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迅雷の日霊  作者: イヲ
第四章・シュンポーニアコールム・マギステル
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 謝りたいことがある、と、夜凪はいった。

 

「おまえに、日霊をやめたほうがいいって言ったことだ」

「……あぁ」


 躑躅は苦笑いをして、白いほおを指先で掻く。


「あれね。べつに構わないわよ。だって、日霊をやめるやめないは、私の意志だもの」

「……だが」

「いいの。結局はやめないんだから。いいじゃない」

 

 そんなことを気にしていたの、と、躑躅が笑った。

 肘をテーブルについて、はめごろしの窓を見上げる。

 粉雪だろうか。ちらちらと雪が降り始めていた。


「そんなこと、気にしていたの?」

「そんなこと、か」

「そうよ。そんなこと。私が気にしていないっていうんだから、いいの」

「お待たせしました」

 

 マスターが、コーヒーを持ってきてくれて、テーブルの上に置く。

 きれいなカップとソーサーだった。

 カップには、藍色で花が描かれている。まるで、手作りのように見えた。


「このカップ、もしかしてマスターが作ったんですか?」

「あ、分かった?」


 マスターは、すこし照れたように笑ってから、うなずいた。

 彼の話によると、趣味で陶芸教室に通っているらしい。

 最近ようやくましなものを作ることができたので、店に出すようにしたという。


「へえ、いいですね。私、こういうの好きです」

「ありがとう。躑躅ちゃん、っていったかな。今、器の練習をしているんだ。また来た時には、見せたいな」

「器、ですか?」

「そう。うちはパスタも出しているんだ。その器も自分で作れたらなって思ってね」


 マスターがカウンターに戻ったあと、夜凪はすこし言いづらそうに、こう呟いた。


「ここのパスタは、うまい」

「そうなんだ。マスターがいたときに言えば、マスター喜んでくれたのに」

「残念ながら、そういう性分じゃない」

「そうだった」


 くすり、とわらった躑躅は、角砂糖を一つ入れてからコーヒーをひと口、飲む。

 木の鶏で飲んだコーヒーと、味が違う。

 豆が違うのだろうけれど、とてもおいしい。


「おいしい」

「ああ」

「そういえば、お昼どうするの? ここで食べる?」

「そのつもりだ」


 メニューを見ると、パスタの種類はとても豊富だった。

 おすすめ、と書かれているのは、ミートソーススパゲティ。


「……斑鳩くん」


 メニューを見ながら、ぽつり、とつぶやく。


「他になにか、言いたいことがあるんじゃないの」

「……そうだな。おまえの戦い方に意見するつもりはないが、もう少し自分の身を守るような戦い方をしたほうがいいと思うが」


 カラーコンタクトレンズをしている躑躅の目が、数回、またたきをした。

 何を言っているのか分からないわけではない、という表情もしている。


「まぁ……そうね。凍華ももらったし、鞘も十分な出来だったし。……あ」

「なんだ?」

「そうだ。平坂さんから凍華をもらったときに、私の目のことも教えてくれたの」


 伏から聞いた菊理(くくり)のことを、夜凪に話す。

 神代の時代から生きているという人間のことを。

 そして、彼女こそが日霊の始祖だということも。

 

「……にわかには信じがたい話だが」

「でも平坂さんは別に嘘をついているようではなかった」

「嘘をついても無意味だ。まあ、本当のことなんだろうな」


 夜凪はそっと息をついて、コーヒーを飲む。

 再度はめごろしの窓を見上げると、すこし吹雪いているようだ。


「根本的な原因はまったくわからないんだけどね……」

「そう簡単に原因は見つからないだろう。ただ、体に影響がなければいい」

「そうね。心配してくれてありがとう」

「……あぁ」


 躑躅は目を軽く見開く。

 今日の夜凪はなんだか素直だ、と思う。

 けれど彼はまったく気づいていないのだけれど。


「ふふ」

「?」

「なんでも」


 カウンターを見ると、いつの間にか男女の客が席についていた。

 おそらく、カップルだろう。楽しそうに話をしている。

 

「そういえば斑鳩くん。どうしてここを知っていたの? マスターと顔見知りみたいだったけど」

「ああ……。マスターは俺の遠い親戚だ」

「へぇ、そうだったんだ」


 うなずいた夜凪は、表情を変えずにコーヒーを見下した。

 この喫茶店は常連客は多いが、新規客は少ないという。

 確かに、入ってきた男女もマスターと親しげにしている。


「いい雰囲気ね。木の鶏とも感じ違うけど、私、ここ好きよ」


 ほほえむ躑躅から、目をそらす。なにか、いけないものでも見たような気がしたからだ。

 彼女は気づいていないが、夜凪はこぶしを軽く、握りしめる。

 

 ふいに、バッグの中に入っているスマートフォンが振動した。

 そして、同時に躑躅のスマートフォンも鳴る。

 嫌な予感しかしないが、電話に出ると焦った様子の遊糸の声が聞こえてきた。


「夜凪くん? 学校お休みなのにごめんなさいね。アラミタマが、学校近くに出たの。悪いけれど、向かってくれる? 躑躅ちゃんにも連絡はいっているはず。躑躅ちゃんと合流してから向かってほしいの」

「はい。ただ、今は外に出ているので、百代を取りに行ってからになりますが」

「分かったわ。よろしくね」

「……強いんですか?」

「ええ。今、何人か行っているけれど、すこし手こずっているみたい」


 まだ躑躅が電話をしているところを視界で認めてから、了解しました、と電話を切る。

 昼前になっているが、大丈夫だろう。

 それほど、腹は減っていない。


「――えぇ。分かったわ。ちょっとウイスタリア、もう切りたいんだけど……。あっ」


 夜凪は呆れたような息をついて、躑躅のスマートフォンを取り上げた。


「すぐに行く。もう切るぞ」

「えっ誰……あ、斑鳩夜凪!? ちょっと、躑躅と話してたんだけど!」


 無理やり切って、そのままスマートフォンを躑躅に返す。

 彼女はあきれたような表情で、受け取った。

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