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迅雷の日霊  作者: イヲ
第三章・アヴェグ・トワ
33/54

20

「……まあ」


 休み時間のようだ。

 ゆっくりと顔をあげる。

 躑躅はというと、ノートと教科書、そして右手にシャープペンシルを握りしめたままだ。

 手に持ったままだったシャープペンシルを筆箱にしまい、ノートと教科書も机のなかにしまう。


「これじゃ、勉強どころじゃないわ」

「少し教室出るぞ。堂元さんに昨日の調査の結果も聞きたい」

「……そうね。仕方ない、か」


 携帯をもって、階段をのぼった先にある、もう使われていない理科準備室へ入る。

 カーテンがしめられたまま、教室内は薄暗い。

 しかも、ほこりっぽい。


「この教室、なんか臭くない?」

「空き教室はここだけなんだろ」

「そうだけど」


 指でなでるとあとがつきそうな椅子に座る。


「……堂元さんに聞いてみましょ」

「そうだな」

「……ん?」

  

 だれも来ないはずの理科準備室の前に、誰かの気配がする。

 それも、数人。


「……見張られているんじゃない」

「そうみたいだな」

「ひまね」

「どうする」

「どうするも、こんなところでヒソヒソ話してたら余計怪しまれるでしょ。堂元さんに電話するのは放課後ね」

「分かった」


 ほこりっぽい肘を机について、あごに手を当てる。


「あなたが来てから、なんか余計目をつけられるのよね」

「……そうか」

「まあ、いまさらだけど。……ほこりっぽいところにずっといても仕方ないわね。行きましょう」


 わざと椅子を鳴らしながら立ち上がる。

 これくらい大きな音を出せば教室の前にいるであろう生徒も気づくだろう。

 

「行かないの」

「今、いく」


 思ったとおり理科準備室を出ると、生徒たちはいなかったが、階段を駆け下りる音はした。

 それを聞きとげるように立ち止まったままの躑躅は、再び息をつき、こうつぶやいた。


「私、なんで戦っているのか分からなくなってきたわ」

「分からなくもない」

「……でも、私にはこれしかない」

「生きる目的がなんであれ、それ(・・)があることは、別に悪いことじゃない」

「――そうね。斑鳩くん」

「?」

「ありがとう」


 躑躅はそれだけ早口に言い残すと、颯爽と階段を下りていった。


「俺は」


 たぶん、もう、否定しない。

 躑躅が「そう」あるならば。

 夜凪も、たぶん「そう」あるべきなのだろう、と。


 彼も躑躅と同じように、教室へもどるべく階段を下りていった。




 教室にもどると、やはり視線のようなものがつきささる。

 波のようにゆらいでいるのは、そのままだ。

 だがその悪意のようなものは、徐々に強まってきている気がする。

 

 躑躅は息を殺すようにくちびるに手のひらをあてた。

 冷や汗がでる。

 このまま呼吸が止まって死んでしまうような気さえして、躑躅はちいさく呻いた。

 ごまかすように咳をする。


 教師の声がとおい。

 このままでは――、

 

「先生」


 がた、という音と一緒に、夜凪の声が静かな教室に響いた。


「夜天光が具合が悪いようなので、保健室に連れて行ってもいいですか」

「大丈夫ですか、夜天光さん」


 男性の教師の声がゆがんで聞こえる。

 躑躅の視界は、すでに灰色になっていた。

 意識を失いそうで、失わない、そんな曖昧な視界だ。

 肩を担がれたような気がしたが、実際はどうなのか分からない。



 

 ああ、こんなときに――、

 凍華があったら――、

 この手に、



「あら。ええっと……斑鳩くん、だったかな」

「はい。こい……夜天光が、具合悪そうなので」

「悪いけれど、ベッドに寝かせてくれる?」

 

 校医の女性は椅子から立ち上がり、ベッドに横たえた躑躅の顔を見下ろした。


「夜天光さん、聞こえる?」


 校医の呼びかけになんの反応もないが、呼吸は正常のようだった。

 荒くもない。

 ただ、目を覚まさない。

 眠っているだけなのだろうか、と思うほどに。


 血圧を測っている校医の背中を見ていると、ここでは「あの」不愉快な視線がないことに気づく。

 やはり――あのクラスに、問題があるのだろう。

 それが本当ならば、おそらく、クラスの生徒の誰かにアラミタマが憑いている。

 それも、厄介なアラミタマだ。

 日霊がいると分かっていても、襲ってこない。

 ただ、まるで観察するかのように、じっとしているだけだ。


「脈も血圧も正常。ただ、眠っているだけでしょう。そのうち目が覚めるはず」

「……そうですか」

「斑鳩くんは戻りなさい。あとは大丈夫だから」

「いえ、もう授業も終わりそうですし、ここにいます」

「そう。じゃあ、彼女の様子をすこし、見てあげていて」

「分かりました」


 白いカーテンをひいて、校医は自分のデスクに戻ったようだった。

 躑躅の呼吸音が響く。

 夜凪はただ、それを聞き、目を閉じている顔を見下ろす。



――人としての何かが、欠けている。


 伏は以前、そう言った。

 強く否定することができなかった自分は、ひどい人間だろうか。


 もし、

 あのとき。

 そんなことはない、と言えていたら、なにか違っただろうか。

 その欠けたなにかを探すことが自分の役目だと言われたとき、あんなことを言わなかったら。

 自分が本当にしたいことを、分かっていれば。


 なにか。

 なにか、違ったか?

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