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迅雷の日霊  作者: イヲ
第三章・アヴェグ・トワ
22/54

10

「なんだと」

「だから、たぶんアラミタマは私のところに集まる」

「……おまえ。どういうつもりだ」


 アラミタマから視線をそらさずに、唸るように問う。


「どうもこうも、しかたないじゃない。これしか持ってないんだから。いやなら、私から離れればいいでしょ」

「おまえな、ひとりで何体もいるアラミタマを相手する気か」


 神社の境内に黒いもやが、いくつかにかたまっていた。

 たしかに、躑躅ひとりでは厄介かもしれない。

 だが。

 この刀があれば、おそらく。


「……斑鳩くん」


 決して、アラミタマから目を放さずに。


(こころを、清浄にたもつ。)


「私は、アラミタマを倒す。だから、力をかして」

「夜天光……」

「おねがい」


 夜凪は視界の端で、躑躅が握る刀の切っ先を見る。

 ふるえてなどいない。

 ただ、湖のように凪いでいた。


「分かった。――何をすればいい?」

「私が先陣を切る。だから、あなたは取りこぼしたアラミタマをお願い」


 返事をしないうちに、躑躅は地面を勢いよく蹴った。

 海のなかの魚のように、長い髪が夜凪の視界を横切る。


『ほしい。ほしい。ひるめのちが、ほしい』

「おまえたちに吸わせる血なんて、一滴もありはしない!!」


 ひどく鋭い刀の切っ先のように、アラミタマへ吠える。

 風をふくんだスカートから、びっ、と繊維が千切れる音が聞こえたが気に留めず、躑躅は大きく足を開いた。


 その間、およそ2秒。


 アラミタマは、ちりも残さず消えていった。

 だがすぐに、もう一体のアラミタマが躑躅を飲み込もうと巨大な口を開ける。


 刀の力は相当なものだ。

 まるで何も切っていないかのようだった。

 (くう)を切っているだけのような。


「……くっ」


 けれど。

 そのせいで、体の重心が安定しない。

 気を抜くと転んでしまいそうだ。


「大丈夫か!」


 耳に届いたのは他の日霊の声だった。

 彼らが相手をしていたアラミタマが、躑躅がいる方角へ吸い寄せられるように向かっている。


 数、7体。


「加勢する!」

「ありがとうございます」


 やはり、軽い(・・)

 刀を振るい、アラミタマを消すが、そのたび体がぐらつく。

 足に力がうまく入らない。

 まるで、雲の上を歩いているようだ。

 

「あ」


 勢いがつきすぎて、つまずく。

 後ろにアラミタマがいる、と、気づいたのはその数秒後だった。

 身体を捻り、突き刺そうとしたとき、アラミタマの異様に長い腕が、手を打つ。


「!!」


 刀は遠くへ飛ばされ、そのまま地面に体を打ち付けた。


「ぐ……っ」


 顔半分に長い髪の毛が流れ、アラミタマの動きがよく見えなかった、が。

 それははじけたように霧散した。


「大丈夫か」

「斑鳩くん……。ありがとう、助かった」


 周りを見渡すが、もうアラミタマの姿はどこにもなかった。

 ――ひとり。

 高校生か、中学生らしき少年が、地面の上に倒れている。

 おそらくこの少年が、連続殺人事件の犯人なのだろう。


「いつまで座りこんでいるんだ」


 夜凪が手を差し出してきた。

 その手を、とってもよいのだろうか、と。

 わずかに惑った。


 彼には、命を守りたいひとがいる。

 そのひとは、どういうひとなのだろうか。


「夜天光」

「あ……」


 彼は、腕をつかんで無理矢理立たせた。

 そして、そのまま顔をそむけ、倒れている少年のところへ歩いていく。

 少年の周りには、伏と、残りの日霊が囲むように立っていた。


 飛ばされた刀をとり、鞘に納める。


「堂元さんには連絡をしました。すぐに処理班がくるそうです」

「……そうですか」


 日霊のひとりが、伏に報告をしている。

 彼は、ひとり離れている躑躅を見ると、にこりと微笑んだ。それから手招きをしたので、思わず足が動く。


 少年をそばでみると、ごくごく普通の顔をしていた。

 けれど、おそらくこの少年はなにかをひどく憎んで、恨んだのだろう。

 だからアラミタマをその身に宿してしまったのだ。


「夜天光さん。目は大丈夫ですか」

「あ、はい。もう平気です」

「そうですか。よかった。ですが、堂元さんに報告をしておきます。いいですね」


 伏のいうとおり、遊糸に報告をしておいた方がいいだろう。

 この目のことが、何かわかるかもしれない。


「はい」

「今日は帰りなさい。ふたりとも」


 夜凪と躑躅を見て、促す。


「疲れたでしょう。今日退院したばかりなのに。けれど、よくやってくれました」


 ほほえみ、夜凪の背中をそっと押した。

 確かに、一週間稽古もしないで刀を振るって疲れた気がする。

 

「行くぞ、夜天光」


 神社の鳥居をくぐり、やっと安堵の息を吐けた。


「この刀、まだ改良の余地がありそうね」

「夜天光」


 ただまっすぐ続く、暗い道路。

 そこにぽつぽつと佇む、電柱。

 スポットライトのように道路を丸く照らしている街灯の灯り。

 そこで、夜凪が立ち止まった。


 切れ長の目で。

 暗く、膿んだような目で、躑躅をみた。


「……おまえ、どういうつもりなんだ」

「どうって」

「そんな刀を持って、振り回されて」

「慣れてなかっただけよ」

「ほかにも、あっただろう」

「提案されたのは、これだけ」

 

 手に持った刀を握りしめる。

 責め立てられているようだった。

 けれど、なぜ責められるのか躑躅には分からない。


「だったら、断ればよかっただろ。そんな諸刃の剣みたいなものに命を預ける気だったのか」

「そうよ」


 夜凪の顔がゆがんだ、気がした。


「戦えなくなるより、戦えたほうがよっぽどいい」

「……おまえ」

「だって私は、戦うことしかできないから。そうでしょう。わたしは別に他に特技があるわけではないし、ほかの――女子高生みたいに、生きられない」


 まるで。

 まるで、戦うためだけに存在しているかのような。

 そんな、言い草だ。


(それなら。)

(それなら、俺がそうあるべきだ。俺の父親が、夜天光家にしたことを思えば。戦うために。ただ、それだけのために。)


「おまえは日霊をやめるべきだ」

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