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武田君のモテモテ物語  作者: さらさら
一.野木久美
7/23

野木久美①・6

 いつもと同じように、準備だけしてある朝ご飯を一人食べる。

(…………)

 夕飯ならともかく、朝食を一人で食べる高校生は、そう珍しくないのだろうと思う。それでも、一人で対面するご飯と言うのは、どこか味気ない。囲む、とまでは行かなくても、食卓を真ん中にして誰かと向かい合わせで食べるだけで、ひもじいご飯の何と美味しいことか。一人で食べれば、ひもじいご飯はただただひもじい。

 と、妙に暗くなってしまった心をどうにか盛り上げ、家を出た。

「行ってきまーす」

 鍵を、きちんと掛けておく。最近はこの辺りも治安が悪くなったと、父が嘆いていた。昔から住んでいる町だから、少しだけ悲しい感じもする。妙なローテンションは、何か理由がある訳でもなく、ただそんな気分の日、というだけだった。

 慣れた道をゆっくり歩いていると、昨日二人に会って合流したのと同じ交差点で、誼絵ちゃんに連れられている朋絵さんに出会った。無論年長なのは朋絵さんだが、間違いなく誼絵さんに手を引かれている。

「おはようございます~」

「うん、おはよう。誼絵ちゃんも、おはよう」

「おはようございますー」

 連日の一緒に登校が、変な噂を呼ばなければ良いが。そんな事も考えたが、結局また二人と一緒に登校する事にした。女の子との登校は、周りの妬みの目も含めて心が躍らされる。

 話題はもっぱら、誼絵ちゃんの事だった。朋絵さんによると、誼絵ちゃんはとても頭が冴えるらしい。通っている中学校でも、成績はピカイチなのだそうだ。朋絵さんとは、ある意味正反対である。

「道に迷いもしませんし~……」

「それは、朋絵さんだけが特殊なんじゃない?」

「ですよー。お姉ちゃんが、ちょっと変なんです」

 こんな雰囲気で談笑しながら登校した。高校生にもなって女の子達と一緒に登校出来るのは、やはり神様が居るからに他ならない。僕は、神様に感謝の意を捧げた。




「月曜日から午前午後の平常授業が始まるさかい、ちゃんと準備しときや」

 五日間とは思えないほど長かった新入生の時期も今日で終わると思うと、これからの忙しい学校生活を思い浮かべて憂鬱になる。いっそ、ずっと新入生で居られたら良いのに。

 中学校の頃には理科で統一されていた科目も、一年次では化学と物理に分かれている。これが、月曜日の一時間目と二時間目だ。頭の切り替え云々もそうだが、朝からするにはあまり良い授業ではない気がする。

(……でもまぁ、どの授業もそうかも知れないけど)

 何でも前向きに考えないといけない。二時間続く体育が、朝に回らなかっただけでも幸運だと考える事にしよう。何となく、後ろの朋絵さんの明るい声を聞いている内に、そう思うようになった。




 先生の終了の挨拶を聞いて、僕は化学実験室へと向かった。五班の皆も、昨日を踏まえて今日は誘わなくても来てくれるに違いない。それぐらいは、僕にでも分かる事だ。

「…………」

「…………」

「……三人くらい足りないわね」

 その期待は、あっさりと裏切られた。

 多香子さんと、朋絵さん、それから久美が居ない。優さんの部長命令で、一応教室にも探しに戻ったが、当然カバンもなく既に帰宅の途にあるようだった。

「七五班が四人と、私と……五人も居れば十分ね」

「私だけあからさまにスルーするなんて、泣いちゃう!」

「優。春花は泣くと長い。優しくしないと駄目だ」

「うー、明菜ちゃん優しいっ! 私感動した! 泣いちゃう!」

 春花さんと明菜さんは、昨日一緒に帰ったらしく、既にかなり打ち解けていた。一昨日も佐奈さんと帰宅していたのだから、明菜さんのコミュニケーション能力には恐れ入る。僕には今の所、自ら誘えるほどの相手は居ない。

「ほれほれ、重郎ちゃん。飴舐めましゅかー?」

「……何だ、それ。漫才師春花の新手のギャグか?」

「え? だって、七五三だし。五歳の重郎ちゃんは、千歳飴舐めるかなぁーってさー」

 春花さんが、やたらに重郎の頭を撫で回していた。力が入りすぎていて、重郎は痛そうに顔をしかめている。もしかすると春花さんなら、僕にでも誘えるかも知れない。うるさそうではあるけれど。

「七五班だよ。優さんも、変な略し方しないでよ」

「七組五班じゃちょっと長いもの。何なら、そっちで考えてくれても良いけど」

「なら、宿題だ。土日で考えよう。月曜日の活動は大喜利で決定だ。良かったな、優嬢」

「良かないわよ……」

 他のメンバーの間にも、さしたる壁はないようだ。そうなると、今日居ない多香子さんと朋絵さん、久美の事が気に掛かる。人懐こい朋絵さんや久美はともかく、物静かな多香子さんはこのままで科学部に馴染めるのだろうか。

 そんな事を考えている僕は、また少し放置され気味だった優さんのかけた手を叩く号令に従って、そちらの方を見た。

「……さて、じゃあ、昨日言っておいた実験を始めるわ。佐奈、そこの台車に装置が載ってるから、台車ごと持って来てちょうだい」

「うむ。と言う事だ、春花嬢」

 佐奈さんはここぞとばかりに、春花さんの肩を叩いた。

「はーい……ってなんでじゃボケー! 昴っちにやらせろぉー!」

「人にやらせてばっかじゃ駄目だと思うよ」

「それ佐奈たんに言えー!」

 春花さんが言っている事も正論だったので、結局押し付けられた重郎がしぶしぶと運んできた。

 その、中々に大きい装置の外装を見て、僕たちは言葉を失った。普通の紙よりも頑丈な作りになった、茶色の安価な箱……ダンボールが、装置のおよそ九割を囲っていたのである。もはや、ただのダンボールと呼んで差し支えないレベルだ。

「見た目はちょっと悪いけどね。中身は、近代科学を大きく上回る代物よ。……多分」

「多分?」

「去年の今頃、実験用に山で穴を掘っていたら、謎の設計図が出て来たのよ。それがこれ」

「これは、どんな装置なんだ」

 明菜さんが訝しげに訊いた。明菜さんを見習って、皆ももっと突っ込んで欲しい。クイーンオブツッコミの佐奈さんはしかし、沈黙していた。

「分かんないわ。だから、実験するんじゃない」

 優さんがにっと誇らしげに笑う。反対に、僕たちの顔は引きつった。一体何が起こるかすら分からない、設計主不明の、怪しい人が製作した装置で実験をして、よからぬ事が起きないとは言い切れない。

「それは安全なのか」

「簡単な構造だったから、そんなに危険ではないと思うわよ」

「確信は?」

「もちろん無いわよ。さ、そこに飛び出てるコードを、掴んでちょうだい」

 かなり不安にさせる言い草だったが、まぁ確かにこの見た目で、何か危ない事が起こるとは思えない。僕たちは頷き合って、そのコードを持った。

 優さんが、スイッチらしき物を小気味良い音で叩いて、自分もそのコードを持った。

「…………」

 五秒経過。

「…………」

 十五秒経過。

「…………」

 一分経過。

「……まだ?」

「どうやらガ設計図だったみたいね。離して良いわよ」

 それぞれ慎重にコードを離す。優さんが、大きく溜め息を吐いた。

 ガ設計図はきっと、ガセの設計図と言う意味だろう。よくよく考えてみると、設計図は山に埋まっていたのではなく、山に捨てられていたと考える方が自然だ。そんな物が、動く筈もない。動いたら動いたで、色々と怖い。

 優さん以外はその辺の結論に至ったようだったが、優さん一人が納得出来ずにいがいがと怒っていた。

「今年分の予算使い切ったのに……腹立たしいわ」

「……え?」

「残りは十円玉が何枚かだけよ」

「ソフトアイスクリーム、食べられないのか……」

 明菜さんが、悲しげに目を伏せた。元々ソフトクリームを食べられはしなかったのだが。

 ひもじい。創部から数日を経ずして、自然科学部は無予算での活動を強いられる事となった。

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