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迅雷の日霊  作者: イヲ
第三章・アヴェグ・トワ
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「……そう。あなたの言いたいことは分かったわ」


 白衣をきた女医――柊は、ゆっくりと頷いた。

 夜凪は目を伏せ、膝のうえにのせた手を、ぐっと握りしめる。


「夜天光さんの心理状態をよく見ておけばいいのね?」

「お願いします。彼女は……俺の」


 そこまで言って、ことばを無理やり飲み込んだ。

 頭が、柊の前で沈み込むように下がる。


「斑鳩さん!?」

「……お願いします。どうか」

「分かっているわ。けれど、斑鳩さん。あなたの心理状態も良くない。なにかに追い詰められているように見える」

「俺のことは、どうだっていいんです」

「だめよ、斑鳩さん。ここに所属する日霊たちの心身のケアをするのは、私の仕事なんだから」


 ズボンをぐしゃぐしゃになるくらいに握りしめ、夜凪はくちびるを噛んだ。

 血がでるほどに。


「先生。俺の、父のことは知っていますか。日霊としてあってはならないことをした、父を」

「……知ってるわ」

「俺は、悔しいんです。恨んでも、恨んでも、父はもうどこにもいない。この感情は、どうしたら消えるんですか」

「行くあてのない感情は、呑み込むしかない、ということをあなたは知っている。けどね、あなたは何も悪くない」

「でも俺はあの男の、ひとり息子です。そして、日霊です。だから、俺は彼女を守らなければいけないんです。それが……俺に残された唯一の、生きる意味です」


 柊は痛ましいその姿を見て、そっと肩に手を置いた。

 まだ年若い子が、これほどまでに苦しみ、嘆き、憎み、恨んでいる。

 彼女は目を伏せ、「大丈夫」と呟く。

 それでも夜凪は顔をあげず、ただ、濁流のように押し寄せる感情を持て余し、それに苦しんでいるようだった。


「あなたの生きる意味がそうであったとしても、私は何も言わないし、言えない。でもね、斑鳩くん。それだけでは、生きている人形のようなもの。あなたは生きている。こころもある。よく考えて。それで夜天光さんの本当の助けになるとおもう? あなたがこんなにも思い詰めていること、夜天光さんが気づかないとおもう?」

「それ、は」

「気づいたら、彼女は傷つくでしょう。強気だけれど、やさしい子だもの」

「………」

「これを処方しておくわ。よく眠れる薬」

「ありがとう、ございます」

 

 柊からちいさな紙袋に入った睡眠導入剤を受け取ると、夜凪は力なく診察室のドアを開けて出ていった。


 こころが、こんなにも重たいなんて思わなかった。

 おそらく、この一週間、百代を見ることも握ってもいないから落ち着かないのだろう。

 そんなことは、ただの言い訳だと分かっている。


 それでも。

 それでも、夜天光躑躅を守れなかった。

 一生消えない傷あと。

 しかも、顔だ。

 それが、ひどく、ひどく悔しかった。


「――夜天光?」

「あ、斑鳩くん。おわったの」

「ああ」


 躑躅の前では、極力平静を装う。

 だが、彼女はソファにすわらず床に座り込んで、ぼうっとしていた。


「なにしてんだ」

「なんだか、ままならないなあって」

「人間なんて、そんなもんだろ。それより――」


 その時だった。

 ビル中にアラーム音が鳴り響いたのは。


「……なに?」

「斑鳩さん! 夜天光さん!」

「先生。これは……」


 診察室から出てきた柊は、焦った表情で「堂元さんのところへ」と言った。


「分かりました。行くわよ、斑鳩くん」


 躑躅は私服のスカートをひるがえして、階段を駆け下りていく。

 夜凪も、それに倣って柊に背を向けた。


「きっと、アラミタマが出たのね」

「そうだろうな」

「それも、本部内中に聞こえるアラーム。きっと大型よ。ほかの日霊たちもみんな、出動するはず」


 階段を降りたあと、エントランスには遊糸がすでに立っていた。

 彼女の周りには、顔見知りの日霊たちもいる。


「これで全員ね。いい。よく聞いて。連続殺人事件の犯人が少年だということは、知っているはず。その少年の居所が分かったわ。それにつられてアラミタマが集まっている。それを斬ってほしいの。アラミタマの数は少なく見ても十。みな、結託してかかるように。今から一時間後、19時にここへもう一度集合。いいわね」


 集められた日霊たちの数は躑躅、夜凪をいれて5人。

 数として負けているが、ベテランの日霊がひとり、いる。

 15年間日霊のお役目を引き受けている――平坂(ひらさか)(ふせ)

 高身長で黒く短い髪、鋭い目をした男性だ。

 年齢までは知らないが、おそらく20代だろう。

 15年の間に斬ったアラミタマの数は、数えきれないという。


「平坂さん」

「なにか?」


 躑躅が伏の名を呼ぶと、彼はにこりと微笑んで、首を軽くかしげた。

 平坂伏。

 彼は強い。

 身体的にも、精神的にも。

 躑躅は彼に憧れを持っていた。

 あまり会ったこともないし、はなしをしたこともないが、噂は躑躅にも届いている。


「平坂さんはとても強いらしいですね」

「ただ場数をふんでいるだけです」

「それだけでは、強さは手に入らないと思います」


 伏が躑躅の赤い目を見ても、なにも言うことはなかったが、彼は眩しいものを見るように目を細めた。

 頭一つ半ぶん高い位置にある伏の顔を、躑躅も見返す。


「そうですね。そうかもしれません。ですが、ひとが強さを手に入れる唯一の方法など、この世にはありませんよ」

「それは、強くなるための方法は、ひとりひとり違うということですか?」

「はい」


 すこし離れたところで見ていた夜凪は、伏のことばに賛同した。

 人間は個々、性格が違う。

 それなのに強くなるための方法がひとつとは、どうしても思えない。

 たしかに、場数を踏めば強くはなるだろう。

 だが、場数を踏むということは、それだけ怪我――あるいは、死亡する可能性が高くなるということだ。

 強くなる前に死んでしまっては、元も子もない。


「……きみは、最近こちらに越してきた、という?」


 伏が夜凪の視線にきづくと、ほほえんできた。

 夜凪はいきなり問われ、思わず機械的にうなずいた。


 彼の目は鋭いが、やさしい色をしている。


「斑鳩夜凪です」

「僕は平坂伏。よろしく」


 伏は手を差し出し、握手をもとめた。夜凪もそれに応えて手を出し、握手をする。

 その瞬間、夜凪の手を強い力で伏のほうへ引き寄せ、彼の耳にすばやく耳うちをした。


「手を放してはいけませんよ。大切なものを守るために」


 それだけ囁くとすぐに体を放し、にこりと食えない表情で笑み、伏はそのまま背を向けて一時間後の準備のためにどこかへと消えていった。

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