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迅雷の日霊  作者: イヲ
第一章・シークレット・ステーション
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「明日?」

「うん。先生が話しているの、立ち聞きしたんだぁ」

「立ち聞き……。へぇ。そうなんだ。まあ、私には関係ないけど」

「またそんなこと言って! いつも、私には関係ないけど、なんだから!」


 翠はおもしろくなさそうに、ふたたびほおを膨らませた。

 しかし、そんなことを言われても躑躅はため息をつくほかない。彼女は肘を机につけて、「だって、そうでしょ」と呟いた。


「転校生をちやほやするのは、私の役目じゃないもの」

「うわ、痛烈ー」

「ほかの女子とか男子とかがやってくれるでしょ。特に、朱音さんとか」


 鈴木朱音。このクラスのクラス委員長だ。彼女はまじめで、それでも明るく面倒見がいい。彼女ならば、転校生の世話にちょうどいいだろう。

 ちらりと朱音を見やると、たくさんの友人に囲まれて笑っていた。

 翠が「まあ、そうだけど」と呟いたが、その目はやはりおもしろくなさそうな色をしている。しかし、ホームルーム開始のチャイムが鳴ると、しぶしぶ自分の机にむかっていった。

 教師は明日転校生が来ることを告げ、その手続きで忙しいのか、せわしなく再び教室を出て行ってしまった。


 ほんとうだったのか、と思いつつ、躑躅は机に肘をつけてすぐ右側にある窓を見下ろす。雪が積もっているが、そのうちすべて溶けてしまうだろう。

 校門はすでに閉じられ、犬をつれた壮年の男性が散歩なのか、歩道をゆったりと歩いている。

 そっと息をついて、予鈴の音を聞いたあと、机のなかから教科書を取り出した。



 躑躅と錦秋の両親はすでに他界している。父である晴樹が以前巫を務めていたが、2年前、母の八千代とともに殺された。――日霊の敵である、アラミタマに。

 アラミタマとは、荒い魂と書き、神々の祟りを表す。江戸時代から、人間のこころは直霊と、四つの魂――荒魂を含む、和魂、幸魂、奇魂から成り立っていると言われている。

 ひとのこころのなかのアラミタマは、様々な害を及ぼす。殺人、恐喝、強姦、盗み――人を貶めたり、騙したりする心。よっては、ひとの憎しみを引き出す魂。それを光で照らし、アラミタマからニギミタマ――和魂へと昇華することこそが、躑躅たちのお役目である。

 「たち」というのは、日霊は決して一人ではない。日霊にもネットワークがあり、組織がある。無論、公にはしていないからか、知る人はあまりいない。

 公にしてもただの怪しい宗教という名目をつけられて、動きづらくなるだろう。


 組織は組織であり、トップと呼ばれるものもいる。躑躅自身はよく知らないが、どうやら30代の女性らしい。それ以上知ることはないだろうと思っている。

 そう、思っていた。


 転機が来たのは、放課後に気づいたメールの内容だった。

 「木の鶏」からのメールだ。木の鶏とは組織の通り名であり、カフェの名でもある。カフェは、木の鶏の支所で情報を仕入れる場所だ。本部はすすけたビルのなかにある。

 躑躅はスマホをダッフルコートの中につっこんで、木の鶏のカフェに向かうことにした。さいわい翠は部活で、あれこれ聞かれることもないだろう。



 校門を抜け、町――名歌町の中心にある、目抜き通りを抜け、シャッターが閉まっている寂しげな通りを通る。やがて古くさい文字で「キッチン・木の鶏」と書かれているカフェの扉を開いた。


「いらっしゃい」


 出迎えてくれたのは、壮年の男性だった。無論、この人も木の鶏の人間だ。マスターよろしく、すでにきれいなグラスをふきんで無意味に拭いている。暇なのだろう。


「こんにちは、槇田さん。メール見た……っと、前にこれだったわね」


 にこりと笑った槇田は、ダッフルコートとセーラー服の袖をめくって、手首をみせた。躑躅の手首には、ラピスラズリのブレスレットが巻かれている。これは木の鶏の「通行証」だ。これがなければ、情報をもらえない。

 彼がそれをじっくりと見つめると、やわらかくほほえんでから、頷いた。


「はい、こんにちは。躑躅ちゃん。メール見たんだね」

「ええ。例の連続殺人事件のことね」

「うん。どうやら、犯人は少年らしいよ。未成年の犯行だ。だから、警察は表沙汰にはしないらしいんだけどね。でも、今晩また動くらしいよ」

「こわいなー。相変わらず、槇田さんの情報網」

「この道40年だからね。そうだ、躑躅ちゃん。コーヒー飲む? いい豆が入ったんだよ」

「いただきまーす」


 挽きたてのコーヒーは、やはりおいしい。

 ふーっと、湯気をとばして飲みながら、書類を見下ろした。今までの被害者3人と、襲われた場所など事細かに書かれている。警察と協力していないのに、どうしてこんな詳細に書かれているのかは、躑躅は知らない。知ったら、いろいろと面倒なことになるのだろうから。


「それで、本部には行ってみたかい?」

「行ってない。だって面倒だもの。いろいろと」

「そんなこと言っちゃだめだよ、躑躅ちゃん。お給料もらってるんでしょ?」

「まあ、そうね。お兄ちゃんの稼ぎもそれなりだし、私も頑張らなきゃいけないわね」


 槇田はほほえましそうに笑い、ちらりと扉のほうを見つめた。躑躅も倣って扉のほうを見ると、人影がガラスに透けてぼんやりと映っている。


「なんだろ。お客さんじゃない?」


 そのぼんやりした影は、やがてはっきりしたものになった。近づいたのだ。シルエットのかたちからして、男の人のようだ。扉の前で、入ろうか否か迷っているのだろう。すこし、ゆらゆらとしている。

 じっと見ているとやがてそのシルエットは薄くなり、消えていった。


「お客さんじゃなかったね」

「そうだね。まあ、用事があるならまた来るだろうから」

「そうね。じゃあ私、帰る。お代、ここに置いておくから」

「はい。またどうぞ」


 小銭ちょうど450円を置くと、静かなジャズが流れる心地の良い空間から寒空の下に足を踏み入れた。冷たい風が頬を駆けぬけ、おもわず目をつむる。


「……」


 空は灰色で、薄暗い。今にも雪が降ってきそうだ。2年前、父と母が死んだその日も、雪が降っていた。忘れもしない、あの日。

 躑躅は殺した人間を憎むことも許されず、ただ闇雲に生きてきた。日霊として戦って金を稼ぎ、兄と二人生きてきたのだ。

 二人を殺した人間はまだ、捕まってはいない。おそらく、このまま捕まらないのだろう。なぜなら、二人を殺害したのはアラミタマそのものなのだから。人間ではない。人間の悪意そのもの――。


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