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迅雷の日霊  作者: イヲ
第四章・シュンポーニアコールム・マギステル
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 アラミタマの体内で、夜凪たちの刀が吸収されているという。

 そんなアラミタマは聞いたことがない。


「夜天光。おまえの凍華も喰われるかもしれない。堂元さんに連絡をしに行け。堂元さんなら、なにか対処法を知っているかもしれない」

「彼の言うとおりだ。堂元さんに報告を」

 

 躑躅は肩をふるわせて、その光景を見つめていた。

 それは怒りや憎しみといったものではなく。

 アラミタマに対する失望、かもしれない。

 

「ふざ……けるな。アラミタマが……私たちの唯一の武器を喰うなんて、絶対に許さない!」

「夜天光!!」


 目を見開き、凍華を握りしめる。


「え……?」


 ぐにゃり、と再度視界が揺れ動いた。

 そして、アラミタマの頭部部分に、白い、わずかな光がちらついている。


「これは……なに?」


 凍華の柄を握りしめたまま、茫然とその様子を見つめた。

 夜凪が躑躅の名を叫んだ直後、我に返る。


(――もしかすると、これは……)


 ちらつく光をめがけて凍華を握りしめ、つま先に力を入れた。

 ぴしり、と音がしてから、躑躅はその場から走り出す。

 軽い。

 凍華の軽さが、すさまじい。

 鞘から出さなかった凍華の重さは、八握剣と確かに同じだった。

 けれど、凍華を振るう時の力はその何倍も軽い。

 それでも、足は止まらない。前にもんどりうつように走った。

 

「夜天光!」


 夜凪の焦ったような声を聞こえるが、もう躑躅の足は止まらない。

 凍華を片手に持ち替え、軽さを活かして地面から飛ぶ。

 

 そして、白い光のある場所をめがけ、凍華を突き刺した。

 

 アラミタマの赤い目玉から、泥のようなものが落ちてゆく。

 そして空中でそれは霧のように消えた。


 徐々に空中に消えていくアラミタマから、それぞれの刀が吐き出された。

 夜凪の百代は、まるで鉄が溶けたように、ぼろぼろになってしまっている。

 

「夜天光。まったくおまえは……」

「……それは後で聞くわ。それより百代が……」


 夜凪が百代を見下ろす。

 無残にもかたちを失ってしまった百代は、ずっと彼のことを守ってくれていた。

 ほかの二人の刀も、ぼろぼろになってしまっている。


「こんなアラミタマがいるなんて」

「ああ。聞いたことがない」

「堂元さんに報告しないとな。きみたちも本部に一緒に行かないか?」

「……そうですね。分かりました。斑鳩くんは?」

「百代がこうだからな。俺も行く」

 

 遊糸に、報告しなければいけないことがある。

 先刻の光のことだ。

 赤い光としろい光。

 そして、まるで望遠鏡を覗くように見えた視界のこと。


 ぐっと手を固くにぎりしめて、睨むようにアラミタマが出現した校門を見つめた。


「……夜天光。大丈夫か」

「あ、うん……」

 

 夜凪は、ぼろぼろになった百代を鞘に押し込むように差し、布を巻き付けた。


「百代、直ればいいけど」

「まあ……無理だろうな。こんなに溶けていたら打ち直すのも無理だ」

「……そう」


 躑躅は悲しそうにまぶたを伏せた。

 吹雪がすこしずつ、やんできたようだ。躑躅のまぶたに、雪がほつりと落ちて溶ける。

 背負っている百代に、躑躅の手がふれた。


「せっかく、知り合えたのにね」


 残念そうにつぶやく。

 まるで、百代に言い聞かせるように。


「行きましょ。堂元さんに連絡しなきゃ」

「ああ」


 颯爽と日霊ふたりのあとをついていく彼女の髪に雪がちらちらと降り、落ちていく。

 きれいだと、思う。

 口には決してしないが。



 吹雪はじきやみそうになった時には既に、本部ビルについていた。

 玄関でコートについた雪をさっと払い、ビルの中に入る。


「おかえりなさい、躑躅!」


 ぱっと太陽のような笑顔で出迎えたのは、ウイスタリアだ。

 現金なやつだな、と男性の日霊は笑う。


「まあね。俺、躑躅のこと大好きだから。……って、あれ、どうしたの」

「これか……。アラミタマにしてやられた。詳しいことは堂元さんに報告する」


 欠けてしまった刀を見たウイスタリアは、ひどく険しい表情をして、遊糸がいる執務室へ入った。

 四人とウイスタリア、そして遊糸が執務室に入っても、まだ広い部屋。

 えんじ色のソファに六人が座り、報告をする。


「なるほどね……。そんなアラミタマが」

「堂元さん、私の凍華は無事だったけれど、斑鳩くんたちの刀が」

「それは問題ないわ。打ち直しができなければ、新しく作るように技術部に伝えるから」

「ありがとうございます」


 なぜ躑躅が礼を言うのか、と思うが、自分の命を預ける相棒のようなものを大切にするのは当然なのかもしれない。


「……これは、本部だけでなく支部にも報告しなければいけないわね。奇形のアラミタマとして」

「堂元さん」

「なにかしら、ウイスタリア」

「俺、先に技術部に行って、3振を早々に打ってもらえるように頼んできます」

「助かるわ。お願い」


 ウイスタリアは一度、躑躅を見てから、ソファから立ち上がった。

 遊糸はこめかみに指をあてたあと、決心したようにくちびるを開く。

 

「ねえ、躑躅ちゃん。あなたの凍華、どうだった? 率直な感想を聞きたいの」

「そうですね……。すごく、軽かったです。だから、踏ん張りがきかないというか。まだうまく使いこなせないです」

「軽い……。そう。軽い、か……」


 思い当たるふしがあるのか、遊糸はひとり、うなずいていた。


「それは慣れてもらうしかないわね。悪いけれど」

「いえ、大丈夫です。慣れたらきっと、凍華は力になってくれると思いますし」

「そう。分かったわ。慣れるまで大変だと思うけれど、よろしくね」

「はい。それから……あの、堂元さん。すこし、二人だけで話をしたいことがあって」


 夜凪とそのほかの二人は顔を見合わせ、席を外してくれた。


 躑躅の表情を見ると、あまりよくない報告なのかもしれない。

 えんじ色のソファにすわった躑躅は、そっと目に手をあてると、こう話した。


「また、目のことなんですけれど……アラミタマを遠くから望遠鏡を覗いたように見えたんです」

「……遠くから? どれくらい遠くからなのかしら」

「500mくらい、だと思います。その場所から、急に目が痛くなって……アラミタマの数と、日霊の数がはっきりと見えました」


 遊糸はくちびるに指をあてて、悩んでいるようだった。

 なにかを知っているのだろうか。


「躑躅ちゃん。伏くんに聞いたわよね? 菊理のことを」

「あ……はい。平坂さんから聞いています」

「神代の時代から生きてきた人間。けれど、肉体はないの」

「肉体がない……人間ですか?」

「ええ。これは最近分かったことなのだけど、菊理は人間の魂をもって、存在している」


 神代の時代から生きている人間とは、そういうことだったのか。

 魂が人間ならば、それは人間として生きている。

 めちゃくちゃな言い分だが、遊糸はうそをつく必要はないのだし、それが真実なのだろう。


「躑躅ちゃん。あなたは菊理の魂を持っているのよ」

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