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迅雷の日霊  作者: イヲ
第四章・シュンポーニアコールム・マギステル
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 天雷を受け取った夜凪は、そのまま深緑色の布で刀をしばり、肩にかける。

 エントランスで別れようとした躑躅だったが、夜凪にさえぎられた。


「な、なに?」

「これから、時間あるか?」

「あるけど……。なに?」

 

 不審そうに見上げてくる躑躅は、眉をひそめている。

 それはそうだろう。

 数週間前にあれだけ言われたのだから。


「飯、奢る」

「はぁ?」

「前、夜天光の家で鍋馳走になったからな」

「私がお金出したわけじゃないわ」


 それはそうだが。

 そう言われてしまえば何も言えない。

 黙っていると、躑躅は大きなため息をついて、夜凪を見上げた。


「まあ、仕方ないからおごられてもいいけど」

「そうか」

「ええっと、アンヘル? だっけ。そこ行きましょう。パスタ、気になってたの」

「わかった」


 アンヘルへ行く道すがら、アンヘルのマスターは日霊のことを知っているのか、気になった。

 尋ねると、知らない、とのことだ。

 遠い親戚なら、当たり前だろう。


「そういえば、もう少しで春休みね」

「ああ。そうだな。日霊の仕事があるから、関係ないと思うが」

「……そうね。余計仕事まわされそう」

 

 躑躅や夜凪のような、学生をしながら日霊のお役目をうけているひとはあまりいない。

 本部から支部まで、ほとんどが万年人不足なので、学生でも日霊の資格があるのなら、学生でも本部や支部にかき集められる。


「すこしは学生らしく、長期休みを満喫したいけどね」

「まあ……分からないでもない」

「斑鳩くんは休みの日は何してるの?」


 夜凪に何げなく聞いてみると、驚いたような顔をしていた。


「な、なに? なにか変なこと言った?」

「いや。興味ないのかと思った」

「私そんなふうにみられてたの」


 そんなに興味ないように見えていたのだろうか。

 躑躅とて、興味があるものはある。

 たしかにそれは少ないのかもしれないけれど。


「心外だわ」

「……すまない」

「まあ、今日おごってくれるんだし、それでチャラにしてあげる」


 笑ってみせると、夜凪もぎこちなくわらった。


 喫茶店の看板には、たしかにアンヘル、と読めないでもない文字が木彫りで彫られていた。

 マスターは躑躅のことを覚えていたらしい。

 また来てくれて嬉しいよ、と笑ってくれた。


 以前来たときと同じ席が空いていたので、そこに座る。

 

「おすすめはミートソーススパゲティか。じゃあ、これにする」

「分かった」

 

 夜凪が手をあげ、やってきたマスターに注文する。

 彼もミートソーススパゲティにするらしい。


「あと、コーヒーもふたつ」

「コーヒーはおまけしとくよ。きれいなお嬢さんと一緒に来てくれたし、親戚のよしみでね」

「ありがとうございます」


 夜凪は表情をかえずに軽く会釈をした。

 ほかの客はないようだったので、マスターも気をきかせてくれたのだろう。


「で、休みの日は何してるの?」

「ああ、……読書か、体力づくりだな」

「うっわぁ、健康的」

「おまえが言うか」

「私はあなたよりも日霊になってまだ二年だし。力をつけないといけないもの」


 目の前に座っている夜凪は、頭痛をこらえるようにこめかみに手をあてた。

 躑躅は休日はだいたい、庭で日霊の訓練をしている。

 それを誇っているし、日霊のお役目を続けるためにも重要なことだと思っている。


「おまえは? 土日ずっと庭で素振りしているわけじゃないだろ」

「ちょっと、素振りなんて言わないでくれる? ……私もたまに本を読んだり、針持ったりしてるけど」

「針?」

「そう。裁縫。気に入っている服は日霊のお役目でよく裂いちゃうから。お母さんから小さいころから和裁は仕込まれていたし、独学だけど洋裁もできるし」


 意外そうな表情をしている夜凪がいるが、躑躅自身でもこの性格で似合わないと思う。


 そこでマスターがミートソーススパゲティをふたつ、持ってきてくれた。

 とても、いいにおいがするし、おいしそうだ。


「いただきます」


 フォークとスプーンをもって、早速スパゲティをくるくるとフォークに巻く。


「いた、だきます」


 慣れないことばを使うように、夜凪も「いただきます」と言っていたのは、おそらく躑躅が目の前にいるからだろう。

 一人暮らしで、自炊している彼には「いただきます」と言うことはなかった。


「おいしい!」


 おもわず躑躅がカウンターにいるマスターを見上げると、彼も気づいたのか、にこりとほほ笑んでくれた。


「お兄ちゃんのよりおいしい!」

「……そうか」


 それはそうだろうと思いつつ、夜凪も食べ進める。

 躑躅はきれいな所作で食べているが、ひと口が大きいのか、あっという間に平らげていた。

 

「ごちそうさまでした。マスター、すごくおいしかったです」

「そんなに言ってくれるなんて嬉しいな。夜凪くん、いいお客さんを連れてきてくれたね」

「……いえ」


 空になった二人分の皿をさげてくれたマスターは、本当にうれしそうだった。


「夜凪くん、ごちそうさま。おいしかったわ。今度お兄ちゃんもつれてくるわね」

「マスターも喜ぶ」


 外に出て、すがすがしく笑った躑躅に、夜凪もすこしだけ笑んだ。

 そういえば、夜凪が感情を派手に出すタイプではないことは知っているが、あまり笑わないことを知る。

 べつに笑ってほしいとは思わないが、もったいないと思う。

 笑えばもっとモテると思うのに。


「そこの……高校生か?」


 ふいに、硬い声が聞こえてくる。

 躑躅と夜凪が顔をあげると、警官二人がこちらを険しい表情で見ていた。

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