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三日後、夜凪と躑躅は退院した。
そしてすぐに本部へ招集がかかったため、荷物を持ったまま本部ビルへ向かった。
「任務かしら」
「……どうだかな」
「日霊はいつも人手不足なんだから、クビってことはないと思うけど」
「おまえみたいなお転婆が、そうそうクビを言い渡されることはないだろう」
「まあ、それはそうね」
自信たっぷりに頷く躑躅を視線の端で見やると、着替えが詰まったバッグを肩に背負いなおした。
躑躅は、病室から今に至るまで、薄そうな瞼をずっと閉じている。
いや、閉じている、というよりは薄く目を開いて地面を見下ろしている、と言ったほうがいいだろう。
「おまえ、ちゃんと見えているのか。そんな薄目で」
「見えてるわよ。すこしだけ」
「ぶつかるなよ」
「はいはい」
びゅう、と冷たい風が容赦なくほおを叩く。
思わず目をつむり、足を止めた。風になぶられるようにして、髪の毛が揺れる。
顔にはりついた髪を鬱陶しそうに手で振り払い、再び足をあげた。
「躑躅ー!」
近くから、聞きなれた声が聞こえてくる。
ウイスタリアだ。
きらきらとした笑顔を躑躅に向けているのであろうが、あいにく薄目を開けているだけの彼女には、見えてはいなかった。
「躑躅、よかった。退院できたんだね!」
「ウイスタリア。一週間の入院だけって言ってだでしょ」
「そうだけど。ああ、でもよかった。本当に、無事で。……目を見せて。躑躅」
「……分かったから、手を放して。ウイスタリア」
彼の手は、しっかりと躑躅の肩に手を置いていた。
ウイスタリアのこうしたスキンシップは、日本人には合わない。
まあ――彼にも、半分日本人の血は流れているのだけれど。
躑躅は瞼をそっとあげると、ウイスタリアの顔をまっすぐに見つめた。
彼の目も、黒とはいいがたい色をしているが、それでも「自然」だ。
赤い目とは、比較にもならないほど。
彼は真剣な表情をして、躑躅の目を見つめた。
(やはり、赤い。それに、アラミタマのにおいが――わずかにする。躑躅の八握剣を模した、アラミタマの攻撃によるものだろうか。お腹を裂かれた、と聞いたけど、それに何か関係が――。)
「目の色が変わる現象は、前例がある。一人だけだけれど」
「うん、知ってる」
「けれど、治しかたは分からない。ずっと、このままということもある」
「仕方ないわ。私が弱かった結果だもの」
「……躑躅」
ウイスタリアは、ひどく悲しそうな顔をして躑躅の顔を見据えた。
「きみが傷つくのは、いやだなぁ」
独り言のように呟いた彼は、ようやく躑躅から目を放して――そのまま、夜凪へ視線をうつした。
「斑鳩夜凪、って言ったっけ。あんた」
「ああ」
「……躑躅を傷つけたら、許さないよ」
「どうとでもしてくれ」
夜凪はウイウタリアの目をまっすぐ見つめ返し、肩をわずかに上げてみせる。
「そういうことを言うものではないわ。斑鳩くん」
「躑躅は優しいなあ」
「ウイスタリア。迎えに来てくれたことは分かったけど、早く行かなくちゃいけないんじゃないの。堂元さんに怒られるわよ」
「そ、そうだった!」
「ちょっと!」
今更あわてはじめたウイスタリアは、躑躅の手をひいて、本部ビルへ向かった。
「………」
それをどこか険しい表情で見ていた夜凪は、ひとつ、息を吐き出して2人のあとを追った。
本部ビルのリビングで三人を待っていたのは、遊糸ひとり。
彼女はグレーのスーツを着て、手にスマートフォンを持っていた。
「やっと来た」
仕方のない子どもを見るような目でウイスタリアを見ると、つかつかと靴音を鳴らしながら、躑躅と夜凪の前に立つ。
「今日来てもらったのは、身体検査をしてもらいたいから。特に躑躅ちゃん。あなたのその目の色のこともあるし、同じアラミタマと戦った夜凪くんにも、何らかの異常がでているかもしれないからね」
「えぇ……。病院でも何とも言われなかったのに……」
「だからよ。普通の病院で分からないこともあるわ」
「そ、そうですけど」
「柊先生が待ってるから、早くね」
「はぁい……」
「検査が終わったら、私の執務室にきてちょうだい」
躑躅と夜凪を見送ったウイスタリアは、ふっと表情をひきしめた。
そして、遊糸とむきあう。
「躑躅の……目のことですが」
「心配?」
「もちろん。躑躅の目を見たとき、かすかにですが、アラミタマのにおいが残っていました。それに――あのアラミタマの、変化が気になります。これは、提案ですが」
「なにかしら」
「……躑躅の八握剣は、もう使わないほうがいいと思うんです。おそらく、アラミタマはそれを憶えてしまっているのではないでしょうか。その容を」
「なるほど。……そうね。今開発中のものがあるから、それを躑躅ちゃんに使ってもらいましょう。早めに仕上げられるように、技術部に言っておくわね」
「お願いします」
ウイスタリアは頭をさげると、そのまま遊糸に背を向けた。
残った遊糸は腕を組んで、くちびるを引き結ぶ。
「……まさか、ね」
いやな想像を振り払い、それだけ呟いてから執務室へ向かった。
ビルの3階が医務室になっており、待合室も兼ねている。
躑躅はソファに行儀悪く足を放り出して座り、ぼんやりと天井を見上げた。
夜凪の検査が長い。
「はぁ」
ソファの背もたれと背中に長い黒髪を挟み、ずるずると床にひざをついた。
長いつやのある髪の毛はこすれてぼさぼさになり、あちこち跳ねている。
「あー。何なのかな……」
なにが「なんなのか」は、躑躅にもわからない。
けれど、なにかもやもやした気持ちが胸を押しつぶそうとしていた。




