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武田君のモテモテ物語  作者: さらさら
一.野木久美
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野木久美①・4

 また、六時二十四分という、目覚まし時計泣かせの時間に起きてしまった。僕にはもはや、目覚まし時計など要らないのかも知れない。また鳴るのを止めるのがわずらわしく、二度寝するつもりもなかった僕は先にスイッチを切ってから、顔を洗いに行った。

(あ~……テストだっけ)

 手遅れになった重要情報を思い出しながら、昨日に続いて早くに出掛けてしまった両親の書置き通りに置いてある朝食を食べる。昨日の残りのハヤシライス……と見せ掛けて、昨日の残りのうどんである。ダシとうどんの麺がどん、とまな板の上においてあった。何だろうか、笑いにくい。

 ただのうどんだが、それなりに美味しかった。誰にともなくごちそうさま、と言ってから、僕は部屋に戻って何週間か前に貰ったまま放置していたテキストを引き出しから出した。

『新入生歓迎実力判断テストの結果は、直接成績には関わりませんが、著しく低得点だった場合、関心・意欲について考慮する可能性があります』

 うわぁ、不吉。長いテスト名は、その重要性に比例しているのか反比例しているのか。

 表紙をめくると、まずは大きく『国語科』の文字があり、すぐ下に小目次があった。文章読解、古文漢文、漢字の成り立ち、ことわざと慣用句……。

 眠気を感じた僕は、それを静かに閉じて引き出しに厳重にしまいこんだ。開いてはいけないパンドラの箱だと気付いたのである。

「行って来まーす」

 半ば独り言のように言って、家を出る。

 今日は、昨日とは違うルートを通るつもりだ。昨日のように朋絵さんと出会って、道に迷ったと泣きつかれると、二度目の二人で登校が実現してしまう。朋絵さんには悪いが、今日は避けて行こう。

「あぅー……学校ぅー……」

 と思っていたのだが、大きな交差点に差し掛かった時、左側の道からぐったりうなだれた朋絵さんの姿が目に入った。何故か学校方面から歩いて来ている。僕はとっさに電柱に隠れ、朋絵さんの動向を見守った。

「あぅー……あぅー……」

 幸運にも、彼女はこちらに気付かず、真っ直ぐ右へと歩いて行った。まるでゾンビのようだ。朋絵さんに、心から心だけで心持ち謝っておく。

 その後も警戒して歩いて、結局知り合いの誰とも会わずに学校へ着く事が出来た。

「あ、おはようございます」

「……うん、おはよう」

 だと言うのに、教室に入ると、朋絵さんは真っ先に僕に挨拶してくれた。

 あんなに冷たくしたのに……ではなく、さっき学校と反対方向に歩いていたのに、どうして僕より先に学校に着いているのだろう。

「んぅ? 私の顔に、何かついてます?」

「あ、ううん。大丈夫」

 とは言え、登校の様子を見ていたとも言えない。早くも、僕の中の学校七不思議の、一つ目が埋まった。七不思議の一、朋絵さんのワープ。これは解明が難しそうだ。

「おはようございます、昴さん」

「あ、うん。おはよう」

 いつも通り落ち着き払っている多香子さんに挨拶を返しつつ教室を見回すと、空いていた席もいつの間にか埋まって、テスト直前にだけ訪れる、緊迫している様な、厳粛なような、そんな空気が流れ始めていた。

 前の扉が開いて、先生が入ってくる。定期テストほどの重要性も無いはずなのに、先生はスーツでビシッと決めていた。

「よし皆、自分の椅子に座ってや」

 チャイムが鳴る。最初の五分間で、解答記入用紙と問題用紙が配られ、諸注意がなされる。そしてそれが終わってからの一時間が、テスト時間だ。

「……諸注意は以上や。各自、解答を始めてええで」

 かりかりかり。天国か地獄か、分かれ目の一時間が始まった。




「……よっしゃ、そこまでや。後ろから解答用紙だけ回収してな」

 全く駄目だった。半分以上の問題は久しぶりすぎて答えに窮し、一部の問題に至っては、初めましてと言うレベルだった。

 後ろの朋絵さんも似たようなものらしく、机に突っ伏してしくしくと泣いていた。五班のメンバーを見回してみると、多香子さんが平静、明菜さんが満足げ、佐奈さんが余裕、重郎がガッツポーズ……。重郎も中学校の頃から、アレでいて頭が良かった事を考えると、僕と朋絵さんが五班の低成績ツートップになりそうだ。いや、ツーボトムだろうか。

「はぁ……」

 朋絵さんを真似して、僕も机に突っ伏した。

 その日の学校での用事は、それで全部終了だった。よく分からないが、今回のテストに込められた学校側の強い意志や意味付けを感じる。嫌な話だ。

 そんな暗い想像は、とりあえず軽く頭の外へ放り出してしまおう。帰ろうとする五班の皆を呼び止めて、僕は自然科学部への入部について話した。

「めんどい」

「何だか、帰りにくくなりそうですよねぇ~」

「パスだ」

「遠慮します」

「入らない」

 一斉に嫌がられた。嫌われすぎている自然科学部の罪は大きい。久美も嫌ってくれれば良かったのだが。

「どうして?」

 一同に、一応聞いてみる。

「人が多いし。あと、自然科学部怖い」

「結構な人数ですし……」

「人ごみは嫌いだ」

「本を読むには、大所帯過ぎるかと」

「クミーが怖い」

 明菜さんを除いて全員が一様に心配しているのは、五班まるごと入った時の部員数だった。確かに、全員が入ると少なくとも八人になる。騒がしくなりそうなのは間違いなかった。

「そもそも、活動しないのに部員になるのは、ちょっとまずいんじゃないです?」

「うーん……。とりあえず、一組に行こうよ」

 旗色が非常によろしくないので、僕は話を切り上げて、半ば強引に皆を一組に誘った。大体、説得する義務は僕になく、久美や優さんにあるのだ。

 一組は四階にあり、辿り着くまでにそれなりに骨が折れた。口々に文句を言い出す皆を、リーダー権限を無理矢理に用いてなだめ、ようやく一組に辿り着くと、ちょうど扉から久美たちが出てくるところだった。

「おぉー。スバスバっ!」

 久美と、優さん。そしてあと一人、見かけない女の子の三人がこちらを見ていた。前に久美が話していた春花と言う子だろうか。そう思って訊ねようとしたが、誰かに服の背中を掴まれて勢いをなくし、振り返った。

「……えーと、明菜さん?」

 久美に怯えた明菜さんが、服をぎゅっと掴んで背中に隠れていた。表情は、濡れた子犬のように揺れている。

 凄く可愛い。これが萌えと言うものか、と僕は一つ悟った。が、和んでいる暇はない。

「ひゅーひゅー♪ スバスバったら、モッテモテぇー♪」

「にゃーるほどにゃるほど、モッテモテー! あ、初めましてー、一年生の花こと高木野春花だよ、へいっ! いえぃ!」

「あ、うん。……ええと、武田昴です。よろしく」

「いえい、よろよろー!」

 凄い勢いだ。見えない力に押されて、何歩か後ずさってしまう。僕の後ろに居た明菜さんは、僕の後退によって横に押し出され、しぶしぶ前に出て、落ち着きのない春花さんと何度かの錯誤の後握手を交わした。それから、久美の目を恐れるようにして、今度は佐奈さんの後ろについた。久美もそれに気付いて、いつ食い付いてやろうかと目を光らせる。

「……うむ。明菜嬢は私の物だ。譲らんよ」

 佐奈さんが、振り返って明菜さんを捕まえ、くすぐるようにして抱きしめた。

「えぇー、公共物公共物!」

「渡る世間は鬼ばかりとはこの事なのか……」

 明菜さんは諦めたような表情で、この世の不条理と力による支配の恐ろしさについて考えているようだった。

「そしてー、ここにおわすのがぁー……じゃんじゃんじゃーん、じゃかじゃん!」

 春花さんは、明るい久美の更に一つ上を行く甲高い声で、溜め息を吐いている優さんを押し出した。

「……騒がしい子だわ。さて、七組五班の君たちは、入部の意思を伝えに来たのよね?」

 ああ、そんな用事だった。気を取り直して、本題に入る。

「その事なんだけど……僕はともかく、こっちの五人にやる気がなくって」

「それは由々しき科学的な問題ね。……そうねぇ。活動場所の化学実験室は、空調力学的に夏は涼しく冬は暖かいわよ?」

「空調力学って、エアコ……」

 僕は途中で声を失った。

 あれだけ、難攻不落そうだった五班の皆は、教室にすら付いていない空調力学的なエアコンの効果によって、全員が入部の意思を表して手を上げていたのだった。併せて明菜さんがその間に、佐奈さんの魔の手から脱出した。その明菜さんもまた、手を上げている。

「以上。武田君だっけ。質問は?」

「……おみそれ致しました」

「素直でけっこう。これで九人ね……予算も、錬金術的に転がり込んでくる……いえす!」

 優さんは笑顔で、手を振り上げて見せた。明菜さんがくるくる回る。

「……あれ、九人? 八人じゃない?」

「私とー、スバスバとー、明菜ちゃんとー、重郎とー、佐奈さんに多香子さんに朋絵さん、あと優ぴょんと、春花っちで……九人かなぁ。スバスバ、大丈夫? 疲れてる?」

「あ、春花さんも入るんだ……」

「じゃんじゃんー、ヘイッ!」

 前途多難な未来が、垣間見えた。だけどそれはとても、楽しそうな未来だとも思えた。

 始業式の日から創部申請を出していたらしく、明日には部活動として最初の活動を行える運びになっているらしい。明日は木曜日、まだ午前中に授業が終わってしまう日だ。

「明日は一応最初の日だから、全員出席してね。開始は、十一時から。場所は化学実験室、以上!」

 終了時刻を告げなかった辺りがまた怪しいが、あえて突っ込まない事にした。そうして、自然科学部の創部前における話し合いは、解散となった。




 今日の晩御飯はハヤシカレー……さすがに飽きてきた。とは言え舌はそうでもないらしく、おかわりまでしてしまった上で僕は晩御飯を終えた。

 部屋に戻って携帯をいじっていると、昨日に続いて久美からのメールが届いた。

『FROM 久美"kumicumi@zeweb.ne.jp"

件名:無題

本文:

ゆ~ったりま~ったり。お風呂って良いねぇ』

 今日は雑談スタイルのようだ。ちょっと迷ってから、『そうだね』とだけ返信する。

『FROM 久美"kumicumi@zeweb.ne.jp"

件名:Re:Re:無題

本文:

今想像したでしょ。へんたーい』

 久美は、幼馴染の僕から見ても、あまりスタイルの良い方ではなかった。すらっと細く、女の子らしいラインをなぞってはいるのだが、最も重要な部分が足りない。つまりは胸が貧相なのだ。よって、想像したらドキドキはするだろうが、特にえちぃ要素はない。ただし、僕は貧相な方が好みではある。

(シャワーなら……)

 煩悩に呑み込まれそうになるのを頭を振って逃れ、『全然』と返信する。

『FROM 久美"kumicumi@zeweb.ne.jp"

添付ファイル"H23_4_03_2024.jpg"

件名:Re:Re:Re:Re:無題

本文:

えー? ほら、画像送るしさ』

 絶対に違うと分かっているのに、わずか千分の一の可能性すらないのに、万が一にもありえない事は明白なのに、男には添付ファイルを開かねばならない時がある。今がそれだ。僕は添付された画像ファイルを、生唾を呑みながら開いた。

 ディスプレイに現れたのは、お決まりの赤目女。でも、これはこれで可愛く……ない。

『FROM 久美"kumicumi@zeweb.ne.jp"

件名:Re:Re:Re:Re:Re:Re:無題

本文:

ほら、分かってても開いちゃう私の魅力ってヤツ、えっへん』

 ちょっとだけ悔しい。ただ、一昨日や昨日のアンニュイな感じから、久美が復活したような気がして、悔しさを上回る嬉しさを感じた。

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