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「おい、躑躅。またラブレターだぞ」
茶化すように躑躅の兄――夜天光 錦秋がピンク色の封筒を躑躅の目の前でふらふらと動かした。
彼はバンドをやっており、そのせいか髪の毛が茶色い。どこからどう見ても染めているのだ。社会人となってもいまだバンドを続けているせいで、黒髪に戻ろうとはしない。
ふつうは反対じゃないのか、と躑躅は思うが「これが俺の生きる道だ」とよく分からないことを言っているので、躑躅も放っておいている。困るのは兄だ。躑躅ではない。
「ふがっ! んぐっ」
彼女の容姿にまるでそぐわない下品なうめき声を出して、納豆がけの白飯をかきこんだ。
真っ黒な長い髪に、白雪のような色白の頬、自然に染まったような不自然ではない朱色のくちびる。アーモンドの形のような、まるく黒い瞳。
容姿としては完璧なのに、口のまわりにはご飯粒がくっついている。
前髪は、眉のあたりでぱつんと切られ、アーモンドのような瞳が際立っていた。
かわいらしいその瞳は異様にぎらついて、その手紙を見るなりいやな笑みを浮かべる。まるで、山賊が獲物を見つけたような凶悪な笑みを浮かべていた。
「これはまた、かわいらしい封筒ね」
封筒をつまむように錦秋から受け取り、すぐ後ろにある引き出しから象牙色のうつくしいペーパーナイフを取り出して慎重に開封する。なかからは、またかわいらしいラズベリーピンクの便せんが入っていた。
「こら躑躅、詠むのか食うのかどっちかにしろ」
「しかたないわね。食べるわよ」
卵焼きと味噌汁を兄すらも圧倒するスピードで食べ終えた躑躅は、桜貝のようなきれいな爪を持つ手で、すっと便せんをすべて抜いた。
じっと見下ろしている彼女の目が、徐々にけわしいものに変わってゆく。これはラブレターなどではない。(最初から知っていたことだが)躑躅は眉間にしわを寄せて、こたつの中であぐらをかいた。
セーラー服にしわがよるが、彼女は気にしない。そういう少女なのだ。
「やっぱり、これは依頼ね。そういえば一週間前だったかな。連続殺人の被害者が出たのは」
「ああ、新聞に載ってるぞ。被害者は笹木悟さん52歳……。捜査情報は公開されておらず、捜査の公開を求める被害者遺族が……。あんまり捜査は進んでないようだな」
「まあ、そんなことは警察に任せればいいのよ。私は、この差出人に会わなければいけないようね」
再び便せんを封筒にしまうと、長い髪をゆらしながらこたつの中から四つん這いで出て、洗面所へとむかった。
錦秋はひとり残り、躑躅が食べ終わった食器を片付けはじめる。その表情は髪の色に似合わず、苦渋に満ちている。
躑躅は戦わなければならない。錦秋は見ていることしかできないのだ。なぜなら――彼女には力があるが、兄である錦秋にはなかったからだ。それに負い目を感じているが、躑躅はなんと言うこともないという表情で、家業を継いだ。
天照る神の光が、呪詛を断ち切る――日霊のお役目を。
「お兄ちゃん、なにしょぼくれたような顔してるの? またあのこと?」
「まぁな。生傷が絶えないから、兄ちゃんは心配だよ」
「そりゃあ、まだ強くなれるっていうことよ。感謝しなくちゃ」
ふっと涼しげに笑い、黒い鞄をもって紺のスカートをひらりと舞わせた。
「じゃあね、お兄ちゃん。行ってきます」
「おう、行ってらっしゃい」
エナメルのローファーを履いて元気よく玄関を飛び出したのがいけなかったのか、下に大きな石があったのに気づかずに、思い切り踏んでしまう。
「う、うわっ!」
踏んだ拍子にぐらりと体がかたむいて、コンクリートの上に尻もちをつくのだと覚悟したとき――ぐいと腕を引っ張られた。風が吹く。腰までのながい髪が風にゆれて、かすかなアカシアのかおりが宙に漂った。
「……」
腕を掴んでいるのは、やけに目が鋭く、すこしだけ長い髪の毛を手ぬぐいで覆った少年だった。おそらく、躑躅とおなじ高校生だろう。
膝丈のロングコートをきっちりと着込んだ彼はじろりと躑躅を見下ろし、腕をぱっと離した。すでに足はしっかりと地に着いていたから、もう転ぶことはなかったが、猫背風味の男はそのまま去っいく。
ぽかんとした表情の躑躅は我に返り、時計を見て少年と反対方向に走り出した。
「おはよう、躑躅」
「ああ、おはよう。翠」
躑躅が通っている春霖高等学校の歴史はそれほど古くはなく、今年で20年目だと聞く。そのくせ校舎は古く見え、やぼったく見えてしまっている。決して、きれいとは言えないであろう。
ただし校風は自由で、生徒たちの評判はいい。
席に着いた躑躅は、気味悪そうに眉をしかめる友人に「どうしたの」と問うた。
「だってまだ、連続殺人の犯人捕まってないんでしょ。それが気味悪くて」
「まあ、そうね」
「ほらー、またそんな余裕こいちゃって。ほんとうは怖いんじゃないのー?」
黒い、とは言いづらい、暗い茶色の髪の毛をシュシュで縛った翠は、おもしろくなさそうに口をとがらせる。
机に肘をついて雪がふる外を見上げ、「あ、そういえば」と目をきらきらとさせて躑躅を見つめた。
「そういえば、明日転校生が来るって知ってる?」