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迅雷の日霊  作者: イヲ
第三章・アヴェグ・トワ
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 夜凪は近くにあるマンションに百代をとりに戻ったため、躑躅も家へ取りに行こうとしたが、それを引き止めたのは遊糸だった。


「躑躅ちゃん。ちょっといい?」

「? はい」


 遊糸は執務室に躑躅を招き入れると、上質そうな暗い臙脂のソファに座るよう、うながす。

 ローテーブルをはさんで、遊糸もソファに座った。

 ローテーブルの上には、長く細い桐箱が置いてある。


「ウイスタリアくんと相談したのだけど、あなたの八握剣は、もう使わない方がいいとおもうの」

「どうしてですか?」

「あのアラミタマが、あなたの八握剣を模したこと、覚えているでしょう? ほかのアラミタマも真似ていないと言い切れない。もし真似ていたら、相性が悪いわ」

「たしかに、そうですね。でも、今日は――」

「安心して。まだ試作品だけど、十分使える状態よ。これをみて」


 テーブルの上に置かれた桐箱を、慎重に開かれる。

 その中には、深紅の鞘に収まった刀が入っていた。

 柄糸と鍔は、白銀。

 刀身は、どうなっているのだろう。


「抜いてみてもいいですか」

「どうぞ」


 両手で刀を持ち上げ、目線の高さまで持ち上げる。

 赤い目で、じっとそれを見つめる。

 重さは、八握剣と同じくらいだ。

 けれど、どこか違う。

 なんとなくでしか分からないが、八握剣が「動」とすれば、この刀は「静」。

 静かに、ただ静かに手のひらに収まっている。


 そして、鞘と柄を持ち、そうっと鞘から抜いた。

 透明な響きが耳朶をとおりすぎる。


「……これは」

「この刀は、諸刃の剣。アラミタマを寄せ付けるにおいを出す代わりに、アラミタマに対する浄化能力を飛躍的に引き上げているの。ただ、言ったとおり諸刃の剣なの。だから、使うか使わないかはあなたの意思に任せるわ」

「使います」


 きっぱりと言い放った躑躅を見た遊糸は、表情をかたくして――重たそうに頷いた。

 鞘におさめ、躑躅はその刀を見下ろして、ぐっと柄を強く握りしめる。


「使いこなせてみせます。必ず」

「期待しているわ。躑躅ちゃん」




 執務室から出て、エントランスに備え付けされている長いソファにすわった。

 手にした刀を膝に置き、見下ろす。

 ぶっつけ本番だ。

 だから柄を握りしめて、すこしでも手になじませておく。


「私は、強くなる。けれど、ひとりでは強くなれない。ひとりで強くなれる、なんてもう思わないわ」


 自分に言い聞かせるように呟き、顔をあげて目を険しく細めた。

 

 エントランスには誰もいない。

 すこしだけ、鞘から抜いて刀を振り回したい気持ちになったが、やめておいた。

 もう少しで時間だ。


 躑躅は今の自分の服装を改めて確認する。


 黒いシンプルなジャケットに、黒のハイネックの薄いセーター。

 赤と黒のチェック柄の膝丈のスカートに、黒いタイツ。


 これなら、動きやすいだろう。


 躑躅はパンツよりも、スカートのほうが好きだった。

 別にかわいいから、という理由ではなく、スカートのほうが動きやすいからだ。

 タイツをはいていれば、スカートがめくれ上がっても恥ずかしくもなんともないし、制服がスカートなので、慣れている。


「夜天光、その刀は……」


 いきなり声をかけられて、躑躅は、はっと顔をあげた。

 躑躅の膝に置かれている刀を見下ろしていたのは、夜凪だった。


「これ? これは、試作品だと、堂元さんが言っていたわ。八握剣を使うのは、すこし、都合が悪いみたい」

「……そうか」


 夜凪は躑躅のとなりに座り、布に包まれた百代の鞘を床につけて、柄のほうを肩にかけた。

 諸刃の剣の刀だということは、伏せておくことにする。


 数分後、日霊たちがエントランスに集まってきた。

 中には、伏もいる。

 ほどなくして、執務室から遊糸が出てきた。


「場所を特定したわ。ここからおおよそ10分、北に行ったところに神社があるでしょう。そこにいる。アラミタマの数は十よ。嫌な予感がする。みんな、気を付けてね」


 全員が頷きあい、それぞれの獲物を担いでビルをあとにした。

 5人全員がぞろぞろ歩いていても怪しまれるので、指定された神社へはばらばらに向かうことにする。


 なんとなく、だが。

 躑躅と夜凪は一緒の方角へ足を運んでいた。


「斑鳩くん。本当に足はもう、大丈夫なの?」

「ああ。おまえこそ、いいのか」

「大丈夫。いつでも戦えるわ。……それより、平坂さんとなにを話していたの? 握手したとき」


 夜凪の足が、ふいに止まる。


(たいせつなものを守るために。)

(手を。)


「いや。べつに」

「? ふぅん。まあ、いいけど」


 躑躅はさっさと前を歩いていく。その凛とした背中を、じっと見据えた。

 

(守らなければ、いけない。)

(義務だ。)

(大切だということと、義務だということ。)

(なにか、違う気がする。)


 伏は、一瞬のうちに見抜いていたのだろう。


 ――夜凪の、暗い胸のうちを。


 かぶりを数回振り、躑躅のあとを小走りで追う。




 指定された神社は広かったが、人ひとりいなかった。

 けれど、におう。

 アラミタマの、においだ。

 それも、強烈な。


 躑躅は思わず、鼻のあたりをジャケットで覆った。


「……いた」


 黒い、霧のようなもの。それが、凝り固まって――巨大な「なにか」になっていた。


 ほかの日霊3人も、木の陰にかくれて様子を窺っている。


「けど、いないわね。犯人が」

「ああ。たしか未成年の男が犯人で、そこにアラミタマが集まっていると聞いたが」

「まさか、だけど。あの中に(・・・・)いるんじゃ」

「あの中? あの巨大なアラミタマの中か」

「……っ!!」


 急に目を片手で覆った躑躅は、夜凪の目の前でひざをついた。

 長い髪が背中を撫で、かすかに肩がふるえている。


「夜天光……!?」

「……っ」


 夜凪は土にひざをつき、躑躅の肩に触れた。

 くちびるを噛みしめ、うめき声をこらえる彼女は顔を覆い、なにかに耐えている。


「どうした」

「目、が」

「痛むのか」


 躑躅はふるえる足を叱咤して立ち上がった。夜凪はそのたよりない体を支えたが、彼女はそれをゆるく振り払う。

 ぽた、と。

 地面になにかが落ちる。

 はっと躑躅の顔をみおろすと、くちびるに血がついていた。


「おまえ……」


 目と同じほどの赤が、顎をつたって滴り落ちる。

 くちびるを噛み切ったのだ。

 躑躅はなんでもないような表情をして、乱暴にくちびるをぬぐった。

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