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迅雷の日霊  作者: イヲ
第一章・シークレット・ステーション
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 宝石のように、きらきらとしたものにあこがれる少女たち。

 それを躑躅はずっと見てきた。かわいらしいティディ・ベアのぬいぐるみ。ハニーラベンダーのかおりがする、あまい香水。

 どれもが、犠牲にしてきたものだ。

 爪を飾ろうとも、剣を握る手では邪魔になるだけだ。化粧をしようとも、汗でそれもぬぐわれてしまうだろう。


 二カ所切られたが、そんなに深い傷ではない。ダッフルコートは、もったいないことをしてしまった。気に入っていたのに。


「これで終わりね。――斑鳩くん、お疲れ様」


 八握剣を再び布で包み、肩にかつぐ。ぴり、とした痛みが腕を襲うが、気にならない程度だ。

 同じく刀を布で包んだ夜凪は躑躅を見つめ、やがて顔をゆがませた。


「……いつも、そういう戦い方なのか? おまえは」

「どういうこと?」

「身を投げ出してまで、何故戦う?」


 ――身を投げだしてまで。

 一瞬、躑躅は何を言っているのか分からなかった。


「傷つくのが、怖くないのか」

「怖くないわ。だって、私は日霊――巫だもの。傷つかなければ、強くなれない」

「……死んでも、か?」


 電灯が、ゆらゆらと揺れている。まるで、ヴェネチアン・ガラスのかけらのように。

 躑躅は赤いくちびるを緩めて、「そうね」と囁いた。


「死んだのなら、私はそこまでだったってこと。それだけよ」

「……」


 夜凪は何も言わなかった。

 月のように、名の通り凪いで、ゆるやかに光を落としてゆく――。


「だから、強くならなきゃいけないのよ」


 そう、死なないためにも。



 彼女のつややかな黒い髪は月の光に凪ぎ、そしてきらきらと宝石のように輝いていた。



 ひとりきりの部屋、借りたばかりのマンション――。

 刀掛けの前に正座をし、カーテンを開けたまま月の光にあてがう。

 藍のてぬぐいを外した夜凪の表情は、月影にさえぎられ、見えない。ただ、くちもとだけが一文字に結ばれている。




「躑躅!」


 嬉しそうに教室のなかに駆けてきたのは、言わなくとも分かる。翠だ。


「なに?」


 昨日の今日ですこしだけ疲れているが、声を出すことは特別しんどいことはない。

 彼女は目をきらきらとさせながら、胸の前で手を組んだ。


「例の転校生、男子なんだって!」

「へぇ」

「へぇって、もう! 躑躅ったら、いっつもそうなんだから!」


 肘を机の上について、もう一度、へぇ、とつぶやく。切られた右腕は、兄に手当てをしてもらったが、そうそう深いものでもなく、膿んでもいない。包帯こそしてあるものの、じき治るだろう。跡は残るだろうが。


「だから、朱音さんたちがどうにかしてくれるでしょ。校内を案内したりするのは」

「そうかもしれないけど! 躑躅、かわいい顔だちというか、きれいな顔だちしているのに、彼氏の一人や二人いないのがおかしいのよ!」

「私は作る気もないわ。これからもね」


 ふいに、ずきりと腕と足が痛んだ。

 (――身を投げ出してまで。)

 何故戦う、と問われた。人を守るため?それとも、自己満足のつもり?分からない。何故戦うのかは。まだ。

 復讐ではない。復讐は憎しみを生む。だからこそ――憎んではならない。

 (憎んでは――。)


「えーと、では紹介。転校生の――斑鳩夜凪くんだ」


 肘で頭を支えていたのを忘れ、がくりと頭が落ちる。斑鳩夜凪。あの少年は――、そろそろと頭を持ち上げ、黒板の前にたたずんでいた。


「……」


 彼に気づかれる前に、視線をはずす。おそらく、まだ気づいていないはずだ。たぶん。

 しかし、違うことに気づいてしまった。窓側の席――それも、いちばん後ろ。その隣に、空席があることに。

 そこには誰もおらず、誰かの席だったというわけではない。ただの空席なのだ。

 教師は夜凪がどこから来たのか説明している。躑躅は内心冷や汗をかきながら、肘を机の上にあてたまま視線をそらしている。


「斑鳩夜凪です。以後、よろしく」


 平坦な声で呟くようにこぼすと、ぱらぱらと拍手の音が聞こえてきた。


「じゃ、席は……おい、夜天光。なによそ見してるんだ。あの窓際の一番後ろの席が、きみの席だ」

「はい」


 凹凸のない声が頷く。

 ざわざわとざわめいている教室内の生徒たちの視線が突き刺さる。こういうのは、あまり好きではない。

 椅子が床をこする音が聞こえて、再び彼女は体を硬直させた。――しかし、夜凪はなにも言わなかった。なにも言わず、ただ引き出しの中に、用意されていた教科書をしまっている。

 躑躅はそっと安堵のため息をはき出して、次に始まる授業のために、筆箱と教科書を出した。


 予鈴が響く前、どっと夜凪のまわりに人だかりができる。予想はしていたが、やはりあまりいいものではない。必死に顔をそむけて、窓のそとを見つめた。


「ねえねえ、斑鳩くん。どこから来たんだっけ?」

「誕生日っていつ? もう過ぎちゃった?」


 (ご愁傷様ね……。というか、転校生くらいでこんなに人だかりができるものなのかしら。)


 心中でつぶやくも、決して口には出さない。目立ってはいけない。そうやって生きてきた彼女は、転校生に優しくするのも、この教室の中の生徒たちが彼に慣れてからだ――。そう、思っている。

 細々と答えている夜凪は、ふつうに会話しているようだ。――よかった、という思いが何故自分のなかに浮かぶのか分からず、口もとをすこしだけ、ゆがめる。


 やがて本鈴が鳴り響き、生徒たちは着席しはじめた。




 昼休み、朱音とその取り巻きが率先して夜凪を連れ、学校内を案内しはじめた。

 むろん、そこに躑躅はいない。だが、翠は気になるのか一緒に行ったようだ。

 躑躅は兄手製の弁当を食べ終え、ベランダへむかった。風が、透きとおったガラスのような空気が、躑躅の黒い髪の毛を遊ばせている。

 ベランダの柵に両肘をつけ、冷たく澄んだ風を見つめるように目を細めた。


「憎んではいけない、か」


 寒さに薄い色になったくちびるからこぼれ落ちたのは、思わぬ言葉だった。


「分かってるわ。お父さん、お母さん。私、憎んだりしない。あんなおぞましいものになりたくないから」


 日霊になったのだから、それくらい――。感情を押さえることだって、容易なはず。

 黒いまつげを伏せて、くちびるをそっと無意識に噛みしめる。


「夜天光」


 ベランダから転げ落ちそうなほど驚いたのは、久しぶりだった。そろそろと振りかえると、やはりその声の主は――斑鳩夜凪だった。

 扉の向こう側には、好奇の目でこちらを見ている女子生徒の視線がある。


「な、なに……?」

「言いづらい名字だな」

「……まあ、よく言われるわよ。あなたこそ、夜凪って言いづらい名前ね」

「よく言われる」


 彼はいつものように手ぬぐいで頭を隠し、学ランの第二釦まで外してシャツの下に、また藍紺のティーシャツをきている。


「ところで、用件はなに? 私が避けてたことくらい、分かっていたでしょ」


 あんまり、目立ちたくないのよ。と呟く。

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