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迅雷の日霊  作者: イヲ
第三章・アヴェグ・トワ
29/54

16

 悪魔。

 悪魔と、アラミタマはちがう。

 とはいっても、異質なもの同士だ。

 そんなことは分かり切っている。

 けれど、だからこそ意味が分からなかった。


 悪魔というものは、人間をたぶらかし、破滅へと追いやるものだと聞いたことがある。

 けれど、本当に存在するのかと問われれば、躑躅は素直に「わからない」と答えるだろう。


「悪魔……?」

「そう。躑躅と……ほかの日霊たちが見えない(・・・・)のは、きっとそのせい。アラミタマじゃないから」

「あなただって日霊じゃない」


 ウイスタリアは、うんと頷いて、まるで昔日を思い出すかのように目を細めた。


「躑躅も知っているだろうけど、俺は日本人とイタリア人のハーフ。まあ、髪は見事に金髪だけどね。母がイタリア人で、クリスチャンなんだ。だから、まあ、そういったことにも他の日霊たちよりは詳しい。むかしむかしの日本からしてみれば、唯一神を崇めている存在こそが、異教徒だっただろう。でも日本は、昔から木や水、火や太陽、月や草花にまで、神さまを見出すだろう? そしてそれを大切にしてきた。それこそ神代の時代から、現在まで。アラミタマという存在は、別に人間を陥れて、破滅に追い込むわけじゃないんだ」

「そうね。アラミタマは、人間の精神や心が基盤となっているから、殺しはしても陥れることはしないわ。だって、そんなまどろっこしいことはアラミタマはしないもの。もっとまっすぐで純粋な感情よ。もっとも、私としては同じようなことだと思っているけど」


 恨みや怒りといった、自分の感情(うちがわ)からくるもの。

 それがアラミタマだ。

 (そら)から飛来したような、外部的なものではない。


「うん。だからきみのうしろにいるのは、アラミタマではなくて、悪魔。悪魔は誰かと契約することで力を増す個体もいる。俺の目から見たその悪魔は――そう。明らかに誰かと契約しているね」

「そう」

 

 躑躅は悪魔のはなしを聞いても、何ともないようにうなずいた。

 悪魔がどんなものでも、関係ないとでも言うかのように。


「悪魔はね、そう簡単に引きはがすことはできない。それこそアラミタマみたいに、斬ることもできない」

「なんとか、ならねぇのか」


 そこで夜凪が口を挟んだことに、ウイスタリアはわずかに驚いた表情をした。


「なる」


 短い返答をしたウイスタリアは、躑躅の目をじっと見つめてから――おもむろに、躑躅の肩のあたりに顔を近づけた。

 夜凪はその様子を見て、体をすこしだけ動かしたが、誰にも見とがめられることはなかった。


 ウイスタリアの行動にも動じない躑躅は、マネキンのようにただ立っている。

 

「なんだ」


 ため息のような、呆れかえったような声を吐き出したウイスタリアは、目を細めてから――「大丈夫だよ、躑躅」と、なぐさめるようにほほえんだ。


「この悪魔は、何の力もない。ただ、睨むことくらいしかできないよ。でも気持ち悪いだろうから、俺が直々に――呪詛返ししてあげる」

「呪詛返し。悪魔でもきくの?」

「まあね。悪魔は契約した人間の言うことを聞くしかないんだ。陰陽道の式神とおなじだよ」

「ふうん……」


 躑躅は興味があるような、ないような声色で、相槌をうった。

 その様子にウイスタリアは、すこし情けない表情をする。


「あのね、躑躅。きみはもう少し、自分のことを気にかけたほうがいい」


 その忠告にも似たことばに、躑躅は赤い目をそっと伏せた。

 夜凪も、遊糸もなにも言わない。


「べつに……気にかけてないわけじゃないわ。どうすべきか、分からないだけ」

「躑躅……」


 かなしそうに眉をさげるウイスタリアの顔を見ることなく、躑躅は淡々と答えた。


「ねえ、ウイスタリア。呪詛返しをしたあと、この悪魔はどうなるの」

「さあ……。ふつう、呪詛返しっていうと、そのまま呪いが還るんだけど……。今のところ、きみを傷つけたり、貶めたりしていないだろう? だからたぶん、躑躅が感じていた視線だけ跳ね返るんじゃないかな」

「そう」


 ウイスタリアは、躑躅が安堵のため息をついたのを見逃さなかった。

 彼女は彼女のせいで他のだれかを傷つけることが嫌なのだろう。


「じゃあ、躑躅。さっそくだけどこっち来て」

「あ、うん」


 執務室から出ていくふたりを見送った夜凪と遊糸は、しばらく立ったままだったが、ソファにすわるよう、夜凪にうながした。

 おとなしくえんじ色のソファにすわると、深いため息が出る。


「悪魔なんて出てくるなんてね。私も思わなかったわ」

「日霊とは関係ないのでは」

「そうね。日霊の敵はアラミタマよ。けれど、人間の敵はアラミタマだけではないということね」

「……誰が」

「私には分からないわ。あなたのほうが分かるんじゃない?」


 たしかに、その通りだ。

 遊糸は高校と何の接点もない。夜凪が、本当は知っていなければいけなかったのだろう。

 だが。

 あまりにも、何も知らなすぎた。

 躑躅のことを。なにも。

 たとえ彼女がいやがっても、おなじ日霊同士ならば、なおさら。


「……堂元さん」


 そういえば、今日の午後の授業に躑躅から投げられた紙切れに、気になることが書いてあった。


「俺たちが通っている高校に、アラミタマの気配がする、と。夜天光が言っていました」

「アラミタマが? 悪魔ではなく?」

「はい。夜天光はアラミタマだ、と確信していたようでした」

「そう……。分かったわ。探りをいれる必要があるようね。今夜にでも、本部の日霊を派遣するわ」

「お願いします」

「それに、彼女の目のこともあるし――気がかりね。先日のことも」


 それはおそらく、昨日のアラミタマと対峙したときの、躑躅の目から血のような涙が流れたときのことだろう。


「俺はどうすればよかったんでしょうか」

「あなたはどうしたい?」

「分かりません」


 遊糸のやさしい声が、夜凪の心をむしばむ。

 自分がしたいことなど、考えるすべもない。

 必要がなかったとおもう。

 自分の父親が遺した、日霊にとってあるまじき行為。

 そのせいで躑躅の、錦秋の両親が死んだ。

 だが――その責任をとらねばならない父親も、あっけなく死んだ。

 だから。

 だからこそ、夜凪は。


「あなたは贖罪のために生きているわけじゃないでしょう」

「……罪を、あがなうために俺は今、戦っているんです」

「戦うことと生きることは同じようなものね。でも、あなたはまだ若い。だからそんなことを言うものではないわ」

「若いとか、そうじゃないとか。そんなにそれは大切なものですか」


 遊糸の表情が、わずかに曇る。

 子どもを失い――自分だけ生き残ったことに、おそらくだが罪悪感を感じているのかもしれない。

 夜凪とは違う痛みを負っているのだ。

 だからこそ、彼女に聞きたかった。

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