表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迅雷の日霊  作者: イヲ
第一章・シークレット・ステーション
2/54

「おい、躑躅。またラブレターだぞ」


 茶化すように躑躅の兄――夜天光 錦秋(きんしゅう)がピンク色の封筒を躑躅の目の前でふらふらと動かした。

 彼はバンドをやっており、そのせいか髪の毛が茶色い。どこからどう見ても染めているのだ。社会人となってもいまだバンドを続けているせいで、黒髪に戻ろうとはしない。

   ふつうは反対じゃないのか、と躑躅は思うが「これが俺の生きる道だ」とよく分からないことを言っているので、躑躅も放っておいている。困るのは兄だ。躑躅ではない。


「ふがっ! んぐっ」


 彼女の容姿にまるでそぐわない下品なうめき声を出して、納豆がけの白飯をかきこんだ。

 真っ黒な長い髪に、白雪のような色白の頬、自然に染まったような不自然ではない朱色のくちびる。アーモンドの形のような、まるく黒い瞳。  

 容姿としては完璧なのに、口のまわりにはご飯粒がくっついている。

 前髪は、眉のあたりでぱつんと切られ、アーモンドのような瞳が際立っていた。

 かわいらしいその瞳は異様にぎらついて、その手紙を見るなりいやな笑みを浮かべる。まるで、山賊が獲物を見つけたような凶悪な笑みを浮かべていた。


「これはまた、かわいらしい封筒ね」


 封筒をつまむように錦秋から受け取り、すぐ後ろにある引き出しから象牙色のうつくしいペーパーナイフを取り出して慎重に開封する。なかからは、またかわいらしいラズベリーピンクの便せんが入っていた。


「こら躑躅、詠むのか食うのかどっちかにしろ」

「しかたないわね。食べるわよ」


 卵焼きと味噌汁を兄すらも圧倒するスピードで食べ終えた躑躅は、桜貝のようなきれいな爪を持つ手で、すっと便せんをすべて抜いた。

 じっと見下ろしている彼女の目が、徐々にけわしいものに変わってゆく。これはラブレターなどではない。(最初から知っていたことだが)躑躅は眉間にしわを寄せて、こたつの中であぐらをかいた。

 セーラー服にしわがよるが、彼女は気にしない。そういう少女なのだ。


「やっぱり、これは依頼ね。そういえば一週間前だったかな。連続殺人の被害者が出たのは」

「ああ、新聞に載ってるぞ。被害者は笹木悟さん52歳……。捜査情報は公開されておらず、捜査の公開を求める被害者遺族が……。あんまり捜査は進んでないようだな」

「まあ、そんなことは警察に任せればいいのよ。私は、この差出人に会わなければいけないようね」


 再び便せんを封筒にしまうと、長い髪をゆらしながらこたつの中から四つん這いで出て、洗面所へとむかった。

 錦秋はひとり残り、躑躅が食べ終わった食器を片付けはじめる。その表情は髪の色に似合わず、苦渋に満ちている。

 躑躅は戦わなければならない。錦秋は見ていることしかできないのだ。なぜなら――彼女には力があるが、兄である錦秋にはなかったからだ。それに負い目を感じているが、躑躅はなんと言うこともないという表情で、家業を継いだ。

 天照る神の光が、呪詛を断ち切る――日霊のお役目を。


「お兄ちゃん、なにしょぼくれたような顔してるの? またあのこと?」

「まぁな。生傷が絶えないから、兄ちゃんは心配だよ」

「そりゃあ、まだ強くなれるっていうことよ。感謝しなくちゃ」


 ふっと涼しげに笑い、黒い鞄をもって紺のスカートをひらりと舞わせた。


「じゃあね、お兄ちゃん。行ってきます」

「おう、行ってらっしゃい」


 エナメルのローファーを履いて元気よく玄関を飛び出したのがいけなかったのか、下に大きな石があったのに気づかずに、思い切り踏んでしまう。


「う、うわっ!」


 踏んだ拍子にぐらりと体がかたむいて、コンクリートの上に尻もちをつくのだと覚悟したとき――ぐいと腕を引っ張られた。風が吹く。腰までのながい髪が風にゆれて、かすかなアカシアのかおりが宙に漂った。


「……」


 腕を掴んでいるのは、やけに目が鋭く、すこしだけ長い髪の毛を手ぬぐいで覆った少年だった。おそらく、躑躅とおなじ高校生だろう。

 膝丈のロングコートをきっちりと着込んだ彼はじろりと躑躅を見下ろし、腕をぱっと離した。すでに足はしっかりと地に着いていたから、もう転ぶことはなかったが、猫背風味の男はそのまま去っいく。

 ぽかんとした表情の躑躅は我に返り、時計を見て少年と反対方向に走り出した。



「おはよう、躑躅」

「ああ、おはよう。翠」


 躑躅が通っている春霖高等学校の歴史はそれほど古くはなく、今年で20年目だと聞く。そのくせ校舎は古く見え、やぼったく見えてしまっている。決して、きれいとは言えないであろう。

 ただし校風は自由で、生徒たちの評判はいい。


 席に着いた躑躅は、気味悪そうに眉をしかめる友人に「どうしたの」と問うた。


「だってまだ、連続殺人の犯人捕まってないんでしょ。それが気味悪くて」

「まあ、そうね」

「ほらー、またそんな余裕こいちゃって。ほんとうは怖いんじゃないのー?」


 黒い、とは言いづらい、暗い茶色の髪の毛をシュシュで縛った翠は、おもしろくなさそうに口をとがらせる。

 机に肘をついて雪がふる外を見上げ、「あ、そういえば」と目をきらきらとさせて躑躅を見つめた。


「そういえば、明日転校生が来るって知ってる?」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ