19
こうして、食事をだれかと共にするのは、何年ぶりだろうか。
学校でも、ひとりだった。
女子生徒から、何度か昼に誘われたが、断った。
ひとりでもいい、と、そう思っていた。
「寒いから、キムチ鍋。鶏団子いりだぞ。あと、ほら、ひじき」
鍋を持った錦秋と、お盆にひじきと白米をのせた躑躅が立っている。
鍋敷きの上に鍋を置き、躑躅が茶碗を夜凪にわたす。
「ありがとう、ございます」
「じゃあ、食うか。あ、夜凪くん。つめたい緑茶とあったかい緑茶あるけど、どっちがいい?」
「どちらでも」
「お兄ちゃん、あったかいのがいいー」
「はいはい、分かったよ」
南部鉄器の急須で、湯呑にそそぐ。
湯気がゆっくりと、のぼっていった。
湯呑をみっつ。
取り皿も、茶碗も、ひじきが入った小鉢も。
みっつ、だ。
「じゃ、いただきます」
錦秋も、躑躅も手をあわせている。
病室で、「いただきます」と「ごちそうさまでした」は、当たり前だと言っていたことを思いだす。
「いた、だきます」
ぎこちないことこの上ない。
だが、このきょうだいは、顔を見合わせて笑った。
「鍋、久しぶり」
「まぁな。けど、ふたりで鍋ってのもさみしいだろ。夜凪くん、遠慮なく食べてくれよ」
「はい」
ぐつぐつと煮立っている鍋のなかは、やはり躑躅の好みなのか、肉が多い。
鶏団子、豚肉が、野菜よりも圧倒的に多かった。
「夜凪くん、きみがいてくれてよかった」
「――え?」
「だってほら、躑躅はこんな性格だろう? 向こう見ずで、すぐに突っ走って、怪我をする」
「ちょっと、お兄ちゃん!」
肉を咀嚼してから、躑躅の怒号が飛ぶ。
けれど錦秋はかまわずに、こうも続けた。
「でも、いい子なんだ。とても、いい子なんだ。だから夜凪くん。これからも、躑躅の相手をしてやってくれないか」
「……俺で、いいんですか」
躑躅は黙ったまま、わずかに赤くなった顔をふせて、またも肉を頬張っている。
俺でいいんですか、という問いに、錦秋はかすかに笑った。
「兄である俺がいうのもなんだけど、躑躅はあんまり友達付き合いっていうのがなくてさ。きみが、相手をしてくれたら安心だから」
「お兄ちゃん、やめてよ、もう。私はべつに、友達も親友もいなくてもいいし……。あ、でも、でもね、斑鳩くんが友達になってくれたら、それは、うれしいかなって。そう思うだけよ……」
「べつに、俺はかまわない」
ありがとう、と、躑躅は照れくさそうに笑った。
その笑みは、いつも表情にあまり出ない躑躅の、年相応の笑みだった。
そのあとは何ともないような話をして、鍋を食べた。
こういう話をしあうのは、今まであまりなかったからか、夜凪はほとんど聞き役に徹していた。
あたたかい、とおもう。
体感的に、ではなく。
こころが。
「……ごちそうさまでした」
「斑鳩くん、おいしかったでしょ? お兄ちゃんのお鍋」
「ああ」
錦秋はほとんどからになった鍋をもって、洗い物をしている。
「……おまえは、よく食うな」
「だって成長期じゃない。日霊の仕事もあるし、食べないと、力つかないでしょ」
「そうだな」
「それともなに……? 私が太ってるっていいたいの?」
「そ、そんなことは言ってないだろう!」
思わず大声を出してしまったが、躑躅はそれを面白そうに笑っていた。
からかわれたのかもしれない。
「あ、夜凪くん。これ、持って行ってくれないか。煮物なんだけど、作りすぎちゃってね」
「ありがとう、ございます」
ビニール袋に入ったタッパーを渡され、鞄にいれる。
時計をみると、もう8時になろうとしていた。
そろそろ、帰らなければいけない。
「じゃあ、俺はこれで。……ごちそうさまでした」
「また、おいで。二人ぶん作るのも、三人ぶん作るのも同じだからね」
「――ありがとうございます」
玄関先で、きょうだいに見送られる。
また、と言った。
また、きてもいい、と。
「また」という言葉。
信じてしまう。
躑躅はしらない。
アラミタマに襲われた2人の両親を、見殺しにした夜凪の父親のことを。
だが、遊糸は言っていた。
関係ない、と言うだろうと。
そういう子だ、と。
まだそうそう会って、時間がたっていない夜凪でも、なんとなく、だが。
そういうひとなのだと、分かる気がする。
「……俺は」
どうすればいいか。
それは、どうすべきか、ということとは違う。
自分で、決めることなのだろう。
決めなければいけないことのはずだ。
なら――いまは。
強くならなければいけない。
いや。
強く、なりたい、と思う。
せめて彼女のことを、守ることができるくらいには。
こんなことを思っては、躑躅に怒られるだろうが。
「おはよう、躑躅」
「ああ、おはよう。翠」
右目の傷は、隠せない。
目の色はカラーコンタクトをしているから、凝視されなければ、すぐにはばれないはずだ。
「……っ!」
背筋に冷たいものが触れたような、不快感が一瞬、躑躅を襲った。
後ろを見るも、なにもない。
いや、生徒はもちろんいるのだが、アラミタマのような、そういった存在は見当たらなかった。
(そういえば、昨日も――。調査はどうなったんだろう。)
「躑躅? どうしたの」
「あ、ううん。なんでも……」
席につくが、やはり違和感はぬぐえない。
波のように、強くなったり弱くなったりしている。
授業中もそうだ。
こちらを悪意がある視線でじっと見つめているような。
となりの席の夜凪も、わずかに顔が強張っている気がする。
昨日の調査の結果は聞いていないが、解決はしていないのだろう。
授業の内容が頭に入ってこない。
黒板の文字をノートに書き写すことも、できない。
シャープペンシルを無意味に右手で持つだけで。
身体も固まって動かない。
あきらかに、昨日よりも濃い。
「――夜天光」
はっと顔をあげる。
あごから、冷たいしずくが机に落ちたときだった。
夜凪がこちらを見下ろしている、と感じたのは。
「大丈夫か」




