表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迅雷の日霊  作者: イヲ
第三章・アヴェグ・トワ
16/54

「……どうしてこうなったのか、分からない」

「そうか……」

「目立つ……わよね」

「そうだな」


 躑躅は視線をしたの落としたまま、ぎゅっと手を握りしめた。

 はっきり言ってくれたほうが、ありがたい。

 左目はどうなっているとおもう、とたずねると、彼は首をひねりながら、こう言った。


「片目だけって言うことはないだろう。おそらく、右目もおなじようになっているだろうな」

「うん……。そうね」

「堂元さんに相談してみるしかねぇな。俺も聞いたことがないが、症例があるのかもしれない」

「……うん」


 そっとうなずいて、日が差している窓をみあげた。視力は問題ないようだ。ちゃんと、見えている。

 そうして、ようやく夜凪の顔を見上げた。

 藍染めのてぬぐいは取れ、長い前髪があらわになっている。


「あなた……」


 その、前髪からかすかに見える、その肌。そこに、ひどい傷あとが残っていたのだ。

 彼は特にかくすそぶりもなく、ただ憮然としている。


「その傷、アラミタマで」

「ああ。1年も前の傷だ。別に、日霊ならふつうのことだろ」

「……。そうね」

「それより朝飯食わないのか」

「食欲ない……」

「食っておいた方がいい。傷にさわる」


 あいまいにうなずくと、夜凪はそっと息をついて、松葉杖をつきながら病室から出ようとした。

 それをひきとめたのは、だれでもない、躑躅だった。


「まって。いっしょに朝食をたべない?」

「あ?」

「私、ひとりでごはんを食べるの、苦手なの」

「……。まあ、別にいいけどよ」


 夜凪が自室にもどって帰ってくるあいだ、躑躅は窓にうつる自分をじっと見つめていた。

 すらりとした首。白いほお。うすい色のくちびる。

 そして、ざくろのような色をした瞳。どうして錦秋は、言ってくれなかったのだろう。いや――、きっと、気遣ってくれていたのだろう。

 そういうひとだ。


 夜凪は、黙って入ってきた。

 プレートにのっている朝食を、サイドテーブルにおく。

 躑躅と反対がわにすわった夜凪は、箸をもって、いただいますも言わずに食べ始めた。


「ちょっと!」


 傷に響くのではないかとおもうほど、おおきな声をだした躑躅。

 怪訝そうに眉をひそめて、夜凪はふりかえった。


「いただきます、は?」

「ああ?」

「ごはんを食べる前には、いただきます。食べおわったあとはごちそうさま。当たり前のことでしょう」

「……いただきます」


 舌っ足らずな声で、夜凪は彼女に圧倒されながら手をあわせた。

 そう教える母親も、父親もいなかった。

 学校ではならっていたが、教えるのは両親の仕事だと思っていたからだ。

 やわらかなにおいのする料理。

 あたたかな家族。

 厳しい父親。やさしい母親。

 そのどれもが、夜凪にはなかった。

 欲しいと思ったわけではない。しかし、胸に穴があいている、と理解していた。うつくしい銀色の月を手に入れたいと思っても、けっして手に入らないように。


「入院食って、あんまりおいしくないわね」

「そういうもんだろ」

「ふうん。入院したことないから分からないけど」


 夜凪の表情がこわばったことに、躑躅はきづかなかった。

 二年前。

 あのとき大けがをおったのは、躑躅と錦秋だ。そして、ふたりをまもるようにして彼女の両親は亡くなった。


「……でも、私ね」


 まるで恥ずかしいことを打ち明けるように、彼女はつづける。


「二年前の冬の日、あ、お父さんとお母さんがアラミタマに殺されたときのことね。あんまり、覚えていないの。けがをしていたって言っていたから、入院したことあるかもしれないけど」

「……そうか」

「不思議ね。あなたといると、いらないことも話しちゃう」

「いらないことなんて、ないだろう」

「そうかしら。汚点とか、ないの?」

「ある。だが、それがなければ強くなれない。のりこえることに必要なんだ」


 箸をおき、夜凪は上半身をうごかして躑躅の顔をみすえる。赤い瞳が、見つめ返していた。まるで、カラーコンタクトをしているかのように、きれいに染まってしまっている。

 金木犀のかおりをまとうように、彼女はほほえんだ。

 ちいさな、黄色い花。

 それを手折ることは、簡単だ。

 だが、夜凪はそれをまもらなければならない。花守(はなもり)のように。


「そうね。あなたの言うとおりよ」


 湖のように凪いだ瞳が、躑躅を見据えた。


「ねえ」

「なんだ」

「もっと、話しましょ。あなたと話すと、なんだかこころが安らぐみたい。この目の色も、そんなにショックじゃなくなるわ。きっと」


 夜凪は、ふ、と視線をはずして、後頭部を掻いた。

 こまったように。


 だが、すぐに躑躅は「ごめんなさい」とささやいた。


「あなたには、もう大切なひとがいるのにね。怒られちゃうかしら」

「……。そんなことはない」


 さみしげにほほえむ彼女の表情をみて、夜凪はおもわず目をふせて、こぶしを握りしめる。

 いちばん大切な、自分のいのちよりも大事なもの。

 躑躅の――いのち。

 それは、決して言ってはならないことだ。そう誓った。

 そっと、よりそうように守ることができたら、それでいい。


 夜凪が死ぬ場所は、おそらく――彼女のそばだろう。

 それでいい。そうでなければならない。


「やさしいのね」

「そうだな」

「ふふ」


 看護師がくるまで、ふたりは内緒話をするように、ことばを交わしつづけた。



 もちろん、食べおわったあとの「ごちそうさまでした」を言うのもわすれずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ