初恋、曇り模様のち晴れ
気付いていたんだ、君が僕を好きじゃないって。……それでも好きだなんて、自分が嫌になる。
「赤城さん、留学するのか……」
可愛らしく笑う後輩。
まるで妹みたいに思っていた。
なのに、最後綺麗に笑うから、思わずドキリとさせられた。なんて自分は単純なんだと嫌になる、簡単に誰かを好きになるなんて自分らしくもない。
「知ってたよ、君が僕を利用してると」
……そこまで僕は鈍感じゃない。
だから、今日で初恋を終わらせると決めた。自分でも自覚してた、無表情なやつだって。
そんな僕に表情をくれた。
傷ついてない、そう言えば嘘になる。
本当は、壁に頭を打ち付けたいくらいに傷ついているし、まだ好きで居たいだなんて思っている自分が嫌になって、嫌いな自分がもっと嫌いになった。
だから、気持ちを伝えようと思う。
そのために図書委員な後輩に勇気を貰おうと思った時に、彼女が留学することを聞いた。
期間は一年、つまり連絡先を知らない僕にとって、偶然にも会えない限り、もう会えないことを指していた。
勇気をわけてなんて言えなかった。彼女こそが、知らない地へと向かう勇気を欲っているはずなのに、僕は何も気が利いたことが言えないことが悔しくて、
「支度があるので、今日は早めに失礼しますね。先輩、また会えたなら誰かと幸せになっている姿を見せてくださいね。それでは、さよなら……」
また、後輩は綺麗に笑った。
「また会えたなら」とそう言ってはいるが、何故かはわからないけれど、これを最後に会えないような気がした。
……ずっともう会えないような雰囲気で言うから、僕は思わずゴクリと唾を飲んだ後、後輩の手首を掴もうとしたが、掴むことが出来なかった。
いや、掴ませてはくれなかったと言った方が正しいだろうな。気配を消していたのか、後輩の死角から男子高校生にしては小柄で華奢な男子が現れて、その体格の何処から出しているのかわからないくらいに強い力で、逆に強い力で掴まれてしまった。
「あなたは罪深い人だ。
邪魔をしないでくれないか、あの子は幸せになるべき子なんだ。あなたが引き止めるべきじゃないんだよ」
小柄で華奢だと言うのに、感じる圧迫感はとても重くて、余程僕を引き止めると言う決意は固いと言う訳だ。引き止めることを諦めて手を下ろそうとすれば、意図を読み取ったのか、直ぐに手を離してくれた。
彼は腕を組み、ため息をついた。
「別に彼女の為じゃないんだよ?
むしろ、俺は彼女のことが嫌いだし。
だって俺の親友の良さに、一番長く側に居て気づかないんだもん。だから俺は親友の幸せの為に悪役にだってなれる。それが俺の為でもあるし、大切な存在の為ならなんだって出来るんだよ。
だから邪魔しないでよね、俺の親友には傷ついて欲しくない。それに、一歩踏み出し始めた親友の決意をもう壊させやしない」
まるで自分の一部のように、彼は自分の親友のことを思っているように感じた。同時に、何か自分自身を責めているような感じもしたが、触れるなとプレッシャーをかけられているような感じもする。
……そうだ、僕はやるべきことがある。
例え、気になるようなことがあったとしても、踏み込むべきではない。僕には解決すべきことがある。
「わかった、赤城さんのことは追わないよ」
僕はそう彼に言って、図書室を去った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※
……僕は本当に彼女を好きだったんだろうか?
「君が好きだった」
「……私もあなたが……」
「好き」だなんて、偽りの言葉言わせたりなんかしない。本当は、僕のこと好きではないって気付いてる。
僕は、恋に対して盲目的になれないタイプなようだ。なんとなく友人から言われる前から気付いていたんだ、僕の気持ちを利用してるって。
「もう嘘つかなくて良いよ、ちゃんと振ってよ。……これ以上、誰かを傷つけるようなことをするのやめたら? 俺、全部知ってるよ?
それでも君を嫌いになれなかった。
だから、君が拒絶してくれないかな?」
……これが僕なりの彼女に対する拒絶。
一番信頼している親友、僕は彼の言葉を拒絶出来るくらいに彼女のことを好きにはなれなかった。だから、もしかしたらこの気持ちは恋心ではなく、憧れだったのかもしれない。
だけど、今気持ちを伝えなくては、後々に引きずりそうだから、僕は彼女に振られると言う選択を取った。
「そうよ、最初はそうだった。だけど聞いて‼︎ 私、今は本当にあなたのことが……!」
必死に訴えかけてくるけれど、今更信じられる訳もない。後輩を引き止めようとした僕を食い止めた彼のように、今は何よりも自分自身の親友の言った言葉を信じるってそう決めた。
……そうするって決めたから、今更だ。
「そんなのさ、今更だよ。
でも、俺に笑顔の作り方を教えてくれてありがとう。それだけは君に恋して良かったって思えることだ。
君に恋したこと、僕は悲しい思いをした。だけどね、その辛い思い出、苦い思い出、悲しい経験、それが全て悪いことに働く訳じゃないと思うんだ。
今は辛いかもしれない、苦しいかもしれない。その経験がなかったら、きっと未来では今の「変わろうとした自分」がいなかったと思うから、僕の気持ちを利用しようとした君を責めたりはしない。だから、君への恋心にさよならをしたいんだ。
……僕が成長するためにも、君が変わるためにも。僕のことをちゃんと振ってくれないか」
そう自分自身の思いを、自分で考えた言葉に乗せた。……彼女へ伝わるのを信じて。
「……馬鹿じゃないの、説教くさい男なんてこっちからお断りだわ。さっきの話を聞いて気持ちも冷めちゃったわ。ごめんなさい、さっきの話なかったことにしてくれないかな?」
そう言って、彼女はただ呆然とその言葉を聞いているだけの僕の答えなんか聞くことなんてせず、足早に去って行ってしまった。
どうしよう、笑いが止まらない。
何故だろう、泣きたくもないのに自分の意思なんて関係もなく、自分の目から涙が溢れ出してくる。
その時、やっと自覚出来た。
……僕、ちゃんと恋愛感情として、たった一人の愛すべき人として、彼女のことを好きだったんだなぁって。
彼女が去った瞬間、制服が土で汚れるのも躊躇わずに、膝からガクンと崩れ落ちるかのように僕は座り込んだと同時に下を向いていた。ちゃんと、恋愛感情を抱いていたんだと気付いた時、制服が涙で濡れることを躊躇わずに涙を拭った。
そして、空を仰ぎ見れば目の前には心配そうに見つめてくる小柄で何処かふわふわした雰囲気を持つ女子生徒。一連の行動を見られていたんじゃないかと思うと一気に羞恥心が僕の内心の全てを占めていく。
「悲しいですか?」
「悲しいですよ?」
「そうですか」
「そうですね」
その女子生徒は、制服が汚れることを躊躇わずに僕の隣に座り、コテンと首を横に傾げた。
「恋の味は何味ですか?」
なんと、不思議な質問をしてくる子だ。
僕はヤケになってこう答えた。
「珈琲味だよ、ブラックの方ね」
そう答えた瞬間、その女子生徒は勢い良く立ち上がって……。
「それならトッピング次第で甘くなる、それが恋なんですね。今まで一番納得出来る例えでした!」
そう言って、彼女は満面の笑みを見せた。
その笑顔はまるで太陽のようで。
僕の曇り模様だった心に日差しをくれた。
……まあ、当分は恋するなんて勘弁だけど。