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武田君のモテモテ物語  作者: さらさら
一.野木久美
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野木久美①・1

 自己紹介の後は、早くも学級委員長決めだった。

 学級委員長の仕事は、中学校の頃に比べても格段に増えるようで、普段の授業での監視役からちょっとした手伝いをする雑務役まで、様々な役割があるようだった。先生の軽口によると、先生の手足役、であるらしい。

 これには積極性のありそうなこのクラスでも、話し合いは紛糾するかと思われたが、意外にも一人の立候補者があり、話はすんなりと進みそうな運びとなった。

「…………」

 無言でそっと手を上げたのは、本当なら入学式で僕の左側に座るはずだった……と言うか、僕が右側に座るはずだった、竹頭明菜たけずあきなだ。何と言うか、背が低く、胸部も小さく、つまりは好みである。犬耳が似合いそうだ。

(神様なんて居ないよ……)

 どこか言葉がぶっきらぼうで、無口な所がゲームに出て来そう感をかもし出している。いわゆる、ミステリアスロリキャラだ。容姿も、かなり可愛い。が、僕と出席番号は連番なのにも関わらず、席は一列違いの一番後ろと一番前で、かなり離れていた。

(……そして、悪魔は実在する……)

 僕の心の叫びとは関係の無いところで、副委員長も彼女の指名でとんとん、と決まり、予定よりも三十分ほど早く、先生の解散の号令が掛かった。

 とは言え、殆どの生徒は帰ろうとせず、友達作りに精を出しているようだった。僕も、ここは一人でも知り合いを増やそうと、これから人気になるであろう後ろの朋絵さんに声を掛けてみた。

「はい、何でしょう?」

「席、近いしさ。一応挨拶しておこうかなって」

「そうですか~」

 朋絵さんがありがたい事に人懐こい性格をしていたので、その後続けられた少しの会話でかなり打ち解けることが出来た。話していると、さっきからのボケボケは、素だと言う事が良く分かる。

 五分ほどで、話すのに遠慮しなくて良いほどになった。コミュニケーション力が上がっている自分に、ちょっとだけ感動する。

「でもさ、入学式での遅刻って、良い経験だよね」

「ですね~。 この辺、迷いやすいですし……私、一時間ぐらいさ迷ってたかもです」

「……それはどうだろ」

「学校に着いてからも、体育館がどこにあるのか分からなくて……うう」

 校門の位置から、体育館が見えないわけは無いのだが。少しでなくかなり間が抜けている所があるようだ。いや、さっきの件からすると、かなりかも知れない。

 しばらくそうやって話していると、早くも二人の女子を引き連れている重郎が近くを通ったので、背中を叩いて朋絵さんを紹介してみた。

「げぇ……か、可愛い……」

 聞いた重郎の第一声は、それだった。僕も、重郎の引き連れていた二人の女の子も呆れた表情になったが、当の朋絵さんだけはきょとんとして、ありがとうございます、とか言っている。

「何だ。私たちはお払い箱か」

 二人の内、背の高い方の女子が、冗談っぽく言って笑った。重郎は、そんな事ねぇよ、と言いながら、僕にその二人を紹介してくれた。

 それによると、背の高い方の女の子が駒黒佐奈こまくろさな、そうじゃない方の子が須本多香子すもとたかこと言うらしい。佐奈さんは、言葉数が多くてどっしりと構えたタイプのようで、スタイルも発育も大変良いように見える。僕がよくやるようなゲームで言えば、成績もピカイチで運動神経も抜群というタイプの女の子だ。

「まぁ、重郎の言う君の好みに照らし合わせると、私は嫌われそうだが」

「それって、どういう意味で?」

「胸が大きい」

 重郎を軽く蹴っておいた。

 対して多香子さんは、外見に関してはセミロングの普通の女の子で、併せてその姿勢の良さから、物静か、と言う印象が強く残った。本が恋人で、照れ屋さんな大人しい女の子、といった感じである。

「……では、昴さんも、神月小学校の出身なのですね」

 ただ、不思議と、会話は多香子さんとの方がよく弾んだ。どうやら小学校は同じだったらしいのに、二人が全くお互いのことを覚えていなくて笑い合った。彼女は本が好きなようで、様々な点で僕と話が通じるはずはなかったのだが、人間関係とは分からないものである。向こうが昴さん、と呼ぶので、僕までつられて多香子さん、と呼ぶ始末だった。

 重郎たちも朋絵さんの周りで落ち着いた頃、今度は学級委員長の明菜さんが話し掛けてきた。正直、まださっきの二人についても脳内で整理が付いていないのだが、畳み掛けるように色んな人との交流が始まるのが、学校生活の楽しみなのだろう。

「初めまして。全員の名前と顔を覚えるために、回ってる」

「くるくると?」

「くるくるー」

 声は平坦そのものだが、明菜さんの表情は意外にも豊かだった。朋絵さんの言葉に反応して回り始めた時には、青春を謳歌しているぜ、的な表情までもしていた。もちろん、勝手なアテレコではあるが。

 互いに自己紹介を終えると、明菜さんは全員に握手を求めた。女の子の手を触る事なんて普段ないから、比較する先がなくて怪しいが、強く僕の指を握る彼女の手はとても温かく、そしてふにゃふにゃとして気持ち良かった。

「じゃあ、これで。くるくるー」

 明菜さんは文字通り、回りながら去って行った。目が回って事故でも起こったら、朋絵さんには大きな責任があるだろう。

 次に現れたのは、クラスが解散になって駆けつけたらしい、久美だった。とりあえず、皆に紹介する。久美の明るい性格は、ここでも受け入れられ易いようだ。

「久美ぃ、よりどりみどりで、俺ァ困ったよ……」

「へんたーい。……あ、重郎はいつもこんななので、何かあったら容赦なくどうぞ」

「重郎さんは変態、と。メモメモ」

 本当にメモする朋絵さんに、どこから出したのか佐奈さんが既に『重郎=変態』と書かれているメモ用紙を渡した。それから、全員に同じ物を手渡していく。

「変態も勲章の内……だ」

「言い切りました。偉いです」

「おう……だよなぁ!」

 多香子さんに褒められて、重郎は何とか立ち直ったようだった。

 殆どクラスに人影がなくなって来て、明菜さんが戻って来た。が、久美を見るや否や、血相を変えて逃げ出そうとする。

「ふっふーん、逃がさん逃がさんー」

 その服の背中を掴んで、久美が彼女を引き戻す。明菜さんはその間も、何とか逃れようとじたばた暴れていた。もちろん、久美がそれを許すはずもない。

「ん、明菜さんと知り合い?」

「うん。って言っても、今日の朝からの、だけどね」

「知り合ってない。私達は、知らない者同士だ」

「またまたぁ。あれだけスキンシップ取ったのに、まだそんな事言うかなぁ?」

「取ったからだ」

「だって、明菜ちゃん可愛いんだもん」

 後ろから抱きしめると、久美は明菜さんをくすぐり始めた。何だか見てはいけないものを見ているような気がして、僕は目を逸らした。重郎は食い入るように見入っていたが。

 朋絵さんが、そっと僕の背中を突いて、尋ねて来た。

「久美さんって、さっき言っていた幼馴染の方ですか?」

「そそ。久美と重郎と僕で、仲良し三人組的な感じかな」

「良いですね、そう言うのって」

 確かに。と、僕は思った。

 願わくば、そんな風に思える人達が、この高校生活で増えますように。僕はそっと、居ないかも知れない神様に、囁いた。




 その日。家に帰ってからやっと、男子の友達が一人も出来ていないことに気が付いた。

 これでは、いけない。何も、恋愛するだけが青春ではないのだ。喧嘩から芽生える友情とか、スポーツの試合から生まれる仲間意識とか、そう言うのも青春の大事な一要素のはずだ。

 そんな事を夕食が終わっても入浴が終わっても考え続け、考えたままベッドに寝転んでいると、枕元に置いていた携帯電話が、懐かしの名曲を奏で始めた。ついついずっと聞いていたくなる衝動を抑えて、電話を取る。

『もしもし? スバスバ?』

 電話は、久美からのものだった。一週間に二度三度は電話があるから、そう珍しいことではない。

「うん。用件をどうぞ」

『んー。ちょっとね、一組で出来た友達の事でも話そうかなって』

 これは好都合である。久美なら男友達を作るのにも抵抗がなさそうだし、学校内で友情線を作るチャンスだ。

『まずはー……春花ちゃんって子。もうね、凄いの。レモンに梅干を足して、塩酸で割ったような性格』

「全然分かんないんだけど」

『噛み砕いて言うと、突き抜けて明るい感じかな。凄く付き合い易そうな感じ? しかもだいふごー』

「あー。こっちのクラスには、そんな子は居なかったかも」

 そんな調子で、その後五人ほど紹介されたが、どれも女の子で男子は一人として居なかった。

 会話の切れ間に、珍しく不安そうに久美が呟いた。

『私、人見知りするのかなぁ』

「久美が? まさか」

 快活豪放、よく気が利く人懐こい久美に限って、そんな事は信じられなかった。

 だが、久美は続けた。

『何かこう、お腹を割って話せてない感じがするんだよね。今日だって、最初に言った春花ちゃんとぐらいしか、ちゃんと話せなかったしさぁ』

「時間が経てば、変わると思うけど」

『そうかなぁ? こう言うのって、最初が駄目だとずっと駄目なんじゃない?』

 そう言われてみるとそんな感じがして、僕は曖昧に答えた。久美がこんなにもブルーになるのは、これまでになかった事だ。

『んー……ん。そろそろ寝るかねぇ。お休みー、また明日ー』

 適当なタイミングでそう切り上げて、久美から電話を切った。

 携帯電話を元の枕元に放り投げて、僕はベッドに横たわった。あまり上手に受け答え出来たとは言えない。これと言った励ましも道しるべも与えられなかったから、仕方なく適当に流したという感じさえする。

 もっと、真摯に向き合わないと駄目だったかな。背中を睡魔に突かれながら、僕はそう思った。

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