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迅雷の日霊  作者: イヲ
第四章・シュンポーニアコールム・マギステル
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 躑躅が言っていたことばを思い出す。

 彼女の「好きな異性がいるのに」ということば。

 夜凪はべつに好きな異性はいない。

 けれど、依然「あるひとの命」が一番大事だ、と言ってしまったことで、余計な心配をかけていることに気づく。

 無意識に頭をかき、いたたまれなさに息をついた。

 その「あるひと」が躑躅のことだと言う気はないが。

 言ったら言ったで、憤慨しそうな躑躅だ。

 そんな彼女だから――。

 

「……」

 

 躑躅の背中が見えなくなると、ようやく夜凪も足を踏み出した。


 

 夜の町はつめたい。

 じき、春が来るのにまだ寒さは続いている。

 あと2か月もすれば、高校3年生だ。

 受験はないとはいえ、勉強も大事だということは分かっている。

 躑躅は両手で両腕をさすった。

 白い吐息が、夜の名歌町の空へ消えていく。


 バッグのなかから、慎重にくるんだかんざしを取り出す。

 いつの間にか手のなかにあったかんざし。

 そして、空からふりそそぐような女性の声。


「もしかすると、あの声が菊理……?」


 ぽつりとつぶやいても、声はない。

 けれど、ありえない話ではないだろう。

 遊糸が言っていた、躑躅に菊理の魂が宿っている、ということならば。

 かんざしをバッグにしまって、空を見上げる。

 躑躅の魂、というものはないのだろうか、と。

 そう考え始めたらきりがない。だれも分からないのだから、しかたないだろう。

 

 コンビニに寄り、適当にお弁当を買ってから、明かりのついていない家に入る。

 まっさきに暖房をつけて、台所にあるレンジにお弁当を入れた。


「……言いすぎたかな」


 夜凪に。

 けれど、後悔はしていない。

 だって。

 夜凪には、大切なひとがいるのだし。

 それは、躑躅ではないのだから。


「いや、言いすぎじゃない言いすぎじゃない」


 顔を軽く振って、温まったお弁当を取り出す。

 一人で夕食をとるのは、久しぶりだ。


 夜凪は一人暮らしだと聞いたから、彼もひとりで夕飯を食べているだろう。

 


『あなた。わたしの――。』

「え?」


 ふいに、声が聞こえてきた。

 やわらかな、女性の声だ。


「……菊理(くくり)……?」

『そう。わたしは菊理。ようやくわたしの名前を呼んでくれた。』


 彼女のほほえんだような声色に、躑躅も思わず顔がゆるむ。


荒魂(あらみたま)和魂(にぎみたま)浄化できる、勇気ある日霊。あなたに、祝福を差し上げました。』

「祝福……千里眼のこと?」

 

 上から声が聞こえているから、躑躅も顔をあげて話しているのだが、これを錦秋に見られては心配されてしまう。

 今、いなくてよかった。

 

『そう。わたしの魂を受け継ぐ子たちには、すべからく平等に。』

「菊理。あなたの声は、私以外のひとにも聞こえるの?」

『いいえ。結局はわたしは魂だけの存在。受け継いだ子のみにしか聞こえないの。』

「そう……」

『ふふ。大丈夫。そんな心配しないで。あなたが一人きりの時にしか聞こえないのだし。』


 菊理は躑躅の性格をよく分かっているようだった。

 実際、安堵したのが正直なところだ。


『あなたが、私の魂を継いだ子でよかった。』


 それはどういう意味なのかと聞いたけれど、もう菊理の声を聞くことはなかった。

 彼女に聞きたいことはたくさんあったのだけれど。

 それでも日霊の始祖である菊理に認められたようで、うれしい。

 

 それにしても、菊理の声を初めて聞いたとき、「あのひとの手をはなさないで」と言っていた。

 誰のことか分からないけれど、いずれ分かるときが来るのだろうか。

 ぼんやりしていたら、お弁当がさめてしまっていた。

 もう一度あたためて、かきこむように食べ終えた。




 百代が欠けてしまったことで、ひどく落ち着かない。

 ぼんやりとベッドに入って、天井を見上げる。

 夕方、アラミタマと戦っていたとき、躑躅のようすが少し、おかしかった。

 エントランスで問いただそうとしたが、はぐらかされてしまった。

 躑躅は、なにを見ていたのだろうか。

 覗き込むような目をしていたから、おそらく、何か見ていたのだろう。


「……なぜ」


 なぜ、知ろうと思うのだろうか。自分は。

 知らなくとも、守ることができる。

 知らなくとも、関係ない。

 だというのに。

 なぜだろう。

 夜凪はひとり、目を閉じて自身に問いかけた。


 それでも答えは出なかったが。




 それから数週間ほどたっただろうか。

 3月になり、寒さもあまり感じなくなるまで、夜凪と躑躅はアラミタマとの戦闘はなかった。

 全くなかったわけではない。

 伏やウイスタリアたちは無論、アラミタマと対峙していた。

 

 今日は夜凪の新しい刀が打ち終えた、と本部から連絡があったので、見に来たのだった。


「よく来てくれたわね。躑躅ちゃん、夜凪くん」

「堂元さん、斑鳩くんの刀は?」

「はいはい。すぐ案内するわ」


 夜凪よりも楽しみにしていそうな躑躅に遊糸は笑いかけて、技術部がある地下へむかった。

 技術部へとたどる道は、石でできた小道の両脇に玉砂利が敷かれ、時折植物が植えられている。

 そして、天井が高い。

 なぜなら、数メートルおきに赤い鳥居があるからだ。

 鳥居には幣もあり、神社のようにも見える。

 日霊にとって、神聖な場所だからだろう。


 技術部に通じる扉は、鶴と松、鳳凰と竹を扉全体に木で彫られている。

 菊理のかんざしと同じ意匠だ。


 遊糸が扉の取っ手に手をかける。

 がたん、と音をたてて、技術部への扉が開いた。

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