脱出
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惑星ロランの地表は赤茶けた荒野に覆われていた。空気は乾燥し、水源地は限られていた。
地球から遠く十万光年離れたこのロランが発見されたとき、最初に送り込まれたのは囚人たちだった。
彼らはロランの地を開拓した。地球統合政府は、いずれはロランに移民を送り込み、植民地として統治する計画だった。
だが植民計画は頓挫し、やがてロランは忘れられた惑星となった。そこに人がいたことも語られなくなった――。
「きこえないか?」
デュークが菜園の脇で空を見上げて言った。
「なんだ」
ロードが立ち上がるとデュークに訊き返した。
「エンジンの音だ。ほら」
デュークが空の一画を指差した。豆つぶのような銀色に光る物体が認められた。
「たまげたな。宇宙船だぞ」
デュークは相好を崩して空を注視した。やがてその物体は、ぐんぐんと地表に近づき、着陸ギアを伸ばすと、ノズルから噴射煙を吐きながら、エイのような胴体を地表に横たえた。
扉が開く。タラップを降りてきたのは略帽を被った数人の若い男たちだった。中の一人がデュークに握手を求めてきた。
「我々は銀河の辺境を探査する目的で外宇宙を飛行している探査隊です。航法装置が故障して、予定外でこちらに緊急着陸しました」
「俺らは地球の宇宙船を見るのは久しぶりだ。他の仲間はみんな散り散りになっちまった。地球統合政府の大統領は何代目になるんだね?」
「第五十二代スリムソン大統領です。私は船長のハリスです。よろしく」
夜になった。デュークとロードは一行を歓待した。野菜と人工ビーフ、それに酒が食卓に並んだ。ハリスたち、クルーが酔ってうとうとすると、隙をみてデュークは宇宙船に乗り込んだ。
やがて、素知らぬ顔で食卓に戻ると、ロードの耳元で囁いた。
「装置を見てきた。ホリズンドライブ航法の船だ。それも更新型だ。喜べ。しゃばへ戻れるぞ」
ロードは小声で聞き返した。
「なんだって?」
「あの船をいただくのさ。運が向いてきたぞ」
「本気か?」
「おめぇは地球へ帰りたくないのか」
「そりゃあ、帰りたいけど……」
「だったら協力しろ。決行は明日だ」
ロランの丘陵の地肌に朝の光線が射し込む頃になると、宇宙船のクルーたちは航法装置の修理の為に忙しく動きだした。
デュークはその様子を距離をおいて眺めていた。ハリスがやって来るとデュークは声をかけた。
「船長さん、何か手伝うことはないかい?」
ハリスは笑って、
「ご心配なく。我々の手でなんとかできます。もうすぐです」
デュークは質問した。
「ホリズンドライブは時空を屈曲して最短距離で飛行するシステムだろ。目的地に到達するまでの誤差はどうやって修正するんだい?」
「飛行しながら自動修正します。そのメカニズムはお話ししても理解されないと思いますが」
「そうかい。見事な機械だね」
ハリスが去ると、デュークはロードを呼んだ。ロードは落ち着かない顔をしていた。
「ロード、こいつを持ってろ。俺が装置を操作するあいだ連中を見張ってろ」
デュークは年代もののオートマチックピストルをロードに手渡した。ロードはさらに落ち着かない顔つきになった。
「いいか、しくじるなよ」
野太い声でデュークは言った。
宇宙船のクルーたちは船内で制御機の最後の調整を終えると、パネルを装着し、モニター画面で駆動系の接続に誤りがないか、チェックをした。
マニュアルを閉じるとハリス船長は言った。
「これで故障個所は修復した。離着陸用のロケット・エンジンも問題ない。あとは――」
船長がそこまで言ったとき、船の扉のあたりが騒がしくなった。デュークと銃を握ったロードが機関室に入ってきた。デュークはにやにや笑っていた。
「ご苦労だった船長。さあ船を降りてくれ。お前さんたちに用はない」
ロードが銃口をクルーたちにむけ、扉に追い立てた。
ハリス船長は予想しない事態にあきらかに動揺していた。
「いったい何のつもりなんだ」
デュークは笑って、
「ちょいとこの船を拝借しようってわけさ。さあ、降りた降りた」
ロードが銃口で船長の背中を押した。クルーたちを船外に追い出すと、デュークは扉を閉めてロックした。ロードと共にコクピットの座席に座ると、エンジンを起動させた。
船は轟音と共に垂直に上昇してロランの地表から遠ざかった。後には噴煙だけが漂っていた。
残された船長とクルーたちは上昇して点ほどに小さくなった機影を凝視していた。
「船長、彼らはどこに行くつもりなんでしょうか?」
「わからん。だが、どこへも行けないさ。ホリズンドライブの自動修正システムはリセットされた状態だ。星雲座標を入力し直さないかぎり、船は迷走飛行するだけだ。高感度通信機で救命艇を呼ぼう。船が奪取されたことを報告するんだ。われわれは、ここが囚人の星であることを忘れていた」
ハリス船長はそう言って船の二人に同情した。
宇宙船はロランの引力圏外に到達した。デュークは上機嫌で隣のロードに言った。
「これで地球へ帰れるぞ。思いどおりだ」
だがロードの方は不安な顔をしていた。デュークは言った。
「お前は心配性なんだよ。すべてうまく行くさ」
デュークは、制御卓の中央にあるモニター画面の表示機能をスクロールさせ、目的地を地球と表示して、画面の下にあるホリズンドライブの起動ボタンを押した。
コクピットには小さな窓があった。その窓のそとの星の光がやがて青く輝き、しだいに滲んで見えだした。
制御卓の画面の表示はホリズンドライブが起動中であることを示していた。
船体が微弱に振動している。コクピットでは空調機の音がするだけだった。やがて振動は止んだ。モニター画面はホリズンドライブ駆動が停止したことを表示していた。
「着いたのか?」
ロードがおそるおそる訊いた。
「地球が見える筈だ」
デュークが言った。だが窓の外には白いもやのようなものが見えるだけだった。
「地球はどこだ!」
デュークが初めて不安な感情で言った。
「ここはどこなんだ!」
もう一度、デュークがおびえて言った。
確かにそこは地球のある筈の空間だった。リセットされたホリズンドライブ駆動の誤差の累積が二人を導いたのは、将来、太陽系が生成される筈の46臆年前の宇宙空間だったのである……。
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