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「なんだと」
「だから、たぶんアラミタマは私のところに集まる」
「……おまえ。どういうつもりだ」
アラミタマから視線をそらさずに、唸るように問う。
「どうもこうも、しかたないじゃない。これしか持ってないんだから。いやなら、私から離れればいいでしょ」
「おまえな、ひとりで何体もいるアラミタマを相手する気か」
神社の境内に黒いもやが、いくつかにかたまっていた。
たしかに、躑躅ひとりでは厄介かもしれない。
だが。
この刀があれば、おそらく。
「……斑鳩くん」
決して、アラミタマから目を放さずに。
(こころを、清浄にたもつ。)
「私は、アラミタマを倒す。だから、力をかして」
「夜天光……」
「おねがい」
夜凪は視界の端で、躑躅が握る刀の切っ先を見る。
ふるえてなどいない。
ただ、湖のように凪いでいた。
「分かった。――何をすればいい?」
「私が先陣を切る。だから、あなたは取りこぼしたアラミタマをお願い」
返事をしないうちに、躑躅は地面を勢いよく蹴った。
海のなかの魚のように、長い髪が夜凪の視界を横切る。
『ほしい。ほしい。ひるめのちが、ほしい』
「おまえたちに吸わせる血なんて、一滴もありはしない!!」
ひどく鋭い刀の切っ先のように、アラミタマへ吠える。
風をふくんだスカートから、びっ、と繊維が千切れる音が聞こえたが気に留めず、躑躅は大きく足を開いた。
その間、およそ2秒。
アラミタマは、ちりも残さず消えていった。
だがすぐに、もう一体のアラミタマが躑躅を飲み込もうと巨大な口を開ける。
刀の力は相当なものだ。
まるで何も切っていないかのようだった。
空を切っているだけのような。
「……くっ」
けれど。
そのせいで、体の重心が安定しない。
気を抜くと転んでしまいそうだ。
「大丈夫か!」
耳に届いたのは他の日霊の声だった。
彼らが相手をしていたアラミタマが、躑躅がいる方角へ吸い寄せられるように向かっている。
数、7体。
「加勢する!」
「ありがとうございます」
やはり、軽い。
刀を振るい、アラミタマを消すが、そのたび体がぐらつく。
足に力がうまく入らない。
まるで、雲の上を歩いているようだ。
「あ」
勢いがつきすぎて、つまずく。
後ろにアラミタマがいる、と、気づいたのはその数秒後だった。
身体を捻り、突き刺そうとしたとき、アラミタマの異様に長い腕が、手を打つ。
「!!」
刀は遠くへ飛ばされ、そのまま地面に体を打ち付けた。
「ぐ……っ」
顔半分に長い髪の毛が流れ、アラミタマの動きがよく見えなかった、が。
それははじけたように霧散した。
「大丈夫か」
「斑鳩くん……。ありがとう、助かった」
周りを見渡すが、もうアラミタマの姿はどこにもなかった。
――ひとり。
高校生か、中学生らしき少年が、地面の上に倒れている。
おそらくこの少年が、連続殺人事件の犯人なのだろう。
「いつまで座りこんでいるんだ」
夜凪が手を差し出してきた。
その手を、とってもよいのだろうか、と。
わずかに惑った。
彼には、命を守りたいひとがいる。
そのひとは、どういうひとなのだろうか。
「夜天光」
「あ……」
彼は、腕をつかんで無理矢理立たせた。
そして、そのまま顔をそむけ、倒れている少年のところへ歩いていく。
少年の周りには、伏と、残りの日霊が囲むように立っていた。
飛ばされた刀をとり、鞘に納める。
「堂元さんには連絡をしました。すぐに処理班がくるそうです」
「……そうですか」
日霊のひとりが、伏に報告をしている。
彼は、ひとり離れている躑躅を見ると、にこりと微笑んだ。それから手招きをしたので、思わず足が動く。
少年をそばでみると、ごくごく普通の顔をしていた。
けれど、おそらくこの少年はなにかをひどく憎んで、恨んだのだろう。
だからアラミタマをその身に宿してしまったのだ。
「夜天光さん。目は大丈夫ですか」
「あ、はい。もう平気です」
「そうですか。よかった。ですが、堂元さんに報告をしておきます。いいですね」
伏のいうとおり、遊糸に報告をしておいた方がいいだろう。
この目のことが、何かわかるかもしれない。
「はい」
「今日は帰りなさい。ふたりとも」
夜凪と躑躅を見て、促す。
「疲れたでしょう。今日退院したばかりなのに。けれど、よくやってくれました」
ほほえみ、夜凪の背中をそっと押した。
確かに、一週間稽古もしないで刀を振るって疲れた気がする。
「行くぞ、夜天光」
神社の鳥居をくぐり、やっと安堵の息を吐けた。
「この刀、まだ改良の余地がありそうね」
「夜天光」
ただまっすぐ続く、暗い道路。
そこにぽつぽつと佇む、電柱。
スポットライトのように道路を丸く照らしている街灯の灯り。
そこで、夜凪が立ち止まった。
切れ長の目で。
暗く、膿んだような目で、躑躅をみた。
「……おまえ、どういうつもりなんだ」
「どうって」
「そんな刀を持って、振り回されて」
「慣れてなかっただけよ」
「ほかにも、あっただろう」
「提案されたのは、これだけ」
手に持った刀を握りしめる。
責め立てられているようだった。
けれど、なぜ責められるのか躑躅には分からない。
「だったら、断ればよかっただろ。そんな諸刃の剣みたいなものに命を預ける気だったのか」
「そうよ」
夜凪の顔がゆがんだ、気がした。
「戦えなくなるより、戦えたほうがよっぽどいい」
「……おまえ」
「だって私は、戦うことしかできないから。そうでしょう。わたしは別に他に特技があるわけではないし、ほかの――女子高生みたいに、生きられない」
まるで。
まるで、戦うためだけに存在しているかのような。
そんな、言い草だ。
(それなら。)
(それなら、俺がそうあるべきだ。俺の父親が、夜天光家にしたことを思えば。戦うために。ただ、それだけのために。)
「おまえは日霊をやめるべきだ」




