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迅雷の日霊  作者: イヲ
第四章・シュンポーニアコールム・マギステル
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「私が……菊理の魂を……?」

「ええ。そうとしか考えられないの。菊理が持っていたという赤い目。千里眼。その二つを併せ持っているのなら、間違いがないわ」


 遊糸は難しい表情をして、躑躅になおも告げる。


「ほかにも、何かあったのではない?」

「……はい。今日のアラミタマに、赤と白の光のようなものが見えました」

「そう。やはり、それは千里眼ね。間違いないわ。……けれど、これは私と躑躅ちゃん、そして伏くんだけの話にしましょう」

「平坂さん……ですか?」


 けれど確かに伏は、躑躅に菊理のことを話していた。

 だから、というわけではないが、彼が知らないままというのもおかしい話だから、なのかもしれない。


「彼は調べ物が得意でね。きっとすぐ口にしなくても分かってしまうことよ」

「そうみたいですね」

「あなたが菊理の魂を持っていたとしても、躑躅ちゃんは躑躅ちゃんよ。それを忘れないでね」

「……はい」


 執務室から出て、エントランスに入ると、ソファに夜凪が座っていた。

 こちらに気づいたのか、立ち上がる。


「待っててくれたの」

「あとで聞く、と言っていただろう」

「それはご丁寧にどうも」

 

 ため息をついて、夜凪を見上げた。お叱りを受けるようなことはしていないのだけれど。


「目の痛みは?」

「もうない。それより斑鳩くん、百代のことを心配したら?」

「俺がどうこうできる範疇を超えている。技術部に任せるしかないだろ」

「う……まぁ、そうだけど。けど、あんなアラミタマがいるなんてね」


 あんな、アラミタマを祓う武器を逆に飲み込むなんて。

 聞いたことがないし、金輪際会いたくもない。


「っ?」


 ふいに、頭にわずかな重みを感じた。

 それが夜凪の手だと知ったときに、何とも言えない感覚を覚える。


「……なに?」

「よかった」

「なにが?」


 夜凪はどこか安堵したような表情をしていた。

 それが、どこか痛い。

 なぜか、が分かるから。

 夜凪が大切にしているのは躑躅ではない。

 それなのに、夜凪は彼女に優しくしてくれている。

 くちびるをちいさく噛んで、目を伏せた。


「おまえが無事で」

「怒られるわよ。あなたの大切なひとに」

「……そんなことはない」


 なぜわかるんだろう。

 きっ、と、夜凪をにらみ上げる。

 手はすでに頭から退かれていたが、夜凪の目は躑躅を見下ろしていた。


「あのね。あなた、女の子の気持ちってのが分かってないんじゃないの」


 躑躅にもわからないけれど、日霊になる前までは、普通の女の子だった。

 ただ、母親から和裁を徹底的に教えられ、そして着付けも教え込まれていたため、年齢の割には手先が器用だったくらいだ。

 右手の人差し指を、夜凪につきつける。


「そういうつもりではないが……」

「そういうつもりじゃなくたって、相手はいやなのよ!」

「……おまえは?」

「?」


 夜凪はいたって普通に、こう言った。


「おまえは、いやなのか?」

「え? いや、そういうわけじゃなくて……。あなただって、好きな子がほかの男のひとにちょっかいされてたらいやでしょ。そういうことよ」

「……分かった」


 無表情にうなずいた夜凪は、ふいと顔をそむける。

 本当に分かってくれたのだろうか。

 肩に背負った凍華を無意味に背負いなおす。


「じゃあ、私帰るわね。……お昼食べ損ねちゃった」


 ぽつりと独り言をつぶやくと、スマートフォンが鳴った。

 画面を見ると、兄の錦秋からのようだ。


「もしもし? お兄ちゃん?」

「ああ、躑躅。今どこにいる?」

「本部よ。どうしたの?」

「そうか。急で悪いんだが、これからバンドの連中と隣県に行かないといけなくなったんだ。今日の夕飯は、作れそうもない」


 隣県。

 急だなと思うも、ライブにでも行くのだろう。


「分かったわ。コンビニのお弁当にしておくから、心配しないで」

「そういうわけだから、よろしくな」

「うん」


 スマートフォンをコートのポケットに入れて、久しぶりのコンビニのお弁当は何にしよう、と考える。


「……どうしたの? 帰らないの?」

「いや。昼飯、くいっぱぐれたな」

「そうね。でも仕方ないんじゃない? アラミタマが出たんだから」


 窓をみると、もう暗くなってきていた。

 昼食と夕食は同じになってしまうだろう。

 おなかが空いて、躑躅は思わずお腹をおさえた。


「おなか空いた……早くコンビニいこ……」

「まて、夜天光」

「なに? 私おなか空いてるんだけど」

「食べそこなったが、アンヘルに行くか?」

「アン……ヘル?」


 今日コーヒー飲んだところだ、と夜凪に言われて、ようやくあの文字の意味を知る。

 日本語で「天使」というらしい。


「……あのね。聞いてた? さっきの話。用もなくて好きな異性がいるのに、私と一緒にご飯を食べるのはどうかと思うわ!」


 夜凪から、ふい、と顔をそらし、エントランスから肩を怒らせながら出る。

 もう雪は降ってはいなかった。

 歩いていて、どうして私はこんなに怒っているのだろう、とふいに空しくなってくる。


「夜天光」

 

 後ろから、夜凪の声が聞こえた。


「わっ」


 ヒールの低いブーツが、かつんと音がして――視界が上に上がる。

 アスファルトが凍っていたのか、思わずぎゅっと目を閉じた。

 けれど衝撃はなく、代わりにあきれたようなため息を聞く。


「え……」

「まったく、おまえは。もう夜なんだから、道路は凍ってるだろう」

「う……っあ、ありがとう……」


 肩を抱かれておそるおそる、足をアスファルトにつけた。


「なんだか、よくあなたに助けられるわね」

「おまえがそそっかしすぎるんだ」


 ぐうの音もでない。

 ほおに流れた長い髪を指で梳いて、身なりを整える。

 

「錦秋さんは今日、いないのか」

「ええ。ライブで隣県に行ったわ」

「……ライブ?」

「お兄ちゃん、バンド組んでるのよ。全然有名じゃないけど」


 躑躅は細めのバングルの腕時計を見下ろして、再度おなかに手をあてた。


「じゃあ、また月曜日に」


 夜凪はなにか言いたげにしていたが、躑躅は無視して、自宅に向かった。

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