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迅雷の日霊  作者: イヲ
第三章・アヴェグ・トワ
23/54

11

 さぁっ、と、躑躅の顔色が変わった。

 暗いなかでも分かる。


 目から流れた血のあと。

 乾いているはずなのに、泣いているようにも見えた。


「どうして、そんなことを言うの」

「……戦うことは幸せなのか。戦わないことは不幸なのか。おまえが言っていることは、そういうことだろう」

「戦わないことが、そんなに偉いの? 戦うことがそんなにだめなことなの? ……戦えなくなった私に、なんの価値があるの? 教えてよ。斑鳩くん」


 躑躅の表情は、まるで能面のように無機質だった。

 風がふいて、長い髪の毛がゆれる。


「俺は、おまえが傷つくことはないと思っただけだ」

「そんなの、あなたの――」

「ああ、そうだな。俺のただの我が儘だ。だが、本気でそう思っている」


 躑躅が戦わずに済むのならば、それがいちばん、いい。

 躑躅も、錦秋も傷つかない。


「あなたは」


 視線を感じる。

 まぎれもない、夜天光躑躅の。

 だが、夜凪は彼女の顔を見ることができなかった。


 本気、だと。

 これが本音なのだと。

 そう思い込む。

 そうあるべきだ。

 これが「正解」なのだ。


「あなたは、嘘がへたね」

「……嘘、だと?」

「弱虫」

 

 躑躅が言ったその単語が、夜凪をわずかに――いらだたせた。

 彼女のことを「思い」、「言った」言葉を足蹴にされた気がしたからだ。


(だが。)

これ(・・)の本質を、見据えられたのかも、しれない。)


「おまえ――」

「あなたに何て言われようが、私は日霊をやめない。やめるものか……」


 長い髪の毛をひるがえし、躑躅はその場を駆け足で去っていった。

 夜凪は、彼女の影が消えるまで呆然と見送ることしかできずにいた。


 うしろに、ふ、と。

 気配を感じた。


「だめですよ。女の子にあんなことを言っては」

「……平坂さん。立ち聞きなんて、趣味が悪いんじゃないですか」

「本部への道は、この道しかありませんから」


 伏は不意に、にこりと微笑んでから、去っていった彼女の影を追うように目を細めた。

 この男の意思が読めない。

 夜凪はただ、立ちすくむことしかできなかった。


「本心を隠して、彼女を日霊のお役目から引きはがそうとする、きみの熱意は分かりますが」

「本心ではない、と?」

「きみがいちばん、分かっているのでは? きみ自身のことなのだから」

「……あんた、何を知っている?」


 伏は、どこまでも冷静だった。

 おちょくったり、からかったりしたい、というものは一切、ない。


「これでも古参ですから。きみの父上のことと、夜天光さんのことも知っていますよ」

「だったら、余計……あいつを、日霊の役目から遠ざけたほうがいいと思っているんじゃないのか」

「そうは思わないですね。……まだ」


 まだ、という言葉に夜凪の眉がひそめられた。

 男は読めない表情のまま、こう続ける。


「あの子は、ただ生きているだけです。日霊として。そう。彼女の心を清浄に保つためには、日霊というお役目が必要なんです。日霊、というお役目だけ(・・)が」


 だけ。

 命を賭し、荒ぶる神々と戦うため「だけ」が。

 いつ死んでもおかしくはない。

 いつ、アラミタマに取り込まれてもおかしくはない。

 そんな、(ただ)の人間としての幸福を、躑躅は拒絶している。

 そしてそうしたのは誰でもない、夜凪の父親だ。


「……夜天光さん、どこかほかの人間とちがうでしょう?」


 夜凪が思い浮かぶのは他の人間と比べ、目立つ行為を異様に嫌う、ということだった。

 しかたなく、頷く。


「なぜか、分かりますか?」

「………」

「それは、彼女がある種の――欠陥品だからですよ」


 急に真剣な表情になった伏から、思いもよらぬ言葉がでてきた。

 欠陥品。

 けれど、躑躅を侮辱している、というわけでもなさそうだった。


「それは、どういう……」

「人間として、といったほうがよいでしょう。人としての何かが、欠落している」


 かちり、と。

 伏が持つ刀が音をたてた。


 そして、静かに夜凪を見下ろす。


「その欠落したものを見つけるのが、きみの仕事なのではないでしょうか」

「そこまで――深入りするつもりはない」

「きみは本当に、嘘をつくのが下手ですね」


 呆れたように笑み、歩き出す。

 話はこれで終わり、とでもいうかのように。


 だが、伏は夜凪に背を向けたまま囁くようにこぼした。


「手放してはいけませんよ。大切ならば、なおさら」


 本部で言われた言葉を、再び言われる。

 まるで、くぎを刺すように。



 残された夜凪は、夜の空を見上げる。

 自分が何をすべきなのか、すこしだけ、分からなくなった。


 遠くで、救急車のサイレンが聞こえてきた。






「躑躅!」


 どこか疲れ切った表情をした躑躅を出迎えたのは、錦秋であった。

 今にも倒れそうなほどのたよりない足取りの躑躅を支えながらで、玄関を通り過ぎる。


「お兄ちゃん。私……私、は」


 居間に入ったとたん、へたり込むように座った躑躅の声は、今まで聞いたことがないほどにかすれて、よわっていた。

 黒い髪の毛が躑躅の顔にかかり、表情を読み取ることができない。


「どうした? 何か、ほしいものでもあるか」

「ほしい、もの……」


 ぼんやりとあげた顔に、錦秋は驚愕する。

 両目のあたりから顎にかけて、血液が付着していた。

 すでにそれは乾いていたが、まるで――血の涙を流したようだった。


 錦秋の、どこか狼狽えているような視線を受けてもなお、躑躅はぼうっと、何もない場所を見つめている。


「私が……ほしい、もの、は……」

「躑躅!!」


 そのまま崩れ落ち、カーペットの上に倒れこんだ。

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