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天雷を受け取った夜凪は、そのまま深緑色の布で刀をしばり、肩にかける。
エントランスで別れようとした躑躅だったが、夜凪にさえぎられた。
「な、なに?」
「これから、時間あるか?」
「あるけど……。なに?」
不審そうに見上げてくる躑躅は、眉をひそめている。
それはそうだろう。
数週間前にあれだけ言われたのだから。
「飯、奢る」
「はぁ?」
「前、夜天光の家で鍋馳走になったからな」
「私がお金出したわけじゃないわ」
それはそうだが。
そう言われてしまえば何も言えない。
黙っていると、躑躅は大きなため息をついて、夜凪を見上げた。
「まあ、仕方ないからおごられてもいいけど」
「そうか」
「ええっと、アンヘル? だっけ。そこ行きましょう。パスタ、気になってたの」
「わかった」
アンヘルへ行く道すがら、アンヘルのマスターは日霊のことを知っているのか、気になった。
尋ねると、知らない、とのことだ。
遠い親戚なら、当たり前だろう。
「そういえば、もう少しで春休みね」
「ああ。そうだな。日霊の仕事があるから、関係ないと思うが」
「……そうね。余計仕事まわされそう」
躑躅や夜凪のような、学生をしながら日霊のお役目をうけているひとはあまりいない。
本部から支部まで、ほとんどが万年人不足なので、学生でも日霊の資格があるのなら、学生でも本部や支部にかき集められる。
「すこしは学生らしく、長期休みを満喫したいけどね」
「まあ……分からないでもない」
「斑鳩くんは休みの日は何してるの?」
夜凪に何げなく聞いてみると、驚いたような顔をしていた。
「な、なに? なにか変なこと言った?」
「いや。興味ないのかと思った」
「私そんなふうにみられてたの」
そんなに興味ないように見えていたのだろうか。
躑躅とて、興味があるものはある。
たしかにそれは少ないのかもしれないけれど。
「心外だわ」
「……すまない」
「まあ、今日おごってくれるんだし、それでチャラにしてあげる」
笑ってみせると、夜凪もぎこちなくわらった。
喫茶店の看板には、たしかにアンヘル、と読めないでもない文字が木彫りで彫られていた。
マスターは躑躅のことを覚えていたらしい。
また来てくれて嬉しいよ、と笑ってくれた。
以前来たときと同じ席が空いていたので、そこに座る。
「おすすめはミートソーススパゲティか。じゃあ、これにする」
「分かった」
夜凪が手をあげ、やってきたマスターに注文する。
彼もミートソーススパゲティにするらしい。
「あと、コーヒーもふたつ」
「コーヒーはおまけしとくよ。きれいなお嬢さんと一緒に来てくれたし、親戚のよしみでね」
「ありがとうございます」
夜凪は表情をかえずに軽く会釈をした。
ほかの客はないようだったので、マスターも気をきかせてくれたのだろう。
「で、休みの日は何してるの?」
「ああ、……読書か、体力づくりだな」
「うっわぁ、健康的」
「おまえが言うか」
「私はあなたよりも日霊になってまだ二年だし。力をつけないといけないもの」
目の前に座っている夜凪は、頭痛をこらえるようにこめかみに手をあてた。
躑躅は休日はだいたい、庭で日霊の訓練をしている。
それを誇っているし、日霊のお役目を続けるためにも重要なことだと思っている。
「おまえは? 土日ずっと庭で素振りしているわけじゃないだろ」
「ちょっと、素振りなんて言わないでくれる? ……私もたまに本を読んだり、針持ったりしてるけど」
「針?」
「そう。裁縫。気に入っている服は日霊のお役目でよく裂いちゃうから。お母さんから小さいころから和裁は仕込まれていたし、独学だけど洋裁もできるし」
意外そうな表情をしている夜凪がいるが、躑躅自身でもこの性格で似合わないと思う。
そこでマスターがミートソーススパゲティをふたつ、持ってきてくれた。
とても、いいにおいがするし、おいしそうだ。
「いただきます」
フォークとスプーンをもって、早速スパゲティをくるくるとフォークに巻く。
「いた、だきます」
慣れないことばを使うように、夜凪も「いただきます」と言っていたのは、おそらく躑躅が目の前にいるからだろう。
一人暮らしで、自炊している彼には「いただきます」と言うことはなかった。
「おいしい!」
おもわず躑躅がカウンターにいるマスターを見上げると、彼も気づいたのか、にこりとほほ笑んでくれた。
「お兄ちゃんのよりおいしい!」
「……そうか」
それはそうだろうと思いつつ、夜凪も食べ進める。
躑躅はきれいな所作で食べているが、ひと口が大きいのか、あっという間に平らげていた。
「ごちそうさまでした。マスター、すごくおいしかったです」
「そんなに言ってくれるなんて嬉しいな。夜凪くん、いいお客さんを連れてきてくれたね」
「……いえ」
空になった二人分の皿をさげてくれたマスターは、本当にうれしそうだった。
「夜凪くん、ごちそうさま。おいしかったわ。今度お兄ちゃんもつれてくるわね」
「マスターも喜ぶ」
外に出て、すがすがしく笑った躑躅に、夜凪もすこしだけ笑んだ。
そういえば、夜凪が感情を派手に出すタイプではないことは知っているが、あまり笑わないことを知る。
べつに笑ってほしいとは思わないが、もったいないと思う。
笑えばもっとモテると思うのに。
「そこの……高校生か?」
ふいに、硬い声が聞こえてくる。
躑躅と夜凪が顔をあげると、警官二人がこちらを険しい表情で見ていた。




