてる気がするぜ……」
シェズも起きたのか。もう少し寝ててもいいのに。
王子はまだ寝息を立てていた。
って、まだ鎧着てるよ……。
「王子、朝だよ」
揺り起こそうと思ったけど、鎧が重くてビクともしない。
……よくこれで歩けるなぁ。いつもフラフラしてるけど……。
まぁいいや。もう少し寝かせておこう。
食堂に向かうと、もう朝倉さん達女子チームは席について談笑していた。
ついでに隣の席にはフレドさんがもう朝食を食べ終えたのか、優雅にコーヒーを飲んでいた。
「あ、おはよう真島くん」
「おはよう。朝倉さん、マリーナさん」
そして……。
「おはよう、エミカ」
「おはようございます、誠様っ」
結構遅くまで起きてたはずなのに、元気だな……。
僕もとりあえずコーヒーと簡単な食事を貰って一息つく。
さて……。
「エミカ、船が出るまで、まだ時間はあるのかな?」
「朝は漁船が優先的に港を使いますから、わたくし達の乗る船はお昼くらいまで出ませんよ」
それなら、少しは時間あるな……。僕は苦いコーヒーを飲み干すと、そっと席を立つ。
「なんだよ、どっか行くのか?」
「うん。本屋か図書館に行きたいんだけど」
「えー?」
嫌そうな声だすなよ……。
まぁ活字読むの苦手そうだしなぁ……。
かくいう自分もそんなに得意なわけじゃない。けど、今は知りたい事が沢山ある。
「それなら私も行きたいな」
「仕方ありませんねぇ、それではわたくしがご案内いたしましょう♪」
朝倉さんとエミカも乗ってきた。
すると隣の席のフレドさんが立ち上がり声をかけてくれる。
「それでは私が船の手続きをしておきましょう。どうぞ皆さまはギリギリまで楽しんできて下さい」
「ありがとうございます、フレドさん」
僕たちは礼をして、宿を出た。
「それにしても、どうして図書館なんです?」
隣を歩くエミカが不思議そうに丸い瞳を向けてきた。
「港町だろ? いろんな場所から物資が運ばれてくるなら、資料的な物も沢山集まってくるんじゃないかって思ってさ」
「なるほど……なかなかに勘がいいですね、誠様」
フフンと、少し得意げな笑みを浮かべてエミカが言った。
そして、そのまま少し速足で僕らの先を歩くと、そこには木造の小さな建物があった。
お店の様だけど……本屋なのかな?
エミカを先頭に扉をくぐると、部屋の中もさほど広くない。
「ここ、本当に図書館なのかな?」
朝倉さんが小声で耳打ちする。確かにテーブルと椅子が何組か置かれているけど、本棚らしきものは無い。
それどころか本さえ……いや、それは一冊だけあった。
奥のカウンターに一人、眼鏡をかけた女性が座っていて、その手の中に一冊の本。
エミカが近づいていくと、眼鏡のお姉さんが顔を上げる。
「あら、お客様なんて珍しい」
慌てて本に栞を挟むと、立ち上がってお辞儀をしてきた。
「こんにちは司書様。本をお借りしたいのですが」
エミカが言うと、司書さんはパアッと表情を明るくした。
「どうぞどうぞ、どんな本でもお探ししますよっ」
キラキラした瞳で僕たちの顔を交互に見つめた。
よっぽど人が来ないのだろうか……。
「あら、あなたどこかで……?」
僕の顔の前で視線を止めると、瞬きを繰り返した。
「いや、僕らはここには初めてきましたけど……」
「で、ですよね。そうですよ、ここお客さん滅多に来ませんからっ」
何故か妙な自信たっぷりに司書さんは言った。
まぁ混雑しているよりは調べ物しやすいかもな……。
無理矢理ポジティブに捉えて本題に入る。
「では、どんな本をお探しですか? お勧めは、二人の騎士が友情と絆と愛情を深めていく……」
「いえ、そういうのじゃなくて……」
ってBL的な奴なんじゃないの、それ?
「ちょっと面白そうね……」
「気になるかも……」
マリーナさん……って朝倉さんまで……。
ああ、もうっ。
「そういうのじゃなくて……この地方の神話とか伝説とか、あとは歴史書なんかもあれば」
「なるほどなるほど、かしこまりました。では……」
そういうと、司書さんは壁に触れた。
何もない壁に線が入ったかと思うと、それは扉になり、その奥に本棚がズラリ並んだ部屋が見える。
「広っ……っていうか奥まで見えない……」
視線のはるか先は暗闇に沈んでいる。
「では、奥へどうぞ。あ、決して逸れないでくださいね。最悪一人では出られなくなりますので」
さらりと不安になる事を言われた気がする……。
スタスタ歩いていく司書さんの後ろについて、僕らも部屋の奥へ。
「外から見た時よりも広いね……」
朝倉さんが薄暗い書庫の中を見回しながら言った。
さっきの言葉が効いているのか少し不安げな表情で、僕のすぐ後ろをピッタリついてくる。
「魔法の力……とかなのかなぁ」
「誠様の読み通り、この街には色んな物が集まってきます。だけど、沢山あると置ききれませんから……」
言いながら背中を向けてリュックを見せる。
「このリュックみたいに不思議な倉庫を使う所が多いんです。この図書館も、そんな感じで見た目以上に蔵書量があるんですよ」
便利だなぁ……。うちにある漫画も預かってくれないかしら。
「古い神話や伝承の類は、こちらの区画に纏まっております」
立ち止まり、一つの大きな本棚を指して司書さんが言った。
「ありがとうございます」
僕は目の前の本を何冊か手に取り、目次に目を通す。
「何を探しているんです?」
エミカが後ろから覗き込んできたので、僕は朝倉さんの方を見た。
「魔王が探しているって聖女の事。そこまで必死になって探してる理由には、きっと何か根拠があるんだと思ってさ」
いくつかの本に「魔王」という単語を見つけたので、そこから更に参考になりそうな言葉を拾っていく。
「根拠ってのは何もないところからは生まれない……ってね」
いくつもの話の中で魔王や魔神は勇者や神様に倒されていた。
神話と言っても、昔の人の娯楽だったっていう解釈があるけど、この世界でもそうなんだろうか。
まぁ人の好みなんて、場所がどうあれあまり変わらないのかもしれない。
それにしても、改めて本の中の魔王という存在は適当なものだ。
世界を支配するといっても実際は何しているのか具体的に描かれているものはあまりない。
大体が部下や魔物をけしかけて迷惑をかけてるくらいな様な……。
むしろ人さらい命じている方が普通に犯罪な分だけ性質が悪いような気がしてきた。
そんな人さらいに傾倒していた魔王は過去にもいたようで。
それは「魔界の扉を開く事の出来る乙女」を探していた。
今の魔王が参考にしているのはこれか……?
確証はないけれど、この話を読み進めてみる事にする。
むかしむかし神話の時代。
神の世界と悪魔の世界、そこで戦がおきました。
神の軍勢大勝利、悪魔の世界を地底の奥へ。
大きな大きな扉の前に、二つ頭の番犬を。何人たりとも入れないように。
長い永い時の中、犬は扉を守ってる。
ある日扉と犬の元、一人の乙女が訪れた。
ひとりだけでは可哀想、私がそばにいてあげる。
柔らかなパンと手のひらに、心を許した番犬は、扉の鍵を乙女にあげた。
鍵を無くした番犬は、神に怒られ扉の奥に。
私のせいで可哀想。乙女は鍵で扉を開く。
飛び出す漆黒、悪意の目覚め、乙女は恐れの渦の中。
早く扉を閉めなさい。神の怒りが天を突き、人の世界が激しく揺れる。
そこに番犬現れて、体を押し付け扉を塞ぐ。
動くものかと絶対に、体を硬く石にして。石が魔界の扉を塞ぐ。
乙女は鍵を持ったまま、悲しみの中旅に出る。
そして再び永い時。扉を開けんとするもの一人。
魔王は石の番犬を、どかすつもりも動かない。
犬の心を開くもの、扉の鍵を持つものを。男は探す、鍵の乙女を。
やがて見つけた乙女の傍に、二つの頭の男が一人。
男の顔は犬になり、乙女を守る牙になる。
「……眠くなってきた」
良いとこで台無しだよ!
やっぱり本とかダメかシェズ……。
「この女が余計な事したのが原因じゃん」
「お話なんてそういうもんなの!」
まぁ、それはともかく……。
この話の中で気になったのが、魔界の扉って所。
「この魔界の扉っていうのが、もしかしたら別世界への入口を示唆してるんじゃないかな」
この世界と別の世界があるのは僕たち自身が証明している。
そして、魔王が断片的にでもそこに通じる方法を知っているとしたら。
「なるほど……それじゃあ、私たちが帰る方法も……」
「手掛かりにはなると思う」
僕が頷くと、朝倉さんが表情を明るくした。
この話の作られた場所や時代を調べていけば、何か解るかもしれない。
そして……。
「もしかして、そのお話の舞台ってオルトロック……じゃないかしら」
ずっと黙っていたマリーナさんが言った。
「エミカ、地図出して」
言われてエミカがリュックから地図を出して広げた。
海を隔てた大陸……北と南からそれぞれ伸びた半島がまるで三日月のような形をしている。
そしてその形の通り、地図には「月の国」と記されていた。
いくつかのバツ印がつけられた箇所にはこれから向かう場所、魔王の城も含まれている。
「予定の旅路からは少し外れるけど……」
バツを結ぶ線から少し離れたところにもう一つ印を付ける。
「ここにオルトロックの町っていうのがあって、ここには双首岩っていうのがあるの」
「双首岩……なるほど、それっぽいな」
何かの手がかりにはなるかもしれない。
僕と朝倉さんは顔を見合わせて頷いた。
「でも、最短ルートから大分離れる事になりますよ……?」
バツ印を結んだ線をなぞりながらエミカが言う。
「それに、手がかりがあるとは限らないですし……」
うーん……確かに、必ず手がかりが見つかるとは言い難いけれど。
「ま、いいんじゃねーの? どうせ魔王の所に行くのは決まってんだ。ルートなんかどうでもいいだろ」
「あたしも反対する理由はないわ」
よし、次の目的地が決まった。
僕は本を閉じる。
「ふふっ……」
少しだけ、笑いが零れた。
「何だよ、シェズ……」
「いや、何か昨日よりふっきれてんなって思ってさ」
「そうかい?」
確かに、少しだけ足取りが軽くなった気がする。
誰かさんに飲まされた、お酒が抜けたせいかもな……。
そう思ったけれど言わないでおいた。




