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嬢王ノ歌・上  作者: taishi
1/1

始まりの歌

あけましておめでとうございます。


お久しぶりです。


長編小説が書き上がったので送付致します。


今回のテーマは「強い女性」です。


今までの20年櫻、28歳は伝えたいメッセージから派生するメッセージ先行型の小説であるのに対して。


今回はこんな人を描いてみたいという気持ちから派生したキャラクター先行型の小説です。


今まで書いてきた小説の様なメッセージ性と同時に、登場キャラクターが非常に際立つ様に描いたので、描いていて面白かったです。(今までの作品ではスパイゲームがキャラクター先行型の作品なのでそれに近い物があります。)

男性に比べて女性というのは精神的にも大人で、逞しく、時にしたたかに生きています。


そんな女を売る商売であるキャバクラのキャストにスポットライトを当ててみました。


<プロローグ>

「・・・あれは何だ?」

吉崎雅章が早朝ランニングをしていると山の中腹にある第7倉庫の屋根にだけカラスが4羽ほど止まっているのを発見した。

定年後、妻を早く亡くして身寄りが無い雅章は狛江市郊外で倉庫管理の職について細々と暮らしていた。

雅章は早朝のランニングコースを自分が管理している倉庫の前を通る様に走っているが、第七倉庫だけは山の中腹にある為、遠くから眺めるだけとなっていた。灰色のトタン屋根の上に漆黒のカラスが4羽も止まっている事に珍しさは感じたが、特に気にせずランニングに戻った。

しかし、翌朝もカラスが止まっており昨日よりもカラスの数が多くなっている事に雅章は気がついた。

雅章はヒッチコック監督の「鳥」という映画を思い出して気味が悪いと思いつつ、その倉庫管理を任されている立場上見に行く事にした。

どうせ最近近所で多発している生ゴミの不法投棄だろうとたかをくくって渋々第七倉庫に向かう準備をしに家に戻った。

市街地から離れた山の中腹にある第7倉庫は地元の農業組合の所有で、他の第1~6倉庫と違い。非常用の蒔きや燃料を備蓄しているのでめったに使われる事はない。

一度、家に戻り鍵を持ち出した雅章は最近エンジンをかけていない初期のブルーバードに乗り込み第7倉庫を目指した。

家から10分ほどで第七倉庫に着いた雅章は倉庫の入口の異変に気づく。

そこには錆び付いた南京錠が壊されて入口の所に落ちていた。

これは間違いなく生ゴミの不法投棄だ。カラスもそれを狙って集まって来に違いない。まったく!最近の若い奴は!!

雅章は怒りにまかせて扉をあけた。

むわっと何かが腐った臭いが鼻をついたのと共にカラスが老人を威嚇する様にけたたましく鳴いた。

「全く!人間様を何だと思っていやがる!!」

老人は近くにあった箒を怒りに任せてふりまわしカラスを威嚇したが、カラスはヘリからぶら下がったある物から離れようとしない。

何がぶら下がっているんだ?雅章は老眼鏡を胸元から取り出してそのゆらゆら揺れるぶら下がる物をじっと目を凝らして見てみたが、それでも暗くて良く見えない。

第七倉庫は一ヶ月前の台風で電気系統がいかれてしまった為、電気をつける事ができず午前中でも中は真っ暗だった。

外からの光が倉庫の穴の空いた壁から差し込んでおり、その釣り下がっている物の下をライトアップする様に照らし出していた。

雅章は目を凝らしてその光に照らされた物を見る。

「??・・・・靴??」そこには乱雑な倉庫とは対象的に革靴が綺麗にひと組み並べられていた。


・・・・・・・・・・・・ポト。

何かが革靴の上に落ちた。

雅章はカラスを警戒しながらも恐る恐る靴に近寄り、落ちて来た物に目を凝らす。

・・・・・・・・・・・・・・・・・ポト。

今度は雅章の頭に何かが落ちてきた。

カラスの糞か?頭をまさぐり落ちてきた物を差し込む光の下で見てみた。

そこには手のひらで黄色い蛆虫が這いずっていた。


一気に雅章の背筋に悪寒が走る。

まさか・・・・・?

雅章はポケットに入れてあった懐中電灯を慌てて取り出し上に向けた。

懐中電灯の光の先には舌を出して、片目が飛び出ている男の顔が雅章の視界に飛び込んで来た。

雅章の悲鳴と懐中電灯の光に驚いたカラスの鳴き声が倉庫にこだました。


<始まりの歌>

「父に・・・・間違いありません。」

暗く、無機質な狛江市警察署の霊安室で小野寺秀子は変わり果てた父との再開した。


秀子の勤務している仕出し弁当の工場に電話が入ったのが本日の17時過ぎ、丁度ロッカールームで帰り支度をしていたところだ。

「小野寺君、君に警察の方から電話が入っているそうだよ。」

パートリーダーの島田がノックもせずに慌ててロッカー室に入ってきた。

ずんぐりとしたお腹の中年男性で、普段はひょうきん者で冗談ばかりを言っては周囲を和ごます島田が珍しく神妙な面持ちで入って来たを見て秀子にも緊張が走った。

秀子は電話のある工場の事務所に急いで向かい、身に覚えの無い電話に少し緊張しながらも電話口に立った。

「もしもし、小野寺秀子さんですか?私、狛江市警察の谷坂と申します。」

「はい・・・・私が小野寺ですが、何か?」

「実は本日未明にうちの管轄で首吊り死体が見つかりまして、身元を確認したところ江東区にお住まいの小野寺義人さんと発覚しました。詳しくは署でお話致します。」

最初は何かの冗談だと思った。父が自殺?

秀子の家は貧しい父子家庭で母は秀子が幼い頃病死していた。

江東区に小さなアパートを借りて、貧しいながらも二人で支えあいながら生きてきた。

父が新工場の技術指導の為、5日ほど家を空けると行って家を出てから今日で5日が経った。今日は帰ってくる父の為にいつもの質素な夕飯ではなく、父の好物であるお刺身とビールを買って帰ってあげようと考えていた。

真面目で、無口で、優しくて、いつも秀子の話を笑顔で聞いてくれた父・・・。

頬はこけているものの、温かみのある父の笑顔が大好きだった。

お酒はあまり得意で無いが嬉しそうにちびりちびりビールを飲む姿を想像して秀子は表情を緩ませていた。

そんな父が自殺なんて何かの間違えだ。そうあって欲しい。

秀子は普段は丁寧に折りたたんで鞄の中に入れる作業着を無理やり押し込み、直ぐ様狛江市警察署へ急ぐ為いつもとは反対の電車に飛び乗った。


霊安室に横たわる亡骸は紛れもない父であった。

物静かで、愚直で穏やかな父・・・。

秀子が地味女、ブスといじめられ帰ってきた時も黙って抱きしめてくれた大きな手は、おどろくほどに冷たくなってしまった。

死後、時間が経っており体のいたるところに死斑が見え、所々に劣化して黒ずんだ傷が痛々しいく遺体に刻まれていた。死後硬直により冷凍された魚の様に体は固まっていた。

遺族と会うことを予測したのか、少し腐敗の進んだ父の顔は眠る様な死に整えられていた。

父は死ぬ間際に何を思ったのだろう?それは表情から読み取る事は出来なかった。

「お父さん・・・・・・お父さん!!」

父親の冷たくなった亡骸に顔を埋め、秀子は喉が切れるほど泣いた。

暗く無機質な霊安室には秀子の鳴き声だけがこだましていた。


その後、司法解剖に父の遺体はまわされ翌日、父の通夜はしめやかに行われた。

父子家庭でお金の無かった為、最低限の小さな葬儀となった。

父は生前、無口で口数の少ない人だった為、参列者は親族とごく少数の人間だけとなった。

お父さん・・・・盛大に送る事ができなくてごめんね。

秀子は貧乏な自分を責めた。

お父さん・・・・どうして私をおいて逝ってしまったの?

お父さん・・・・もう私の話を聞いてくれないの?

お父さん・・・・もう私に微笑んでくれないの?

お父さん・・・・なんで自殺なんて・・・・?

秀子の脳裏に父との様々な思い出が走馬灯のように横切る。

その度に秀子は涙を抑える事が出来なかった。

死亡推定時刻は5日前だと谷坂という警察官が教えてくれた。

いつも通り勤務時間の1時間前に着くように出かけた父、秀子の作った朝食を美味しそうに食べて、いつもの様に父の背中を見送った。

いつもと変わらぬ表情と、いつもと変わらぬ朝、そのいつもと変わらぬ日に父は自殺をした・・・・・。


明日の出棺に備え、父の棺に入れる遺品を取りに秀子はアパートに戻った。

鍵を開けると静まり返った真っ暗な部屋が広がっていた。

父とのたくさんの思い出が詰まった部屋、しかし、この家に父が帰って来ることはもう二度と無い。

なぜか部屋が広く、冷たく感じた。

お父さん、なんで私を置いて自殺なんてしたの?

なんで?何も話してくれなかったの?

なんで?なんでなの?

秀子は一人になった部屋で膝を抱えてまた涙を流した。


しばらくして秀子は父の遺品を探し始めた。

読書ぐらいしか趣味の無かった父の遺品は思ったよりも少なかった。

そんな中でタンスの奥にある見慣れない小さな長方形の箱を見つけた。

どこにでもあるお菓子を入れる様な無地の厚紙で出来た箱だった。

「・・・・なんだろうこの箱?」

秀子は気になって箱の中身を空けてみた。

その中には通帳と印鑑、小さな名刺が入っていた。

秀子は父が個別に通帳を持っている事に秀子は驚いた。家のお金は全て自分が管理していると思っていたのに・・・?

開いては行けないと思う反面、どうしても見てみたい欲求に秀子は勝つ事が出来なかった。

秀子は通帳を開いた。


2013年3月20日 8,000,000円入金

2013年3月20日 2,000,000円出金

2013年3月27日 3,000,000円出金

    ・

    ・

    ・ 

    ・

2013年4月 1日10,000,000円入金

2013年4月 2日 8,000,000円出金

    ・

    ・

「うそ・・・、1,000万円の入金?800万円の出金?」

普段は見ることの無い金額に秀子は衝撃を受けた。

そんな!?父がなぜこんな大金を?

父の今まで知られなかった顔が明らかになった。

同じ箱に入っていた名刺を見てみる。

サファイア・ルージュ レイカ

その名刺はさらに秀子をどん底に突き落とした。

「サファイア・ルージュ?レイカ?・・・・ひょっとして?」

住所を見ると新宿区歌舞伎町市役所通りXX町00番と書かれていた。

今まで話の中でしか聞いた事の無い歌舞伎町・・・・夜のお店が立ち並ぶ場所だとは聞いているが、なぜ父がそんなところに?ひょっとしてこの大金はそのお店で使ったのか?こんな大金どこで手に入れたのか?

秀子の中で疑惑が渦をまき、秀子はその黒い渦に巻き込まれそうだった。


翌日、親族とごく数人の知人で父の葬儀は行われた。

父は生前、知人も少なく小さな工場で30年間勤め上げてきた。

皆が口を揃えて言うほど、父は真面目で無口で温厚な人間だった。

そんな父は何故、自分を置いて自殺なんてしたんだろう。

そしてあの箱の中身は一体何を意味するのか・・・・?

解けない疑問を一人抱え、秀子は悲しみにくれていた。

その時、参列者の中で一人見かけない顔の男を秀子は見つけた。

その男は年は30代前半ぐらい、背が高く、少し細身のスーツを着こなす姿は一般の会社員とは違う雰囲気を醸し出していた。どこか若い雰囲気もあり顔立ちは整っているが目付きは鋭い。

人を近づけないというか、鋭い刃物の様な印象を受ける。

知人席の一番後ろで男は父の遺影をずっと見つめていた。

・・・あの人は一体誰だろう?


「秀子さんですね?」

その男を眺めていた秀子は不意に後ろから声をかけられ後ろを向いた。

そこには頭頂部がはげ上がった中年の男性が立っていた。

「この度は御愁傷様です。村岡金属株式会社の社長の村岡です。」

父の勤めていた会社の社長の挨拶に秀子も恭しく頭を下げた。

「小野寺君は物静かですが、真面目で優しい男でした。どんなに体調が悪くても欠勤する事などありえなかった。ただ、娘の体調が芳しくないと5日程休みを下さいと私に言ったのが最後だった。あれが彼との最後の会話になるとは・・・・。」

村岡は嗚咽を漏らしハンカチであふれる涙をぬぐった。

「え・・・・・?父は新工場の技術指導に行ったのでは?」

「技術指導?はて?・・・・確か技術指導は赤井が行ってるはずでは?小野寺君が出るほどの難しい物は新工場では製造しませんので。それがどうしました?」

「・・・・・いえ?何でもありません。本日はお忙しい中、足を運んでくださり誠にありがとうございました。父もきっと喜んでいます。」

秀子は頭を下げそそくさと村岡の前から去った。


そんな・・・・父は嘘を着いていた?

なぜ?あの5日間に何があったの??

父の謎の行動、そしてあの通帳、サファイアルージュ・レイカ?

秀子の頭は父への疑惑で混乱しきっていた。


式は滞りなく終わり、父の亡骸は火葬場の炎により骨だけになった。

骨壷を持ち一度自宅に帰ろうとした時、がに股のごま塩頭のコートを着た男が寄ってきた。

「失礼ですが、小野寺秀子さんですか?」

男は火葬場中に響きわたるのではないかと思われる声で秀子に聞いた。

「はい、私ですが・・・・。」

「失礼、私、こういう者ですが。」

男は胸元から黒い警察手帳を出した。

警視庁 刑事一課 警部 伊藤秀人

「先日、お父様である小野寺義人さんの司法解剖の結果がうちに来たんですがね、ちょっと気になる事がございまして・・・・。」

伊藤は少し言いにくそうに頭をペンの裏でかいて話した。

「気になる事とは?」

「いや・・・・無かったんですよ。肺の片方と肝臓の一部が。」

秀子は耳を疑った。肺の片方と腎臓の一部が無い?

父は日頃から自分が倒れてしまっては秀子を養っていけないと、いつも健康に悪い食べ物は控えていた。当然、酒もタバコもやらない。

病気で入院したり、手術をした事も聞いていない。

「何かの外科手術で取り除いていたそうなんですが、少し不自然な切り方をしている様でして、病気の部分を取り除いたのでは無くその臓器を取り除く為に切ったというか・・・・。」

「どういう事ですか・・・?」

「つまり、言いにくいのですが、臓器の売買の為に切り取った可能性があるとの事です。」

父が自分の臓器を売った?そんなことは無い!と大声で叫びたかったが、頭の片隅にある疑惑をぬぐいさる事は出来なかった。

もし臓器を売ったお金の入金があの通帳のお金だとしたら・・・・。

「小野寺さん?何か思い出されましたか?」

「え?ああ、何でもないです。・・・・父はそんな自分の臓器を売るような人ではありません。」

「失礼しました。あくまで可能性なので・・・・他に義人さんが何か悩んでいたような事はありませんでしたか?」

「いえ、特には?」と伊藤には答えたものの秀子の頭の中は通帳の事でいっぱいだった。

そんな、まさか父が臓器を売るなんて・・・・。


その週の金曜の夜に秀子は名刺を頼りにその場所に行ってみた。

夜の街に煌々と輝くネオン、昼の世界では見ない人種がそこには多く生息していた。

女たちは自分の親より年上の男と腕を組み、派手な身なりをした男たちは獲物を狙うハイエナの様に通行人を物色していた。

秀子は恐怖で止まりそうな足を無理やり前に進めた。

そんなネオンのジャングルの様な歌舞伎町の中で大通りに面したひときわ煌びやかな建物が秀子の目に飛び込んで来た。

サファイア・ルージュ

名だたる歌舞伎町の店の中でも中でもNo1を誇るその店はインドのタージマハールを思い起こさせるようなエキゾチックな外観の店だ。

その扉が勢い良く開かれ中から腹を弛ませ、高価なダブルのスーツ着た中年男性とその男性よりも一つ頭背の高いモデル体型の美しい女性が腕を組んで出てきた。

「なあ、レイカぁ、今度アフター付き合ってくれよ。美味しい個室のお店予約したからさあ。」

中年男性はねっとりとした目線を、胸元が大胆に空いたレイカの胸に向けた。

「フフフ、うれしい。ねえ、丸山社長・・・、そんな素敵なお店に連れてってくれるのは嬉しいんですけど・・・・・、私、最近、すごく落ち込む事があったの。」

レイカは節目がちに少し憂いをたたえて男性の耳元で囁く様に言った。

「な、な、どうした?何でも私に言ってご覧なさい。」

丸山は胸を張ってどんと来いと言わんばかりに自分の胸を叩いた。

「実は・・・・お気に入りのオメガのスペシャリティーズっていう時計を無くしてしまったの。母の形見で大切な時計だったのに・・・・。」

女性は今にも泣き出しそうだった。

「そうか、そうか、儂に任しておけ!オメガのスペシャリティーズだな。私が次までに用意しておこう。」

「ホント!!ピンク色のスペシャリティーズだよ!!丸山社長に買ってもらえたら私、毎日付けるね。丸山社長と毎日一緒にいるみたい。シャワー浴びてる時も、ベッドの中でも・・・・・。」

レイカは少し腰を屈め上目遣いに丸山を見つめると、丸山の禿げた頭から、頬、胸、股間へ細いプラチナのような指をはわせる。

ふほほほほと丸山は下品に上気する。

「次・・・・楽しみにしてるね。」

レイカは耳元で吐息を吹きかけるように話しかけた。

丸山をタクシーに乗せレイカはタクシーが見えなくなるまでお辞儀をしていた。

タクシーが角を曲がった後にレイカは顔をあげた。

その顔は汚物を見るかの如く不快に満ち、恐ろしく残酷な顔をしていた。

ふと、レイカと秀子は眼が合った。

何見てるのよ!!レイカは丸山の憎悪をそのまま秀子にぶつけた。

おもわず秀子は眼をそらしてしまう。

ゆっくりと秀子はレイカのいるほうに目を向けると、レイカはいなくなっていた。

あの人が・・・・レイカ・・・?

秀子は驚きと恐怖を胸に歌舞伎町を後にした。


自宅のアパートの郵便受けを秀子は覗いた。

そこには小さな誕生日カードのような紙が入っていた。

秀子は中を覗いてみた。

「義人さん

最近来てくれなくてさみしーな!!

また、レイカの為にたくさんボトル入れて、ちゃんとプレゼントもってきてね。

まってまーす。

レイカ」

女の子らしいかわいい文字で書かれたそのカードを見たとき秀子は震えが止まらなかった。

足元に急に穴が空いて、その中に落ちて行くような錯覚を覚えた。

やっぱり父はあの女にお金をつぎ込んで、内臓まで・・・・。

秀子はあまりのショックに立ってられなかった。

思わず壁にもたれかかる。

体の震えが止まらない。

そんな・・・・父が・・・・・。


「真実を知って立ってられなくなったか?」

後ろから低く通る声に秀子は振り向いた。

そこには葬式に出席した30代前半ぐらいの背の高い男が立っていた。

「あなた・・・・だれなんですか?」

「君のお父さんのちょっとした知り合いと言っておこう。」

男は表情一つ変えず射抜く様な瞳で真っ直ぐ秀子を見つめた。

「知り合い?」

「そうだ、その手紙を見てわかるとおり君のお父さんはたった1年で全財産をサファイア・ルージュに吸い取られた。そして、自分の体の一部を売ってまでも」

「やめて!!」

秀子は両耳をふさいで首を横に振った。大好きな父が自分の内臓を売ってまでキャバクラに通ってたなんて秀子にとっては残酷すぎる現実だ。

しかし男は秀子の手を耳から無理やりはずし、顔を自分のほうに向けた。

「逃げるな!!これはまぎれもない事実だ!!君のお父さんはキャバクラに多額の金をつぎこんだ。現実から目をそむけるな!!」

「嫌!!」

秀子は頭がパニックになって顔をそらし泣き出した。

「いいから話を聞け!!君のお父さんは騙されたんだ。騙されて気がつけば麻薬のようにお金をつぎ込んでいた。あいつらは人の弱みにつけこんだんだ。君は悔しくないのか?自分の父親を自殺にまで追い込んだ。あの店が!!あの女が!!!」

秀子はレイカの顔を思い出した。あの残酷で憎悪に満ちた瞳、あの女が・・・・父を殺した?

「そこで泣きたいならひとりで泣いていろ!俺はあの店に復讐するつもりでいる。負け犬としてこのまま泣き寝入りするか、復讐するか自分で決めろ!」

「・・・・・・復讐?」

そう言うと男は胸元がら名刺を取り出した。

「もし、戦う気があるなら明日、ここに来い。」

そういうと男はきびずを返して去って行った。

秀子は渡された名刺を見た。

投資ファンド・バーネストカンパニー・代表取締役・竜崎 遼


<復讐>

「丸の内のカールネオビルの所有権を売れ、今なら38億で売れるはずだ。その金で今売りに出ているアメリカのブライアンスミス社の株を買えるだけ買うんだ。日本の帝和グループとの業務提携で技術力は倍増する。

それとブライアンスミスはハリケーンの異名を持つコストカッターだ。

今回も帝和グループに無理な要求を出すだろう。もし、帝和がその条件を無条件に飲むようなら帝和に未来はない。帝和グループ株を全て売る。何?日本を代表する企業だと?

下らん、あんな沈みゆく戦艦に投資の価値など皆無だ。

業務提携の内容が発表された時点で俺に報告しろ!以上だ!」

仕事の電話を終えると竜崎はソファーに腰を下ろし一息ついた。

投資の世界は一瞬の判断が命取りになる。

自分が必要と思ったものには資金を投じ、いらないと思うものはシビアに切り捨てないと生きていけない。


昨晩、あの女に名刺を渡したがおそらくは来ないだろう。

まあいい・・・。

俺はいつも一人だ。俺の全てを奪ったあいつを潰すまでは俺は鬼にでも、悪魔にでもなる。

一人、オフィスの窓から新宿の高層ビルを見つめ竜崎はもの思いに耽った。

するとコンコンと扉を叩く音が聞こえた。

「入れ」

タイトスーツを身にまとった肉感的な女性が立っていた。

「社長、小野寺秀子様という方がいらしておりますがお通しいたしますか?」

竜崎は驚いたが、何くわぬ顔で通せと一言だけ告げた。


数分後、カーディガンにジーンズ姿の秀子が静かに入ってきた。

その目は充血し腫れ上がっていた。

一晩中悩んだんだろう。目の下にはくまがはっきりと刻まれていた。

秀子は竜崎の正面にすわり強い眼差しで見つめた。

その強い瞳に竜崎も圧倒される。

いい目だ・・・・この目を持った人間を俺は今まで待っていた。

秀子はカバンの中から銀行の封筒を出した。

「・・・・父の保険金と私が今まで貯めてきたお金です。これが私の全財産です。全てを掛けて私は父の仇を取ります!」

秀子の目に迷いは無かった。


「・・・覚悟はできているんだろうな?」

「・・・はい。」

「後戻りはできないぞ。」

「解ってます。」


しばらく沈黙がオフィスを包む。

「ならば、まずはその服を脱げ。」

その言葉に秀子が明らかに動揺したのは解った。

「覚悟が決まったんじゃなかったのか?」

竜崎は試す様に秀子に言い放った。

「わ、解りました。」

秀子はおもむろに立ち上がりグレーのカーディガンのボタンをゆっくり外しはじめた。

カーディガンを脱ぎTシャツとジーンズになったところで手が止まる。

すこし離れたところからでも震えている事が解った。

「覚悟が無いなら今すぐここから出て行け!!」

竜崎の恫喝に秀子はキュッと目をつむった。

そしてTシャツを脱ぎ、ジーンズを下ろした。

地味な白い下着姿の秀子は恥ずかしさに耐えながら必死で立っていた。

「服を脱げといったんだ。下着も外せ。」

秀子はゆっくりとためらいながら、下着の上下を外した。

秀子は全裸になり竜崎の前に立った。小さく少女の様な乳房に、陰毛は薄め、細く貧弱な平たいと表現したほうがしっくりくる体であった。

その体の乳房と陰部を必死に両手でかくして、恥ずかしさに耐えていた。

「腕を横にしろ。」

竜崎は感情のない声でそう告げた。

両手をまっすぐに伸ばし、恥ずかしさが頂点に達した秀子は真っ赤な顔をし、目をつむり、必死で恥ずかしさに耐えていた。

「今までの経験人数はどのくらいだ?」

「・・・・まだです。」

「なに?」

「まだ・・・・経験がありません。」

秀子はか細い声で応えた。


しばらく竜崎は秀子の体の観察を続け、メモを取り始めた。

秀子の顔を近くで覗き込み一つ一つ書類の中身を確認するかのようにじっくり見つめ、メモを書いていった。

その間、秀子はギュッと目を瞑り恥ずかしさに耐えていた。

「服を着ていいぞ。」

竜崎は小さくつぶやいた。

内線で秘書を呼びさきほどのメモを渡した。

その間に秀子は服を着替え終わり部屋の隅の方で震えていた。

竜崎は携帯を取り出してどこかに電話を掛けた。

「竜崎です。・・・・ええ、・・・・・今すぐ一人、手術をうけさせたいのですが。・・・・詳細は今、及川に送らせました。確認できますか?・・・・・ええ、・・・・お願いします。先生が執刀してください。」

電話の内容は解らなかった。しかし、手術や執刀などという言葉が出てきた為、秀子は身を硬くした。

電話が終わり竜崎はメモに何かを書き込み秀子に渡した。

「そこに行って今から整形手術を受けて来い。2週間後、次の段階に移る。」

「ちょ!・・・っちょっとまってください!整形手術ってなんのことですか?」

「今からお前をレイカを超えるキャストに育てサファイアルージュに潜入させる。レイカを倒すには技術、ルックス、経験、運までも味方に付けないと勝てない。それほど、お前とレイカの差はあいているという事だ。まずは一番早いルックスから手に入れてもらう。」

「そ、そんな・・・・私・・・・嫌です。それにキャストなんて・・・・無理です。」

確かに秀子のルックスは非常に地味な印象を受ける。100歩譲って地味な印象を取り除いても顔は10人いたら7~8番目の可愛さだ。スタイルも細すぎて胸もなく、貧相な骨ばった体だ。

小さい頃から地味女、暗いブスといじめられてきた。

しかし、小さくはあるが優しい目元が父親にそっくりだといわれる事は秀子にとって誇りだった。

「両親からもらった体に傷をつけるなんて・・・そんな」

「ならば今すぐ帰れ!!今のお前じゃ仇なんか絶対取れない。そのままレイカへの憎しみを抱いて負け犬として一生生きていろ!!」

その言葉に秀子は敵意をむき出しに竜崎を睨んだ。

その迫力に竜崎は一瞬たじろいだ。

あの大人しい秀子の目からは想像もつかないほど復讐に満ちた燃えるような目をしていた。

いい目だ。大人しい様に見えても本当は芯の強い女なのかもしれない。

秀子はメモを乱暴に掴み取り、足早にオフィスから出て行った。

「社長、彼女は向かいますかね?」

秘書の及川が竜崎に聞いた。

「ああ、あいつは必ず行くさ。見違えるようになって俺の前に戻ってくる。俺は投資の目は確かだ。あいつは必ず最高の切り札になってくれる。」

竜崎は窓から秀子の背中を見つめた。

・・・俺は必ずあいつと復讐を果たす。


「まず、まぶたを切開して一重を二重にします。その後に涙袋を膨らませ、頬骨を削ります、バストは今より20cmUPと指示されているのでシリコンを注入します。肋骨の一番下を抜いて・・・・。」

医師の話を聞きながら秀子は卒倒しそうになった。ほぼ全てのパーツをいじる事になっている。これでは改造人間だ。

「本日で全ての手術をするため体への負担は非常に大きいです。しばらく腫れや痛みがとれません。それだけは覚悟してください。」

医師は感情のこもらない声で秀子に言った。

「・・・・はい。」

「では、誓約書にサインを。」

秀子は大きな不安を残し誓約書にサインをした。


手術が終わり秀子は目を開けた。手術開始から5時間後に目を覚ました。

ぐるぐるに包帯を巻かれた顔と体を見てその不気味さにぞっとした。

しかし、その不気味さもじわじわと大きくなっていく痛みにかき消されていった。

顔が、目が、口が、胸が、足が体の大部分が炎で焼かれるような痛みを発していた。

あまりの痛みに絶叫したかったが声が思う様に動かない。

確か説明で声帯もいじった事を聞いた。秀子はぐぐもった呻き声を上げる事しか出来なかった。

寝返りを打つだけでも激痛が走り、眠る事も出来ない。

食事も禁止され栄養剤を打たれながら、排泄は管を通して行われた。

誰にも助けを求めることが出来ず秀子はただ全身を襲う痛みに耐えていた。

その痛みは・・・、

一日では収まらなかった。

全身を焼かれ、ナイフで刺されるような痛みが秀子を襲った。

その地獄の中で秀子はレイカのことを思い出した。

レイカの残忍なあの横顔、見下した瞳、人を騙す猫なで声、憎悪に満ちた視線・・・・・、父を騙し、陥れ、殺したレイカという忌まわしい存在を痛みと共に呪った。


ほぼ寝たきりの状態が2週間続いた。

二週間が過ぎ、痛みも収まり看護師に包帯を外してもらい秀子は鏡を見た。

そこにはまったくの別人が全裸で立っていた。

瞳は二重で小さな顔の大半を占めているのではないかと思うほど大きく愛らしい。シャープになった顎と果実のような唇、少し病的なほどに細くくびれたボディと、それに不釣合いに主張する大きな御椀型の乳房、ヒップは美しい曲線を描いており、足は無駄なものをそぎ落とし雌豹のような印象を受けた。

「これが・・・・、私?」

美しい、新しい自分の体に思わず見とれてしまった。

「メイクを施さずにそのレベルだ・・・・。驚いただろう?」

後ろを振り返ると竜崎が立っていた。

秀子は思わず入院服で体を隠す。

「しかし、その程度では貴様はレイカの足元にも及ばない。一時間後に出発する。ついて来い。」

「そ、そんな、今日、退院したばかりなのに・・・。」

「ぐずぐずするな、時間がない。一時間後、病院の正門の前で待っていろ。」

それだけ言い残して竜崎はきびずを返して出て行った。


一時間後、真っ白なフェラーリが横付けされた。カーウィンドが下がり竜崎の顔が見えた。

「乗れ。」

言われるがままに秀子はフェラーリに乗り込んだ。

首都高に乗り茗荷谷の病院から一気に青山の繁華街へと車を飛ばす。

着いたのは青山でも一番きらびやかでハイセンスな建物だった。

車を止めてツカツカと建物の中に入っていく竜崎に慌てて秀子がついていく。


「いらっしゃいませ、お待ちしておりました竜崎様。どうぞこちらへ。」

中から黒服を着た50代ぐらいの男が中から出てきた。恐らくこの店の支配人であろう。

竜崎と秀子は店の奥の部屋に案内された。

その大きめの個室には500点以上のドレスが掛けられていた。

エルメス、プラダ、シャネル、イブサンローラン・・・・・どのドレスも一度は名前を聞いたことのある高級ブランドの商品だ。秀子は思わず呆然としてしまった。

「30着ほどこいつに合う物も見繕ってくれ。店にいて、誰よりも目を引くやつを頼む。」

「かしこまりました。」

それからドレス、靴、アクセサリー、美容院、メイク室など多くの店をはしごした。

おそらく、今日一日で1000万円以上の金を使ったであろう。

「あ、あの・・・こんなに私の為に使って頂き、ありがとうございます。」

「勘違いするな。お前は投資の商品であり、俺のカードだ。あいつを潰すまで、あの女を殺すまでの切り札だ。」

その後は二人、何も会話を交わすことはなかった。


「明日、この店に19時までに行け。そこの芳江という女にキャバクラの全てを教えてもらえ。」

それだけを言い残し竜崎のフェラーリは去って行った。


フェラーリを飛ばしながら竜崎は考えていた。

あのまま、あの女を復讐に巻き込んでいいのか?

いや、復讐はあの女無しでは成功しない。

あの強い目、強い眼差し・・・・・・・・・。

俺はあの女を使って必ず復讐を成し遂げる。

竜崎はアクセルを強く踏み、首都高を飛ばした。


<アゲハ>

池袋・・・、

東京都豊島区に属する池袋駅を中心とする副都心。または東京都豊島区に属する区画の一つ。

池袋は、新宿、渋谷と並ぶ山の手3大副都心の一つ。池袋駅を中心に巨大な百貨店や専門店、飲食店などが局在する。池袋駅の一日平均乗降者数は約271万人(2007年度)。池袋駅西口および東口駅前に繁華街が広がり、北口および東口サンシャイン通り裏手、同明治通北側一帯には大規模な歓楽街がある。1日に約100万人の集客人員がある。


西口方面には東武百貨店、ルミネ池袋(旧称メトロポリタンプラザ)、東京芸術劇場、池袋西口公園等、東口方面には西武百貨店、池袋パルコ、サンシャインシティ、豊島区役所等がある。


池袋駅が8路線からなる巨大な鉄道ターミナルであるほか、池袋には周縁部を含め明治通り、グリーン大通り、春日通り、要町通り、劇場通り、川越街道などの道路が集まる。


池袋駅から少し離れると、立教大学(西池袋)、帝京平成大学(東池袋)、重要文化財に指定されているフランク・ロイド・ライト設計の自由学園明日館、多くの著名人が眠る雑司ヶ谷霊園などの緑や文化財も多く、池袋演芸場などの寄席や小劇場もある。


駅や街の至る所にある「いけふくろう」像は、「渋谷のハチ公に対して、池袋にも待ち合わせのメッカを」ということで、"いけぶくろ"と"フクロウ"を掛け合わせて考え出されたものである。特に、東口のものはJR発足時に設置されたものである。駅東口には西武百貨店、パルコ、サンシャインシティ、ビックカメラ、ヤマダ電機、豊島区役所などがあり、東口一帯に繁華街が広がる。駅からグリーン大通りを進むと左手にサンシャイン60ビルやトヨタアムラックスが見えてくる。サンシャインシティ方面へ延びるサンシャイン60通りは、飲食店、映画館、ゲームセンター等も多く、休日は歩行者天国になっている。このサンシャイン60通り沿いや、三越の西側には歓楽街が広がり、キャバクラやストリップ劇場、風俗店などがある。


パルコ、P'パルコ、サンシャインシティアルパ&アルタなどがある。 池袋はまたジュンク堂書店(本屋としては日本一の大きさを誇る)、リブロなどの都内屈指の書店激戦区でもあり、10店舗以上のCD店が競合する音楽激戦区、ラーメン、回転寿司などのグルメ激戦区でもある。書店については、神田神保町や早稲田のように密集はしていないものの古書店も非常に多く、大型新刊書店の多さとあいまって東西池袋は神田新保町に次ぐ「本の街」の様相を呈していたが、その主力を担っていた東口の光芳書店チェーンが大幅に店舗整理したこともあり、かつての盛況には及ばない。


そんな池袋の夕暮れ時をきらびやかなドレスを身にまとった女性が歩いていた。

その栗色の髪は盛られて緩やかなカールが巻かれ、上を向いたまつげに黒目が大半を占める瞳、歩くたびに妖艶に揺れるバストはすれ違う男達の目線を釘付けにする。

それは紛れもない秀子だった。

「・・・・・なんか落ち着かないな。」

つい一ヶ月前まで地味で風景の一部のような自分が、芸能人のように目線を集めている。

そんな落ち着かない感覚を歯がゆくおもいながらも、東口にあるキャバクラ・ドルチェを目指した。


ドルチェは東口繁華街の中央あたりに店舗を構える中規模のキャバクラだ。

客層はサラリーマンや中小企業の社長など年収300万~500万円あたりである。


「で、あなたが秀子ちゃん?」

和服を着た40手前の美しい女性が秀子の前で腰掛けていた。

その凛として隙のない姿はこの世界を長く生き抜いてきた人間のオーラだ。

「は、はい。宜しくお願いします。」

秀子愛想笑いを浮かべ頭を下げた。

「・・・・・・あなた、整形しているわよね?」

芳江の射抜くような視線に秀子はたじろいだ。

芳江は小さく優しげな微笑をアゲハに向けた。

「手術は完璧よ。恐らく同じ整形外科医が見ても判らないと思うわ。ただ、あなたの笑顔を見た時に何だか不自然に見えたの。顔を使いなれていないっていうのかしら?

感情に対して表情が一瞬遅れている様に見えたの。

それと何より外見と中身が比例していないもの。そんなに綺麗で男を釘付けにするボディを持ってる子ならもっと自信満々なはず。けど、あなたはなぜか周りの視線に対して居心地の悪さを感じている。

当たらずも遠からずって所かしら?」

「・・・ごめんなさい。」

「ふふふ、誤る事は何もないわ。化粧をしたり、可愛い服を買うのと一緒であなたは美しさを買った。それだけの事よ。あなたにもいろいろな覚悟があったと思うわ。

だから、この先、整形の事でとやかく言われても自身を持って堂々としてなさい。貴方は後ろめたい事は何もしていないのだから。」

芳江の優しい一言に秀子は涙を流した。父が自殺してから今までジェットコースターのような1ヶ月だった。そんな中で急激に変わった自分を受け入れる事が出来てなかった。

「話は竜崎さんから聞いているわ。歌舞伎町のサファイア・ルージュは日本で最高峰のキャバクラ。ここよりも何百倍の厳しさよ。その中でNo1のレイカさんに勝たなければならない。だから、あなたは生まれ変わらないといけないの。」

芳江の言葉に秀子は頷いた。

「いい子ね。貴方は今日からアゲハと名乗りなさい。この夜の世界で誰よりも強く、美しく舞う蝶になるの。」

アゲハ・・・それが私の生まれ変わった名前だ。


<開店>

その日から芳江の指導は始まった。水割りの作り方から、名刺の渡し方、ライターの付け方などの初歩的なところから、一つ一つ丁寧に芳江は教えてくれた。

もともと勉強が得意で物覚えが良いアゲハはどんどん知識を覚えていった。

しかし、どうしても不安に思う事が一つだけあった・・・・。

「オーダーの取り方はさっき言った通り手を上げてボーイさんを呼ぶの、お絞りはここにあるから席に着く前にお客様に渡してね。じゃあ、今日からヘルプについてひとつづつ学んでもらうわ。」

「あ、あの・・・・今日から・・・席に着くんですか?」

「そうよ、経験に勝る教科書は無いわ。実際に席について学んでいくの。」

「はい・・・わかりました。」

「よろしい。じゃあ、開店前にみんなに紹介するからそれまで控え室で待っていて。ちゃんと先輩達にも挨拶するのよ。」


その後、開店前にアゲハの紹介が全キャストの前で行われた。

皆、アゲハの容姿の美しさと、そこから放たれるオーラに圧倒されていた。

池袋の大して大きくない店にこんな美人が来るなんて、キャスト達は危機感を抱いた。

ただ一人、アゲハを除いて・・・・・。


21時、店がついに開店した。

「上田君、4番テーブルの猪俣さんにエミちゃん付けて、最近業績が良くないってぼやいていたらしいからエミちゃん得意の面白ネタで笑わせる様に言ってあげて。それと7番テーブルの西さん、酒癖が悪いから女の子が説教されはじめてら止めてあげてね。

松井君は、23時ごろに亀井部長がいらっしゃるからお誕生日のお花の準備と指名のユリちゃんつけてあげて。後で私もご挨拶にいくから。」

芳江の指示は的確で無駄がない。誰よりも客を知り、水商売を知る完璧な司令塔だ。

ドルチェは決して大きな店ではない。キャストもボーイも飛び切り美人や優秀な人材が集っているわけではない。むしろ戦力としては平均以下だ。

そんな中でドルチェは名だたる池袋の店鋪を押さえ、売り上げは3本の指に入る。

ひとえに芳江の力によるものであろう。


アゲハは不安に押しつぶされそうになりながらも待合室の隅に座っていた。

「アゲハさん、ユリさんのヘルプお願いします。5番テーブルです。」

アゲハはビクッと跳ね上がり、緊張でロボットの様に固まって5番テーブルに向かった。

「ヘルプ」というのは、本指名のキャストが、別のお客様についているときに、つなぎとして代わりに接客するのことである。しかし単なるつなぎ役ではない、適当に話を合わせて水割りのおかわりを作ればいいのではなく、客を飽きさせない会話のスキルが求められる。

ヘルプは、本指名のキャストの行動を目で追いたがる客を自分に引きつけておく事が重要だ。

退屈して時間を思い出させない、それでいて本指名のキャストより目立たない事が重要だ。


「し、失礼します。」

アゲハが固い表情で頭を下げる。

ユリの客であるマルトミ商事の石井部長の眼の色が変わった。

それもそのはず、池袋には間違いなくいないレベルの絶世の美人が目の前に立っているのだから。

「いやー、いつのまにこんなに可愛い子入れたの?おじさんびっくりしちゃったよ。さっ、さっ、ここに座って。」

石井は先に座っていたマドカを押しのけて座る場所を空けた。

マドカが一瞬、むっとするのが解った。

「名前はなんていうの?」

石井がスケベ心まるだしでアゲハに近寄る。

「おので・・・、アゲハです。」

アゲハは先ほど作ってもらった名刺を笑顔で石井に渡した。

「アゲハちゃん、可愛いねぇ。おじさん最近剥げちゃってるんだけど、ニコラス・ケイジに似てきたと思わない?」

「・・・そうですか?」

「そうだよー、冷たいなぁ。アゲハちゃんはどんな男性がタイプなの?」

「・・・・タイプですか・・・・うーーーーん。」

アゲハは真剣に悩んだ、優しい人?どういう風に優しいって伝えればいいのか?面白い人?そしたら芸人さんがみんな好きって事になるし?かっこいい人?いや、かっこいい人は恐れ多くて緊張しちゃうな、というより、学生時代から男の人が苦手だったし、じゃあ、私の好きなタイプって何?????

「ア、アゲハちゃん?」

10分ぐらい真剣に考え込んでていた事にアゲハは気がついた。

アゲハの席に微妙な空気が流れる。

「そういえば、石井さん!おなか減らないですか?マドカフルーツ盛りがたべたーい!!」

鼻にかかったアニメ声でマドカは石井にもたれかかる。

石井もまんざらでは無さそうにマドカの腰に手を回す。

「よしよし、じゃあ、マドカとアゲハちゃんの為にフルーツ盛りを頼んじゃおうかな!」

「もー、なんでアゲハだけちゃん付けなのぉ?」

マドカが上目遣いでむくれる。

「ごめんよぉ、まどかちゃんにもフルーツ盛りおごるからさ。そして、アゲハちゃんのおっぱいみたいなメロンも頂いちゃおうかな。」

石井はアゲハの胸を人差し指でつついた。

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

アゲハは店に響き渡るような声で悲鳴を上げた。

店中のボーイ、キャスト、客の目線が5番テーブルに集り店は静まり返った。


「そ、そんなに嫌がる事無いだろう!!!」

石井は禿げ上がった頭を真っ赤にして怒りを露にした。

「ごめんなさい!!」

周りの空気を察したアゲハは勢いよく席を立った。

するとアゲハは机に強く膝をぶつけ水割りをこぼしてしまった。水割りが石井のスーツにかかる。

「あー、なんて事してくれるんだ!!」

もはや大惨事だ。アゲハは石井に向かって何度も頭を下げた。

「そんなこといいからお絞り持って来なさいよ!!」

マドカの先ほどのアニメ声からは想像もつかないようなきつい声が店にこだまする。

「アゲハちゃん、ちょっと控え室に下がってもらえる?」

そこに芳江がにこやかにたたずんでいた。

「けど、こんな状況じゃ」

「いいから・・・・・下がりなさい。」

芳江の口元は笑っていたが、目元は笑っていなかった。


<蛇女>

ガン!!!

「あんた舐めてんの!!」

勢いよく押されて更衣室のロッカーにぶつかり、しゃがみこんだアゲハの顔の横をマドカのヒールがかすめる。

「だいたい、ちょっと美人だからってお高く留まってんじゃないわよ!石井のハゲ程度じゃ会話もしたくないの?ちょっと胸触られたぐらいで悲鳴上げちゃって!カマトトぶってんじゃないわよ!」

自分の顔の目の前でマドカが容赦なく罵声を浴びせてくる。

すみません、すみませんと頭を下げながらアゲハはうずくまり今にも泣き出しそうだった。

その後ろではユリがけだるそうにスマホをいじり営業メールを打っていた。

「ユリさんもなんか言ってあげてくださいよ。このカマトト女に!」

ユリがギョロリと冷たい目線をアゲハに向けた。美しい切れ長の眼が爬虫類を彷彿とさせるどこか妖艶な顔立ちだ。

「あんたさぁ、この店は誰のモノだと思ってるの?この店はNo1である私の為にあるの、全ては私を際立たせる為・・・・今まで私が気に入らなかったやつ、私に刃向かったやつはみんな辞めさせてきた。10人私が辞めさせたのよ。11人目はあんたよ。楽しみにしてなさい。」

それだけを言い残しユリは更衣室を後にした。

アゲハは震えが止まらなかった。男性との会話の経験も少ない、男性に触れられた事も無い。昔のアゲハの容姿なら誰もが納得しただろう。

しかし、急激に美しくなったアゲハに対して周囲は高くとまっている、カマトトぶっていると観ている。

どうしてなの!なんで私が攻められなきゃいけないの?

アゲハは一人、更衣室ですすり泣いた。

「アゲハちゃん、あなた今日何回泣くの?」

顔を上げると、そこには芳江が立っていた。

「ユリは・・・ちょっと問題の子ね。まあ、あの子が売り上げを上げているからあまり細かい事は言いたくないけど・・・・、それはいいとしてアゲハちゃん、あなたはお父様の仇をとるんじゃないの?サファイア・ルージュに入って自殺の真相を探るんじゃないの?レイカさんを倒すんじゃないの?

池袋のこんな小さな店でも使い物にならなきゃそんなの夢物語よ。」

芳江の突き放す様な言葉にアゲハの闘志に火がついた。

このままじゃいけない!立ち上がらなきゃ!

涙を拭いて立ち上がった。そして芳江に強い視線を向けた。

「私、もう一度戦います!」

勢い良く頭を下げて、つかつかと更衣室を後にした。


プルルルルルルルル・・・・・・。

「はい、芳江です。」

「竜崎です。お疲れ様です。今日があいつの初出勤でしたよね?どうでした?」

「まだなんとも言えないわ。ただ、そうね・・・初日からつまずいていたわよ。」

「そうですか・・・・。」

「フフフ、誰だってそうよ。けど、あの子の眼、良い眼してるわ。あの眼に竜ちゃんも掛けてみたんでしょ?」

「ええ、あいつは必ず一流のキャストになって、父親の仇を取ると思います。」

「・・・・ねえ竜ちゃん、あなたまだ恨んでいるの?あの男を、あのお店を?」

「・・・・。」

「まあ、いいわ。多忙でしょうけどたまにはうちのお店に飲みにきてね。」

「失礼します。」


竜崎は電話を切った。あいつは最初の試練を迎えた様だな。

助け舟を出すか・・・・・・・・いや、これは試練だ。

あいつが成長する為にはこのくらいの試練乗り越えれなくてどうする。

竜崎はアゲハから手元の資料に意識を戻した。

「首の当たりに火傷の痕あり?どういう事だ?首を吊ったのではないのか?」

竜崎は手元の調書を分析し始めた。


<光明>

翌日、アゲハは控え室で悩んでいた。

昨日の失態とユリに睨まれた事でだれもアゲハに話しかけようとはしなかった。

どうしたら、指名を取れるキャストになれるのか?

答えがみつからないまま、開店の時間になってしまった。

「アゲハさん、3番テーブル新規のお客様です。」

アゲハは憂鬱な心境で3番テーブルに向かった。


「はじめまして、アゲハです。」

無理やり作り出した笑顔でアゲハは席に着いた。

そこには小柄なサラリーマン風の中年男性が落ち着きなく辺りを見ながら座っていた。

「あ、お、小野です。いやー、こんなところ始めて来たもので・・・・お恥ずかしい。」

小野は照れくさそうに頭をかいた。

そんな小野の姿にアゲハは思わすほっとしてしまった。

「小野さんは休日は何をされているんですか?」

「わ、私ですか・・・いやはや、趣味というか・・・本が好きでして、良く読むんですよ。」

「そうなんですか。本の話聞かせてください。」

「いやー、こんな綺麗なお嬢さんに聴かせる様な話はないですよ。」

「そんなことないですよ。どんな本が好きなんですか?」

「その、時代小説が好きで、幕末ものが好きなんですよ。」

「そうなんですか、どんな本がお薦めですか?」

亡くなった父が読書が趣味だったのもあったが、アゲハは小野の話をとにかく聞いた。

小野もアゲハに対して、持っている全てを話してくれた。

気がつくと時間である一時間はあっという間に過ぎていた。

「おっと、もうセットの時間は終わってしまった。すまないね。セット料金の焼酎しか頼んでなくて。」

「いいえ、私も楽しいお話聞かせていただいてありがとうございました。」

その日、アゲハの客は小野一人だった。

帰り道、深夜でも営業している本屋にアゲハは寄ってみた。

「燃えよ剣・・・・あった。」

アゲハはその本を手に取り朝が来るまで部屋で読みふけった。


3日後、アゲハはマドカと共に中年のサラリーマン2人組みの接客についた。

ひとりは激しく酔い、軽快に会話を楽しんでおり、もう片方は静かにグラスを傾けていた。

「ふたりは、趣味とかあるのかな??」

大分酔いが回ってきた中年サラリーマンの片方が試す様に聞いてきた。

「えー、マドカぁ、ショッピングかなぁ。欲しいバックがあるのぉ。」

マドカはお得意の猫なで声で中年サラリーマンに寄りかかった。

「かわうぃうぃねー、まどかちゃんは。アゲハちゃんは?」

「私は・・・・・時代小説にはまっています。」

アゲハは客を真っ直ぐに見て応えた。

「時代小説?」

客の中年サラリーマンはポカンと口を空けた。

「はい、幕末とかが特に好きで。昨日も朝まで読みふけっちゃいました。」

「君は、時代小説を読むのかい?」

中年サラリーマンのしゃべらない方が話に食いついてきた。

「はい、司馬先生の燃えよ剣にはまっています。ああいう男の人素敵ですよね。」

「そうかい、いやー、私も歴史に目が無くてね。この間も京都に歴史探索に行ったばかりなんだよ。」

「部長、そうなんですか?」

どうやら無口な中年の方が上席のようだ。

「もちろんだとも、新撰組血風録は読んだかい?」

「それはまだ読んでません。ぜひお話聞かせてください。」

それからというものその席はマドカを除いた3人の歴史談義で盛り上がった。

アゲハは中年二人の話を聴きながら小説で得た知識で相槌を打った。

アゲハは昔から自分から話をする事が苦手だった。ゆえに聞き役にまわる事が多かった。

自分が知っている事だと人間は饒舌になる。

絶世の美女が自分の話に耳を傾けてくれて、共通の趣味を持ってくれている。

それだけで、客は満たされた気持ちになった。

それからもアゲハは客の話を聞き、客に解らない事、知らない事を聞き、ゴルフ、釣り、陶芸など客の趣味を体験し会話の幅を増やしていった。

気が付けばアゲハは3ヵ月でドルチェでメキメキと頭角を表していた。


<蛇の舌>

「あのクソ女!!マジでむかつく!!!」

マドカは更衣室でひたすら荒れていた。

「マドカ、あんた先月の順位、アゲハに負けていたわよね・・・・この店でNo2は今やあんたではなく、あの女・・・・。」

ゆりは冷酷な視線をマドカに向けた。

「違うんです!あの、先月は調子が悪かっただけで・・・・・その。」

「いいわ、可愛い私の妹分・・・・すべてあの忌々しい女がいけないのよ・・・・・。そうねぇ、こんなのはどうかしら?」

ゆりが蛇の様な笑みを浮かべた。


翌日、アゲハが出勤してくると、皆、アゲハのロッカーの前に集まっていた。

アゲハが到着すると皆、うつむいたまま道をあけた。

何の事か不思議に思いロッカーの方に目をやると・・・・今日着る予定のドレスがズタズタに切り裂かれていた。

「ひどい・・・誰が?」

大体察しが付いていたがアゲハはあえて口に出さなかった。

口に出したら最後・・・被害妄想とののしられるのがオチだ。

どうしよう?今日は芳江ママも用事があって店をあけてる。ドルチェは衣装は自前の為、店には衣装が無い。

「そろそろ開店の時間よ~。早く着替えないとね。」

後ろを見るとユリが意地悪そうな視線をこっちに向けている。その視線は獲物を丸呑みする蛇のごとく残忍で冷酷だった。

アゲハは訳も解らずとりあえず店を出た。衣装を探さなければ!!

夢中で池袋の街中を走りまわったがキャバクラで使える様なドレスを売っているお店はなかった。

アゲハは財布の中身を見た。中には9000円、まだ給料の入っていないアゲハの全財産だった。

どうしよう?一体どうすれば・・・・。

アゲハは訳も分からず池袋の街を走り回った。


「本日開店!!アメリカから来たオシャレなファストファッション!!HB35!!本日開店です!!」

途方にくれるアゲハの横で大きな声がした。

そういえば、池袋に今、若い女性に人気のファストファッションブランドHB35が開店したんだっけ?

可愛くて安いから女の子にも大人気・・・・・これだ!!

アゲハは店に駆け込んだ!!急いで少し派手めの服が置いてあるコーナーにむかう。

そして、アゲハは店員を見回した。あの子じゃない、あの子もイメージ違うな・・・・あの子だ!!

ちょっと背の高めの店員に声を掛けた。

「す、すみません!!」

「はい、どうされましたか?」

「あなたにかけます!!」

「はい?」

「一番、可愛いと思うファッションをコーディネートしてください。」

「あの、どんな感じで?」

「誰よりも目立って、男性の目を引くようなコーディネートにしてください!!」

アゲハの勢いに圧倒されていた店員も、アゲハの話を聞いて状況を理解した。

わかりましたと言い、服を選び始めた。


「アゲハさん。ご指名入りました・・・・。あれ、あアゲハさんは?」

「まだ、きてませーん。きっと仕事が嫌で帰っちゃったんじゃないですかぁ。」

マドカが嫌味ったらしく手を上げて言った。

おそらくこの池袋にはキャバクラで着るようなドレスはないだろう。

あったとしても普段アゲハが着ている様な一流ブランドのドレスはまずない。

型落ちしたドレスを着たアゲハを見て客はどう思うだろうか?

思わず溢れ出る笑をマドカは抑える事が出来なかった。

「すみません!!遅れました!!!」

アゲハは勢い良く控え室にすべりこんだ。

「あ、アゲハさん・・・・その格好は?」

控え室にいたキャスト達がアゲハの格好を見て驚きの声を上げた。


「アゲハさん4テーブル入ります。」

ボーイが威勢よくコールする。

「おお、アゲハ、今日もき・・・・ん?」

客の視線がアゲハに向かった瞬間、客の動きが止まった。

「ごしめいありがとー。アゲハだよ!!てへぺろ。」

そこにはブイサインをして、きわどいファストファッションに身を包んだ今どきの格好をしたアゲハが立っていた。

「おお!!今日はどうしたんだい?」

「どう?たまにはこんな感じも?かわいい?」

アゲハが上目使いで小首をかしげる。

「いーんじゃないか?何か娘と飲んでるみたいで照れるな。」

そう言っている客の吉岡もまんざらではなさそうだ。

「今日は皆で朝まで飲んじゃおー!」

アゲハは元気良くグラスを掲げた。

その日、アゲハは今までで最高の売上を上げた。


「待って下さい。ユリさん。」

身支度を終えて帰ろうとするユリをアゲハが呼び止めた。

「あ?」

ユリは首だけをアゲハに向けた。

その目には憎悪が渦巻き、今にも襲い掛かりそうだった。

「こんなやり方やめて下さい。卑怯です。」

アゲハは憎悪に満ちたユリの目を外らすことなく見つめた。

つい数ヶ月前のアゲハだったら目をそらし怯えてしまっていただろう。

しかし、今のアゲハは経験と実績を積み上げて来たことにより少しづつ自信をつけてきた。

「あんた・・・あたしがやったって証拠はあるの?」

「証拠はありません。けど、・・・・こんなやり方は卑怯です!」

「ちょっと!あんた喧嘩売ってるの!!」

マドカが今にもつかみかかりそうな勢いでアゲハの前に出た。

「マドカさんは黙っていてください!!」

アゲハの刺さる様な視線にマドカはたじろきユリの後ろにあとずさった。

「あんた、私に喧嘩売ってきたやつらが今までどうなってきたか知っているわよね?いいわ、こうしましょう。来月の売上で負けた方がこの店を去る。これでどう?」

ユリは挑発的な視線をアゲハにぶつけた。

その目は冷酷で人を見下した目であり、レイカの視線を思い出させた。

あのレイカの悪魔の様な残忍な視線・・・・この女には絶対負けない。

「解りました。その勝負引き受けましょう。」

ユリの口が赤い傷の様に三日月形に開いた。

「楽しみにしててね、アゲハちゃん。あんたがこの店にいられるのもあとわずかよ!」

ユリはきびずを返して控え室から出ていった。

アゲハはユリの背中を刺すように見つめていた。そこにレイカがいるかの様に・・・・あの女には絶対負けない!!


「もしもし・・・・。」

「龍ちゃん、私よ。あの子私がいない間にまたひと悶着起こしたみたい。うちのNO1と売上で勝負して負けた方が店を辞めるみたい。ふふふ、面白い子ね。」

「で・・・・それがどうかしましたか?」

「あら、冷たいわね。いいの?心配じゃないの?」

「心配?この程度の試練を乗り越えれないなら、そこまでの女ですよ。」

「あなたがそういうなら私は見守るだけね。ねえ、龍ちゃん・・・・・あなたはどこに行こうとしているの?憎しみからは何も生まれないわよ。」

「・・・・忙しいので、そろそろ失礼します。」

電話を切ってから竜崎は革張りの椅子に深く腰を掛けて、タバコを一本ふかした。

肺にタバコの煙が浸透していく・・・・。

調書を机に放り投げ天井を見上げた。

小野寺義人は間違いなく他殺だろう。

ここ数日、歌舞伎町で小野寺義人の目撃情報が寄せられている。

恐らく、小野寺は誰よりも早く情報を掴みあいつに接近し・・・殺された。

揺らめく煙を見つめなから、おもむろに胸元から写真を取り出し見つめた。

「もう少しだ・・・・・、もう少しで無念をはらすことが出来る。」

竜崎は目を閉じた。


<決戦!アゲハ対ユリ>

翌日、ユリの猛攻は凄まじかった。

初日にユリの太い客のNO1、2、3が出そろった。

マドカなどユリの派閥のキャスト達も自分の客よりもユリのヘルプに注力した。

アゲハの売上も決して悪いわけではない。

しかし、ドルチェの7割の席がユリの客で埋まった。


どうしよう・・・・、このままじゃ負けてしまう。

アゲハは打開策を見つけられないまま月の前半を終えてしまった。

「アゲハちゃん、どうしたの?具合悪いのかい?」

小野が心配そうにアゲハの顔をのぞく。

ついユリの事が気になりついぼんやりしてしまった。

「ご、ごめんなさい。あっ、水割り無くなってる・・・・。」

「いいんだよ。ユリちゃんの事で悩んでいたんだね。さっき、他の女の子達の話を聞いてしまってね。

・・・・・すまないね。力になれなくて。」

小野はセットで付いてくる焼酎の水割りを眺めながら少し悔しそうな笑みを浮かべた。

「いえ、いえ、何言ってるんですか!小野さんがきてくれるだけで、私は笑顔になれます。だから、そんなこと言わずに楽しんでください。」

「ありがとう。アゲハちゃんは裏表なくていい子だね。これは褒めているんだよ。

ゆりちゃんは人によって態度を変えているというか、笑顔が作りあげた笑顔をしてる。

けど、アゲハちゃんは心からの笑顔を見せてくれる。アゲハちゃんはアゲハちゃんらしく、自分が正しいと思った事をやればいいんじゃないかな?」

そう言い終えると小野は偉そうな事言ってごめんねと照れくさそうに頭をかいた。

私らしく・・・・小野の言葉が何よりも心に染みた。


その日からアゲハの売上もユリを猛追した、しかし、ユリも太い客を何度も呼びアゲハを突き放した。

そして、200万円の差を残し最終日を迎えた。


「ドルチェへようこそ!新規のお客様入ります!!」

その客は豊かな髪を丁寧にオールバックになでつけ、仕立てのいいダークスーツに、ストライプのシャツ、左腕のロレックスの時計はその男の懐具合を伺わせる。ジェラルミンのアタッシュケースを右手にもっており、一見一流企業の役員風の出で立ちだ。しかし、それ以上に周囲を圧倒させるのは男の眼光の鋭さ、切れ長で鷹の様に鋭い目は常に周囲を睨みつけている。

まるでまわりの人間が全て敵であるかのように周囲に視線を向ける。

そのオーラからひと目で昼の世界の住人では無いことが解る。

「この店でNO1、2をつけてくれ、金はいくらでも払う。」

そう言うと男は札束を机の上に乱雑にほおり投げた。


「ユリさん、アゲハさん!5番テーブルご指名です。」

ボーイからの急なコールに小野の席に座っていたアゲハは戸惑った。

「いいよ、アゲハちゃん行っておいで。」

小野は優しい笑顔でアゲハを促した。

「・・・・すみません。小野さんが言ってくれた自分らしく行けばいいという言葉、今でも心に刻み込んでます。今晩はごちそうさまでした。」

アゲハは小野のグラスに小さく乾杯し頭をさげてテーブルを後にした。

今晩、ユリを抜く事ができなければ私はこの店を去ることになる。

そうしたら、小野さん、芳江ママ、竜崎さん・・・・・。

全ての人たちに会えなくなるし、父の無念を晴らすことは出来なくなる。

5番テーブルに向かう足取りが重くなる。

「アゲハちゃんはアゲハちゃんらしく、自分が正しいと思った事をやればいいんじゃないかな?」

小野の言葉を思い出した。私は私らしく・・・・。


「ご指名ありがとうございます。NO1のユリです。」

ユリがあえてNO1を強調して自己紹介をした。

「ご指名ありがとうございます。アゲハでございます。」

「自己紹介はいい。二人とも座れ。」

目付きの悪い男は自分の両端に二人を座らせた。


「セットの水割りを頼む。」

豪華な身なりとは裏腹にセットの水割りを頼みだしたので二人は一瞬拍子抜けした。

「お前ら、男はいるのか?」

目付きの悪い男は高圧的に露骨な質問をしてきた。

「今は居ないかなぁ、けど、私付き合うなら年が上の方がいいなぁ、年上の方って包容力あるじゃないですかぁ。お客さんぐらいの歳のひとがいいなぁ。」

「俺は男はいるかどうか聞いただけだ。お前の好みは聞いてない。」

目付きの悪い男はユリのかま掛けを受け流した。

ユリの笑顔に一瞬ヒビが入るのが解った。

「私もいません。お客様は今日仕事帰り・・・」

「次の質問だ。お前ら経験人数は?正直に答えろ。」

アゲハが喋り終えるまでに男は次の質問に入った。

「もー、お客さんのエッチぃ、女の子にそんなこと言わせるんですかぁ?んー、想像にお任せします。」

具体的な数字はぼかして嘘はつかない。ユリは定石通りの回答をした。

「私は・・・まだ経験がありません。」

カマトトぶってるんじゃないわよ!ユリの視線が一瞬刃物の様な鋭さを見せた。

しかし、目付きの悪い男は何も無かった様にグラスを傾けた。

それからも男の質問は続いた。

今、いくらもらっている?俺の他に客は何人いる?客は恋愛対象になるのか?など答えにくい質問をぶつけてきた。

この男、一体何の目的で?

アゲハは疑問に思いながらも男の質問に答え続けた。

一時間が経とうとしたところ男がジェラルミンケースを空けて札束3つを机の上にほおりなげた。

店の中からどよめきが起こる。

「今日、お前らのどちらかを指名する。そこにある300万円分の酒を指名した方にやる。

ただし、今晩は朝まで俺の横にいてもらう。この意味わかるよな?」

指名と300万円の変わりに枕営業をしろと男は要求してきた。

ユリは不気味に笑い男にもたれかかった。

「お客さんも好きですねぇ、私はいいですよ。そのかわり、これからも私をナンバーワンでいさせてくださいね。」

ユリが妖艶な視線を男に向け細い指を男の胸から下半身に這わせた。

ユリはアゲハに視線を向けた。これであなたは終わり、あんたは体をはる事も出来ない半端者。

あんたの負けよ!!ユリが蛇の様に冷たく残忍な視線を向けた。

「お前はどうする?」

ここでこの話を引き受ければ200万円の差を埋める事が出来る。

ユリに勝つことができる、父の無念を晴らす事ができる、私は父の仇を取るため何でもすると心から誓ったんじゃないのか?

鼓動が高鳴り、口が乾く、この場から逃げ出したい・・・・・。

「アゲハちゃんはアゲハちゃんらしく、自分が正しいと思った事をやればいいんじゃないかな?」

小野の言葉がアゲハの脳裏を横切った。


「すみません。その要求には応えることはできません。」

その言葉を聞いた瞬間にユリの目が残忍に細くなった。勝った。口に出さずとも表情が物語っていた。

「私は本当に愛した人としか夜を共にしたくありません。それに300万円で買えるほど私は安くありません。もし、私をモノにしたいなら男として私を惚れさせてください。」


男は無表情のままアゲハを見つめた。

沈黙が走る・・・・・・。

「フッ、ハハハハハハハハハハ!!そんなに安く無いか!!それはいい。」

今まで無愛想な男が急に笑い出したのでユリもアゲハも不思議そうに男を見つめた。

「ボーイ、今日は帰る。チェックで頼む。」

「ちょ!さっきの私との約束は?!」

ユリの制止を無視して男はセット料金だけを払い外に出て行った。

「何アイツ!!!マジでむかつく!!!」

ユリは一人怒りをあらわにした。

本当にあの人はなんだったんだろう?


<決着・アゲハVSユリ>

今月の売上を発表します。

営業時間が終わりキャスト全員がフロアに集められた。

一番奧の席でユリはスマホをいじって余裕の表情だ。

今日の客の中で200万円の差を埋められる客はいない。

後はアゲハのプライドをズタズタにして潰すだけ・・・・・・。


「それでは上位5名の発表をいたします。

5位はマヨさん・282万5000円、4位はマキコさん302万1000円、3位はマドカさん480万3000円。」

次は二位の発表だ。これで名前を呼ばれた方がこの店を去る。ボーイが声を張り上げ読み上げる。


「・・・・・・・・・二位は・・・・・・ユリさん932万8000円。」

読みあげていたボーイが遠慮がちに言う。

店の中がざわめきだす、今までドルチェの歴史の中でユリが一位で陥落する事など無かった。

そして、一ヶ月で1000万以上の売上を出すキャストも存在しなかった。

「なっ!!ちょっと!!!何かの間違えよ!!!私が負ける訳ないでしょ!!!ふざけないでよ!!!!!」

ユリは持っていたスマホを放り投げてボーイにヒステリックに詰め寄る。

「いや・・・しかし・・・・その。」

「貸しな!!」

ユリはボーイから紙を奪い取って数字を見た。

「・・・・ウソ!!・・・・・どうして?」

そこには1位・アゲハ 1200万9000円と記載されていた。


「見苦しいですよ・・・・ユリさん。」

声の方に視線が集まる。

そこにはアゲハが立っていた。

「あんた・・・・!いったいどんな手使ったの!!?言いなさいよ!!」

ユリが髪をかきむしり、充血した目をこちらに向けて詰め寄ってきた。

「どんな手も何も、結果はその紙に書いてある通りです。

ユリさん、私に前言いましたよね?この店はNo1であるあたしの為にあるの、いままで私が気に入らなかったやつ、私に刃向かったやつはみんな辞めさせてきた。10人私が辞めさせたのよ。11人目はあんたよって。・・・・・・11人目はユリさん、あなた自身です。」

アゲハは冷静な視線をユリに向けた。

アゲハの発言にユリはたじろぐ。

「ふ、ふざけんじゃないわよ!!!私はこのドルチェのNO1よ!!!この店は私の為にあるの!!私を辞めさせるなんて出来る訳ないじゃない!!」

ユリは半ば狂った様にわめき散らした、そこにはもうNo1の余裕も気品も無かった。

「はいはい、喧嘩はそこまで。」

芳江が人ごみをかき分け前に出てきた。

「今月は二人ともよく頑張ったわね。けどね、ユリちゃん。約束は守らなきゃ。」

「ママ・・・・私が抜けてこの店が成り立つと思ってるの?」

ユリは勝気な目で芳江に話しかけた。

「ユリちゃん・・・・貴方、何か勘違いしてないかしら?この店は貴方で持ってる訳じゃないの。

それにあなた程度のキャストならいくらでもいるわ。いつまでも見苦しいマネはおやめなさい。」

芳江ママは穏やかな口調で言ったが、目は氷の様に冷たかった。

優しくて穏やかな芳江ママの見せる冷酷さ・・・・、この人何かある。

アゲハはそのオーラにただたちすくむだけだった。


<歌舞伎町への招待状>

仕事が終わりアゲハは勝手口から店をでた。

「よう!」

後ろから声をかけられたがアゲハは振り向かない。

声の正体が誰だか知っているからだ。

「そんなに怒るなよ。可愛いお顔が台無しだぜ。」

先ほど客として来ていた目付きの悪い男が両手をあわせてアゲハの前に回り込んだ。

「まったく、余計な事してくれましたね!」

アゲハは怒った様に腕を組んで、目付きの悪い男を睨んだ。

「余計なこと?」

目付きの悪い男はコミカルに両方の手のひらを上に向けた。

先ほどの高圧的な印象とは違い意外とひょうきんな一面も持ち合わせているらしい。

「とぼけないで!!最後、会計の時に300万円を私に付けたのはあなたでしょ!!指名も入れて貰ってない、お酒も飲んでもらってないのに300万円が私の売上にはいるなんてフェアじゃないわ!!」

アゲハはつかみかかりそうな勢いで男に詰め寄った。

「けど、その御陰で君は店を去らなくて済む。」

「むむむ・・・・。」

にやにや笑う男を前にアゲハは何も言い返す事が出来なかった。

「もうし遅れました。私こういうものでございます。」

男は片膝を着き、恭しく頭をさげアゲハに名刺を差し出した。

サファイア・ルージュ 専属スカウト 前島 旬

サファイア・ルージュ!!アゲハの目にその文字が突き刺さるように飛び込んできた。

心臓にやけどを負ったようにヒリヒリとした痛みが心を締め付ける。

「日本一の舞台、歌舞伎町のサファイア・ルージュで舞ってみないか?君なら充分通用する。」

前島はアゲハに向き直って真剣な表情で語った。

「・・・・ひょっとして・・・・・レイカさんもいらっしゃいますか?」

アゲハは忌々しいレイカの名前をなんとかひねり出した。

「レイカを知っているのかい?知り合いかい?」

「・・・いえ、ほら、この世界でサファイアルージュのNO1、レイカさんは皆の憧れですから。」

「なるほど、もちろんレイカもいるよ。暫定1位のレイカさん。」

前島は意味ありげな笑を浮かべた。

「暫定?」

「まあ、来てみれば解るさ。いつでもその番号に連絡してくれ。待ってるぜ。」

それを伝えると前島は夜の街へと消えて行った。


プルルルル・・・。

「どうした?」

「アゲハです。先ほどサファイア・ルージュのスカウトの方から名刺をいただきました。

・・・・・サファイアルージュに来ないかって誘われました。」

「よし、いよいよ相手の本丸に入る事ができたな。覚悟はいいか?」

「・・・・・・待ってください。」

「どうした?」

「このまま・・・・・ドルチェに残るという選択肢はないですか?」

しばらく電話の前で沈黙か続いた。

「・・・・・今、どこだ?」


数分後、竜崎の運転する白いフェラーリがアゲハの前に止まった。

「乗れ。」

竜崎の表情は怒りを含んでいるのか暗闇で良く解らなかった。

竜崎の車に乗り、首都高を矢の様なスピードで飛ばす。

車の中でアゲハは今までを思い返していた。

優しく、時に厳しく自分を受け入れてくれる芳江ママ、小野を始めとする気さくで賑やかなお客様、そして、ユリなき今、ドルチェのNo.1はアゲハだ。今までに味わった事のない達成感と少しばかりの優越感。そのふたつにできればこれからも浸って生きて行きたいのが本音だった。

そんなアゲハの思いとは別に竜崎は首都高を飛ばした。


竜崎のフェラーリは片田舎の小さな倉庫の前に止まった。

「降りろ。」

「ここは?」

竜崎はその質問には答えず竜崎は倉庫の中に入っていった。


ガラガラ・・・・

重い扉を開けて入ると中は真っ暗だ。

アゲハを恐怖が包み込む。

竜崎は倉庫の中心あたりに歩いていくと、足を止めた。

「あのへりが分かるか?」竜崎は懐中電灯でおもむろに天井の方を指した。

アゲハは暗闇のなかで目を凝らして光の指す方向を見た。

「はい、なんとか?」

「・・・・・あそこにロープを掛けてお前の父親は首を吊っていた。」

アゲハはショックのあまり絶句した。うそ、そんな!

「そして、お前が立っているあたりに吊り下がっていたそうだ。内臓を取られたあと、首を吊ったらしい。

死後、時間が経っていたからカラスが体をついばんでいたそうだ。飛び出た眼球や、柔らかい内臓のあたりをついばんでいた。

レイカに入れあげ、内臓まで売りに出して、たった一人でこの暗い倉庫のなかで命を絶ったんだ!!」

「止めて!!」

アゲハは耳を塞いでうずくまった。

そんな話聴きたくない。

私を誰よりも愛してくれた、優しいお父さんが女に入れあげ、自暴自棄なって、自殺したなんて、そんな現実認めたくない。

耳を塞いでうずくまっているアゲハを竜崎は無理やり立たせた。

痛い!竜崎はアゲハの手首を思い切り握った。アゲハの手首に痛みがともなったが、竜崎はアゲハに顔を近づけて言った。

「ドルチェに残って、お山の大将気取りか?

ちやほやしてくれる甘い環境で、復讐も忘れてお姫様気分か?

その程度の甘い気持ちなら復讐なんて気安く口にするな!!」

その言葉がアゲハの逆鱗に触れた。

アゲハは竜崎の顔を思い切り引っ叩いた。

竜崎はアゲハの顔をみる。

大粒の涙を流したその目は釣り上がり、赤黒い怒りの炎が渦巻いていた。

いい目だ・・・・・・こいつなら復讐を成し遂げられる、竜崎はその高揚を抑える事が出来なかった。


「失礼します。」

芳江のいる事務室にアゲハは入ってきた。

芳江は黙ってアゲハを見ている。

「芳江ママ、実は・・・・。」

「辞めるなんて言わないでよ。」

芳江に先手を取られたアゲハは口ごもる。

「ユリが抜けて、あなたまで抜けられたら、ドルチェは飛車角落ちの状態よ。まさかマドカにNo.1をやれとでも言わないでよ。」

「ごめんなさい。」

アゲハは押し黙った。

「もし、出て行くなら私を殺して出て行きなさいって言ったらどうする?」

芳江の目は真剣だ。あのユリを追い払ったときとおなじ目をアゲハに向けてきた。

アゲハは恐怖にたじろいだ。何されるか解らない恐怖がアゲハをつつむ。

しかし、アゲハは芳江にまっすぐな目線を向けた。・・・・私はもう迷わない。

「・・・・・殺してでも、ここを出て行きます。」

芳江は一瞬、面を喰らったような顔をしたが、直様柔らかな笑顔をアゲハに向けた。

「冗談よ。大体の話は竜ちゃんから昨日聞いていたわ。あなたの覚悟が知りたかっただけ。」

「本当に申し訳ありません。」

アゲハは頭を下げた。

「謝る事はない。あなたが抜けようが、ユリが抜けようがこの店は潰れない。

それに竜ちゃんのつてで、来週から六本木の一流キャストを3人ほど紹介してもらう事になってるの。」

すべて、あの人のお膳立てあってか・・・・・アゲハは改めて竜崎の大きさを実感した。

「アゲハちゃん、歌舞伎町は魑魅魍魎が渦巻く世界。気を抜いたら一瞬にして飲み込まれるわ。信じるのは己の力のみ。そこだけ気をつけて行ってらっしゃい。」

「はい!!」

アゲハは力強く返事をした。


「餞別にいいものを見せてあげる。」

芳江が立ち上がりアゲハの前で帯紐をゆるめた。

ハラハラハラと芳江の着物は足元に落ち、その中から20代といっても過言ではない豊満な芳江の身体が現れた。

胸は大きく重力に逆らうように上を向いている。腰は折れそうなほどに細いが、尻から太ももに掛けては男を誘うような肉付きをしている。シミやシワのないキメの細かい肌は輝いているように見えた。

しかし、それ以上にアゲハを絶句させたのは身体に刻み込まれた無の・・・・・・弾痕。

「ママ、・・・・・それは?」

「ふふふ、驚いた?実は私も昔は歌舞伎町でキャストをやっていたの、あなたとおなじ源氏名のアゲハでね。その時、ボーイをやっていた竜ちゃんとも知り合ったわ。」

芳江は遠い目をして昔を語りだした。

「私のお客様の中に、その筋の方がいてね。そんな世界の方だったのに私にはものすごく愛情を注いでくれた人がいたの。私も最初は危険だと思ったけど徐々にその人に惹かれていった。最終的には心からこの人と生涯を共にしようと心に決めていた。

けど、ある時、敵対する組の若い構成員に二人でいるところをマシンガンで狙撃されてね。相手も支離滅裂な事を叫びながら私達にマシンガンを狙撃した・・・・。

彼は私の前に立ち、仁王立ちになって私を守ったわ。彼にたくさんの銃弾が当たり、優しかった彼が肉片になって行くのを眺めるしかなかった。

そして、彼も生き絶えて私も被弾した。気がつくと病室の天井を眺めていたわ。

愛する人と、一生残る傷を心と身体に受け、歌舞伎町のアゲハは幕を下ろした。

歌舞伎町の古い人間はアゲハって源氏名を呪われた源氏名と意味嫌っている。

それに、この傷を見て私を愛してくれる男なんていない・・・・・一生孤独を愛して生きていくしかないの。

アゲハちゃん、あなたも私の様な思いをするかもしれない。それでも歌舞伎町に行く?」

一筋の涙が芳江の頬を伝った。愛する人を目の前で惨殺され、身体に一生の傷を負った。

だからこそ、この人はどこまでも優しくなれるし、どこまでも非情になれるのだ。

アゲハと芳江が向かい合う。

アゲハは一呼吸おいて、芳江に向き直った。

「ママも意地悪ですね。アゲハの名前にそんなストーリーがあるなんて。けど、それを含めて私は歌舞伎町に行きます。」

アゲハの目が揺るぐ事はなかった。

「あの自信なさげな秀子ちゃんが、成長したわね。」

芳江はアゲハの成長を巣立ちを見守る親鳥の気持ちで見守った。


<サファイアルージュ 既存種・外来種>

歌舞伎町は東京都新宿区に位置する。飲食店・遊技施設・映画館が集中する歓楽街である。明治通り(東)、靖国通り(南)、JR中央線(西)、職安通り(北)に囲まれた範囲(ただし花園神社の敷地とその南北の一画は除く)に位置する町である。鉄道の場合、新宿駅(JR他各線)東口、あるいは西武新宿駅が最寄り。都営地下鉄大江戸線なら新宿西口駅か東新宿駅が近い。新宿駅東口から北に向かって行くと、ドン・キホーテ本店前の大きな通り(靖国通り)にぶつかる。これを越えると、歌舞伎町である。歌舞伎町一番街(劇場通り)、さくら通り、西武新宿通り、東通り、区役所通りなどがある。西武新宿駅で降りれば目の前が歌舞伎町になる。


町の中には映画館、漫画喫茶、居酒屋、キャバクラ、風俗店やホストクラブ、ラブホテル、パチンコ店も立ち並んでおり、「眠らない街」とも言われ、深夜になってもネオンで明るく人通りも多い。ドン・キホーテ前、セントラルロードに多いスカウトやホストによるキャッチ、怪しげな客引きやポン引きなど、合法、非合法取り混ぜて歌舞伎町独特の雰囲気がある。よく東洋一の歓楽街と言われている。


旧新宿コマ劇場付近は中心の広場を複数の映画館が囲む形になっていたが、2008年以降閉鎖する映画館が相次ぎ、現在残っているのは新宿東急文化会館内の映画館のみとなった。


日本最高峰の繁華街、多くの店が立ち並ぶこの街では一晩で億単位の金が動く。

その町の新宿通りにあるサファイアルージュに一台のタクシーが止まった。

アゲハはタクシーから降り、宮殿に似た建物を見上げた。

一年前、父の残した名刺を頼りにここを訪れた。そして、父の仇であるレイカをこの目で見つけた。あの時は恐怖で何もできなかった。今なら正々堂々と勝負ができる。

アゲハはうちに秘めた炎を燃やした。

「サファイアルージュにようこそ、シンデレラ。」

振り返るとそこには前島の姿があった。

「もう髪はセットしてきたみたいだね。関心、関心。更衣室に案内するから1時後にホールに来てくれ。」

前島は店の中に入ろうとする。

「あの、店長や支配人に挨拶しなくていいんですか?」

前島はニヤリと不気味に笑った。

「新しいキャストは既に書類で確認済みだ。

それに毎月売り上げ下位5人は強制的に解雇だ。大体、ルーキーは一ヶ月で太い客を掴めず消えていく。

だから、上の連中も新人には興味が無いんだ。まずは、一ヶ月間生き残る事、それが君の使命だ。」

一ヶ月・・・短い時間で何とか結果を残さなければ生き残る事は出来ない。

アゲハは今一度気を引き締めた。

「さて、その源氏名だが・・・アゲハ以外じゃだめかな?ちょっとこの街じゃ嫌われた名前でな。ほら背番号の4番とか13番とおなじでね。」

前島は遠慮気味に聞いた。

アゲハは小さく笑い。前島を見た。

「その話なら知ってます。けど、アゲハは私にとって大切な名前です。この店でもどの店でも私はアゲハです。」


一時間後、ドレスに着替えたアゲハはホールに向かった。

ホールに入るとそこは異様な雰囲気に包まれていた。キャストの8割型が赤型を基調とした暖色系のドレスと青系を基調とした寒色系のドレスのどちらかを着ている。そしてその二色が交わる事なく両側にかたまっており、お互いに目を合わせようとしない。

関ヶ原の戦い?戊辰戦争?独立戦争?いろいろな戦争がアゲハの頭をよぎった。


「怖いですよねぇ、なんか敵対心バチバチみたいな感じで。」

横を見ると金髪で童顔のキャストが立っていた。プルンとした唇と豊満な胸を強調したピンク色のドレス、相手を上目遣いで見つめるどこか抜けてる感じのキャストだ。こういう小悪魔なキャストに男は弱い。

「はじめまして。私、可憐っていいます。一ヶ月前からここでお世話になってるんです。お姉さんは?」

「アゲハです。今日からお世話になります。あの、私の方が後輩なんで敬語じゃなくていいですよ。」

「えー、私、20歳なんでお姉さんの方が年上ですよ。お姉さんいくつですか?24ぐらいですか?」

「私は・・・22です。」

「あ、ごめんちゃい。なら敬語でいいですよね。これからよろしくです。」

可憐はわざとらしく舌を出して頭を小突いた。

いきなり歳を聞いてくるなんて、なんてデリカシーのない人だと思ったが、小さく舌を出しておどけて見せる姿を見るとつい許せてしまう。恐るべし小悪魔キャラと思いながらも握手を交わした。

「青い方が昔からサファイアルージュにいた生え抜きのキャスト達、周りからは既存種って呼ばれています。

リーダーは紫乃さんっていう人で、絶世の美人です。ただ、めったに感情を表さないからみんなからは氷の女王と呼ばれています。

主力メンバーは明美さん、伶奈さん、ミズキさんあたりかな。みんな、紫乃さんと同じような髪型とドレスを着てるんでもうだれが、だれだか?頭の悪い可憐じゃ覚えられないです。紫乃さんを頂点に統率の取れた接客と会話の知識の広さ、深さが武器ですね。

赤い方は、前島さんをはじめとするスカウトが全国から集めたキャスト達、こちらは外来種って呼ばれてます。

リーダーはレイカさん。先月、初めて紫乃さんを抜いてNo.1になったんですよ。

けど、紫乃さんの太い顧客が入院やら、海外出張やらでこれなかったのが勝因なので今回はわからないかな?

主力メンバーは六本木でNo.1だった元モデルのここなさん、大阪なんばでNo.1だったマシンガントークの茜さん、京都のVIPしか使えないクラブから引き抜いた美穂さんがレイカさんの脇を固めてます。

既存種に比べて外来種は個性派というか、我が強い人が多いですね。

レイカさんはとても気難しいので注意が必要ですよ。他は入って3ヶ月以内の人、大体が3ヶ月以内に消えるんですけど、それ以上残ると既存種か外来種のどちらかの派閥から声がかかるみたいです。」

レイカの名前をきいてアゲハの身体中の血液が煮えたぎるような思いだった、鼓動が早くなり、髪の毛が逆立つ。あの赤い集団のトップがレイカ、父を自殺に追い込んだ女。

「アゲハさん、どうしました?」

可憐が上目遣いでアゲハを心配そうに見つめてくる。

「あ、ごめんなさい。ちょっと緊張しちゃってて。」


バタン!突然、ホール東側の扉が開いた。

「おはようございます!!」

青い集団・既存種のメンバーが一斉に東側の扉に向かって頭を下げた。

そこには深い海の様に真っ青なドレスを着た色白の長身の美人が立っていた。高貴なオーラを全身から放っている長身の美人はにこやかにご機嫌ようとキャスト達に声を掛けた。

アゲハは思わず息を飲んだ。

こんなギリシャ彫刻みたいに美しい人がこの世にいるなんて。けど、感情を読み取る事ができない。

まさに氷の女王だ。

周りの声に耳を傾けると、あの女性が紫乃のようだ。

紫乃はツカツカと赤いドレス・外来種の集団の前まで歩いて行った。

外来種のメンバーが警戒の色を露骨に示す。

「ご機嫌よう外来種の皆さん。あの方はまだいらしてないの?」

紫乃は憂いをたたえた目を外来種達に向けた。

「ちょっと、外来種とか、魚みたいな呼び方やめてって言ったやろ!レイカさんならまだやで!!」

茜が敵意をむき出しに前にでる。

「茜さんでしたっけ?あなたもその汚い方言は止めて下さいます?店の品位に関わるので。」

紫乃はにっこり美しい笑みをたたえ言い放った。

「あんた!関西人なめとんのか!!」

掴みかかりそうになった茜を美穂が制した。

「えらい、うちのもんが失礼しました。ここは開店前やし、穏便にいきましょ。」

美穂はどちらかといえば紫乃に近い優雅さを感じる。しかし、アゲハは美穂の目を見てぞっとした。

その目はホオジロザメの様に深く奥が見えない漆黒の目だ。

ユリの悪意に満ちた目を思い出したが、それとは比較にならないほど強大な悪を感じた。

この人間には関わってはいけない。

アゲハは美穂から放たれる恐怖をヒシヒシと感じていた。


「ちょっと、そこ邪魔なんだけど。」

アゲハが振り返るとそこには、真紅のドレスに外国人の様に堀の深い顔立ち、クリンと上を向いたまつ毛に勝気な表情の女性がうんざりとした表情で立っていた。

間違いない。私があの時見た女、父をたぶらかし自殺に追い込んだ女・・・・レイカだ。

目の前にレイカがいる。アゲハは自分の血液が沸騰していくのがわかった。

しかし、レイカはアゲハなどいないかのように横をすりぬけて、紫乃の前に立った。

「重役出勤とは他所者がずいぶん偉くなったものねぇ。」

「ふん、売り上げで言ったら私は重役じゃなくて社長なんだけどね。副社長さん。」

「あらあら、口まで達者になって。そろそろ福岡に帰ったらどう?そのドレスはなに?明太子を意識してるの?」

「残念、これは情熱の太陽よ。あなたも私という太陽を浴びすぎてシミそばかすだらけにならない様に気を付けたら?」

二人の削り会いがこちらまでヒシヒシ伝わってくる。まさに一触即発だ。


「皆さん!中小路オーナーの来店です!」

全てのキャストがホールの中心を向く。

中央の観音開きの扉がボーイによって開かれ、そこから薄い茶色のオーダーメイドのスーツを着た初老の男性が出てきた。

アゲハは竜崎から前もって情報を得ていた。

彼こそが日本の一大風俗グループ・中小路興行のトップ、中小路実昭だ。

中小路興行は日本の風俗業界の4割を牛耳っており、年商は約900億円とされている。

その中でもサファイアルージュは中小路興行の風俗店、第一号であり、40年以上続く老舗でもある。

中小路は今年で70を超えるが未だに風俗業界だけでなく政財界へも影響力は絶大である。

そのワンマンかつ乱暴とも取れる経営は時に多くの敵を作るが、そのつど中小路は反対する勢力を根こそぎ淘汰してきた。

中小路に睨まれたら草の根も生えない。業界では誰もが恐る男である。

中小路はホールの中心に足を運んだ。

中小路の右をダークスーツに身をまとった。メガネをかけた神経質そうな男が立っている。その男が中小路興行のNo.2である袴田康次である。現在は中小路興行の経営を担っている。中小路のワンマンとは裏腹に組織作りに長けており、時に非情なまでのリストラを行ってきた人物である。

中小路の横に立ってはいるがえらく地味に見えてしまう。

中小路がマイクを握った。

一同の視線が中小路に集まる。

「諸君、御機嫌よう。君たちは私にとって可愛い猫だ。君たちは猫の中でも特に美しく、毛並みが良く、何よりもネズミを私にとってくる猫だ。

ネズミは私にとっての金、君たちにはより多くのネズミを捕ってきて欲しい。そのためには自らの牙や爪をといで他の猫を殺しても構わない。また、ネズミを取れない猫はいくら毛並みが美しくても必要ない。それだけは覚えておいてくれたまえ。以上だ。」

拍手が周りから巻き起こる。一体何人が心から拍手しているのだろう。

しかし、私はここで生き残らなければならない。そして、自らの爪と牙を磨き、レイカを殺す!!

アゲハはレイカを睨みつけた。


<氷の嬢王>

開店が近づき同伴のキャストはそれぞれ客の元へと急いだ。

アゲハ達新人は簡単な店の説明を聞いたあとで、控え室で声が掛かるのを待った。

控え室のメンツをみても皆、絶世の美女ぞろいだ。ドルチェの頃はアゲハの美しさが浮いてしまうほどのレベルだったが、ここではアゲハのルックスなど中の上ぐらいのものだ。

それだけ、サファイアルージュのレベルは高い。


そして、ついに開店の時間がやってきた。

開店と同時に同伴の客で広い店内は埋め尽くされた。

赤いドレスが6割、青いドレスが4割ほどである。若干、青の紫乃率いる既存種が、外来種に押される形になった。

しかし、ここから想像もつかない展開が待っていた。

「伶奈さんに岡島様よりロマネコンティーはいりました!」ボーイが勢い良く手を上げた。

100万近くする酒が、玲奈のいる机に運ばれてきた。

玲奈が嬉しそうに岡島に抱きつく。

「岡島教授ー!ありがとう。」

「なになに、今日は伶奈ちゃんの入店三周年記念だからな。紫乃にも言われているんだよ。今日だけは私だけではなく、妹分の伶奈ちゃんだけの岡島教授でいてあげてってな。」

「嬉しいー!伶奈ね。ずっと、岡島教授の1番になりたかったの。けど、紫乃さんがいるからそれは無理。だから、お願い。今日だけは・・・・・伶奈だけを見て。」

伶奈は岡島の耳元で囁いた。

岡島もまんざらではなさそうだ。

他の既存種の席でも次々とボトルのコールが上がる。

自分の客を派閥の人間に任せ余裕のある状態を作り出し、いろいろな席を周り、最も太い客には最高の接客をする。派閥のメンバーも紫乃と同じような接客をするため、紫乃の客であっても文句はあまり出ない。

一方の赤いドレス、レイカ率いる外来種も負けてはいない。レイカがドンペリロゼで巻き返すと、茜のマシンガントークで空気をつくり、ここなの美脚を露わにしたミニスカドレスで男達の目をくぎ付けにする。

集団での規律や統率で客を取る既存種に対し、外来種は個性を前面に出して客を取りにくる。

赤と青が入り乱れ戦うまさに戦場だった。

「今日もみなさんバチバチですね。」

横に急に可憐がいたのでぎょっとした。

「そうね、紫乃さんが凄いのは自分だけじゃなく、チーム全体が売上をあげれるように動いている。

紫乃さんの指揮のもと、それぞれが役割分担していて隙がないし、弱点が見当たらないわ。

レイカ・・さんの派閥は個性があって、それぞれのキャストでお客様を取っていくみたいね。なんかヨーロッパサッカーと南米のサッカーみたいね。」

「へー、アゲハさん、サッカー好きなんですか?」

「前に好きなお客様がいて勉強したの。はじめはルールもわからなかったのに。」

「そのお客様のためだけに?」

「そうよ。他にも時代小説、野球、釣り、競馬、ゴルフ、マージャンお客様が好きだって言ったものは全て勉強したし、体験してきたわ。今なら大抵のおじさんと話しは合うわよ。」

アゲハは今までの事を思い出していた。

ドルチェに来てくれたお客様達はみんないい人ばかりで、自分は助けられてばかりだった。今の自分があるのはお客様に育ててもらったからだ。アゲハはその思いを胸に今日も出勤した。

「・・・・・凄いです。アゲハさん、可憐マジ尊敬です!一生ついていきます!」

「大げさよ、可憐ちゃんの方がお店の先輩だし、これからもよろしくお願いします。」

二人の間に和やかな雰囲気が流れた。

「アゲハさん、ここなさんのヘルプに入ってもらってもいいですか?」

1人のボーイがアゲハの前で立膝をついて伝えた。

そのボーイは年は40代後半、柔和な笑顔で夜の世界には似ても似つかないタイプの男だった。

「おい!松井!早くしろよ!」

ボーイの先輩らしい20ぐらいの男が後ろから怒鳴った。

「はい、ただいま。アゲハさん。4番テーブルですよろしくお願いします。」

「解りました。行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」

松井と呼ばれる40代のボーイはアゲハににこやかにおしぼりを渡すと、小走りで呼ばれた方に去って行った。

松井さん、大変だな。

アゲハは松井に同情の視線を向けながら4番テーブルに向かった。


4番テーブルにはここなの客である大和銀行の内川常務と美穂の客である河野頭取が美穂と共に座っていた。

やはり日本最高のキャバクラは来る客の層もドルチェとはランクがちがう。

「今日、入ったばっかなんどすえ、よろしゅうたのんます。」

美穂がさらりとアゲハの紹介をした。

「アゲハです。よろしくお願いします。」

「新入りさんか、まあ座りなさい。」

内川が席へとうながした。

「失礼いたします。」

「アゲハくん、君は今日ニュースに上がっていた美津島電工の生産拠点を完全に海外に移す話しはどう思うかね?」

つい先ほど夕刊に載っていたニュースで、しかも美津島電工はけしてメジャーではない。

経済欄の隅に載っていた記事だ。

内川からの小手調べだろう。

「そうですねぇ、私は難しいことはわからないけど、ものづくりの産業は雇用を生むので出来れば日本にとどまってほしいです。

それと、今回の美津島電工の海外移転はコストダウンばかりに気を取られているように思います。今の美津島電工の商品は電車なんかにも使われているし、もし同じ品質をキープできないなら私は怖いです。」

アゲハはチラリと内川を見た。内川は動揺を隠すようにメガネのズレを治した。

「まあまあ、内川君、意地悪はよしたまえ。お嬢さん、よく勉強してるね。偉いじゃないか。」

「いえ、実は今、東京経済新聞で連載している花と緑が読みたくて、それだけ読んで捨てるのがもったいなくてたまたま読んでいただけです。」

「そうなのかい、面白い子だ。」

4番テーブルに和やかな笑が起こる。

ただ・・・・・・アゲハは一刻でも早く4番テーブルから離れたかった。

和やかな笑の中、美穂の目は柔かな笑顔とは真逆で仄暗く、嫉妬と憎しみに溢れていた。

獲物を見つけた獰猛な爬虫類のようなその目で見られると、首筋に刃物を常に突きつけられているような気分だった。

「アゲハさん、7番テーブル。伶奈さんのヘルプお願いします。」

そのコールがかかりアゲハは胸をなでおろした。グラスを2人に重ね。4番テーブルへ向かった。

「・・・・新しいおもちゃ見つけたわ。」

誰も聞こえないような囁く声で美穂はアゲハの背中を見つめた。


「どういう事だ!!」

アゲハが7番テーブルについた時、店中に響きわたる声で怒鳴り声が聞こえた。

15番テーブルの客が怒りで顔を真っ赤にしている。少しまともな仕事ではない風貌だ。

「俺は紫乃と飲みにここに来てるんだ!!

なのにあいつは一向に来やしない!!

一体どうなってるんだ!!!」

「お客様、落ちついて下さい。」ボーイの松井がいち早くなだめに入る。他のボーイは騒ぎに巻き込まれたくないのか、ただ見てるだけだ。

男の怒りは治まる事を知らない。


「篠原さん!!」

男が声のする方を見るとそこには紫乃が今にも泣き出しそうな顔で佇んていた。

そこからは、一輪のスミレのような儚げさを発していた。

「紫乃。」

「篠原さん、私に会いに来てくれたのに席につけなくて本当にごめんなさい。

もうすぐ、あなたの席にいくのでほんの少しだけ待っていてもらえますか?お願いします。」

紫乃は篠原に向かい深々と頭を下げた。

「いや、その・・・・悪かったよ。そんな、紫乃を困らすつもりはなかったんだ。わかったよ、待つよ。」

篠原は罰の悪そうに頭をかいて紫乃に向き直った。

「良かった。篠原さん、不快な思いをさせた分、今日はたくさん楽しみましょうね。」

紫乃にほっぺたをツンツンされた篠原は鼻の下を伸ばしてデレデレしていた。その後、紫乃はサファイアルージュの全席に頭を下げにいった。

その他の客にも誠意を見せて謝りに行く姿にアゲハは紫乃のプロ意識の高さを感じた。

「凄いでしょ。あれが紫乃さんなの。私達はあの人だからついて行こうと思ったの。」

同じ席の伶奈が誇らしげに語った。

なんて器の大きな女性なんだろう。アゲハは紫乃の偉大さに感服した。

その日は紫乃率いる既存種側のワンサイドゲームだった。

唯一売り上げで食い込めるのはドンペリを三本受注したレイカぐらいのものだろう。

いずれにせよ、紫乃の活躍によりサファイアルージュの11月は上々の滑り出しをみせた。

その日、アゲハは指名を取ることができず。グラスワインとカクテル二杯の4万円ほどの売り上げしかなかった。


サファイアルージュは客も一流であると同時に永久指名制を導入している。

ゆえにほとんどの客がそう簡単には指名を入れない。

名だたるキャスト達のなかで自分は指名をとらなければならない。いや、ただの客じゃなく、太い客の指名を取って、なおかつレイカに勝たなければならない。勝ってレイカから父の死の真相を聞き出す。そのためにはここで生き残らなければ!!けど、どうしたらいいのか?

答えが見つからないまま、2日目を迎えた。


<わがまま姫>

「アゲハさん、おはようございますぅ。」

横から可憐がぴょこっと顔を出した。

「あ、おはよう。」

憂鬱な気分を悟られないよう。アゲハは挨拶をした。

「昨日は紫乃さんすごかったわね。レイカさんが暫定一位って言われるのもなんとなく解るわ。」

「そうですね、確かに紫乃さんは凄いです。

同じ派閥のキャスト達は紫乃さんに心酔してますから。みんなが紫乃さんのために動いて売り上げを上げている感じです。

けど、そんな派閥も一人で倒してしまうレイカさんって凄くないですか?」

「どういうこと?」

「昨日はレイカさんの例のあの人が来ていないんですよ。」

「あの人?」


2日目が開店した。昨日の勢いそのままに既存種の勢いは凄かった。

開店と同時に店の8割りの席を既存種の客が埋めた。

レイカは店にはまだ来ていない。

「紫乃さんに木本様からドンペリ入りました。」

神奈川の資産家の男は太っ腹にドンペリをいれて満足そうである。

今日も既存種のワンサイドゲームか・・・・誰もがそう思った。


バン‼︎

店の扉が勢いよく開いた。

「原田様ご来店されました!!」

そこには全身をアルマーニで包んだ初老の男が立っていた。

男と腕を組みレイカが得意気に立っていた。

その男は東洋テレビの原田源蔵社長であった。テレビ業界のトップにして実業家、総資産は700億と言われるテレビ業界の重鎮。独自の経営哲学と、ワンマンな経営手腕からテレビ界の暴君と恐れられている男である。

あれが可憐が言っていた。例のあの人。

原田は数名の部下を引き連れて1番大きなテーブルを陣取った。

「今日は何人いる?」

原田はとなりの部下を見て聞いた。

「私を加え6名になります。」

「6名か。おい、君。」

原田は店員を呼んだ。

「リシャールを8本、至急持って来い。」

リシャールを8本、店の中がどよめきだった。先のオーダーで1000万は軽く超えたと思われる。

「やったぁ、げんちゃんやるう。」

となりでレイカがきゃっきゃっとはしゃいでいる。

それを見て原田もまんざらではない表情をしていた。

しかし、一緒に来ていた部下達は笑ってはいるものの顔が青ざめている。

リシャールが、8本、机の上にならべられた。クリスタルで作られた入れ物と中に入る琥珀色の原液が怪しくも煌びやかに輝いていた。

「飲め。」

低く、暗い声で原田が号令を掛けた。

「失礼します!!」

部下の男達はいっせいにリシャールを開けて一気飲みをしだした。リシャールのアルコール度数は40度だ。それを原液で飲むのはそうとうな負荷をともなう。

そのうち部下の一人がリシャールを吐き出し、アイスペールの中に嘔吐した。

部下の男はむせ返り嘔吐を繰り返す。

「この痴れ者が!!」原田の蹴りが部下の男の鳩尾に容赦無く入る。

「ずびばぜん、ずびばせん。」

鼻水とよだれと涙でぐちゃぐちゃになりながらも部下の男は土下座をして謝る。

しかし、原田は執拗に蹴りをいれる。

その奥でレイカはけだるそうに遠くを見つめ、優雅にシャンパンを傾けていた。

「ねー、げんちゃん。私、つまんない。お腹へった。」

「おお、そうかそうか、何が食べたい?」

「北京ダック。」

「北京ダックかい?」

「今すぐ食べたいの。それもいろんなお店の北京ダックを食べ比べたいの。だめ?」

レイカが小首を傾げて原田を見つめた。

「おお、任せなさい。お前ら!今すぐ北京ダックを店に持ってくるように手配しろ。いいな!!」

はい!と言って部下の男達は一斉に店から出て行った。

「きゃー、ありがとう。げんちゃん大好き。フルーツ盛り頼んでいい?」

「いいとも、君、フルーツ盛りの一番高いやつを今すぐ持ってこい!!」

アゲハはレイカの接客を見ていて驚きを隠せなかった。

「あれが、サファイアルージュのワガママ姫・レイカ様。どの客にも無理難題を押し付けてそれを叶えさせてあげたいと思わせる。

時には他のお客様の話を持ち出して対抗意識を煽るんです。レイカさんがどんなワガママを言っても怒るお客様はいない。まさに天才ですよね。」隣にいた可憐が耳元で教えてくれた。

すごい、そう言わざるおえなかった。

しかし、父もレイカの無理難題を押し付けられて、内臓を売り、そして・・・・・。

アゲハの目に、シャンパンを優雅に飲むレイカの姿が忌々しく写っていた。

2日目はレイカ率いる外来種が好調で昨日の遅れを取り返した。

アゲハはボトルを一本入れて貰ったものの、売り上げとしては10万円程度に留まった。

帰り道、アゲハは重い足取りで明け方の道を歩いていた。このままではレイカに復讐するどころか一ヶ月でクビになってしまう。

どうしたらいいのか?


「アゲハさん!」

きゃっ!!

後ろから可憐にいきなり肩を叩かれて驚きのあまり素っ頓狂な声を上げてしまった。

「か、可憐ちゃん。どうしたの?帰り道逆じゃなかった?」

「へへ、実はアゲハさんをストーカーしてきたのであります。」

可憐はおどけた様に敬礼した。

「ストーカーって、表現おかしくない。」

「うーん、そうですか?まあ、いいや。アゲハさん、ラーメン食べにいきましょ。」

「ラーメン?どうしよう・・・・この時間に食べたら太っちゃう様な。」

「いいから、いいから。スタミナをつけるにはラーメンです。こっちですよ。」

アゲハは可憐に無理やり腕を引っ張られ、ラーメン屋に連れて行かれた。


「アゲハさん、最近元気ないですね。」

ラーメンをすすりながら可憐が唐突に聞いた。

「うん、なかなか指名が取れなくて、正直苦戦してるかな。」

アゲハはさみしそうに小さく笑った。

「うーん、可憐は難しい事はわからないですけど、アゲハさんならなんとか大丈夫ですよ。可憐はアゲハさんの味方です。さっ、たくさん食べてスタミナつけましょう。」

「可憐ちゃん、ありがとう。」

アゲハは可憐の優しさに感謝した。


「そこの公園沿いに歩いて行けば、さっきの大通りに出ますよ。」

可憐に帰り道の説明をしてもらい。

アゲハは家路に急いだ。

公園横の歩道を歩いていると、いきなりボールが飛び出してきた。

こんな明け方にボール?そう思った直後、3歳ぐらいの男の子がボールを追って飛び出してきた。

明け方にボール?男の子?

「こら!雅之!危ないでしょ、急に飛び出したら。」

母親らしき女性の声が男の子の後ろからした。

母親らしき女性が公園から出てきて男の子を抱きかかえた。

ニットのセーターに、デニムのパンツ、髪を後ろでひとつにまとめた姿はまさにお母さんだ。

母親が振り返りアゲハと目が合った。

その瞬間、アゲハは驚きで思わず口を開いてしまった。

「あなたは!」

「紫乃さん!?」


<氷の女王の急所>

「見られたくないところを見られちゃったわね。」

二人はベンチに腰をかけて缶コーヒーをすすった。

目の前で雅之が元気よくボールを蹴ってあそんでいる。

「最初のうちは大人しく寝ていてくれたんだけど、最近はママと遊ぶってうるさくて。

だから明け方なら早起きの意味にもなるしこうやって遊んでるの。

本当はこのまま帰えって寝たいけど、この後、あの子の朝食を作って、託児所に預けて、1時間だけ寝る。その後で、メイクして、髪をセットして同伴の為に家を出て、そのまま出勤、そのあとアフターがあって、明け方にあの子と遊ぶ。そんな生活よ。」

いつもは見せない疲れた笑顔で紫乃は話した。

「・・・・・あの。」

アゲハは聞きづらくて思わずごにょごにょしてしまった。

「ふふ、あの子のお父さんはもともとお客様でね。妻子ある人なの。子供が出来た時に彼は喜んでくれたわ。けど、その直後に彼のニューヨーク行きが決まったの。

彼はこの子は自分が育てると言ったわ。

けど、私はそれを拒んだ。この子は私の宝、他に何もいらないと思わせる存在なの。

私、親を早くに亡くして頼る人もいないから、この子をなんとしても守っていかないといけない。私はどうなってもいい。だから、あの子だけは幸せになってほしいの。」

それは氷の女王が見せた母としての顔だった。

「だから、今はすごく迷ってる。あの子のために昼の仕事を探すのがいいっていうのはわかってる。けど、私を慕ってきている派閥のみんなや、お客様を裏切る事はできない。だから正直、一杯一杯ね。」

氷の女王・紫乃にこんな一面があったとは、思えばアゲハの父も男手ひとつでアゲハを育ててくれた。きっといろいろな苦労があったんだろう。それを思うと目頭が熱くなる。

「紫乃さん。よかったら私に手伝わせて下さい。」

紫乃は驚き、一瞬目を丸くしたが、笑顔で首を横に振った。

「気持ちだけは頂いておくわ。けど、これは私だけの問題。貴方には迷惑はかけられない。」

「いえ、迷惑なんかじゃありません。紫乃さんが明け方、雅之君と遊んでいる間に私が朝食を作っておきます。帰えってきたら紫乃さんは同伴に備えてそのまま寝てください。私が雅之君を託児所まで送ります。まだ、私には同伴をしてくれるようなお客様はいないですし。」

アゲハは自虐的に舌を少し出した。

「本当にいいの?辛かったら言ってね。」

「大丈夫です。この事はお店には秘密です。」

「そうね、子持ちのキャストなんてだれも相手にしないわよね。」

「流行るかもしれないですよ。ママさんキャスト。」

「ふふ、何それ?」

アゲハはサファイアルージュに来てから初めて笑ったような気がした。

しかし、アゲハはまだその時は気づいていなかった。とてつもない悪意が自分を狙っていることを・・・。

その日からアゲハと紫乃の共同作業が始まった。紫乃が明け方、雅之と遊び。その間にアゲハが朝食をつくり紫乃が帰えってくると同時に紫乃と交代して朝食後に託児所におくり、家に帰ってから眠りにつく。

二人が会話を交わす時間は限られているが、時折、お店で紫乃がウインクで応えてくれたり、偶然を装って紫乃が自然に客をアゲハにまわしてくれたりもした。

アゲハはその紫乃の気遣いが嬉しかった。


しかし一週間後、事件は起きた。

ある日、緊急ミーティングがあると中小路オーナーから直々に伝達があった。

皆、ホールに集められ何が話されるのか不安になっていた。

「ちょっと!あたし、同伴あるんだけど!」

レイカだけが不満そうに頬杖をついている。

扉が開き、中小路オーナーと副オーナーの袴田が入ってきた。

どちらも神妙な顔をしてホールに入って来た為、キャストたちの緊張感は増した。

「みんな、忙しい中集まってもらってすまんな。実は昨日、うちのオフィスに差出人不明のこんな物が届いてな。」

中小路が言うと、袴田がA4サイズの封筒を懐から出した。

「封筒には、パソコンで打たれた文でこう書いてあった。

もし、本日中にある人物を解雇しなければ・・・・この写真をサファイアルージュの全顧客に流すとな。」

「紫乃!」

中小路は怒りに満ちた目を紫乃の方に向け紫乃の方に向かって歩き出した。

「これはどういうことだ!!」

中小路が封筒のなかの写真を床に叩きつける。そこには紫乃が明け方の公園で雅之と遊んでいるところが写されていた。

紫乃は一瞬にして青ざめた・・・・・誰が一体、こんなことを?

「うそ・・・・・紫乃さん。そんなの嘘でしょ!」

写真を拾い上げた玲奈が信じられない様子で紫乃に問いかけた。

紫乃はうつむいたまま何も喋らなかった。

「オーナー違うんです!これは!」

「アゲハちゃん!」

勢い良く出てきたアゲハを紫乃が制した。

「もういいから・・・。」

紫乃が悲しそうな笑顔をアゲハに向けた。

その笑顔はまるで処刑台に上がる前のマリー・アントアネットの様に気高くも、儚げな表情だった。

「紫乃、これはどういう事だ。」

中小路の目が充血し釣り上がり怒りに満ちてきた。

紫乃は小さくため息をついた。

「ここに写っているのは間違いなく、私と、私の息子です。」

ホールにいるキャスト全員がざわめきだす。

「サファイアルージュの規定にキャストは未婚女性に限ると書いてあるが、これについてお前はどう思う。」

横から袴田が眼鏡の奥から鋭い視線を向ける。

「私は規則を破りました。店を去るのは当然です。オーナー、副オーナー、そしてみなさん。このようなかたちで長年お世話になった店を去るのは心苦しいですが、今までお世話になりました。」

紫乃は表情を変えず最後まで氷の女王として立ち振る舞い、頭を下げた。

・・・・・そして静かにホールを去った。


アゲハは急いで紫乃の後を追った。

「紫乃さん!」

サファイアルージュの入り口あたりで紫乃を捕まえた。

振り返った紫乃は大粒の涙を流してた。

「いつかはこんな日がくるとは思ってた。けど、やられたわ。

私もまだまだ隙があったんでしょうね。アゲハちゃん気を付けて、歌舞伎町はこういう街なの!!

隙を見せたら殺される、信じたら裏切られる、いつだれがどこから狙ってくるか解らない!!弱肉強食の街がここよ。」

アゲハは背筋が氷った。今もだれに狙われているか解らない。魑魅魍魎が渦巻く、悪魔の巣窟歌舞伎町。

「これで、雅之の為に時間をたくさん作れる。お弁当を持ってハイキングや、雅之が行きたがっていたディズニーランドにも行ける。けど、なんでだろう。悔しくてたまらない!!

私・・・・・・やっぱり、この仕事好きだったんだ。本当に・・・・・悔しい!!」

それを言い終わると紫乃は号泣した。

アゲハは紫乃を抱きしめるしかなかった。

その肩幅は思っていたよりも細く、今にも折れそうだった。


中・下も見てください。

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