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迅雷の日霊  作者: イヲ
第三章・アヴェグ・トワ
32/54

19

 こうして、食事をだれかと共にするのは、何年ぶりだろうか。

 学校でも、ひとりだった。

 女子生徒から、何度か昼に誘われたが、断った。

 ひとりでもいい、と、そう思っていた。


「寒いから、キムチ鍋。鶏団子いりだぞ。あと、ほら、ひじき」


 鍋を持った錦秋と、お盆にひじきと白米をのせた躑躅が立っている。

 鍋敷きの上に鍋を置き、躑躅が茶碗を夜凪にわたす。


「ありがとう、ございます」

「じゃあ、食うか。あ、夜凪くん。つめたい緑茶とあったかい緑茶あるけど、どっちがいい?」

「どちらでも」

「お兄ちゃん、あったかいのがいいー」

「はいはい、分かったよ」


 南部鉄器の急須で、湯呑にそそぐ。

 湯気がゆっくりと、のぼっていった。


 湯呑をみっつ。

 取り皿も、茶碗も、ひじきが入った小鉢も。

 みっつ、だ。


「じゃ、いただきます」


 錦秋も、躑躅も手をあわせている。

 病室で、「いただきます」と「ごちそうさまでした」は、当たり前だと言っていたことを思いだす。


「いた、だきます」


 ぎこちないことこの上ない。

 だが、このきょうだいは、顔を見合わせて笑った。


「鍋、久しぶり」

「まぁな。けど、ふたりで鍋ってのもさみしいだろ。夜凪くん、遠慮なく食べてくれよ」

「はい」


 ぐつぐつと煮立っている鍋のなかは、やはり躑躅の好みなのか、肉が多い。

 鶏団子、豚肉が、野菜よりも圧倒的に多かった。


「夜凪くん、きみがいてくれてよかった」

「――え?」

「だってほら、躑躅はこんな性格だろう? 向こう見ずで、すぐに突っ走って、怪我をする」

「ちょっと、お兄ちゃん!」


 肉を咀嚼してから、躑躅の怒号が飛ぶ。

 けれど錦秋はかまわずに、こうも続けた。


「でも、いい子なんだ。とても、いい子なんだ。だから夜凪くん。これからも、躑躅の相手をしてやってくれないか」

「……俺で、いいんですか」


 躑躅は黙ったまま、わずかに赤くなった顔をふせて、またも肉を頬張っている。

 俺でいいんですか、という問いに、錦秋はかすかに笑った。


「兄である俺がいうのもなんだけど、躑躅はあんまり友達付き合いっていうのがなくてさ。きみが、相手をしてくれたら安心だから」

「お兄ちゃん、やめてよ、もう。私はべつに、友達も親友もいなくてもいいし……。あ、でも、でもね、斑鳩くんが友達になってくれたら、それは、うれしいかなって。そう思うだけよ……」

「べつに、俺はかまわない」


 ありがとう、と、躑躅は照れくさそうに笑った。

 その笑みは、いつも表情にあまり出ない躑躅の、年相応の笑みだった。



 そのあとは何ともないような話をして、鍋を食べた。

 こういう話をしあうのは、今まであまりなかったからか、夜凪はほとんど聞き役に徹していた。


 あたたかい、とおもう。


 体感的に、ではなく。

 こころが。


「……ごちそうさまでした」

「斑鳩くん、おいしかったでしょ? お兄ちゃんのお鍋」

「ああ」


 錦秋はほとんどからになった鍋をもって、洗い物をしている。


「……おまえは、よく食うな」

「だって成長期じゃない。日霊の仕事もあるし、食べないと、力つかないでしょ」

「そうだな」

「それともなに……? 私が太ってるっていいたいの?」

「そ、そんなことは言ってないだろう!」

 

 思わず大声を出してしまったが、躑躅はそれを面白そうに笑っていた。

 からかわれたのかもしれない。


「あ、夜凪くん。これ、持って行ってくれないか。煮物なんだけど、作りすぎちゃってね」

「ありがとう、ございます」


 ビニール袋に入ったタッパーを渡され、鞄にいれる。

 時計をみると、もう8時になろうとしていた。

 そろそろ、帰らなければいけない。


「じゃあ、俺はこれで。……ごちそうさまでした」

「また、おいで。二人ぶん作るのも、三人ぶん作るのも同じだからね」

「――ありがとうございます」


 玄関先で、きょうだいに見送られる。

 また、と言った。

 また、きてもいい、と。

 「また」という言葉。

 信じてしまう。


 躑躅はしらない。

 アラミタマに襲われた2人の両親を、見殺しにした夜凪の父親のことを。

 だが、遊糸は言っていた。

 関係ない、と言うだろうと。

 そういう子だ、と。

 まだそうそう会って、時間がたっていない夜凪でも、なんとなく、だが。

 そういうひとなのだと、分かる気がする。


「……俺は」


 どうすればいいか。

 それは、どうすべきか、ということとは違う。


 自分で、決めることなのだろう。

 決めなければいけないことのはずだ。


 なら――いまは。

 強くならなければいけない。

 いや。

 強く、なりたい、と思う。

 せめて彼女のことを、守ることができるくらいには。


 こんなことを思っては、躑躅に怒られるだろうが。




「おはよう、躑躅」

「ああ、おはよう。翠」

 

 右目の傷は、隠せない。

 目の色はカラーコンタクトをしているから、凝視されなければ、すぐにはばれないはずだ。


「……っ!」


 背筋に冷たいものが触れたような、不快感が一瞬、躑躅を襲った。

 後ろを見るも、なにもない。

 いや、生徒はもちろんいるのだが、アラミタマのような、そういった存在は見当たらなかった。


(そういえば、昨日も――。調査はどうなったんだろう。)


「躑躅? どうしたの」

「あ、ううん。なんでも……」


 席につくが、やはり違和感はぬぐえない。

 波のように、強くなったり弱くなったりしている。

 授業中もそうだ。

 こちらを悪意がある視線でじっと見つめているような。


 となりの席の夜凪も、わずかに顔が強張っている気がする。

 昨日の調査の結果は聞いていないが、解決はしていないのだろう。


 授業の内容が頭に入ってこない。

 黒板の文字をノートに書き写すことも、できない。

 シャープペンシルを無意味に右手で持つだけで。

 身体も固まって動かない。

 あきらかに、昨日よりも濃い。


「――夜天光」


 はっと顔をあげる。

 あごから、冷たいしずくが机に落ちたときだった。

 夜凪がこちらを見下ろしている、と感じたのは。


「大丈夫か」

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