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迅雷の日霊  作者: イヲ
第一章・シークレット・ステーション
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――私は何も知らないもの。


 そう言ったのは、一体何年前だっただろう。

 そう言えば許されると思わなくなったのは、2年前だろう。両親が殺された、あの日。

 知らなければ納得できないと思い、それさえも諦めなければならなかったと知ったのは1年前。相手は影も形もない、荒ぶる魂、アラミタマだ。

 それを憎んだとしても、また新しいアラミタマを生み出し、人が死んでいくだけ――。


「……」


 ぐっとくちびるを噛んで、前を向く。感傷に浸っていても、なにも物事は進まない。

 (私は、前に歩くと決めたのに。)


「……あれ?」


 ふいに、歩く足が止まる。ビルとビルの間、グレーの影が落ちる場所に、覚えのある姿が見えた。彼は藍色の手ぬぐいで頭を巻き、ぼうっと突っ立っている。何をしているのだろう――。躑躅はその影が落ちる場所につま先を落とした。


「誰だ」


 鋭い、まるでナイフのような声。躑躅はどきりとして、おもわず後ずさる。胸に手をあてて、深紅のスカーフを握りしめた。


「今朝はどうもありがとう。おかげで、お尻にたんこぶをつくることもなかったわ」

「あ?」


 不審そうに彼が振りかえると、手ぬぐいの下の目がかすかに見開く。黒く、革のような光沢をもったロングコートのポケットに手を突っ込んでいる少年――いや、少年と呼ぶには、ほんのすこしくたびれたような顔をしているのだが、鋭い視線で、じっと躑躅を見据えた。


「ああ――おまえか」

「そうよ。夜天光躑躅っていうの。あなたは?」

「……斑鳩だ」


 ぼそりと答え、彼はポケットに手を入れたまま躑躅の横を通り過ぎていく。


「なにをしていたの」

「別に」


 すこし猫背ぎみに歩く斑鳩は、躑躅の顔を見ることもなく短く答えた。ふうん、とうなずくが、それ以上彼が何かを喋ることはなく、目抜き通りのあたりで分かれた。

 大人しいのか、それともぶっきらぼうで冷めているだけなのか、躑躅にはいまいち分からなかったが、縁があればまた出会えるだろう。


あそこにはなにもなくて、ただの寂しい場所なのに。


「まあ、私には関係ないか」


 いつものように呟いて、家へとむかう。今夜のために、すこし休んでおかなければならない。

 しばらく歩いていると、ダッフルコートのポケットに入っているスマホが振動する。

 発信先は「木の鶏」本部だ。躑躅は眉をひそめたが、すぐに耳元にあてる。スピーカーからは、透明なガラスのような、繊細な声が聞こえてきた。


「もしもし。躑躅ちゃん、こんにちは。わたしのこと、分かるわね?」

「ええ、分かります」


 相手は躑躅が所属しているグループのなかの長だ。名前を、堂元遊糸という女性で、40歳だというのにまだ現役で前衛に出ている。

 彼女は、今夜のことを知っているのだろうか、神妙な声で「気をつけてね」と囁いた。


「はい。それで、連絡とは?」

「まあまあ、せっかちさんね、相変わらず。バディーのことなのだけど」

「バディー? 今夜は二人で?」

「ええ。そういうこと。待ち合わせ場所は名歌駅前。お相手は――あ、あなたとおなじ年の男の子よ。よかったわね!」


 うれしそうに弾んでいる声。

 なにがうれしいのか分からず、はいはいと適当に流す。そして、名前を聞いたときにもう一度聞き返してしまった。


「斑鳩?」

「ええ、そうよ。斑鳩夜凪くん。どうかした?」

「あ、いえ。なんでもありません。じゃあ、今夜9時に、名歌駅前ですね?」

「ええ。よろしくね」


 電話を切り、ほんのすこし思考する。

 斑鳩。先刻の人も斑鳩と言っていた。その名字はこのあたりではとても珍しい。もしかするとあの人ではないかと思うが、9時まで待たなければ真相は分からない。


 家に着き、早速ストーブをつけてこたつのなかに入る。やはり、こたつは素晴らしい。こたつがある時代に生まれてきて良かった。

 テレビをつけて、制服のまま横になる。

 兄によくしわになるから止めなさいと言われているが、しったこっちゃない。帰ってきたら脱げばいいのだ。

 テレビは、やはりニュースしかやっていなかった。それも、連続殺人の話題でもちきりのようだ。男が警察を非難したり、偉そうなことを言っている。

 こたつの上にあるみかんを片手でとって、剥き、ひとつずつ食べる。甘くておいしいが、少し古くなってしまっているようで、皮がしわになってしまっていた。

 味には関係ないからいいのだけど。


「警察も大変ね……」


 ぼんやりと連続殺人事件のニュースを見ていると、窓に兄の姿が映っていた。まずいと思い、こたつから這い上がって座布団のうえに座る。


「ただいま」

「おかえり。今日は早かったね」

「おう。今日だろ?」

「え、なんで知ってるの」

「堂元さんから電話があった」


 あの人も、心配性というか何というか。――彼女は子どもを亡くしているからだろう。躑躅と同じような年齢の子どもがいたらしい。10年前、アラミタマに殺されてしまったとも聞く。


「じゃあ、お兄ちゃん。何かスタミナつくものお願い!」

「おう、任せとけ」


 にやりと笑い、スーツにエプロンをつけた。兄は料理が好きで、しかもおいしい。躑躅は残念ながら料理の才能は全くなく、すべて兄に任せきりだった。

 台所から、おいしそうなにおいが漂ってくる。

 躑躅はテレビを見ながら、そっとため息をはき出した。

 戦うことは、怖い。

 おのれの武器は、実物的なもの――日霊用に開発された模造刀である。無論、刃は偽物で、人間にはなにも効果はない。

 アラミタマしか斬れぬ代物だ。どうやって造っているのか分からないが、とても高価なことだけは確かである。

 躑躅はこたつから抜けだし、神棚のある床の間へ向かう。


 刀掛けの上に、躑躅のために造られた刀――「八握剣(やつかつるぎ)」が置かれている。仰々しく、無垢の木で創作された刀掛けは、父の代からのものだ。


「……今日も、行ってくるよ。お母さん。お父さん。だから、どうか見守っていて」


 刀掛けの前に正座した躑躅は、その上に置かれている八握剣の柄を掴み、絹の風呂敷に包んで、肩にかけられるように縛る。



「躑躅、夕飯作ったぞ! 今日はとんかつだ!」

「やった! 今行く!」


 仏間にある父と母の遺影が笑っていた。


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