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武田君のモテモテ物語  作者: さらさら
一.野木久美
4/23

野木久美①・3

 遠足の計画の後は、グループによる校内のオリエンテーションだった。

 元々そんなに広い校舎ではないのだが、明菜さんのお陰で道に迷う事は一度もなく、十分ほどで全行程の三分の二が終わってしまった。学級委員長の潜在能力は量り知れない。

「昴っ! 見たか、おい! 食堂のメニューすっげぇぞ!」

「何故さんまの塩焼きがあるのか……」

「……少し、割高な気もしました」

 それでも、僕たちの会話が途切れる事はなかった。食堂のおばあさんは喜色を浮かべたり苦々しい顔をしたり忙しそうだが、とにかく僕たちはとても良い空気だ。

 そんな中、化学実験室の前を通りかかると、実験室の電気がついている。妙なハイテンションだった僕たちは、誰か居るなら入っても良いか、という謎の論理に誘われ、実験室の扉に手を掛けた。

 中に入った途端、実験室の照明が落ち真っ暗になった。

『いえす! ないすかむおんね!』

 謎のマイク音が響き、小さい電球が光って部屋の一番奥に居る一人の女の子を照らし出した。その女の子の手には、マイク。

「…………」

「……あら、ノリが悪いのね」

 女の子……と言っても高校生には違いないだろうが、とにかくその女の子が何かを操作すると、一斉に実験室中の電気が点った。

 未だに呆気に取られている僕たちを他所に、彼女は話し始めた。

「科学部へようこそ! カガクって言っても、バケガクじゃないわ。自然科学部と呼んでちょうだい」

「……あ、え、ええと……」

「質問は手を上げて!」

「は、はい!」

「はい、どうぞ」

 何か言おうとしたらしい朋絵さんが、女の子の勢いに押されてつい手を上げてしまい、質問を強要されてしまう。僕の隣で立ち尽くす重郎も、普段なら気の利いたフォローも出来るのだが、こんなカオス空間の中では上手く出来ないらしい。

「こっ……ここは何ですか?」

「いい質問ね。ここは化学実験室兼、自然科学部の部室予定地よ!」

 ちょっと的外れな質問ではあったが、向こうはそれなりに納得したらしく、誇らしげに答えてくれた。……ちょっと引っ掛かる。

「予定地……君は、上級生ではないのか」

「いえす! 私は白水優しらみずゆう、一年生よ。あなた達もそうでしょう?」

「一年生は今、校内オリエンテーションをしている」

「ふっふーん。そこは、昨日中に学校の部屋の位置関係を科学的に把握して、今日のオリエンテーションで回る順番を論理的に想像して最短距離を割り出し、後は物理的に走って回って教室に戻れば、後の自由時間にここに居る事が出来るという訳よ」

 どこが科学的でどこが論理的なのかは分からないが、とりあえずとてつもない努力の末にここに居る事は分かった。

「そこまでしてここに居る必要性って何だよ……」

「あら。こうして他の生徒に、自然科学部の存在を認知して貰えるじゃない?」

「……ちなみに、私達で何人目ですか?」

「六人目」

 僕たちの班は六人班である。僕たちで六人目なら、僕たちが一組目だ。そもそも、よほどの事がなければ、化学実験室に入ろうとする新入生は居ないだろう。

「さぁ、あなた達も早速自然科学部に入部希望を出して、科学的な学園ライフを送りましょう!」

「……嫌です」

 多香子さんが、全員の総意を代表して言ってくれた。女の子……優さんの表情が強張る。

「あなた達、この期に及んで入部を拒否すると言うの?」

「まだそんなに及んでないと思いますけど~……」

「そもそもまだ部がない」

「俺、野球部入りたいんだよなぁ」

「僕は帰宅したいし」

「本が読みたいです」

「多香子嬢を観察したい」

 白衣の優さんが、一斉に訪れたバッシングにたじろいだ。が、後一歩で踏み止まって返してくる。

「じゃあ、野球が出来て帰宅もオーケー、読書もその観察も出来る自然科学部が出来たら、もちろん入るわよね?」

「……帰宅して良いなら迷うけど、優さんはそれで良いの?」

 それではただの帰宅部だと思う。だか、優さんは両腕を広げて言った。

「もっちろん! 大事なのは予算、予算には人数! 正直、活動は私一人の方が嬉しいし!」

 何か無茶苦茶な人だ。

「じゃ、そんな部が出来たら連絡してね」

 そう言い残して、全員で逃げるように化学実験室を後にした。




 僕たちが教室に戻ると、既に教室中の椅子は埋め尽くされていた。

「ビッケツやさかい、昴くんトコが五班や」

 分かりやすい命名則に従って、倉口先生は僕たちに「五班」と書かれた紙を手渡し、名前を書くように言った。本来なら一斑になれたのに、と少し悔しく思いながらも、僕たちは言われた通り自分たちの名前を書き上げた。

 その後、明日はいよいよ新入生実力テストやし予習はしっかりなー、という先生の悪魔の言葉と共に、その日のホームルームは終わった。

 さすがに昨日のように教室に残る生徒は少なく、五班の皆も各々帰る用意を始めていたので、僕もカバンを持って早々に教室を飛び出した。

「…………」

 声が出ないように気を引き締めてから、廊下で大きく伸びをした。体育会系という訳ではなかったが、体を動かさないでいると、全身が凝り固まるような気がしてしまう。

「……大丈夫ですか?」

 そこに、後ろから声を掛けられた。体勢を戻して振り向くと、多香子さんがこちらを心配そうに見つめていた。

「あぁ、うん。ちょっと、体を伸ばしてただけだから」

「そうでしたか。……腹痛でもお抱えなのかと思いました」

「大丈夫だよ」

 とても恥ずかしい。何と言う事のないように思えるかもしれないが、伸びの瞬間を誰かに見られるのは、少なくとも僕にとっては火が出るほどに恥ずかしいことなのだ。

 相手が、せめて多香子さんで良かった。空気的に、走り去りたくなるほど恥ずかしくはない。

「そうですね……ちょっと可愛かったですよ」

 僕はその場を、風のように走り去った。




 走り去ったはずの僕は、気が付くと校門の前で佐奈さんに捕まっていた。

「君は少し、急ぎすぎだな」

 佐奈さんは、高校の新入生とは思えない程に大人びた声で、僕を校門の右の塀に追い詰めて逃げ道を塀に突いた右腕で塞いだ。露出している訳ではないが、豊かな胸が嫌でも目に入ってくる。もちろん、僕の好みはぺったんこだが。

「……それから、目線も良くない」

 的確に指摘されて、完全に落ち着きを失った僕は、目を佐奈さんの見えない右の方へと泳がせた。

「ふふ、君は素直だな」

「そ、そうかな?」

 ほぼ怯えているような僕の返事に、佐奈さんは表情を少し和らげて、右腕をどけて少し僕から離れた。一体何だと言うのだろうか。心臓に悪すぎる。

「なに、なんという事はないんだ。ただ、君と朋絵嬢が本当にデキてるのかと思ってな」

 声色は、さっきとは違って少し明るい物になった。いや、もしかすると僕が余裕をもって聞けているからかも知れないが。どちらにせよ、失った落ち着きは徐々に戻ってきていた。

「何にもないよ。たまたま道に迷ってる朋絵さんに出くわして、成り行き的に一緒に登校しただけだし」

「ふむ。……それはなるほど、軽い男だな」

 そんなひどい。確かににやにやしていたのは間違いないが、朋絵さんがガールフレンドだったら良いのに、とまでは思っていない。いや、思ったかも知れないが、口には出さなかった。重くはないが、軽くもないと思う。

「まあ朋絵嬢は可愛いからな。どうせなら、貰えば良い」

「僕にはハードルが高いよ」

「常に上を向いていないと、男にはなれないと聞くが」

 そう言えば、重郎も同じ様な事を言っていた気がする。だが、重郎が言うと、意外にあれでいてそこそこ似合うのだが、佐奈さんが言うと怪しい。というか、突然佐奈さんは何の話をしているのだろう。

「……まあ良い。突然すまなかったな。また明日」

 そんな内心の疑問を僕の表情から見透かしてか、佐奈さんは話を唐突に切り上げて、僕に背を向けた。

「あ、うん。また明日」

 僕はその背中に挨拶を返して、さっさと校門を出て行く佐奈さんを見送った。

 その背中が見えなくなった頃になって、僕は自分の帰宅について思い出すのだった。




 夕飯は、残り物のカレーとうどんの組み合わせ……と見せかけて、まさかのハヤシうどんだった。その名の通り、ハヤシライスからライスを取り除き、うどんを加えた料理である。母のユーモアは、大抵料理と恋話にのみ発揮される。

「……なんでやねーん」

「あら、どうしたの? うどんより、ナンの方が良かった?」

 ただし、恋話はともかく料理については、母は大真面目である。だからこそタチが悪いのだ。

 ただ、味自体はそう悪いものでもなかった。ブイヨンとうどんの絶妙な響き合いを、トマトの風味が綺麗にまとめている。うどんを食べ終わった後に残ったダシも、そのままビーフシチューっぽく食す事が出来る点で素晴らしい。隠れ家的存在の店なら出せるかも知れない。

「ごちそう様でしたー」

 僕はお皿を軽くお湯で洗った後、自分の部屋に戻った。

 昨日ダウンロードしておいて聴き損ねたお気に入りのウェブラジオを、部屋中が満たされるぐらいの音量で掛けた。

 ラジオも、気付けば週に一回の週課になっていた。終始明るい番組で、聴いていて疲れる事がない辺りに惹かれたのだと思う。僕は人生中で聴いたラジオの中では、この番組が一番好きだった。まだ四半世紀も生きては居ないが。

 四十分ほどで聴き終わり、僕は体を起こした。携帯電話を開こうとして、焦る。

(台所に置き忘れた……!)

 携帯電話に一定時間触れられないというだけで手が震える人も居るが、僕は母に携帯電話を触れられると全身が震える。あの人は、携帯電話を勝手に見るのだ。そして更には、その履歴についてからかってくる。

 急いで、取りに階段を下りる。案の定、携帯電話は既に母の手に落ちていた。

「にやにや。あんたも隅に置けないわねぇ」

 わざわざ口に出してまでにやける母親は、何とも憎らしい表情をしている。

「もう……勝手に見るの、止めてってば」

 昨日メールを全件削除して、その後通話を一回しかしていないはずだから、母のこの満面の笑顔は、ご飯から今までの間にメールがあった事を如実に物語っている。

 隠そうとする母から電話を分捕って、階段を上りながらその内容を見た。

『FROM 久美"kumicumi@zeweb.ne.jp"

件名:無題

本文:

そうだ、部活をしよう!』

 分からない。母がこのメールを見て、どこににやにやしていたのかが全く分からない。

 とりあえず、詳細を訊ねるメールをする。返信はすぐに来た。

『FROM 久美"kumicumi@zeweb.ne.jp"

件名:Re:Re:無題

本文:

重郎とか、スバーんと同じ部活に入ったら、退屈しないで済みそうだしさぁ。

あとは、クラスの子に誘われたりもしたんだよねぇ』

 何部に誘われたの? ……送信。

『FROM 久美"kumicumi@zeweb.ne.jp"

件名:Re:Re:Re:Re:無題

本文:

自然科学部。白水優ちゃんって子に誘われたから、ここはちゃっかーんと入っちゃおうかなぁと。

青春を謳歌するためには、部活を大事にしないと!』

 僕は頭を抱えた。そもそも、まだ出来ていない部活である。それに、自然科学になど、全く興味がない。

 だが、久美は不思議なほどに乗り気だった。三度四度とやんわり諌め、五度六度と強く否定したが、久美の熱は全く冷めなかった。

『FROM 久美"kumicumi@zeweb.ne.jp"

件名:Re:Re:Re:Re:Re:Re:R......

本文:

ありがとっ!

おやすみっ!』

 結局、押し切られてしまった。久美は満足そうな絵文字と共に、こちらの気が変わらないうちにと引き上げていった。

 僕が入るとして、五班の皆は一人でも入ってくれるだろうか。重郎は? 朋絵さんは? 多香子さん、佐奈さん、明菜さんは?

 暗雲が、立ち込めつつあるような気がした。

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